目を開けると、天井の円いライトがまぶしかった。

「こ、ここは?」

 ひかりは状況が飲み込めない。どうやら自分はあお向けに寝ているらしいが、すくなくとも自分の部屋のベッドの上ではない。

 あたりを見まわすと、さほど広くない部屋の中央にいるようだ。壁も天井も白く、なにか用途のよくわからない機械がまわりにたくさん設置されてあった。

 起きあがろうとしたが体が動かない。そのときはじめて、自分が大の字のまま、両手両足を拘束されていることに気づいた。それもロープのようなもので縛ってあるわけではなく、金属の枷が手首足首に嵌められているらしい。

 そればかりか、体は平べったいカプセルのようなものに入っていて、中は温かい液体で満たされている。しかもどうやら、カプセルの中で自分は裸のままらしい。さらにいえば、体全体がむずがゆいというか、無数の蟻が這いまわっているような得体の知れない感覚がする。息ができるのは顔だけがカプセルの外に出ているからだが、そのせいで体になにが起こっているのか、目で確認できない。

 い、いったい、……なにが?

 ひかりはパニックになりそうになった。

 なにが……、なにが……、なにが……? そうだ、あたしは刺されたんだ。

 ようやく意識を失う直前の状況を思い出す。自分は変態通り魔に日本刀で刺された。そして、クラスメイトの聖真理が……。

 そうだ。真理くんだ。真理くんが自分の家の病院に運ぶとかいってたような……。

 敬子は? 敬子はどうなったんだろう? それにあの通り魔は?

「だ、誰か。誰かいませんかぁあああ!」

 内気なひかりにしては、普段めったに出さない大声で叫ぶ。叫び続けた。

 ドアが開き、誰かが入ってくる気配を感じた。気のせいではなく、こつこつと靴音がこちらのほうに向かってくる。

「だ、誰?」

 ひかりは近づいてきた人物に目をやった。

 制服のブレザーのかわりに白衣を羽織った高校生。髪の毛はややぼさぼさ気味だけど、その顔つきは端正にしてワイルド。鷹のように鋭い目つきが印象的な、はっきりいってイケメン。それはまぎれもなく、真理だった。

「真理くん?」

「よおお。よかったな。たまたま俺が通りかかってさ。でなきゃ、おまえ死んでたぜ」

 真理が笑った。それも、助かってよかったなあっていう感じではなく、なんというか、すこし邪悪な感じのする笑みで。

「あ、あの、あたし、どうなったの?」

「なんだ、覚えてないのかよ。おまえは、あの変態に殺されたんだ」

「え、殺された? だって、生きてるよ」

「だから、生き返ったんだよ。俺の手によってな」

 真理はそういって、「くくくく」とさもおかしそうに笑う。

「い、意味わかんないんですけど?」

 ひかりが不安げにそういうと、真理は踊った。「ふはははは」と不気味に笑いながら踊りまくった。

 え、ええっと、頭だいじょうぶ、真理くん?

 なんてことを、思いはじめたころ、真理はオーバーアクションの末、右手を大きくふりかざし、びしっとひかりを指さす。

「ひかり、おまえはサイボーグだぁあああ!」

「へ?」

「なんだ、リアクション薄いな」

「あ、ああ、冗談ね」

 そういうと、真理の顔が激変した。地球の終わりかとつっこみたくなるほどの落胆ぶりだ。

「なんだよ、その反応! まあ、女はそんなもんか? ふつう、サイボーグになったといわれたら、喜ぶか悲しむかするだろ?」

 ええ、そっかな? 悲しむのはともかく、喜ぶ人なんかいるんだろうか? っていうか、それ以前に誰も信じないに決まってる。

「しょうがねえなあ」

 真理は困った困ったとでもいいたげな顔で、なにやらそばにあった機械を操作した。白い壁の一部がカーテンのように開き、大画面モニターが現れる。

「今、このカプセルの中でなにが起こってるのか見えないだろう? 中にカメラが仕込んであるから見せてやるよ」

「こ、これは?」

 画面に映し出されたのは、大の字になった体だった。案の定、手足には枷が嵌められ、衣服はなにも身につけていない。それは予想どおり。だが、そこには想像もできなかったことが展開されていた。

 上半身はほぼ白い肌で覆われているのだが、下半身の大部分は筋肉がむき出しになっている。ただ、そのところどころには皮膚ができつつある。そんな感じだ。

「な、なにこれ?」

「だから、今のおまえの体だ」

「きゃ、きゃああああ! 見ちゃいや」

 むき出しの胸を隠そうにも、両手は枷のせいで動かせない。

「気にすんな。俺のことは医者だと思え」

「医者って、……真理くん、高校生じゃない?」

「無免許だけど、そこらへんの外科医より、腕は数段上だ。っていうか、天才外科医だぞ、俺。ま、IQにしろ、じつは800ほどある」

 は……はあああ?

 なにそのマンガでも恥ずかしくてやらないような設定は?

 思わず、そうつっこみたくなったが、そんな場合でもない。

「じっさい、親父の病院で何度も手術してる。秘密だけどな。だから、俺のことは主治医だと思え」

 そ、そんなこといったってぇ。

 同級生の男に、全裸のまま大の字になった体を見られて平気な女の子はいない。

 もっとも大事な部分は、筋肉が露出していて、いやらしくもなんともない。グロいだけだった。

 だけど、これって……。

「と、トリック?」

 ひかりは思わずいった。まさかこれがほんとに自分の体だとは思えなかったからだ。

「案外、疑り深い性格してんだな、おまえ」

「だ、だって……」

 動かせる範囲で腰を左右に揺すってみた。モニターの体もその通り動く。

 え? え? え? ほんとにこれ、あたしの体なの?

「おい、体を動かすなよ。今まだ外側を作ってるところだからな」

「ど、ど、ど、どういう意味なの、それぇえ?」

「どういう意味って、そのままの意味だ。この液体は人口細胞の培養液で、皮膚組織を作ってる」

「だから、あたしの下半身は筋肉丸出し?」

「そう。っていうか、それすら理解してなかったのかよ?」

「あ、あたしの……体はっ?」

「しょうがねえだろ? 内臓ずたずたにされたし、全部入れ替えないと無理だったんだよ」

「い、入れ替えって? なにと? この体はなんなんですかぁあああ!」

「だから、人工的な体。サイボーグだっていってんだろ?」

 頭がぐるんぐるん回る。え、え、え、ええっと、つまりぃ……。

 もう、わけわかんないですぅううう。

「わかるように説明してよっ!」

 真理はため息をついた。

「じゃあ、主治医としてまじめに話してやろう。おまえの体は内臓がずたずたになって修復不可能だった。おまけに出血多量で心臓が停止して、復活しなかった。だから、おまえの血液を人工心臓と人工肺に繋いで、まず頭だけは残した。その間に、体のほうを作って……」

「え、え? ちょっと待って。作ったとかかんたんにいってるけど、今のあたしの今の体はなんなの? なんでできてるの?」

「ん。そうだな……、骨格は軽いけどものすごくじょうぶな金属製だし、内臓はすべて人口のもの、筋肉は電気刺激で伸び縮みする人工筋肉だ。もちろん、脳はおまえ自身のものだけどな。筋肉を覆っている皮膚組織は人工有機体。すくなくとも見た目や感触は人間の肌と変わらない。そして、ほぼできあがってるけど、人工有機体の皮膚と皮下脂肪だけは形成にあと一日かそこらかかる。それまではこの中に入っててもらうしかないな」

 人工? 内臓も筋肉も作り物?

「内臓は人工物だけど、人間のものよりむしろ高性能だからふだんの生活になんら問題はないぜ。ご飯も普通に食べられるし」

 ご飯。ご飯は食べられるんだぁ……。

「それとまあ、食べたり飲んだりしたら、その分出るもんも出る」

 そ、そうなんだぁ……。

「ただ、人工筋肉を動かすには電気が必要で、これは食べ物を分解するカロリーで作り出すのはむずかしいし非効率的だから、電池を使う。小さいけどハイパワーで長持ちするやつだ。充電式で、ふつうに生活するだけなら、一週間に一度くらい、寝ているときにコンセントに挿しとけばいいから」

 うわっ、ほとんどスマホだ。ううぅ、あたしはスマホ女。

「内臓や筋肉に異常があれば、痛みのかわりに脳内で警報が鳴るから。その場合は、パソコンかスマホにアクセスすれば、どこに異常があるかわかる仕組みになってる。っていうか、その場合、おまえのスマホにメールが行くようになってるから。そのときはまた俺のところに来りゃいい」

 な、なんじゃそりゃあああ?

「それと、身体に異常が出た場合、この研究所にもデータが送信される。その場合、GPSでそっちの場所も特定できるから心配するな」

 場所の特定って、プライバシーってもんが……。

「まちがって毒とかへんな薬が体内に入った場合、胃や腸では痛みを感じないけど、それが血液に混じって脳に行かないよう、途中でシャットアウトする仕組みになってる。その場合、警報は出るけどね」

 毒殺される心配なんか生まれてからしたことないんだけど……。

「ただ皮膚は人工有機体だから血が流れてるし、神経だって通ってる。だから感触があるし、痛みや熱さだって感じる。あ、それと首から上はいじってない。体作ってる間、脳といっしょに生かしておいたから」

 え、そうなの?

「だから味もわかるし、匂いもわかる。声も変わらない。顔の表情とかも前のままだ」

 すこし安心した。

「なにか、質問あるか?」

 質問。いくらでもありそうだったけど、なにも思いつかなかった。あまりのことに思考が停止してしまったんだろう。

 かわりにものすごい眠気が襲ってきた。

「な、なんか眠い」

「ああ、薬のせいだ。皮膚を形成するときは、あまり動かずにリラックスしてたほうがいいから、そういう薬を使ってる」

「……とりあえず、寝る」

 いうかいわないかのうちに、ひかりは眠りに落ちた。

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