ひかりは駅に向かう坂道を、並んで歩く敬子と大田原のあとをついていった。

 なによ。ひょっとして敬子もけっこうその気なんじゃないの?

 たしかに敬子は中学のときから、弱そうなイケメンより、強そうで、それでいておもしろいタイプのほうが好きそうだったけど、極端すぎるんじゃないの?

 そう思えるほど、敬子は大田原に親しそうに接し、大田原のほうはそんな環境になれていないのか、緊張しまくっている。なんにせよ、変態男を必死で捜しているようには見えない。たぶん、他のチームも似たようなもんなんだろう。

「もう、やだっ、大田原先輩ったらぁあ」

 ぺーん。敬子は、今度は大田原のお尻を叩いた。なにに対してのリアクションなのかは知らない。話を聞いてなかった。

 スキンシップが嬉しいのか、大田原は赤い顔でがははと笑う。

 なんか、デートしてるカップルのあとをついて歩いているようで、馬鹿馬鹿しくなった。

 変態男を口実に、部活間男女交流してるだけじゃない。

 ひかりはそう思ったが、とりあえず、駅までは我慢することにした。なにも見回りにつき合わされるわけじゃあるまいし。

 ひた。ひた。ひた。ひた……。

 なにげに後ろから足音を感じる。ひかりは思わず振り向いた。

 季節外れのロングコート。見覚えのある不気味な顔。それがひかりを見ると、にぃっと笑った。

「ぎゃあああ。出たあっ」

「なに?」

 ひかりの叫び声に、いちゃいちゃモードだった敬子と大田原もふり返る。

「任せろ」

 大田原はひかりと敬子の前にずいと出ると、変態男に対して構えた。両手を開いたまま前に伸ばす柔道の構え。

 敬子はスマホを取り出すと、仲間に連絡を入れた。

「ひゃ~はっはははは」

 変態男が大田原をあざ笑いつつ、コートの中から取り出したものはチェーンソウだった。

「え?」

 大田原、ちょっと間抜けな声。

 どるん。ばるるるん。

 変態男はチェーンソウのスターターロープをぐいっと引っぱると、エンジンを始動した。

 いっちゃなんだけど、大田原先輩になんとかできる武器は、せいぜい棍棒かナイフくらいまでだろうな。っていうか、前回の日本刀だって無理だと思うけど、どうする気だったんだろう。

「覚えてるぞう。おまえは、俺が刺した女」

 変態男はひかりを見て、にかっと笑う。おぞぞぞぞ……。

「そしておまえは後ろから俺を殴り倒した女だ」

 こっちは敬子にいったらしい。

「切りきざんでやるぞ。どるーん。ばるるる~ん」

 まず最初のターゲットになったのは、敬子らしい。変態男はチェーンソウを構えたまま、敬子めがけて突進した。

「やらせるかっ!」

 なんと大田原先輩、逃げ出すかと思いきや、敬子の前に立ちはだかった。

 意外と男気のある人? でも、それじゃあ、死んじゃう。

「邪魔だぁ。男は斬りたくねえ。刃が腐る。どけっ!」

「だ、誰が、……どくかぁ」

「きゃああああ!」

 天につんざく敬子の声。

 大田原は敬子の盾になったはいいが、むしろ、立ったまま腰を抜かしている様子。

 振り上げられた回転する刃が、大田原の脳天をかち割ろうと、振り下ろされた。

 ひかりは反射的に大田原をけっ飛ばした。

 チェーンソウは、歩道に食い込みながらも、ぎゃりぎゃりと回転を続けていた。そこにいたはずの大田原は、そばのコンクリートブロック塀にめり込んでいる。

「え、え? なに?」

「な、な、なんだとう?」

 敬子と変態男の両者からは驚愕の声。なにが起こったかわからないらしい。もっともわかられても困るけど。

 この前の実験から、今のひかりのパワーは女子高生離れ、というか、人間の限界近くまでは出ることがわかっている。ただ、今、大田原を蹴飛ばしたパワーは、それをちょっと上回っていないだろうか? 相手の狙いを外すだけのつもりが、けっこうダメージがあったりして……。

 ひょっとして、必死だったせいで、瞬間的にリミッターが外れた?

 だが、深く考えている暇はない。半狂乱になった変態男が、ふたたびチェーンソウを振り上げた。

 どどどどっ、ぎゃるるるるるぅ。

「ぎゃああああっ」

「しっかりしてよ、敬子。前はあんなに勇敢だったじゃない?」

「だめ。あの音と、あの回転が……耐えられない。……う~ん」

 敬子が腰を抜かした。ついでに失神したらしい。

 前回、日本刀のときは、あんだけ勇ましかったのに、どうもチェーンソウは生理的にだめなようだ。

「ひゃはははは。悪魔のいけにえぇええええ!」

 変態男、チェーンソウを敬子の首めがけて振り下ろす。

 ひかり、気を失った敬子を思い切り、引っぱり寄せ、狙いを外す。

 回転する刃は、ガードレールにぶち当たり、火花を散らした。

 ぎゃあああああん。

 不可解な金属音とともに、切れていくガードレール。

 その間に、ひかりは敬子をお姫様だっこしつつ、逃げた。

「ま、待て。待ちやがれ」

 ぎゅららららん。

 ふり返ると、変態男、ガードレールを切断し、追ってきた。目の色変えて。

「もう」

 後ろから斬りつけられたら敵わない。背中ならともかく、後頭部をかち割られたら終わりだ。

 ひかりは敬子を歩道に置くと、Uターンした。変態男に向かって走る。

 なんとかなる。敬子をかついで走れる自分は、相当身軽だ。重いチェーンソウに振りまわされてる男に負ける気がしなかった。

 たとえば、剣道の面のように振りぬいてきたり、正面から突いてきたりしても、横に逃げればいいのだ。それくらいは余裕でできるスピードがあるはず。

 だが予想に反し、変態男、正面に振り上げたチェーンソウをまるでバッティングでもするように横から振ってきた。

「え?」

 刃は左からひかりの脇腹めがけて飛んでくる。

 ひかりはとっさにジャンプした。それもできるだけ、高く。

 助走があったせいもあってか、たぶん二メートルくらいは飛んだだろう。チェーンソウは真下を通過する。

「だあっ!」

 ちょうど蹴りやすいところに、相手の顔面があったから蹴った。跳び蹴り。

「ぎょわあああ」

 変態男は宙に舞った。

 大げさではなく、それこそ縦にぐるんぐるんと。たぶん、三回くらい。

 ひかりが着地するころ、変態男落下。とりあえず、背中から落ちたから死なないだろう。きっと。

 しかし、なぜか変態男の手には、チェーンソウがなかった。

 どるん、ばるばる。

 不快の音につられて上を見た。

「ひゃああああああ!」

 チェーンソウが回転してる。いや、刃が回転してるのはもちろんだが、チェーンソウ自体が回転していた。まるでブーメランのように。

 しかもそのまま落ちてくる。ひかりめがけて。

 それどころか、チェーンソウは唯一生身の顔面に向かってくる。

 ひかりはとっさに手で払った。というか、殴った。

 さいわい、回転している刃ではなく、中心の柄の部分だったようだ。拳は傷つかない。

 かわりにチェーンソウが折れた。

 そのまま地面に激突。チェーンは外れ、エンジンも止まった。

 我に返ったとき、まわりには多くの見物人。

「だいじょうぶかい、君?」

 声をかけてきた男がいた。まだ若い男で、たぶん二十代前半。痩せているがなぜか華奢な感じはしなく、みょうにしぶとい雰囲気がある。やぶれたジーンズに、ボロいシャツ、それに変なキャップのせいかもしれない。あるいはいいかげんそうな顔つきのくせに、目つきだけ鋭いせいだろうか?

「だ、だいじょうぶです」

「ふ~ん。なんかすごいね君。あの飛び蹴りは空手の高段者でもなかなかできないな。それにチェーンソウを折るなんて」

「た、……たまたまですっ」

 男は探るようにひかりを見つめる。

「へえ? そうとは思えないな」

 そういって唇をゆるめた。まるでおいしい獲物でも見つけたように。

 すぐにパトカーの音がした。駆けよってくる警官。

「んじゃあね」

 その正体不明の男は、ひかりに背を向けた。

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