第10話 黒の守り手様

「えぇか、ウィル、偉大な英雄、つまり『正義の味方』ちゅーのはだ、なかなかなろうと思ってもなるのが難しいもんなんじゃ。でもウィル、お前ならなれる! ワシが保証してやる!」


「そうなんか? じっちゃんはその『せいぎのみかた』じゃないんか?」


「あぁ、そうじゃのぉ……ワシはダメじゃった、しっかりと正義っちゅーもんを持てんかった。英雄の持つ『正義』と言うのは大切な人を、家族を、友を、周りの人々を救える力であり、国の、平和の、自由の、信念の、その他様々な物の希望であり、またそれを守るための様々な力なんじゃ。ワシもその大きな力を持っとったらなぁ、きっとお前の両親を救えたはずじゃなぁ……」


「そっかぁ、じっちゃんでも『せいぎのみかた』になれんかったんかぁ。まぁドンマイだ、泣くなよじっちゃん!」


「な、泣いとらんわい!」


「なぁなぁ、じゃあ、じっちゃんより強くなればその『せいぎのみかた』になれるんか?」


「むむっ? うーん、それはどうかのぉ、『正義の味方』には知識や魔法が必要な時だってあるぞい、だからこそなるのが難しいんじゃ」


「俺、勉強は嫌いだ、だけど魔法ならやってもいいし、少しなら覚えてもいいぞ!」


「うむ、そうじゃの……なんでそんなに偉そうなのか分からんが、ウィリアム、知識ならば召喚魔法なんかで頭の良い精霊を呼びだしゃ補える。それにお前は人を傷付ける剣技を多く持っておるからの、だから魔法の中でも特に癒す魔法をまず身に付けておくべきじゃな」


「『いやす』? なんだそりゃ? イヤらしいことか? それならじっちゃんのベッドの下の『せいきのみかた』って本が……」

「コ、コリャ! “癒し”じゃ“癒し”! ウィリアムお前、なんでワシのベッドの下にあるそれを知ってるんじゃあ!?」







 ◇◆◇◆◇



 じっちゃんには剣技や武術以外にも数多くの大切なこと、英雄然とした人物になるための『正義』を教えてもらった。それは道場を継ぐために必要なことでは無かったのかもしれない、でも数々の魔法はそんな正義の執行者である『正義の味方』になるための重要なものの一つだ。

 俺は完全に浮遊できるわけではないが、落下を和らげるくらいには浮遊魔法『フライ』の魔法を扱える。

 この時代よりも遥かに過去である俺の過ごした時代には回復魔法や治療系魔法、浮遊魔法や発火魔法、水精製魔法なんかはけっこう誰もが使えていた一般的な魔法だった。元々魔力操作が苦手な俺でさえ、じっちゃんのお陰で一通り習得していたし回復魔法なんて人並み以上に修めてたくらいだ。


 だから俺は今オーク達の目の前に立っている。

 三匹のオークも門番の女兵士も、そして、オークに抱えられた少女でさえも今は頭上から突如降ってきた俺に驚き目を見開いている。

 そして暫くの沈黙だ。皆きっと俺がどうやってここに来たのか、一体何者なのかを考えているはずだろう。

 勿論オークなんかに負ける気はしない。今こそ、俺はじっちゃんに教えてもらった力でこの糞豚野郎達からこの国の平和を守る『正義の味方』になると決めたのだから。




「な、なんだブヒ? 空から人が降ってきたブヒ。天人種ってやつブヒか……?」


「いや、羽もないし純人っぽいブヒ。で、でもコイツ可愛くないから別にいらないブヒ」


「そ、そうだブヒ、あっちいけブヒ! もっと可愛いの連れてくるブヒ!」


「あー、あー、ブヒブヒうるっせぇぇぇんだよぉ!! さっさとそのきったねえ手を離してその人達を解放しろ! そんでお前らはさっさと巣に帰りやがれ! 生け贄? 残念ながらそんな約束は今日を持って終わりだ……残念だったなぁ! お前らのこれまでやってきた悪行も金輪際も終わらせるっ、今日までの非道、俺がお前らを断罪させてもらう!!」




 叫んだ。

 理不尽なオーク共に俺の心の中に渦巻いた怒りをぶつけた。戦場の雰囲気に早くも呑まれ始めている。つかなんだ「可愛くない」って、当たり前だろボケがっ。最強の剣士様が可愛いはずない、舐めてやがる。

 そんな俺の余りの剣幕にオーク共も腕を掴まれている女兵士のお姉ちゃんも、さらには肩に背負われた女の子も唖然とした表情で固まっていた。 

 壁の上からは固唾を飲んで見守る女王様達の視線を感じる。

 城の城門付近にも野次馬のように白髪の女性達が集まって来ていた。

 そして、俺はフツフツと沸き上がるあの闘いの場に立った時の血沸き肉踊る興奮に包まれ始めていた。

 大会以来か……こいつらじゃあリアなんかには到底及ばないだろう。役者不足は否めないが……まぁ今回は最強を決めるための戦いじゃない、俺がじっちゃんから受け取った大切なものが自分の中にあることを確認するための戦いなんだ。




「な、なんなんだブヒ! これは俺達の女ブヒ! いいからお前らは俺らの言うことを聞いていればいいブヒ!」


「そうだブヒ! この女達に種付けして俺達の子供を……」

「あー、あー、もう分かった。それ以上喋るな」


「う、うるさいブヒ! お前こそ喋るなブヒ! こいつらは俺達の子供を産めるという幸せを掴めるんだブヒィィィ!」




 はぁ、吐き気がする。

 何が幸せだよ。そんなのは人それぞれだろうが。豚どもの慰み者にされて幸せになれるのか? いやなれるはずがない。圧倒的に不幸だ。

 ほら見ろ、嫌だと言っているじゃないか、声で、体で、その悲痛な瞳と流れる涙で。

 そうだ。だから俺はこいつらを切る。じっちゃんは言っていた。女は大切にしろ、女を泣かす男は最低だ。女を泣かすのはベッドの中だけにしろってなぁ!

 だから、俺がやらなきゃいけないんだ。人間達の何人にも犯されない自由を、希望に溢れた平和を、人生の幸せを……それが『正義の味方』の役割だっ! それがじっちゃんに教えてもらったかっこいい男の、いや……英雄の在り方だっ!




「生け贄なんて要求を飲んじまったこの国も仕方がなかったといえ俺には受け入れられない。だけどな、お前らがいなきゃそんな制度も最初から要らなかったんだ……だから、俺はお前達を許さない。やっぱ、今から……お前達の不正義を断罪スル!!」




 それ以上は豚の声を聞く必要はなかった。

 俺は一息で肩に少女を抱える一匹の豚に肉薄し、右の拳を叩き込む。

 相手はこん棒、こっちは無手。しかし何の問題もない。

 刀を使えない戦闘は久々だったが、案外身体は覚えているものだな。

 オークにはこん棒を振り上げる間も与えることもなく、俺は拳に洗練された魔力を乗せ、その豚の腹を殴り、インパクトの瞬間に弾けさせた。

 北方の島国で、“気”や“気功術”と呼ばれた一つの魔法武術。

 魔力結界なんかがあっても衝撃を突き通し、その結界内にいる敵に確実な一撃を叩き込む技術だ。

 しかし、もちろん敵に魔力結界なんて張る余裕も与えておらず俺の右拳は易々と無防備のオークの鎧に深くめり込んだ。

 そして、大きな音とともに豚の着飾っていた金属の鎧が大きくベコリと凹む。

 数瞬の後、その凹みすぎた鎧が多少なりとも元に戻ろうとするのだが、しかし、そんなものを確認する前に目の前の巨体は鎧ごと遥か遠くへと吹っ飛んでいった。




「あっ! やべっ、女の子も一緒に吹っ飛んでるしっ!」




 オークに抱えられていた少女は俺の拳から放たれた衝撃によって豚同様吹き飛ばされていた。今はオークの肩元を離れ、空中に放り出されている。

 俺は考える暇もなく全力疾走だ。

 急いで荒れた町の廃屋の間を駆け抜け、なんとかその子を無事キャッチ!

 ふぅぅぅ、危ねぇ危ねぇ……

 落ちてたら簀巻きのせいで受け身も取れないだろうし、けっこうな速度で飛んでたから危なかったぞ。


 吹っ飛んだオークの方は遠くで廃屋に頭から突っ込んで、こちらに下半身だけ出して伸びていた。

 いや、ありゃ死んでるかもな。内臓壊すつもりでぶっ飛ばしたし。




「ブ、ブヒィィィ!? お、お前今何したか分かってるブヒ!? 俺達にこんなことをしてどうなるか分かってるブヒ!?」


「そ、そうだブヒ! い、いいからさっさと女を渡せばいいブヒ! きょ、今日の所はその足が一本ないやつとこの元気な女で許してやるブヒ! だからあっち行けブヒィ!」


「うわぁぁぁ! ひっ、引っ張るなぁっ! 私なんて食べても美味しくないぞぉぉぉっ!!」




 あー、もうっ!! 瞬時に再び怒りが沸き上がる。

 まぁぁぁだ調子のってんのかこの豚どもは……お前達の方がさっさと帰れってんだよこのウスノロ。

 オーク達はこん棒でこちらを牽制しつつも早くこの場を離れようと女兵士の腕をグイグイと引っ張っている。

 さすがに体格差からか、女兵士の抵抗もむなしく、彼女はズルズルと豚に引きずられていた。

 はぁ……とりあえずもう一匹ぶっ飛ばすか。俺がそう思い、片足のない少女をゆっくりと地に寝かせたその時だった。城壁の上からティアーユの叫ぶ声が聞こえてくる。




「ウィリアムー!! あったぞ、受けとれぇぇぇ!!」



 そう叫んだティアーユの手元から放物線を描きつつ落下してくる細長いそれ。

 見慣れた、使い慣れた愛刀『無銘』。

 その鞘にしまわれた刀はクルクルと縦回転しながらこちらへ飛んできていた。

 そして、それはまるで俺の手の中へ吸い込まれるように俺の元へと降ってくる。

 俺は無造作に左手を伸ばし、その愛刀を取り落とすことなくしっかりと右の手の平で掴み取った。

 “パシッ”と小気味良い音が鳴るその手中には見事にしっかりと無銘の柄が見事握られていたのだ。




「ナイスコントロールだぜティアーユ! ハハハハ……さぁ、お前ら……絶望しろっ!!」



 ついつい顔が歪んだ。

 オークどもの目の前で掲げた鞘から刀身を抜き放つ。

 一寸の曇りもなく日に輝く鋼鉄。

 黒いその背には魔力伝導を上げるため揺らめく波紋が延びていた。

 そして、わずかの刃こぼれもなく緩やかに湾曲する刃には数多の素材と技術が詰め込まれている。


 それを見て本能的な恐怖感からか、焦りを玉のような汗にしておののく二匹のオークと、手を離され腰が抜けたのか地にへたりこむ女兵士。


 俺はその強ばった雰囲気の中へ瞬時に飛び込み、一度の踏み込みで一気にオーク一匹の片腕を切り飛ばした。

 それは刃を上へ向けての切り上げ。

 右手一本で刀を握る弱々しい斬撃でも、オークくらいならば俺自身の体の踏み込みや勢いを使うことで肉も骨も一刀の元に断つことは容易い。

 空には無銘の斬撃によって、こん棒ごとオークの右腕が舞っていた。




「ブッ、ブヒィィィ!! い、痛ぇぇぇ!!」


「はぁぁぁっ!!!」




 俺はさらに宙に舞ったオークの右腕を縦に横に切り刻む。

 徹底的に、精密に、余すところなく、ことごとく、俺はオークの右腕を細かく細かく裁断した。

 それは俺にとって軽い無銘の準備運動だった訳だが、豚どもに恐怖を与えるには十分な芸当だっただろう。

 ぐちゃりと赤色のミンチが地に落ちる。それはオークの右腕とこん棒の合挽き肉だ。

 腕を失いドクドクと血を流すオークに向き合っていた俺だが背後で動きがあった。




「お、お前ぇぇぇ!! しっ、死ねブヒィィィ!!」


「シッ!!」


「ブ、ヒッ……?」




 振り返り様一閃。


 俺の背面に回り込んだ一匹のオークが俺の後頭部へこん棒を振りかざしていた。

 しかし俺はその降り下ろされるこん棒の軌道から逸れるように体の軸をずらし、一回転。その回転の勢いごと豚野郎の首筋を真横に切り結ぶ。

 体の回転の力が加わった無銘の太刀筋は何の抵抗もなく滑るように、降り下ろされつつあったこん棒とオークの太い首の両方を簡単に切断した。

 そして、まるで自分の身に何が起きたのか分からないかのような最後の言葉を残して、切られたこん棒の半分と一緒にごとりとオークの頭が落ち、先のない首から血を吹き出しながら数秒後には残った巨体も地に倒れた。

 俺は刀を縦に降り、豚の血を飛ばしつつ最後の一匹へと剣先を向ける。



「はぁ……この、カスがっ!! 後ろからこん棒とは正義の名の元にもおけねぇ野郎だなぁ!! てめぇらの断罪にはじっちゃんの技さえ使うのは惜しいぜ」


「な、なんなんだブヒィィィ!? よっ、よく見れば黒い髪なんて今まで見たことがないブヒ……お前は一体何者ブヒッ!?」


「ん? あぁ、そうそう、俺は長い眠りから目覚めた伝説の戦士っ!! 世界の平和を守る正義の味方……『黒の守り手様』って奴だぜっ!! 分かったらさっさとオークキングとやらに伝えるんだな。この国は俺が居る限りお前らには一歩たりとも譲るもんはないとなぁ!! 生け贄の要求は無効、つーか、来るなら来い、オークキングでもなんでも逆に滅ぼしてやらぁ!!」


「ブヒィィィ!!! おっ、覚えてろブヒィィィ!!」




 凄みを効かせて睨んでやれば、片腕を無くしてぼとぼとと血を流すオークがその手を庇いながらブヒブヒ言って去っていく。

 俺はその逃げていく背中を見つめつつ一仕事終えたこと満足感に包まれていた。

 クソみたいな雑魚がいつまでも俺の目の前でウザったいことしやがるなんてホント、調子に乗りすぎなんだよ。



「ふぅ……断罪完了……!」



 悪は滅ぼす。正義の味方の大事なお仕事だ。

 とりあえず、オーク達が今までしてきた不正義への断罪、その処理を今しがた俺は終えた。

 これでこの国は守られた。一先ず一件落着だ。

 左手に握る鞘へと刀を収めれば“カチン”と小気味良く鍔が鳴った。







 ……


 ……


 ……ん?


 ……って、あれ?


 や、やり過ぎた……か?


 そろーっと城壁の方を振り替えると……




「「「「「キャァァァーーー!!!」」」」」



 いつの間にか門の所に集まっていた百人ほどの大観衆から悲鳴があがった。

 そして、人々の様子を見る限りそれは決して畏怖によるものではないだろうことは俺でも分かる。


 城の入口に集まっているのは老若男女全て白い髪を持つ女性達。

 そして彼女達の紅い目はキラキラと輝きつつこちらを熱を持って見つめ、多くの者は手を祈るように握っていた。

 こちらに熱い熱い視線を向けながら、しかし、ブタの死体が転がっているためか門からは一歩たりとも出ることはなく、大変高音で耳が痛くなるような黄色い叫びを続けているのだ。

 『凄い』とか『ヤバイ』とかそんな叫びだろうがうるさすぎて詳細はよくわからない。


 あっ、数人の女の子が俺にブンブンと手を振りはじめた。

 とりあえずアハハハハ……と苦笑いしながら小さく手を振り替えしてみたら、なんとそれを見た数人パタパタと気絶してしまうではないか。



 あ、あぁ……

 これは……もしかして、とんでもないことやっちまったぁぁぁ……のか……!?

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