第2章 サイボーグ娘覚醒

「ひかりぃ」

 朝、教室に行くと、敬子が抱きついてきた。

 ひかりにとってはひさびさの登校。

「もう、だいじょうぶなの?」

「うん。敬子には心配掛けたよね。ごめん」

「なあにいってんのよ。でも、よかった、よかった」

 気丈な敬子が涙ぐんでる。

「ところで、あんた、……胸すこしおっきくなってない?」

「そ、そんなわけあるわけないでしょ?」

 ほんとはそんなことあるわけあった。計ったら、なんと十センチ近くアップしていた。

「ま、それもそうだよね」

 そういいつつ、敬子はひかりの体をまじまじとながめ、不思議そうに小首をかしげる。

 きっと、あれ、こんなに脚も腰も細かったかな? とでも思ってるんだろう。

 まあ、それだけだったらやつれたんだろうですむけど、でかくなったバストはそれと矛盾する。

「ま、まあ、元気でなによりよ」

 真理はその様子をすこし離れているところからながめていたが、終始無言だった。そういえば今回の件で、すごく傲慢でおしゃべりなやつっていうイメージができたけど、本来教室ではこんな感じだった。近寄って来さえしない。

「雨神さん、災難だったわね」

「ひかりちゃん、だいじょうぶ?」

「けっこう元気そうだよね」

 一方、他のクラスメイトたちはやたら集まって声をかけてくる。

 なにせ、自分は凶暴な変態に日本刀でめった刺しにされたのに、奇跡の生還をした女なのだ。学校でも一躍有名になってるはず。さして親しくないクラスメイトまでいかにも心配そうな顔をしてくる。正直すこしうざかったが、もともと内気なひかりは、「ありがとう、ありがとう」とぺこぺこ頭を下げまくった。

 もっとも敬子の他に、ひかりの微妙な体型の変化に気づいたものは誰ひとりとしていなかった。たぶん、今まで、男子をふくめ、誰もそんなもの気にしてなかったのだろう。そう考えるとすこし悲しい。

 すこしすると担任の先生がやってきてホームルームがはじまった。そして、その後、とくに問題なく時間は過ぎていった。


   *


「敬子、いっしょに帰ろう」

 放課後になると、ひかりは敬子に声をかけた。

「うん。それがさあ、ちょっと部活で抜けられなくて」

「そうなんだ」

「あの日、あたしたちを襲った変態がいるでしょ」

「うん」

「あいつ、まだつかまってないのよ」

「え、そうなの?」

 それははっきりいって意外だった。あんな事件を起こして、おまけにたしか敬子に後ろから殴られて転がり落ちたくせに。

「あのときは、あんたのことが心配で、あいつのことなんかほっといてた。警察が来たときにはもう逃げちゃってたんだ。だから、あたしたち新聞部は、柔道部や剣道部の男子と組んで、変態狩りをしてるんだけど……」

「危ないよ。そんなの武道系の男子に任せておけばいいじゃない。新聞部って、ほとんど女子でしょ?」

「まあ、そうなんだけどさ。あいつら、役に立つのは戦うことだけで、人を探したりするのは得意じゃないのよ」

 まあ、そうかもしれないけど、それは新聞部だって大差ないんじゃないだろうか?

「いや、うちらはこのあたりをいろいろ取材したりしたことあるから、住民と顔見知りだしさ。地理にも詳しいのよ。探偵の真似事するなら、ぜったいあいつらよりは役に立つって」

「そうかもしれないけど……」

「もちろん、ほんとうの目的は、変態をつかまえるところを写真にとって、学校新聞に載せるため」

 敬子はそういうと、ちょっと照れたように笑った。

「だいいち、ひかりだって、あいつがまだこのへんをうろついてるかもしれないと思ったら怖いでしょ? 早いところ、とっつかまえないと、みんな不安なのよ。もっともあたしたちが動いてるせいか、あるいは警察の見回りが増えたせいか、あいつ、あれ以来姿を見せてないんだけどさ」

「それはわかるけど、ほんとにだいじょうぶなの?」

 なにせ相手は刃物を常備しているのだ。おまけに相手を刺すことを躊躇しない。いくら腕に覚えのある男子生徒を集めたといっても、危険すぎるんじゃないだろうか?

「もちろん、見つけたら、スマホで連絡を取り合って仲間を呼ぶのよ。ひとりで立ち向かったりはしないから。それにもちろん、護身用の武器だって持ってくしね」

 そういって、敬子は伸縮式の警棒を取り出すと、しゃきーんと伸ばしてみせる。

「まあ、取り押さえるのは男子の役だけどね」

「たいへんねぇ。彼らも新聞部につき合わされて」

「そうでもないよ。だって、新聞部ってけっこうかわいい子そろってるじゃない? あいつら、内心喜んでるって。だって警備の名目で、あたしたちとペアで行動できるんだよ」

 敬子はぺろっと舌を出した。

 そういわれればそうかもしれない。もっとも、それだと、数少ない男子新聞部員と組まされた武道系男子は外れだと思うだろうなぁ。などとのんきなことをひかりは考えた。

「あ、でもやっぱりひかりを駅までは送るよ。そのペアの男子といっしょにさ。ひとりで帰るの怖いでしょ?」

 正直にいうと、もう怖くなんかなかった。なんか遠い昔のできごとのような気がする。あれから人生をひっくり返すできごとが起こり、あの変態のことなど頭から消え去っていた。

 そもそももうナイフや日本刀ではひかりの体を貫けない。傷つくのはせいぜい人工有機体で形成された皮膚と皮下脂肪くらいで、人工筋肉は通常の刃物など通さないのだから。生身である頭部への攻撃さえかわせば、もうあんなやつにやられることなんてない。

「ちょっと待ってて。相棒、呼ぶから」

 敬子はスマホで誰かに連絡を入れた。

 しばらくしてやってきたのは、柔道着を着たごつい大男だった。

「オス。柔道部の大田原だ。君を駅まで送らせてもらう」

「もう、頼りにしてますよ。大田原先輩」

 敬子がぺーんと肩を叩くと、大田原はその鬼瓦のような顔を赤く染める。

「い、いや、……まあ、まかせんかいっ!」

 ひょっとして敬子に惚れてるんだろうか? なんか利用してるようで、申し訳ない。

「あ、あの、よろしくお願いします」

 つい、ぺこぺこと頭を下げてしまう。

「お、おう。大船に乗った気で、……いたまえ」

「もう、やあねえ、大田原先輩ったら。純情なんだからっ」

 また、敬子がぺーんと背中を叩いた。

 大田原はさらにめろめろになった。ひょっとしたら、頭の中でひかりは変態に襲われたか弱い女生徒で、自分はナイトに任命されことになっているのかもしれない。まあ、あながちまちがいでもないが。

「じゃ、行こう」

 敬子の号令で、三人は教室を出ると、昇降口に向かった。

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