ごろごろどっしゃん娘
南野海
第1章 サイボーグ娘誕生
1
「ね、ねえ、敬子。前のほうに変な人がいるよ」
「ほんとだ」
敬子は目を輝かせ、にんまりと笑う。
放課後、学校から駅までの通学路、大きな通りから住宅街に入ったすこし狭い道のことだ。季節は春。新学期というか、高校の入学式からまださほど日がたっていない。桜は散り、まだ暑くはないが、もう寒くもない。なのに、数十メートル先にいる男は季節外れの長いコートを着ていた。
「ま、まさか、変態さんじゃ?」
ひかりは怖々と最悪の事態を口にした。
「かもね~っ。どうする、ひかり? いきなりコートはだけて、中は素っ裸だったらさ」
そういう敬子はじつに楽しそうだ。やや短めの茶髪という活発なルックスに、悪戯っ子のような表情はよく似合う。
敬子は中学時代からのつき合いだが、そのころからこんな感じだ。好奇心旺盛で気が強く、いたずら好き。
高校入学早々新聞部に入部したのもそのせいだろう。こういうシチュエーションは大好きなのだ。制服であるグレイのブレザーのポケットから小型のデジカメを取りだした。写真撮影のためだけを考えれば、やっぱりスマホより便利らしく、いつも持ち歩いている。
一方のひかりはといえば、長~い黒髪を左右で三つ編みにしているし、それと眼鏡とのコンビネーションで、いかにも文系女子というか、内気で本ばかり読んでるイメージ。おまけに小柄な体に、制服もだぼだぼ気味で、いかにも運動が苦手そう。ついでに顔も地味。そう思われているらしい。そしてそれは大きく外れてはいなかった。
だから、もし向こうにいる男がほんとうに露出狂の変態男だったら、卒倒する自信がある。
「ねえ、遠まわりしようか?」
「なにいってんのよ、ひかり。もし、ほんとの変態男ならスクープじゃない」
「え? あたしはスクープより、安全のほうが……」
「だいじょうぶだって。ほんとうに変態だったら、目の前でフラッシュ焚いて、ナニを蹴り上げてやるから」
敬子ならほんとうにやりかねない。
そんなことをいっているうちに、その話題の男との距離はつまっていた。ほんの数メートル先をこっちに向かって歩いている。
男はごつくこそないが意外に長身で、もし凶暴なタイプだったらかなり危険そう。年はたぶん三十を超えてて、そのわりにぼさぼさの長髪だった。顔はべつにへらへらしてるわけじゃなく、どちらかというと虚ろな表情をしていた。
脇を通りすぎようとしたとき、その男は立ち止まった。
わわわっ、こ、怖いよぉおおお。
「なによ、おっさん。粗末なものでも見せるつもり?」
敬子が過激な台詞で煽る。
「粗末なもの? 見たいのか?」
男はにんまりと笑う。
うわっ、ほんとに変態さんだよ、この人っ! ぞぞぞぞぞぞ。
「だ、だれがっ!」
敬子の声も心なしか震えてた。
「見たいかぁあ? 粗末なものが見たいかぁあああ?」
男は不気味な笑顔で、歌うようにそういうと、コートを大げさにはだけた。
「ぎゃああああああ!」
ひかりは反射的に叫ぶ。
とはいっても、コートの中は素っ裸じゃなかった。もちろん、ズボンの肝心なところだけがくりぬかれていて、あそこだけが丸見えとかいうマニアックな格好でもない。
服装自体は、普通のズボンに白いワイシャツといたって普通。ただし両肩からたすき掛けに幅広のベルトのようなものをしていた。それには無数のナイフがくっついている。それも刃渡り数十センチはありそうな馬鹿でかいやつばかり。
それどころか、コートの裏生地からはいろんなものがぶら下がってる。鉈、斧、植木ばさみ、はてはサーベルやら日本刀まで。
まさに凶器、凶器、凶器。ただの変態じゃなくて変態通り魔だった。
「粗末かぁあ? これでも粗末かぁああ!」
男は植木ばさみを取り出すと、それを両手でもってしゃきーんと開いた。
こんなの、なんかのホラー映画にあったよぉ!
ぐいと手が引っぱられてた。敬子だった。必死の形相で叫ぶ。
「なにぼやっとしてんのよ。逃げるよ」
男は、ついさっきまでひかりがいた位置に、しゃきーんと植木ばさみを切り下ろす。敬子に引っぱられなければ、今ごろ死んでた。
「ぎゃあああ」
ふたりで叫びながら、駅に向かって猛ダッシュ。ところが、ここから駅方向は下り坂になってる上に、敬子のほうが明らかに速いので、手を引っぱられているひかりは足を取られる。
早い話がすっころんだ。
ごろごろごろ~っ!
「うひゃあああああ」
どっしゃ~ん。
ひかりは坂道を転げ回り、それは走るより速いくらいだったが、とうとつに終わった。ゴミ置き場になっている電柱のゴミ袋の山につっこんだからだ。
「ひゃああ。ゴミは朝に出してよ」
もっとも昼に出す人、あるいは曜日を守らない人がいたからこそ、ゴミ袋がクッションになったともいえるが。
「ひかりのどじっ娘!」
敬子に襟首を掴まれ、引きずり起こされた。
もっとも不平を口にしてる場合じゃない。男は不気味に笑いながら、両手ではさみをかざしてこっちに向かって走ってくる。
「ひゃああああああ!」
「ひひひひひひ。ちょっきーん、ちょっきーん」
「なにが、ちょっきーんだっ!」
敬子の叫び声。それにがきーんという激突音が響く。
なんと打ち下ろされた植木ばさみの間に、敬子の持った金属バットがはさまっていた。みょうに曲がっていることといい、ここのゴミ捨て場に捨てられていたものらしい。
「ぬおおおおお?」
一瞬、男の顔に困惑の表情が。
しかしふたたびにやっと笑うと、あっさりと植木ばさみを手放し、かわりに斧を手にした。
「与作が木~を切るぅう。へいへいほお~っ、へいへいほお~っ♪」
歌いだす。
しかし、敬子、へいへいほお~っのタイミングで繰り出された一撃を下からかち上げる。斧はくるんくるんまわりながら空高く上昇。そのまま落下してきた。
それはひかりの目の前五センチくらいを通過し、足のすぐ手前の道路に突き刺さった。
「ぎゃぎゃぎゃ」
ひかりは卒倒しそうになったのを、かろうじてこらえた。
ついに変態凶器男と敬子の、日本刀と金属バットのちゃんばらがはじまった。
「この、この、小娘がぁ、さっさと斬られろ」
「冗談じゃないって、この変態。死ね、死ね」
変態男はべつに剣道の達人でもなんでもないらしく、ひかりの目で見ても、すばやい攻撃とはいえず、敬子でも充分相手になるようだった。
「ひかり、見てないで、警察呼んで」
「あ、う、うん」
ひかりがスマホを取り出すと、なにを血迷ったのか、変態男、敬子を無視し、目を血走らせてひかりのほうへ向かってきた。
「ひゃああああああ!」
「こら、待て」
敬子は背を向けた変態男の後ろからバットを振り下ろすが、当たらない。
どしゅん。
え?
一瞬、なにが起こったのかわからなかったが、変態男の刃がひかりの体を貫いていた。
自分の腹から刀が生えている。
う、嘘でしょう?
二、三秒遅れて、猛烈な痛みと熱さが……。
「ひかりっ!」
「祟りじゃあ」
男はわけのわからんないことをわめきながら、刀を抜いた。
どっぴゅうう。
真っ赤な血が噴水のように噴き出す。同時に力も抜けていった。叫ぶ力さえない。
「祟りじゃあ」
男はまた突き刺した。今度は胸。引き抜く。
びゅわあああ。また血が噴く。息ができない。
「祟りじゃあ」
ぐさっ。どっぴゅうう。ああ、なんか血がきれい。
魂が体から分離しはじめ、なんか人ごとのよう。
「祟りじ……」
後ろから敬子のバットが、そいつの頭をはり倒した。男は血を流しながら、ごろごろと坂を転がり落ちていく。
「ひかり、ひかりっ!」
敬子。泣かないで。それより早く、救急車を……。
いつの間にか、倒れていたらしい。敬子が上からのぞき込みながら泣いていた。
「ひかりが死んじゃったぁ」
生きてる。まだ、生きてるからっ。……でも、声が出ない。ああ、ほんとに死んじゃうの?
そのとき、誰かが敬子を押しのけ、首に手を当て、脈を取る。
え? 真理くん?
制服のブレザーを着たかっこいい男。それはクラスメイトの
「まだ生きてる。俺んちの病院はすぐそこだ。救急車より早い」
真理くんの家って病院だったの? ……なんでもいい。なんとか……して。
視界が黒くかすんでいく。敬子がなにか叫んでいるけど、もう聞き取れない。
敬子、敬子。……し、真理くん……。
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