8
麗狼院は、手下の警備員が真理を車に押しこむと、すこし離れたところに止めてあるバンに乗った。もちろん運転手付きで、自分は後ろの席で用意しておいたビデオカメラを構える。じきに現れるスチーム娘の姿と動きをとらえるためだ。すこし距離はあるが、ビデオは望遠にもなるのでまったく問題はない。
「真理!」
すぐに、そう叫びながら駆けつけた少女がいる。グレイのブレザーにミニスカートといった制服姿で、髪はショート。背は高めだが、全体的に痩せていて、ひかりが小柄ながら意外とグラマラスなのと対照的に、すらりとしなやかでスレンダー、どこか中性的な感じがする。顔立ちがきりっとしてるのもそう見える原因のひとつだろう。
走るスピードは速いが、速すぎもしない。高校の陸上選手ならこんなものだ。すくなくともオリンピック級ではなかった。
しかもなぜか手にはペットボトルの水。器用にも走りながらそれをごくごくと飲んでいた。まるで、マンガなんかでよくある、「遅刻~っ」とか叫びながら、朝食のパンをかじってるような光景だ。
ほんとにこれがそうなの?
麗狼院は、どこか半信半疑でその少女を見ていた。
どう見ても、車一台持ち上げるようなパワーはなさそうだし、もし蒸気の力をパワーに変えているのだとすると、きびきび動きすぎる。もっともっさりしたものを想像していたのだ。
まあ、来るタイミング的にまちがいはないはず。
「出て」
マイクで「一号」に命令する。
「真理!」
少女がもう一度叫ぶのと、「一号」が飛びだしたのはほぼ同時だった。
「うわっ!」
「一号」についているマイクを通じて、少女の叫び声が聞こえた。しかし、一般の女生徒だとすると、驚愕度が足りない。
なにせ、目の前に、得体の知れないロボットのようなものが飛び出したのだ。しかも三メートルはある、いかにも危険そうなやつ。ふつうの少女なら、まずびっくりして腰を抜かし、そのまま恐怖で動けなくなるだろう。
「どいて!」
その少女は、「一号」に叫んだ。その時点で只者ではない。もう、「スチーム娘」と決めつけてもいいだろう。
真理を乗せた車は発進した。スチーム娘は追おうにも、目の前に「一号」がいる。
「一号」はつい先日完成したばかりの試作品で、どの程度の戦闘能力があるかは、麗狼院にとっても未知数だ。筋肉は油圧式なので、動作はのろいが、パワーはある。体がでかい分だけ、パワーではスチーム娘に負けないはず。こいつだってすくなくとも、車くらいはかんたんに持ち上げる。
「一号」はゆっくりだが、スチーム娘を逃がさないよう、左右から両手を近づける。
スチーム娘は跳んでかわした。目測だと、垂直跳び一、五メートル。ひかりよりは低いが、高校生離れしている。
「しまった。真理がさらされちゃったじゃない」
スチーム娘は、ようやく自分の主が誘拐されたことに気づいたらしい。
ここからでは後ろ姿しか見えないが、「一号」のカメラを通じて見える映像では、端正な顔を悔しそうにゆがめた。
「一号」の腹のシャッターが開くと、砲丸が連射される。たてつづけに、五発。
銃弾とちがって、体を貫きはしないが、ダメージは甚大だ。
腹に当たれば内臓破裂。手足に当たれば、まちがいなく骨折。頭なら即死だ。ふつうの人間ならばの話だが。
スチーム娘は、よけることも、手で弾き落とすこともできずに、体で受けた。腹や胸、足などに直撃。頭には当たらなかったようだ。
さすがに仁王立ちとはいかず、人並みに歩道に倒れた。人間なら起きあがれない。
スチーム娘の動きも止まった。歩道にあお向けになったまま、ぴくりとも動かない。
「一号」は上から両手でスチーム娘も喉を締め付けようとする。
その瞬間、スチーム娘は「一号」の両手首を、左右の手で掴む。
「その圧倒的に不利な体勢で、一号と力くらべをする気?」
スピードでは勝ち目がなくても、力くらべなら充分に勝機はある。しかも相手は寝っ転がったままだし、こっちは上から体重をかけられる。
麗狼院はとうぜんそう思った。だがそれは甘かった。
じりじりとスチーム娘は立ち上がってくる。
「そんな馬鹿な?」
もしあのまま立ち上がれるのなら、スチーム娘のパワーは、車を持ち上げるどころのさわぎじゃない。そもそも「一号」は重さだけでも、ふつうの車などより重い。それに超絶パワーが加わっているのに、それを持ち上げる?
信じられないのはそれだけじゃない。スチーム娘の体に異変が起こった。
上気して顔が真っ赤になるのはともかく、腕が見る見る膨らんでいく。モデルのように細い腕が、まるでプロレスラーのように。
ブレザーの腕の部分がびりびりやぶける。ブラウスの前のボタンが飛ぶ。
そして体の至るところからは、汗どころか、蒸気があふれている。
ほんとうに蒸気を使っているのか?
おそらく、通常の人工筋肉の合間に、くだ状の筋肉組織を入れ、その間に、高圧蒸気を通してパワーを得るのだ。
余った蒸気が毛穴から噴き出すらしい。
さらに脚までもがぱんぱんにふくれあがっていく。こっちはもともとミニスカートで、生足を出していたので、破けるものはない。ひょっとしたらショーツが破けたかもしれないが、ここからではわからなかった。
体中から湯気、というか、……あきらかに、ぷしゅーぷしゅーと異様な音を立て、蒸気を発しながら、スチーム娘は立ち上がった。
めきめきという異様な音が響く。「一号」の手首が握りつぶされている。
ばしゅううう。
「一号」の両肩から油が噴水のように飛び散った。完全にパワー負けして、油圧のオイルが漏れたらしい。
つまり、「一号」の両腕は動かなくなった。
「とどめよ」
スチーム娘は、「一号」の腕から力が抜けたことを確信したらしく、手を離した。
一歩前に大きく出ると、ストレートパンチを「一号」のボディにたたき込む。
拳が、ボディを背中まで貫く。
「戻って」
麗狼院は、マイクで「一号」に指示をする。負けたのは仕方ないが、このまま残骸をさらすわけにはいかない。
「一号」はジャンプすると、トラックの背に飛びのった。
同時にトラックは走り出した。
「待ちなさい」
だがスチーム娘は走れなかった。
全身から、それこそおもしろいほど、ぶっしゅうううと派手な音を立て、蒸気を噴き出すと、もとのスレンダーな体に戻っている。
そのままよろめいて、膝をついた。
「み、水ぅう」
そうさけぶと、きょろきょろとあたりを見まわした。こっちに気づいたわけでも、スパイしているやつを探しているわけでもないらしい。スチーム娘がよろめきながら、求めたのは自動販売機だった。
ポケットからコインを出すと、一番おおきなサイズの冷たいお茶のペットボトルを買い、ごくごくとあっという間に飲み干す。
「ぷはあああああ」
そういうと、ようやく生き返ったような顔をした。
なるほど。普段はともかく、あのスーパーパワーを使えば、とうぜん水が不足する。それが弱点か?
麗狼院はほくそ笑んだ。
それにしても、スチーム娘はひどい格好だ。なにせ、ブレザーがぼろぼろで、ブラウスのボタンは弾け、まるで海から上がったかのように全身水浸し。
スチーム娘もそれに気づいたらしく、そわそわとまわりを見ますと、聖総合病院の塀を跳び越え、中に入っていった。そういえば、ここは真理の研究所があるところでもあるはず。
もっとも深追いはできない。さすがに病院の中を勝手に探しまわるわけにはいかないし、どうせ目につくところには隠れるわけもない。
ここはすぐに人だかりになる。今の騒動を見たやつが、警察に連絡してるのはまちがいないだろう。さいわい、「一号」の回収には成功したし、追うやつもいない。
「研究所に戻って」
麗狼院は運転手に指示を出した。
車は病院の前を通りすぎていく。あまりさっきの戦闘に気づいた人間はいないのか、のんびりした感じだった。
それにしてもスチーム娘は、思った以上のサイボーグだ。「最新型」こと雨神ひかりとはほんとうにあれを超えるのか?
だとすると、ちょっと向こうが心配だ。灰枝に電話を入れる。
『はい、灰枝』
「そっちの守備はどう?」
『成功。ばっちり。今、車に連れこんだところ』
「もちろん、拘束してるわよね。あの拘束具で」
『ばっちりよ』
「薬は飲ませた?」
『よ~く、効いてるよ』
あの拘束具とは、手錠の一種だが、鎖などでは繋いでいない。金属板にふたつの穴が開いていて、そこに手を通してロックするようになっている。金属板は特殊合金で、厚さ数センチ。これをねじ切るのは、今のスチーム娘だって無理なはずだ。
それに渡した睡眠薬は、丸一日は眠り続けるような強力なやつだ。そう心配することもないだろう。
「わかった。待ってる」
電話を切ると、麗狼院は笑った。
スチーム娘こそ逃がしたが、雨神ひかりは捕まえた。そしてなにより、聖真理がこちらの手に。
今度こそ、最新にして最強のサイボーグが作れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます