10
「あら、水貴ちゃん、すごいかっこうねえ」
真ん中にパソコンのスペースだけ残して、書類がぐちゃぐちゃと山のようになっているデスク。そこにいた真理の母親にして天才科学者聖理科子は、ただでさえ大きな目をぱっちと見開いた。
ここは聖総合病院の地下にある真理と理科子の研究室。一般人は入り方さえわからないが、水貴はここに入れる数少ない人間のひとりだ。
「まるで雨の中を悪人にレイプされた女の子みたい」
いわれてみれば、善意の第三者が見たら、そう思うだろう。なにせ、ブラウスの前ははだけ、上着は破け、おまけに水浸し。
学校の人間には誰にも見られてないと思うけど、変な噂立たないだろうなぁ。
水貴はブラのすけたブラウスの前に手をやる。
「って、そんな場合じゃないですよ、理科子さん。真理がさらわれましたっ!」
「え、えええええ?」
「真理のスマホをGPSで追ってください」
「わ、わかったわ」
理科子はパソコンのキーを操作する。
「だ、だめ。電源切れてる」
モニターを見つめ、理科子は泣きそうになった。
「ど、ど、ど、ど、どうしよう? 水貴ちゃん」
「え、ええっと。……警察呼びましょう」
「で、でも、こういう場合、警察呼んだら、殺すっていってくるのが、ふつうでしょ?」
理科子は子供のようにおろおろした。
「でも、そんなこといってきてないんでしょ? 犯人の目的は身代金なんかじゃなくて、真理自身だと思います。だから、まちがっても殺されたりしないですよ」
「そ、そうなの? 信じていいの?」
大きな目に涙を溜めて、じっと水貴を見つめる。
まったくこの人はぁ。
こういうとき、まったく役に立たない。IQ200もあるくせに。典型的な専門バカ。ロボットのこと以外、なにもできない。よく結婚できたよなぁ。
「じゃあ、旦那さんに相談を」
「そうね。そうする」
理科子はデスクにある電話の受話器を取り、内線を呼び出した。
「パパ、パパっ、たいへんよ」
理科子が話してる間、水貴は自分のスマホを確認する。ひょっとしたら真理からメールか留守録が入ってるかもしれないと思ったからだ。
留守録が一件あった。ただし、相手は真理じゃなくて、ひかり。再生する。
『水貴先輩、緊急事態です。折り返し連絡下さい』
水貴は折り返し、ひかりのスマホに掛ける。出ない。
なんだ? ただごとじゃない。
「警察はパパのほうで手配するって」
理科子は涙目でいった。
「理科子さん、ひかりのデータがこっちのパソコンに送られてきてないですか?」
「え? ひかりちゃんの? さあ……」
理科子はパソコンを操作。モニターに表示されたデータを読み取る。
「たいへん。ひかりちゃんの内臓器官が、睡眠薬を検出してる」
「場所は?」
「今の場所はわからないわ。たぶん電波の遮断されたところにいるのよ。位置のわかる最後のところは……」
「最後の場所は?」
「ここ」
モニターに地図が表示された。そこで一点が点滅している。学校のすぐ近く。喫茶店だ。
「どういうこと、水貴ちゃん?」
「さ、さあ……」
水貴は必死で考えた。睡眠薬を盛られて、その直後、電波のとどかない場所に移動したんなら、拉致されたのはまちがいない。拉致? 誰が?
「理科子さん。ひかりが盛られた薬っていうのは?」
「かなり強いわ。ふつうなら、二十四時間は眠り込む。でも、人工内臓がいち早くそれに気づいて生体内に入るのをごく一部にとどめてる。だから、一、二時間で目をさますかも」
「そう……ですか」
もちろん、ひかりをさらったのは、真理をさらったやつらの仲間だろう。偶然とは思えない。となると、こっちのことをある程度知ってるようだから、とうぜん、それなりの拘束はしてるはず。どの程度の拘束具を使うかはわからないが、ひかりは、自分ほどのパワーは発揮できない。手錠の鎖だって引きちぎれないはず。
「もし、……もし、ひかりの居所が一瞬でもわかったなら、教えてください」
「もちろんよ。……でも、だいじょうぶかな? うちの真理くんとひかりちゃん」
理科子はぼろぼろと涙をこぼした。
「だいじょうぶですって。真理は殺されないし、ひかりならたぶん、脱出できます」
「う、うん。そうよね」
とにかく、水貴にできるのは、ひかりの位置がわかり次第、駆けつけることだ。
「あの……、理科子さん、着替えないですか? 動けるようになったらすぐ動きたいんですけど、この格好じゃ、……それこそ、レイプされた女子高生にしか見えません」
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