第11話 ルイズ王国の食事事情
「オーイ、ウィリアムー、あの……そろそろお昼になってしまうし出てきてくれないか!? なぁ、聞いてるのかー、『黒の守り手様』?」
「うっ、うるせぇうるせぇ! その名で呼ぶなぁ! もうほっといてくれってば!!」
現在俺は、昨日目覚めた豪華な部屋で、布団を頭までスッポリとかぶり絶賛引きこもり中だ。オークの血や砂ぼこりのついた服でこのふかふかベッドに寝るのは少し躊躇いがあったが、でもそれでも今は引きこもりたい気分だったのだ。だから気にせず寝た。
この部屋は俺のために用意された部屋らしいから引きこもってもきっと誰にも迷惑をかけないだろう。迷惑をかけるのは掃除の役割を与えられた人に対してくらいだ。その人には布団汚してスンマセンと心の中で謝っておく。
いやそもそもだ、他者に迷惑をかけようがかけなかろうが部屋の鍵を開けるつもりは俺にはなかった。
と、言うのも昨日襲ってきたオークが全て悪い。
あまりに調子に乗っていたため俺がチョチョーイと懲らしめたのだが、どうやらその時に俺の方まで調子に乗ってしまったようなのだ。
この国の人達が見守る中、世界の平和を守る正義の味方……『黒の守り手様』だぜい! などと大層な二つ名(自称)を名乗り、オークどもを片手で蹴散らし、オークキングに喧嘩を売った。うん。それが昨日の俺だった。
そうして、二匹のオークが死に、一匹が傷を負いながら逃げ去った後、このルイズ王国は突如お祭り騒ぎとなったのだ。
ただの雑魚オークと言えども、この国を苦しめ、生け贄なんて制度を産み出す原因となっていたそいつらをたった一人で完膚なきまでに叩きのめし圧倒したのだから仕方ないのかもしれない。彼女達は日々慎ましく生き、希望に飢えていたこともあって、強すぎる俺の姿に明るい未来を垣間見たのかもしれない。とにかく今は国中に歓喜が溢れかえっていた。
ただ一つ俺の中にくすぶる心残りは、オークがどこから来て次はいつ、どのようにやって来るかのかについて情報を得られなかったということだ。その辺りも調子乗ってホントすいません的な部分である。
まぁ、あのあまり頭の良さそうではないオークどもに限って万が一にもありえないとは思うが、もしこの場所が深夜に奇襲されたなんてことがあったら大変だ。向こうはこちらの拠点を知っているがこちらは向こうの拠点が分からないのが痛い。俺がそのことに気づいたのは既に逃げ帰ったオークも見えなくなった後であったため、結局オークの巣も分からず終いとなってしまった。
俺が拠点を知りたいのは別の理由もある。それは人が拐われる危険性があるためだ。このルイズ王国の人々はオークが人食いなのだとでも思っているのだろうがそれは違う。オークどもが自ら子を産ませると言っていたからな。三ヶ月前から生け贄を要求してきたと言っていたが、もしかするとそれ以前にオークに掴まり犠牲になった人物もいるのかもしれない。もしそのような場合であったならその人は既にオークの巣で三ヶ月以上を過ごしていることになるのだ……もし本日以降誰かが捕まっても直ぐに助けに行けるようオークの巣についての情報を聞き出しておけば良かったと後悔した。
と、まあ、そんな悩みは置いておいて、国内でも王様周辺の者にしか知られていなかったはずの俺だが、この騒動で一気にルイズ王国中に広まることとなったのだ。あのどでかい飛空艇が裏山に飛び立ちすぐに帰ってきたことから何かあることを感じていた者も多かったのだろう。
しかも国民の間では『ウィリアム・フォリオ』ではなく、えー……“ルイズ王国の守護者”、“伝説の戦士”、“世界の平和を守る正義の味方”、“黒の守り手様”、などなど俺が自ら名乗ってしまった恥ずかしい名称で覚えられてしまったようなのだ。現在は専ら『黒の守り手様』が有力候補らしい。
あぁ……『天地分かつ刃』からやっと解放されたと思ったらこれか……
あの後、冷静にこれは不味いと思っていた俺だが、ここは村とも呼べるほどの小さな国。案の定すぐに情報は駆け巡り、昨日から何度も『黒の守り手様』とそこらで呼ばれている。
いくら尊敬や熱のこもった甘ったるい声で囁かれようと、自分がノリノリでつけてしまった恥ずかしいその名前を様付けで聞くたびに俺は穴があったら入りたい状態にされたのだ。
あぁ死にたい、あぁ死ぬほど恥ずかしいぃぃぃ……
そんな訳で、とうとう呼称に耐えられず引きこもったのである。
「ほらー、ウィリアム、そろそろ出てきてくれないか? ベアトリーチェ様もお待ちだし、ウィリアムもお腹減っただろぉ? 今日はご馳走だぞー!」
「……いや、ご馳走ってお前らが食うの『ブロック』とか言う謎の物体だろ、んなもん要らねーよ……とりあえずパンをくれよ……」
「なにぃ? パンとはなんだ? それよりも今日はなんと原材料オークのブロックなんだぞ!! これもウィリアムが“断罪”してくれたお陰だな! はははっ……」
「やめろぉぉぉ、俺の傷を抉って楽しいのかティアーユ!? つか、マジで魔物を食うのかよ……うえぇぇぇ……あれ? そう言えば魔石は取り出したのか? あいつらモンスターだから体の中に魔石があると思うんだけど……」
「ん? うーん、どうなのだろう。皆オークへの恨みの思いは強かったからなぁ……魔石も纏めて加工してしまった気がする」
「うげ……」
……はぁ。それにしてもやっぱり怪しすぎるブロックは食べたくないが本当に腹の方は減ってきたな。
『グウゥゥゥ』と腹も自らが空腹であることを主張してくる。
良く良く考えれば氷の中から目覚めてから何も食べずに丸一日以上経ってる!? そりゃあ腹も減るわ!!
……うん。狩りにでも行くか。
ドアの外ではずっと俺に声をかけていてくれたティアーユがいるはずだ。彼女に何かここらで取れる食べれそうな食材のことを聞いてみるか。
酒を片手に肉料理にかぶりつきたいところだが最悪、生野菜でも生卵でも何でも良い。とりあえず腹に何か入れたい。
そう思い、先程までとは一転、俺は布団からノソリと這い出ると、外へ出るために扉を開いた。
「「「「キャァァァ!! 黒の守り手様ぁぁぁ!!!!」」」」
バタン。
すぐに扉を閉じた。
そのあと暫くドンドンドンドン! と強く扉が叩かれたり、『黒の守り手様ぁ』『お話を聞かせてください!』『私にお世話をさせて……』等という沢山の声が聞こえてくるが、それを「止まれぇ!」とか「やめろぉ!」なんて制している怒声もまたいくつか聞こえてきて、次第に騒ぎも収まって行った。
そして、五分くらいかかってやっと元の静かな状態に戻る。
「オ……オーイ、ウィリアム、女王様が待ってるからご飯でも……」
「いや、そこにいるのティアーユだけじゃないよね!? なんか三十人くらい人いたよね!?」
「き、気のせいだよぉ~、十人くらいは防衛隊の兵士の人達だよぉ~……」
「いや、じゃあ残りの二十人は誰なんだよ!?」
ダメだ。部屋から外に出られない。
恐らく彼女達は俺のファンみたいなものだろう。あ、なんか自意識過剰みたいで恥ずかしいな。まぁいいや実際刺激の少なかった世界に現れた男だしそんなもんなんだろ。
そんな彼女達に戦ってる姿がカッコ良かったとチヤホヤされるのはけっこう嬉しいのだが「黒の守り様ぁ……私もダ・ン・ザ・イ、して?」なんて語尾にハートを付けて言われると何故あんなことを口走ったのだと胸をかきむしりたくなる。これがまだ誰かが勝手につけたあだ名や広めた発言なら少しは良かったのだろうが、自分で名乗ってしまった名前や、「断罪スル!」なんてノリノリで叫んでいたものだから、皆さんには是非一度そのことを忘れてもらいたい。そしてキチンとウィリアムという名前を覚えて一から俺のことを知って頂きたい所だった。
というわけで、俺は窓から脱出することにする。
窓を開け、そこに手をかけると俺は一思いに飛び降りた。三階だったがオークの時同様に浮遊魔法であっさり着地成功。
俺が降り立ったそこは床石やタイルが敷き詰められることもなく芝生が無造作に生えた場所だった。ルイズ王国の中庭だろうか?
広さもかなりのものがある。端から端まで歩いて二十分くらいはかかるだろう。
特に遮る物もなく、少し先には土がむき出しに露出しており、そこには幾つもの畝(うね)があった。これは畑なのだろうか? それにしては周辺に雑草が延び放題だ。廃棄された土地かな?
少し周りを眺めていると運良くその畑の端っこで農作業的なことをしている女性を発見。ラッキー、何か食糧を分けてもらおうと思い声をかけてみることにする。
因みにこのルイズ王国では才能を持ち合わせた者しか遺伝子、つまり子供を残せないらしい。この“才能”は勿論、身体的な物や知力的な物なのだが、外見、つまり一定の美しさも含まれるのだとか。よって、その結果今この王国で生活しているのは基本的に小さい子からお歳を召した方まで唾を飲むような魅力を持ち合わせている者ばかりだった。しかも、オパーイもほどほどに大きいのが美しいとされているようだ。グッジョブ。
そんなわけでオークがこの美しすぎる人達を拐いに来る理由もいくらか理解できるのだが、ティアーユ達とのふれあいもまだ多いとは言えないため、美しい人々にいささか免疫のない俺は改めて声をかけるとなるとガチガチに緊張してしまう。つまり……
「あっ、あにょ!! 良かったら野菜とかわけてくれまっ、くれませんかっ!?」
「えっと……えっ!? く、黒髪……!? あなたは、まっ、まさか!?」
「あっ、えっと……ども、ウィリアムです……」
「くっ、黒の守り手様が私に会いにっ!? はぅぅ……」
バタン。
ウソ……
俺にビックリし過ぎたのか、いきなり倒れちゃったんだけど……
つか、俺の『ウィリアム』って名前知ってるのかなこの国の皆……不安だ。
とりあえず近くに小屋が在るので彼女はそこへ運んで寝かせておいた。
農具を入れておく所みたいだったけど、地面に寝かせておくよりは良いだろう。
少し犯罪者のようなことをしている気にもなったが、別に拘束も監禁もする気はないし、彼女が気を失ったのも俺が直接手を下した訳ではないのだから許してほしい。
それはそうと、彼女は俺に野菜を分けてくれることもなく倒れてしまった。仕方がないので俺は畑で食べれそうな物がないか勝手に物色する。
そこで気付いたのだが、作物はあることにはあったのだがどの作物もボロボロなのだ。
延び放題の雑草にガンガン栄養を取られているのだろう、肝心の作物の方は凶作を通り越して枯れ草を育てているようだった。
一つよれよれの葉を掴み引っこ抜いてみる。
どうやら小さいながらもそれは白いカブだったようだ。
形は
うん……カブ、だよな? それは余りに弱々しくこういう新種の野菜じゃなければきっとカブだろうという程度の代物だ。
周りを良く見てみればニンジンや大根などここには様々な野菜があるようだった。
しかし、どれも地上に見える葉は
勝手ながらオーク討伐の報酬として一つこの抜いてしまったカブを頂くことにする。
……ジャリ。
少し砂がついていたためか不快な歯応えに一口目はペッと吐き出し、俺は直ぐに二口目を口に含んだ。
水魔法使って洗えば良かったって? まぁいいじゃん今は早く食べたいし。
モサモサ……
うん。パサパサだが味はそこまで不味くはないな。決して美味しい訳ではないが、腹が減ってれば普通に食える。
やはり単純に育てかたが悪いのだろう。
これだけ放置されていればそりゃあ栄養も散漫してしまうに決まっている。
あー、こりゃこの国の畑事情をどうにかしてやろうか。てか、どうにかしないとこれから暫くの間、俺の食生活事情が不安になる。
カブをポリポリ食べつつ、俺は小さい頃にじっちゃんや近所の農家のおっちゃんに手伝わされた畑仕事を思い出していた。
そんなときだ。白髪を揺らしてティアーユが大きく手を振りながら「おーい!」と、やって来たのは。
部屋のドアの前に他の女の子達といたはずの彼女が、何故外のこの畑に俺が居ることが分かったのだろうか。
その辺りを聞くとここから俺の『匂い』がしたそうだ。
急いで脇の下など体臭を確認してみる。確か女王様が体を拭いてくれたとか言っていたが、オークを倒した後はそのままだ。血の臭いなんかも匂っているのかもしれない。ちゃんと風呂にも入っていないため体も若干臭うし……
しかし、匂いを追ってくるとは……半分女の勘とか冗談なんだろうがお前は犬か。
まぁ、いいや。
「なぁ、ティアーユ。なんでこの畑は雑草が延び放題なんだ?」
「……さあ? 私は私の仕事以外のことはよく分からないのだ。雑草がどの草なのか分からないが、どれも結局腹に入るのだから変わらないのではないか?」
「……」
そうか、こいつらなんでも魔導ミキサーとやらで加工してブロックとやらにしちまうんだっけ。
雑草も野菜も関係ないってことか……
うーん、やっぱ俺あのブロックとか言うのあんま食いたくないわー。てか、あそこまで全く食欲が沸かないのも不思議なんだけどさ、ティアーユの話からも原材料に不安があるし、見た目も生理的に拒否感が強いのだ。
なんだろう、例えばお腹が空いたときに一枚のコインを見ている感覚に近いのだと思う。まぁ結局餓死しそうになったら口には入れるとは思うけどさ……
そう思って、とりあえず食事のために他に育てたり採取したりしている物がないか聞けば、食糧類はこの畑によって草類等の繊維を、狩りによって果実や肉などのたんぱく質を確保するらしい。
うーん、なるほどなるほど……この国にまず必要なのは“料理”だな!
食の素晴らしさをこのルイズ王国の国民に是非知ってもらいたい。
そうしないと後々俺が食うものなくて死ぬしな。
食事は人生を楽しくさせるためのスパイスだ。良い匂いを嗅いで食欲をそそられ、良く味わって「旨い!」と舌づつみを打つ。そんな食事をする幸せを奪われてはきっと俺は生きていけないだろう。
俺はこの国での『料理』の必要性を考えながら適当にボロボロな野菜を幾つか見繕い、ティアーユと共に城の中へと持ち帰った。
これからティアーユに連れられて王様達と食事会だ。
人だかりが出来ているであろう俺に与えられた部屋の前には近づかないよう遠回りしつつ、王女様の元へと二人で向かった。
今度は
出来るはずだ……
出来るといいなぁ……
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