ここは?

 意識を取りもどしたとき、ひかりはまず、そう思った。

 上に見える天井。さらに振動から、走っている車の中であることはわかった。

 声は出せない。口の中になにかが入れられ、さらにガムテープを上から貼られている。両手は後ろに回され、なにかで拘束されていた。同様に両足首を固定され、そのまま後ろに引っぱられている。尻に足首を拘束している金具かなにかが当たっていた。どうやら手首と足首は鎖かなにかで、引き絞るように縛られているらしい。さらには、体を鎖でぐるりと何重にも巻かれてあった。それも手錠なんかで使う鎖よりはるかに太い。

 状況を把握したことで、ちょっと前のことを思い出す。灰枝と名乗る探偵に薬を盛られたのだ。

 ひかりは体をずらし、前のほうを見た。

 どうやらここは八人乗りのバンの一番後ろ座席らしい。ひとつ前の座席は空席で、その前には運転席。助手席には誰もいなく、この車の中にいるのはひかりの他は運転している男だけ。バックミラーに映った顔からして、灰枝だ。

「目が醒めたのか? 早いな」

 体を動かしたときの音で気づいたらしい。灰枝はちょっと驚きの顔でいった。

「普通なら、丸一日は眠ってるはずなのに。やはり、人間じゃないからか?」

 そうじゃない。薬を飲んだとき、体内の装置がそれを見やぶり、最低限のものしか血液内に取りこまなかったので、目が醒めるのも早かったのだろう。

 それにしても、人間じゃないからという言いぐさはあんまりだ。

「まあ、薬の耐性はあるようだが、その拘束具は完璧だ。厚さ数センチの特殊合金をねじ切る力があれば別だが、おまえにそこまでの力はない。そうだろ?」

 それはたしかにそうだった。力に関していえば、かなり強いのはまちがいないが、人間の限界を超えているわけでもない。

「この車の窓にはブラックフィルムを貼ってるから、外からは見えん。ついでにスマホは預かってある。助けを期待しても無駄だ」

 待てよ? たしか身体に異常が生じた場合、あたしのスマホと同時に、研究所のコンピューターにもデータが送信されるはず。GPSでここの位置がわかるんじゃ。

 そう思ったとき、まるでそれを見透かしたかのように、灰枝はいう。

「もし、スマホに頼らず、体内機能で電波を発信できるんだとしても無駄だ。この車は電波を遮断する」

 とはいえ、車用の電話が付いていた。

「おっと、これを見つけたか? 残念ながら、こいつは外にあるアンテナにつながってるんだ。勘違いするなよ」

 だったら、この車からちょっとだけでも出れば……。

「念のためにいっておくが、逃げようなんて思うなよ。おまえを繋いでる鎖には、強力なバッテリーが繋いである。スイッチひとつで高圧電流が流れるぞ。いかにおまえがサイボーグでもひとたまりもないぞ。機械は電流に弱いだろう?」

 たしかに人間の体は、スタンガンなんてちっぽけなものでも、一時的に機能を奪える。おそらくこれに繋いでるものは、そんなものとくらべものにならないくらい強力なのだろう。

 なんとか……、なんとかしなくっちゃ。

 このままじゃ、どこに連れていかれて、なにをされるかわかったもんじゃない。

 なにせ、この体がサイボーグだって知ってて、誘拐するんだ。目的も、体を調べるか、あるいはなにか悪用するかに決まってる。

 ひかりはなんとか脱出する方法がないか考えた。

 なにひとつ浮かばない。

 念のために、腕と脚に力を込めてみるが、特殊な拘束具はきしみすらしないし、体に巻かれた鎖の束もびくともしなかった。

「むううう」

 ひかりは暴れた。といっても、体をくねらせるくらいしかできないが。

「怖いか? 心配するな。解剖なんてしないよ、きっと。壊れたら終わりだからな。そもそも真理をいっしょにさらった。解剖なんてしなくても、おまえの構造はやつに聞けばいい。もっとも、おまえの力を利用しようとはするだろうけどな」

 利用? どんなやつらか知らないけど、ぜったい協力なんかしてやるもんか。

 なにがなんでも逃げなくっちゃ。

 鉄板の拘束具は無理として、この鎖を断ち切ることはできないか? ゆるませるだけでもいい。

 ひかりはあがいた。スカートがめくり上がり、パンツ丸見えになったが、そんなことを気にしている余裕はない。

 灰枝はブレーキを踏んだ。歩道に寄せて駐車したらしい。サイドブレーキを引くと、こっちにふり返った。

「ふふ。見えるぜ、パンツがよ。もっともサイボーグじゃあ、欲情もしないけどな。それともできるのか?」

 灰枝が下品に笑う。

 できるのか? って聞かれたら、じつはできるらしいが、やらせる気はない。もっとも、灰枝だって本気でそんなつもりはないだろう。

「悪いがあまり暴れられたくない。もう、しばらく眠っててもらうぞ」

 また薬を飲ませる気かと思ったが、ちがった。灰枝はなにかのスイッチを操作する。

「もがああああああっ!」

 体が反り返った。同時に全身にものすごい痛みが走る。

 それが電撃だと気づくのにすこし時間が掛かった。

 三秒もたっただろうか? いったん、体が楽になる。スイッチを切ったらしい。

「ん? まだ意識があるのか? おかしいな。人間ならまちがいなく気絶するんだが」

 ふたたび体がはね上がる。

 エビぞりになり、だんだんと座席の上をバウンドする。

 今度はたぶん十秒くらいだったのだろう。それでももっと長い時間のように感じられた。

「おかしいな。まだ気絶しねえのか? しょうがねえ。電圧上げるか。って、だいじょうぶなのかな?」

 や、やめて。

 目が涙で曇る。仮に体がだいじょうぶだとしても、頭部は生身だ。

「まちがって死んでも恨むなよ」

 ばっちいいいいいん。

 もんどり打つ。体がばらばらになる。

 だ、だめぇええええええっ!

 永遠の時間が過ぎたような気がした。それでも電撃は続く。

 こ、殺してやるっ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る