10

「ぎゃっ」

 顔面に飛んできた水貴の後ろ回し蹴りをかろうじてブロックしたものの、ひかりはふっとばされた。

「ま、まいりました、水貴先輩」

 ふうっとため息をつくと、水貴は困った顔をする。

「もう、しっかりしてよ、ひかり。こんなんじゃ、先が思いやられる」

 ふたりは道着を着ていた。ここは、聖総合病院の一室を改装した武道場。

 今までも、ひかりは水貴から簡単な打撃の基本などの手ほどきを受けていたが、今回、明確な敵が現れたことで、本格的な訓練がはじまった。

 スパーリングに次ぐスパーリング。

 さいわい、ふたりの体は多少の打撃を受けても壊れることはない。痛みすら、人工有機体である皮膚と皮下脂肪にすこし感じるだけで、内臓や骨に響くような深いものではない。そっちには神経がないのだ。

 だから、お互い素手で、グローブなどはつけていない。ただし、顔面は生身なので、ヘッドギアだけはつけている。

 もちろん、ふたりともパワー全開ではない。水貴は水を飲まず、スチーム筋肉は使っていないし、ひかりとて通常の充電状態で、リミッターも効いている。

 それでも、普通の人間よりはずっと速く、力強い打撃の応酬になってしまう。

 ひかりは何度やっても勝てなかった。

 水貴は、サイボーグとしてはひかりよりも旧式ではあるが、技では到底ひかりの敵う相手ではない。空手、柔道、ボクシング。子供のころからそういうのが大好きだったらしい。

「いい、ひかり? この前みたいな、落雷をパワーに変えるなんて、そうそうできることじゃないし、あれはあれで危険よ。パワー全開したあと、動かなくなるんだから」

 それはいわれるまでもなく、わかっていた。動けなくなる副作用以前に、パワーがつきすぎるのと、リミッターが外れてしまうので、うまく力を制御できなくなるし、充電した直後、再起動するまでいったん動きが止まる。おまけに精神的にもちょっとおかしくなる。

 街中にある電線とかからの充電なら、あそこまで極端なことはなくなるのかもしれないが、やはり諸刃の剣であることにかわりはない。通常の力で勝てればそれに越したことはないのだ。

 そのためには技を磨くしかない。

 水貴にしろ、スチーム筋肉の弱点は自分でよくわかってる。だからこそ、パワーに頼らず戦う方法を模索しているのだ。

「すこし、休憩したら?」

 声をかけてきたのは理科子だった。

 理科子は道場に持ち込んだデスクとパソコンの前に座り、スパーリングの解析をしている。

「じゃ、すこしだけ」

 水貴がそういったので、ひかりはほっとした。

 そしてパソコンのモニターのデータを見つつ、反省会。

 理科子がいうには、ひかりのパンチやキックは、力がうまく末端まで乗っていないらしい。また防御の反応が遅い。だから勝てない。

 そうなのだ。水貴はべつに複雑なコンビネーションを使ったり、フェイントを掛けたりはしてない。

「……というわけだから、ひかりちゃん、もうちょっと、がんばってね」

「は……はい」

「水貴ちゃんは喉渇かない?」

「いえ。スチーム筋肉は使ってないから」

「そうみたいね。だけど、べつに封印する必要はないのよ。ただ頼り過ぎちゃダメ。ここぞという瞬間瞬間で使えば、長持ちするわよ。そういうことを覚えなきゃ」

「わかりました」

 一見、頼りなさそうな理科子だったが、いうことは適切だった。

「ふたりとも、がんばるのよ。真理を取りもどすんだからね」

「はい」

 理科子は笑った。ここんところずっとふさぎがちだったのに、ようやく元気を取りもどしたみたいだ。

「すくなくとも真理は生きてるわ。だって、この前のサイボーグは真理にしか作れないもの。きっと悪者に無理矢理作らされてるんだわ。だから、なんとしても助けなくっちゃ。そう思って、強くなることにしたの」

「そうですよ、理科子さん」

 水貴も笑う。ひかりはそれを見て、ぶんぶんとはげしくうなずいた。

 強要されているといっても、拷問されてるってこともないだろう。殺される心配もない。向こうにとっても、真理の頭脳はかけがえのないものなのだから……。

「でも、相手は何者なんでしょう? いったいなにが目的で……」

 ひかりはずっと疑問に思ってたことを聞く。

「それもずっと考えてたの。ただ、たったひと月くらいで、あんなサイボーグを作っちゃうなんて、いくら真理が天才だって、それなりの施設がないと無理よ。だから、相手ももともとサイボーグを研究してたってこと。となると、可能性は狭まってくるわ。あたしは、ぜったい麗狼院博士が絡んでると思う」

「誰ですか、それ?」

「数年前に行方をくらませた、天才科学者。サイボーグ研究の第一人者よ。まあ、真理をべつにすればだけど」

「その天才科学者が真理くんを誘拐したんですか? 自分にできないことをやらせるために?」

 なんか納得がいかなかった。科学者なら、自分自身の手で完成させたいんじゃないんだろうか?

「きっと、真理の技術と自分の技術を合わせることで、よりすごいものを作りたかったんでしょうね」

「だけど、その麗狼院って人は、どこから研究資金を?」

 水貴が聞いた。

「これはこの業界の噂だけど、『四霊門』っていうところがバックについてるって……」

「四霊門?」

「一説によると、世界征服を狙ってるっていわれる秘密結社よ」

「はあ? ……って、いや、ありえるかも」

 水貴は真顔になった。

 たしかに、この前の蜘蛛娘は明らかに戦闘用サイボーグだった。ああいうのを量産するつもりだとすると、本気でそういうことを考えてるのかもしれない。

「だから、あなたたちふたりは人類にとっても重要なのよ」

「それって、ひょっとして、あたしと水貴先輩に、人類の敵と戦えってことですかっ?」

「そんな責任を負う必要はないけど、真理を取りもどそうとすると、そうなっちゃうのよ」

 理科子はあっけらかんといったが、水貴は顔色を変えた。

「ひかり。休んでる暇なんかないよ。特訓、特訓」

「え、もうですか?」

 ひかりは水貴に手を引かれ、畳の中央まで連れていかれると、いきなりぶん投げられた。


 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ごろごろどっしゃん娘 南野海 @minaminoumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ