「まさか、あのふたりが負けるなんて……」

 麗狼院は研究所の自室で、工事現場に設置した隠しカメラの映像を見ながらつぶやいた。

 聖真理の技術に、自分の持っていたノウハウをプラスして作り上げた最強のサイボーグ。急ピッチの突貫工事とはいえ、完成度に問題はなかったはずだ。

 ひかりと同じ、骨格と筋肉構造を持ち、プラス特殊兵器内蔵。おまけに不完全な性能とはいえ、手先となるサイボーグもひとりずつつけた。地の利もあった。作戦だって完璧だったはず。負ける要素なんかこれっぽっちもなかったのに。

「ふははははは。やるじゃないか。水貴も、ひかりも」

 となりで笑い声を上げたのは、真理だった。

「なにがおかしいの。負けたのよ、あなたとあたしで作り上げた最強のサイボーグが、旧式のやつに」

「だけど、水貴がビール飲んで強くなるのは予期できなかった。自分で作っておいてなんだけど」

 そういって、げらげら笑う。

「笑いごとじゃないわ」

 たしかにただの水より、アルコールは沸点が低い。早く蒸発するだろうし、炭酸が入っていれば噴き出す空気がパワーを増すだろう。しかし、だからといって、あんなマンガみたいな……。

「それに、ひかりもだ。あいつ、パワーを得るために、わざと自分に落雷させたぞ。むちゃくちゃだ」

 真理はふたたび、笑い狂った。

「そうよ。あの変な装置はなに? 時計からワイヤーが飛び出したみたいだけど」

「ふん。ただの充電器だ。まさか、ああ使うとは思わなかったがな」

 だが、けっきょく、それが原因で負けた。

「しかし、よくやるよな。あんな無茶すれば、そのあと動けなくなるのはとうぜんだ」

 たしかに、ひかりは超パワー解放のあとは、副作用で動けなくなっている。それが最大の弱点だ。それともうひとつ、リミッターのせいで普段はパワーを全開にできないらしい。

「今回負けたのは、性能の差じゃないぜ。というか、戦いに勝てるかどうかは、サイボーグとして優秀かどうかとはまたべつだ」

「じゃあ、なによ。明らかにこっちが有利な戦況だったじゃない?」

「ボディはしょせんは機械。動かすのは人間。つまり、脳だ」

「人間の資質で、負けたっていうの? そんなバカな。たしかに熱田水貴は成績優秀でスポーツ万能。おまけにサイボーグになって時間がたってるから、自分の体も熟知しているわ。だけど、それなら雨神ひかりは? サイボーグ歴は、こっちのふたりとほとんど変わらないし、もともとの能力で勝っていたとは思えない」

「まあ、たしかにあいつは見るからにどじっ子だからな」

 そういって、また笑う。

「ああ見えて、戦う資質があったってことだな。まあ、ちょっと信じられないが」

 そうなのだろうか? まだ麗狼院には納得できなかった。

「焦る必要はないさ。今回は急ぎすぎた。できたてのほやほやの体で戦わざるを得なかったからな。もっと訓練を積んでから戦えばいい」

 そういう真理の顔はみょうに嬉しそうだ。

「あのふたりが生き残って嬉しいの?」

「ああ、嬉しいね。かんたんに倒せちゃつまらないだろう?」

 その言葉に嘘は感じなかった。心底そう思っているらしい。

「あのふたりを殺すことにためらいはないの?」

 自分で洗脳しておいてなんだが、麗狼院の心の奥に引っかかっていることだ。

「ためらいなんかない。あのふたりは俺の作品だ。自分の過去の作を超えられないのは、技術者としても芸術家としても失格だろう? かといって、かんたんに超えられるのつまらない。あのふたりは、たまたまいろんな偶然でうまくできた傑作なんだ。だからこそ、なにがなんでも超えなくちゃならない」

「それを聞いて安心したわ」

「ところで、壊された機体はどうするんだ?」

「回収部隊がいってる。警察ざたになる前に、証拠は一切消すからだいじょうぶ」

「回収部隊? 研究所の連中が?」

「いえ、別部隊よ。あなたが知る必要はない」

 別部隊。というより、麗狼院を使っている連中だ。麗狼院はこの組織の長ではなく、たんにサイボーグ開発の責任者でしかない。

 組織の目的は麗狼院すら知らされていないが、まちがいなく世界征服だろう。遠大な計画だが、手はじめにこの日本を落とすつもりらしい。サイボーグ研究はそのための手段でしかない。

 組織の名前は「四霊門しれいもん」。

 それを知っているのは自分だけでいい。

「まあいいさ。俺はそんなことに興味はない。誰であろうと、汚れ仕事を引きうけてくれるやつがいて助かるぜ」

 真理はほんとうにそう思っているようだった。

 サイボーグ技術の開発だけに心血を注ぐには、余計なバックグラウンドの知識はないほうがいい。迷いやためらいが生じるからだ。

 麗狼院は、洗脳によって真理からそれらを切り離したつもりだが、いつ復活しないとも限らない。だから、これはいい傾向なのだ。

「麗狼院さんよ。つぎは必ずあのふたりに勝てるやつを作る。だから、あんたも優秀なモルモットを用意しろよ」

「ふん、任せなさい」

 実際に、モルモットをさらってくるのは他の部署だ。もっとも、真理はそんなことに興味はないらしい。

 そんなことはどうでもいい。真理が、自分の作り上げたサイボーグを「ライバル」として、それを倒すことに生き甲斐を見いだしたことが大事なのだ。

 今の真理の目は輝いている。かつての幼なじみや同級生を倒すことに迷いを微塵も感じていない。その結果、ふたりが死ぬことになっても、なんら動揺しないだろう。

 麗狼院は思った。これで安泰だ。

 四霊門の幹部にはそう報告しておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る