第27話 天地分かつ刃(仮)

 荒廃した家屋は次第に減り、段々と草原のような地が拡がっていく。

 それでも魔導バイクはどんな悪路を走っても揺れが少なくなるよう出来ているらしく運転に支障は全くなかった。

 ただ焦りだけが先行する。


 ユリアに時間を掛けてしまったために直ぐに追い掛けることが出来なかった。

 オークに連れ去られる時間、ティアーユはどんなに辛かっただろうか、何かされていないだろうか。

 目標を目前にすると俺の中のそんな不安と焦りが噴出し、ただただ“ハンドル”を強く握にしめる。


 門から出る際、シャーリーに渡された『ブロック』を取り出す。

 今まで散々遠ざけてきたそれを俺は一口で飲み込んだ。

 クソッやっぱり糞不味い……人の食うものじゃねぇよこれ。

 しかし、そのお陰だろうか、散々酷使してきた体にも僅かに力が戻った気がした。


 そのまま一時間ほど走っただろうか、俺はとうとうゆっくりと歩んでいたオーク達を視界に捉える。

 遠目に見る限りティアーユも無事そうだ。

 そして、ここまで来てしまえば後は捕まえ取り戻すだけ、早く早くと気持ちだけが急いた。




「待てコラァァァ!!」




 オークにここまで散々不安にさせられてきたイライラをぶつけた。

 俺の大声に驚いたのかオーク二匹とティアーユは皆一様に振り向く。


 そもそも、オークキングの足取りは遅く、傍らのジェネラルオークもティアーユを引きずっていたため別に待って貰わなくても俺が追い付き、追い越すのは容易かった。


 オーク達の前へと躍り出て、進路を塞ぐように魔導バイクを急停止させる。

 ハンドルを切りつつブレーキを掛けると、バイクが傾き地面が抉れ、盛り上がった土はバイクの代わりに前方へ飛んでいった。



 ……俺は内心安堵の息を吐いていた。

 ティアーユは少し衰弱しているが、引きずられ無理矢理歩かされたことで靴底がボロボロになっている以外目立った外傷もない。

 衣服も乱れがないどころか鎧を装着したままである。武器こそ携帯を許されなかったためか何処にも見えないが、よくもその格好でいることを許されたものだ。オークに何かされるのを恐れていたのかもしれない。


 しかし、今は此方に目を向けて嬉しそうにしている顔が見える。随分待たせちまったな、ティアーユ……今、助けるっ!!





「お、お前は!! 何故だっ!? 何故、腕が……」


「あぁ、そうか……この世界では腕の一つも治せないんだったな! よし、そう言うわけで俺は完全に回復している。お前達はここで詰みだ。最後くらい正々堂々と散ったらどうだ? 一人づつでも順番に相手してやるぞ?」


「クッ……確かに我の破壊の力で腕と足を砕いたはず、何故っ、何故なのだっ!!」


「だからよ、回復魔法って知ってるか? 俺は人一倍あの魔法が得意なんだ。失ってすぐなら完全に元の状態に戻せる。無くなったら無くなったまんまじゃねぇんだよ!」


「ひっ、卑怯ブヒヒ! そもそもお前はなんだブヒヒ、突然現れて、同胞がいくら犠牲になったか……一体なんなんだブヒヒ!!」


「ふっ、俺か? 俺はこの終焉の世界に現れた人々の救世主! 古の黒き髪と黒き目を持つ黒の守り手様、ってところかなぁ!!」




 チッ、無銘折れちまってるんだった。

 すっかり忘れて鞘から抜いちまったから、ボロボロの刀を構える形になってる。直ぐ鞘に戻すのも格好悪いし暫くこのままだな。




「お、お前っ、そんな剣で何が出来るんだブヒヒ! 変な奴ブヒヒ!」


「やめろっ! バカにするんじゃないっ! ウィリアムは私達の希望、黒の守り手様なんだ! 絶対にあの剣でお前達を倒してくれる! フ、フフ……お前達には見えないだろう、あの折れた刀身から伸びるウィリアムの闘気の刃が……!」




 や、やめてく……

 じゃない。良いこと言うじゃねえかティアーユ!

 そうだ。俺の剣はじっちゃんに教わった闘気の剣。

 今こそその力見せてやらぁ!


 打ち合いを始める俺とオーク。

 こちらは闘気とは名ばかりで、実質的には魔力を固めた刀身のため切れ味が落ち、上手く敵に有効な一撃を与えられない。

 鋭く、しっかりと研がれたような刃を産み出すのは魔法が下手くそな俺にはどうにも苦手だ。

 ジェネラルオーク一匹ですらさっさと倒せていない。


 え? オークキングは何しているか?

 あいつはティアーユを逃がさぬようしっかりと掴み後方にてこちらの闘いを伺っている。どうにも疲労困憊の様子で、戦闘に参加してこない。


 俺はそんな中、幾らかの打ち合いの末にジェネラルオークの隙を突き、仰け反らせることに成功する。

 あとはその無防備な喉元へ無銘を突き入れるだけだ。急所への突きならば切れ味はさほど必要ないし、折れた刀身部分で突きを繰り出してもいい。

 踏み込み、曲げていた肘を伸ばそうとしたその時だった。




「そこまでだ、いい加減にしろ……! こちらには人質がいる。動くなっ」




 ピタリと腕を止める。

 ジェネラルオークを殺そうとする気迫だけが、その喉元へと向かう。

 これに目の前の豚は後ずさったが、俺は動けない。

 ティアーユを人質に使われていた。いや、こんな姑息で卑怯なな手、幾らでも考えられたはずだ。まだ取れぬ心身の疲労や戦闘への没頭から俺は気付かぬ内に集中力や思考を放棄していたのだ。


 あと一歩で、全て終わるのに……俺は殺すほどの気持ちで敵を睨む。




「コイツは死んでも蘇ってくる、我はもうゴメンだ、こんな所逃げるぞ、神の言葉なぞしったものかっ! オイ、足を砕け、腕を砕け、頭を砕け! 直ぐには回復しないだろう、一度殺しておけっ」




 オークキングはビビっていた。

 死んでも追ってくると思っているのだろうか?

 俺が扱えるのは蘇生魔法ではなく回復魔法で、死んだら流石に甦れないのだけど、イチイチ訂正することもないので何も言わなかった。


 オークキングに命令され、ジェネラルオークが近寄ってくる。

 武器を置けと言われたため、無銘を鞘に戻し俺はオークの攻撃を無防備に受け続けた。

 勿論ある程度の身体強化魔法は使っている。しかし、執拗に足を狙うオークの攻撃に俺はまず立つことすら出来ない程に両足へダメージを与えられる。

 ティアーユは悲鳴に近い叫びをあげていた。

 正座するよう地に崩れ落ちた俺に対し更に加えられる攻撃、回復魔法が追い付かず、俺は右半身と頭だけは守るように丸まった。お陰で頭を庇っていた左腕も足同様にぐちゃぐちゃだ。


 俺は前に倒れ伏しながら何か叫んでいるティアーユに視線を送る。

 大丈夫、もうすぐ終わる。信じろ、ティアーユはじっと動かずにいてくれ……狙いが外れる・・・・・・

 俺は諦めちゃいない。こんなもんまだまだだ。無抵抗な相手一人にこれだけやって殺せないのがオークだぞ? こんな奴等に負けるはずないだろう……


 俺が視線を送り続けたのが通じたのか、ティアーユもまた息を飲んで叫ぶのを止め、こちらを見詰める。

 オイオイ、そんな熱っぽい視線を送るなよ、変なこと考えてねーだろうな?

 ……って、変なこと考えてるのは俺か。

 そうだ、あれだ、誓いだ。誓いの時のことを思い出せ、今はただ俺だけを信じて目を閉じ、じっと動かないでくれ。


 祈りは届く。まさか本当に目を瞑ってしまうと思わなかった。

 もしかしたらこれ以上俺がやられる様を見たくなかったのかもしれない。しかし、彼女は静かに目を瞑ったまま手を組みなにかを祈っているかのような姿でピクリとも動かなくなった。




「キ、キング! こいつの鞘から何か青い光が……!」


「なにっ!? オイ、やめろっ! それ以上変なことをするなら……」




 もう充分だろう。

 俺は上半身を跳ね上げる、体じゅうが軋むなか、視線はオークキングを捉えた。




「あぁぁぁあああっ! 奥義『天地分かつ刃』っっ!!!」



 右半身を捻りつつ無銘を抜く。

 正座した格好のまま、逆袈裟斬りに刃を振り抜いた。

 これぞじっちゃんから受け継いだ奥義『天地分かつ刃』。

 “天も地も切り裂けること”こそ真髄。

 俺がじっちゃんの教えを受けて編み出した最後の切り札。

 ひたすらに気(魔法)を鞘に溜め込み、抜刀と共に斬撃に沿って放たれるその技はどんな大岩も切り裂く強靭さと天空に浮かぶ雲さえ分断する長大な寸尺を持つ必殺の剣。


 痛みを叫びで誤魔化し振り抜いた『天地分かつ刃』は全長二キロにも及ぶ超大剣魔法。ティアーユを避けてオークキングの半身とジェネラルオークの側頭部を切断した。




「ぐぉぉぉ! めちゃくちゃ痛ぇぇぇ!! ヒール、ヒール、ヒールゥゥゥ、クソッ天地分かつ刃のせいで魔力が全然足りねぇぇぇ!」


「えっ!? な、なんだこれは!? いったい何が……? そ、それよりも回復だな、待ってろウィリアム! ヒールッ!」




 急いで回復魔法をかけてくれたティアーユだったが、彼女も魔力なんてさほど残っていない。俺の激痛は暫くの間続いていた。


 結局オークキングやオーク達にここまで追い詰められたのは確かだ。

 じっちゃんの奥義は一振りで剣も壊れてしまうため無銘は今やただの鉄片に変わり果てている。

 俺やティアーユもボロボロだ、城にいる防衛隊の人々も同様。ユリアなんてよく分からんが操られていたため、王女様によって眠らされ三日は起きない状態だ。


 目覚めてからとんでもない日々ばかりだった。

 でもこれで終わりさ。ユリアが誰に操られたのかとか、後はおばば様達と王女様に丸投げしてやる。


 疲れた、疲れた。

 帰ったらぐっすり寝てやる!

 と、その前に……




「ティアーユ、あの時よく動かないで居てくれたな」


「あ、あぁ、あれはその、ウィリアムの私を見つめる目が前に『誓い』をしてくれた時の目と同じだったから、後はウィリアムを信じてどんな結末になってもウィリアムと共に在ることを誓っていたのだ……」


「流石だな。よし、丁度良いや、ちょっと目を瞑ってくれないか……」


「えっ? わ、分かった……」





 ……



 ティアーユを取り戻し帰城する。

 俺とティアーユの唇に同じ形の血の跡が着いていたことをシャーリーにめざとく追求されたが、珍しく恥ずかしいのかティアーユは何も言わなかった。

 俺は戦闘で高ぶった勢いだったが別にそれほど恥ずかしくもなかった。ティアーユと心通じた気がしたのだ。パートナーとして誇れるくらいだと思う。

 そんな訳でティアーユが言わないならばと俺はシャーリーに笑って誤魔化しておいた。


 一方、王女様達は城の地下に何が眠っているのか、ユリアは何に操られていたのか。それを追究することにしたらしい。

 ユリアの目覚めを待たず、クローン施設の更に地下へと通じるあの扉を開くことにしたのだ。

 ここでも活躍したのが、またもやベアトリーチェ王女の『マスター・オブ・キー・解錠(アンロック)』

 あの魔法はどんな魔力も発散させる。それは人以外にも使える訳で、簡単に言うと魔導具を強制破壊する技だった。

 これを使えば何らかの魔法でビクともしなかった扉がただの鉄塊に成り果てる。あとは無理矢理開くだけだ。


 あったのは下へと続く階段。それを降りて俺が見たのは広大なダンジョンだった。

 道は一本道で幾つもの巨大な管が奥へ奥へと延びている。

 それを辿って進めば、その最奥にあるのは巨大な扉。いわゆるボス、ダンジョンマスターの待ち構える部屋だ。しかしながら管はその中まで入り込んでおり扉は半開き、異常な様子を示している。

 こんなおかしなダンジョンは見たことも聞いたこともない。

 だいたいどこのダンジョンも最も奥で待ち構えるボスの部屋は厳かに作られるもののはずで、こんな扉を半開きにするような所なんて異常としか思えなかった。


 さぁ、とうとう辿りついたルイズ王国の地下に造られたダンジョンの最深部。

 そこで俺達が見たものは……


 “檻”とそこに囚われた一人の“少女”だった……

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