「ねえ、ひかり。あたしどうしても腑に落ちないんだけど。あのときのことだけどさ」

「え?」

 放課後、教室でいった敬子の言葉に、ひかりは明らかにとまどった顔をした。

「あたし気を失ったからよくわからないんだけど、あいつどうして捕まったの?」

 敬子にはどう考えてもわからなかった。あの変態はチェーンソウを振り回した。まさになんとかに刃物というやつだ。あたりに死体の山ができていても不思議じゃない。にもかかわらず、被害者はゼロ。警察が逮捕するまであいつはどうしていたんだろう?

「大田原先輩にも聞いたんだけど、先輩も気絶してたしね」

 その点はちょっと残念だが、べつに愛想を尽かしたわけじゃない。なにせ大田原は敬子をかばって盾になったのだ。

「あのとき、誰かが大田原先輩を突き飛ばしたんだよ。まあ、そのせいで先輩は命拾いしたんだけどさ。あの先輩をあのいきおいで突き飛ばすなんて、ただ者じゃないよ。ひかり、誰がやったか見てなかった?」

「え、あ、その……」

 ひかりは言葉を濁した。なにか知ってる。敬子は直感的にそう思った。

「見たんでしょ?」

「見てない。見てない」

 ひかりはぶんぶん首を振る。

「だけど……」

 敬子はだんだん思い出してきた。あのとき、大田原が突き飛ばされた方向を考えると、突き飛ばした者は、その反対側にいたはず。ひかりだってそっち側にいた。つまり、その人はひかりのすぐそばにいたことになる。

「いや、見てるはずだよ、ひかりは。すぐそばにいたはずだからね」

「そんなこといったら、敬子だってそばにいたはずでしょ」

「そうだけど。あまりとつぜんだったから……」

 とつぜんというより、あまりの出来事に視界が狭くなった。あのときは大田原と振り下ろされるチェーンソウにのみ注意が行って、それ以外のものはそれこそ目に入っていなかった。

 ただ、なにかが大田原にぶつかった。

 もっとも、そのあと敬子の視線はふっとんだ大田原を追ったから、ぶつかった主を確認するには至っていない。

「あ、あたしだってそうだよ。もうなにがなにやら……」

 ひかりの目が泳いでいる。

 知っている。ひかりはその正体を知っている。

 でもなんで隠すんだろう?

「あたしたち友達だよね」

「も、もちろんだよ」

「じゃあ、なんで隠すの?」

「隠してないから」

 怪しい。怪しすぎる。

「そういえば、敬子って部活行かないの?」

 露骨に話題をそらしてきた。

「新聞部は今、小休止」

「なんで?」

「なんでって……」

 変態男が逮捕されて、事件が終わってしまったせいだ。というより、それによって武道系の部との合同パトロールというイベントが終わってしまったからだ。

 なんだかんだいって、敬子も含めてみな舞い上がっていた。

 それがいきなり終わったのだ。まして敬子の場合、パートナーだった大田原は全治一週間の怪我で入院している。

 それにかんじんの記事にしたところで、けっきょく写真も撮れなかったし、逮捕の瞬間も見ていない。さらにいえば、護衛役の大田原がブロック塀にはね飛ばされて気絶したなんて書けないからいい加減なものになった。

 はっきりいえば、やる気を失っていた。

 だけどたった今、気が変わった。

 誰か、あの変態男を倒したやつがいる。しかもひかりはその正体を知っているのに、秘密にしている。

「じゃ、じゃあ、あたし帰るね」

 ひかりはそういうと、そそくさと帰って行った。

 いったいなにを隠しているの?

 敬子はこっそり、ひかりのあとをつけた。

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