第25話 ルイズ王国群像劇

 私は走り出していた。埃まみれになりながら土を必死に蹴っていた。

 この状況はまずい。オークキングに対して完全に敗北してしまったウィリアムの姿を私は見た。その瞬間にはもう走り出していたのだ。

 折角受けた防衛隊の指揮という栄誉をリーネ隊長に返し、ウィリアムをの元へとひたすらに急ぐ。

 リーネ隊長は後ろで何か言っていたが、私は明らかに冷静では居られなかった。指揮を放棄するなんて指揮官としても失格だろう。元々私などには務まる物ではなかったのだ。


 まだ遠目に見えるオークキングはどうしたことか地に倒れ無防備になっているウィリアムに止めは刺さず、疲れたように棍棒を杖がわりに辛うじて立っているような姿を見せていた。

 私は走る。まだ彼が助かるかもしれない。そう希望を抱きつつ。

 ウィリアムの倒れた地面にはみるみると拡がるように血が流れているが……どうしたのだウィリアム? なぜ完全回復魔法を使わない?

 恐らくだが彼は気を失っていた。そして、気を失っている間に失血死など洒落にならない。彼が起き上がれば私達はまた戦えるのだから。彼が起き上がれば……!



 オークキングは横にいたジェネラルオークにウィリアムを殺すよう指示を出していた。

 私はその場でその指示を聞いたわけではない。しかし、遠目に見えたあのサインはそうとしか思えない。私は魔導通信機に手をかける。




「ま、待てっ!! 私はこの隊を率いている者だ! 降伏しよう! 降伏だっ!」



 精一杯の声量で叫んだ。

 ウィリアムの胸の中から発せられた声と、遠方から響いた私の声の重なりにオーク達は疑問を抱いたのだろう。キョロキョロと辺りを見回し、そして私を見つけた。

 まだ、ウィリアムは殺されていない。


 私は走る。対してこちらの到着を待つかのようにオークキングはその場にどっしりと座り込んでいた。

 今まで立ち続けいた相手が突然疲れたように座り込む。その様子は不自然極まりないが恐らくあのウィリアムを砕いた技のせいだろう。以前もルイズ王国の城門を容易く破壊してみせたが、敵はそれ以上強硬に攻めてくることはなかったのだ。恐らくオークキングの体力を大きく消耗する技なのだと思う。


 私はオーク達が待つその場に、ウィリアムが倒れ伏すその場に到着するなり、降伏を申し出てウィリアムに対しひそかに回復魔法を発動させた。

 降伏。それは私が必死についた嘘だった。そもそもここまで単身駆けてきた私に既に隊を率いる資格はない。魔導通信機を持ってきてしまったのも大きな失態だ。それでもこう言うしかなかった。私はウィリアムをどうしても助けたかった。




「今さら遅い。この戦闘は我らの勝ちだ!」


「私を生け贄に捧げよう! 私はオーク達を多く屠った今回の作戦を考えた司令官でもある。さぁ、私を連れていけ、そして、それで引いてくれ! 頼むっ」


「……」

「お、王よっ! 女が手に入るなら良いのじゃないかブヒヒ! このまま全員殺してしまうよりも……」

「そ、そうだブヒヒ! 仲間もまた沢山減ってしまったブヒヒ……! 今はやっぱり女が必要ブヒヒ!」


『……構わないぞ。どうせ破壊の力を使ったお前はもう役に立たん。私とそこのジェネラルオーク一匹を残し先に帰っていろ。この剣士が倒された今、残りの者達なぞジェネラル一匹とオークどもでどうにでもなろう』



 突然くぐもった声が聞こえた。

 それはオークキングやジェネラルオークの声ではない。

 しかし、ここにはオーク達三匹と私、ウィリアムの他には生きている者は存在していない。相手も魔導通信機のような物を保持していたのだろうか……?

 そして、その声をよく聞こうと思ったのかオークキングが腰につけていた袋から取り出したのは一つの水晶であった。

 なるほどそれが通信機の役割を持っているのか、私は注視する。

 もしその水晶が私達の魔導通信機と同様の役割を果たすのであれば、それはオークキングを率いる更に上位のモンスターがいるという事実を現していたからだ。





「はぁ……ならばお前達の住み処の引き渡しだ。それも加えるなら降伏を許そう!」


「そ、それは……城の引き渡しに関しては他の者とも相談しなければ……」


「フンッ。ならば我等が神と、我等が兵がお前達と直接話し合うだろう! 我は少しばかり疲れた。先に帰るわ、あとはお願いしますぞ……」




 私は自らが人間の部隊の上官であることを告げ、自分を人質に一時停戦を申し込んだ。上手くいったのかはよく分からない。

 しかし、オークキングはジェネラルオークの一匹に私を捕らえさせると、もう一匹のジェネラルオークには先程取り出した水晶玉のようなものを丁寧に渡し、オーク達の指揮の全権を委譲していた。

 玉を渡されたジェネラルオークはその水晶によって門の前、他のオークがひしめく前線へと向かうよう告げられる。

 やはりこの水晶といい、何かがある。このオーク達を率いるオークキングよりも上位個体がまだいるというのか。



 ウィリアムは放置され私はジェネラルオークに引き摺られるまま、オークキング達によって南方へ連れ去られた。


 コッソリと魔力をかなり消費した回復魔法でウィリアムの血止めは叶った。しかしながら、あの出血と手足の欠損。ピクリとも動かない様からはオーク達も彼が助かるとは思っていないだろう。

 いや助かってももう戦う力はないと思ったのかもしれない。

 とにかく、ウィリアムは完全に息の根を止められることなく、地に転がされたままだった。

 良かった。オーク達は知らないのだろうが、このまま彼が目覚めればきっと助かるだろう。


 どうやらシャーリーも(どうやって門の前に固まっているオーク達を掻い潜りここまで来たのか知らないが)こっそりと近付きつつこちらをうかがっていた。

 この国だって、ウィリアムさえ起きてくれれば再度立ち上がれる。シャーリーが居れば彼の介抱も任せられる。

 私は連れ去られる最中、ルイズ王国の方角に目を向けながらそう考えていた。





 ◆◇◆◇◆




「……っうあああぁぁぁ!!!」



 腕が、足がジンジンとする。

 尋常ではない痛みの中、俺は目覚めると直ぐに戦っていたことを思いだした。

 オークは!? 俺は倒れた体を捻ろうとしてそして気付く。

 ……シャーリー? 何故か俺はシャーリーに膝枕されていたんだ。

 彼女は今、俺が目覚めとともに叫んでしまったため少しビックリして呆けている。



「……っと、お、起きましたかっ! ウィリアム様!」


「あ、あぁ……っ!」




 復活した彼女は嬉しそうに声をかけてくる。

 痛いと思えば腕も足もなくなってるじゃねえか……

 急いでリバイブを使った。回復魔法でぐにぐにと体が生えてくる様はあまり気分の良い物ではない。

 ただ昼に回復魔法を使いすぎたためか魔力の低下が酷い、回復速度もかなり遅かった。チクショウ、今まで地面の上で悠長に寝てたってのに疲労が取れてない……

 ん? 今まで寝てた? ……えっ?



「おっ、おいシャーリー、オークは!? オークはどうなった!?」


「お、オークはまだ……」


「そうか……じゃあ行かないと、俺が……」


「ダメです! ウィリアム様はオークキングとの戦いでボロボロです、剣だって……」




 シャーリーの視線の先には折れてしまった無銘が見える。

 そして、そのそばに転がっているのは俺の左腕……?

 そうか、思い出した。俺はオークキングに……

 ならば、やはり急がなくては。あいつの力は驚異そのものだ。

 あれに勝つには流石にティアーユが上手く指揮していたとしても俺の力が必要なはず! 俺は胸から魔導通信機を取りだしティアーユに連絡をとる。




「「ティアーユ! 状況は!? 俺はどうす……えっ?」」



 俺の声が重なっていた。

 見ればティアーユが持っていたはずの魔導通信機がすぐそこに落ちている。そこから俺の言葉が発した後少し遅れて聞こえていたのだ。

 な、なんだこれは……

 俺はシャーリーの膝枕から上半身を起こすと、そのまま軋む体に鞭打って立ち上がる。

 しっかりと思い出せ、状況を整理しろ。



 門の戦いはまだ続いているようだ。いや、ジェネラルオークがいる。むしろ押され気味か? 装備の違いのせいか、こちらの武器損耗が酷い、槍は折られ、剣は刃が潰れてこん棒に成り変わり、敵の黄金の鎧を貫けなくなっている。

 助けに、助けにいかなければ……

 いや、それよりもオークキングはどこだ、まずはあいつを倒して……



「オークキングは何処にいるか分かるかシャーリー」


「オークキングは……ティアーユさんが自分を生け贄にしたため、巣に帰ったみたいです……」


「なっ!?」




 ガクリと力が抜ける。そんな……


 ……い、いや。何をしているんだ俺は!

 崩れ落ちている場合じゃないぞ!

 まだだ、まだ……そうやって自分を奮い立たせ、俺は無銘の欠片と柄を拾い集める。

 その後魔力消費が激しいために、シャーリーの肩を借りながら門へ向かい始めた俺。

 今からティアーユを助けに行く、絶対に助ける。だから|あれ(・・)が必要だ。





 ◆◇◆◇◆




 一方、門の前ではオークとの最後の戦いが繰り広げられていた。


 倒れるウィリアムと連れ去られるティアーユは数人の目にも止まっていたため、人間側の動きも鈍る。

 何よりも指揮官が戦線放棄したのだ。兵士達の混乱は目に見えていた。目に見えて押され兵士達。

 だが、そんなときだ。



「お前らっ! 今こそ我ら防衛隊員の底力見せてやる時っ!

 訓練で戦ってきた黒の守り手様と比べればこんな豚ども随分楽勝だろうがっ!

 このまま、ティアーユだけに勝利の栄光をくれてやる気かぁぁぁっ!?」



 リーネシアの叫びのような檄が飛ぶ。それは元のリーネシア指揮下の隊に戻るという意味で指揮官の交替を告げていた。これにより半ば強引に士気を高められる兵士達。そうこうしている間にウィリアムが立ち上がったことも彼女達のやる気を引き起こしていた。




「よしっ! お前らの黒の守り手様が此方に向かっているぞ! 今こそオーク達を倒して迎えてやろう!」

「そうだっ、黒の守り手様は今とても弱っている! 私が強い所を見せて支えてあげないと!」

「弱ってる黒の守り手様ハァハァ……!」




 隊はいまだにティアーユの作戦通り二つに別れていた。これを上手く使うのは再度指揮権を得たリーネシア。彼女により分断と各個撃破が的確に行われていく。遊撃部隊は貧弱な武器ながらも奮闘し次々とオークを打ち取る。唯一戦場に残されたあの水晶を渡されたジェネラルオークも、病み上がりであるはずのリーネシアによりスコープアイを使われ翻弄されていた。


 そして、とうとう疲労が抜けていないような姿ながらもウィリアムが門の前へと到着した。彼が力を振り絞り、大声を上げながらオークの後方から駆け込んで来たことで、ピントが合わず苦戦していたジェネラルオークもその黒き髪を持つ戦士に気付いたようだ。

 ジェネラルオークは先程まで虫の息だったはずの相手がやって来たことに、手や足が生えかわり更にはまたもや戦いに身を投じようとしているその姿に驚いた。

 それは相当大きな衝撃であったのか、対していた兵士への注意がそれることとなった。そして、その隙を突くように防衛隊員から放たれる一撃。ずんどうのような腹部、その金色の鎧の隙間を縫ってボロボロの槍が突き入れられた。

 その後、狼狽するジェネラルオークへと何本もの槍が突き刺さり、それを気にウィリアムが到着する前に勝負は終結した。

 後に残ったのは、オーク達の死骸、ボロボロになった武具。そして……謎の水晶だけだった。


 一斉に勝鬨を上げる兵士達。

 興奮冷めやらぬまま彼女達はウィリアムの元へと叫びながら駆け寄った。

 いつの間に脱いだのか、重くて傷だらけで着ていても邪魔な鎧は地に脱ぎ捨てられており、兵士達の殆どが半裸であった。

 その女性兵士達が本能だけでウィリアムに殺到する。


 皆目が血走っていた。戦いの後と言う理由だけではすまない位に鼻息が荒かった。



 暫く逃げ回ることとなるウィリアムだったが、後方にいた者達は前線の兵士よりも冷静だ。

 特にベアトリーチェやユリアは勝つと勘違いしたのか突然ティアーユを連れて戦場を離れたオークキングへの対処を考えていた。

 この勢いのまま追い掛けて一気にキングまで殲滅するのが今取りうる人間達の最上策であった。


 そのためには武具が足りない。食糧は魔導ミキサーをフル稼働させてなんとか出来るだろうが、遠征に向かわせる人数も絞るべきだろう。

 なんにせよ、すぐに出発しなければならない。オークの武器でも良いからかき集めるようこの国の女王は命を下した。




 そうして直ぐに武具と共に持ち込まれる怪しき水晶。

 それは唯一ジェネラルオークが大切そうにしていたこともあって直ぐに研究者であるユリアの手に渡る。

 喋ることなく、怪しく無言を貫く水晶玉にユリアが触れたその瞬間。

 彼女は亀裂の神に乗っ取られた・・・・・・のだった。






 ◇◆◇◆◇




「クソッ! マジでこんなとこで立ち止まってる訳にはいかないんだ! 通してくれ! オークキングを追わないといけないんだっ!」


「「「ハァハァ! ハァハァ!」」」


「ダ、ダメだ、会話も出来ねぇ! シャーリー頼む! 魔導バイクをこの門まで持ってきてくれっ!!」


「ハッ、ハイ、分かりました!!」




 絡み付く鼻息荒い女性達を引き剥がしながら魔導バイクの元へと進もうとしたのだが、こりゃあ無理だ。門の中へと入れる気がしない。

 しかしまぁ、魔力が大幅に減っているせいもあるのだろうが女に絡みつかれただけで歩くことすら厳しいとは。と言うか、彼女達は今まで散々戦った後だと言うのに、いつも訓練で見せる力の一・五倍増し位にエネルギッシュになっていた。特にリーネシアがヤバイ。身体強化魔法とスコープアイで魔力切れなのか、意識がなくなっているのにそれでも俺の足にしがみついて離さないのだ。もう色々と酷い。

 どうしようもなかったため、魔導バイクについてはここまでずっと俺を心配して付いてきてくれたシャーリーに任せる。

 そして、女性達を落ち着かせていたところで……




「キャアアアア!!」

「ウワァァォ!!」

「や、やめっ! ウアァァッ!」



 あぁ……クソ、またなにか面倒なことが起きたようだ。

 はたと見れば門の外、ここからそう遠くない所、敵味方の物関係なく使えそうな武具が集められ、地面に並べられているそこで、異常な魔力が膨らむ。


 その中心にいるのは何処から拾ってきたものなのか、怪しい水晶玉を持ちケタケタと笑いだしたユリアだった。

 周囲には吹き飛ばされたのか倒れている人々……




「ハーッハッハッ! これで、全てを終わらせられるぞっ!! 憎き人間共よ、私の苦しみを思いしるがいいっ!!」




 明らかにおかしいそのユリアの雰囲気に、俺は今直ぐティアーユの助けに行けないことを悟り、奥歯を強く噛みしめていた。

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