第26話 鍵の力

 高笑いするそのユリアからは異様な魔力が溢れ出ていた。

 この国に住まう人々は元来あまり魔法の類いを上手く扱えないはずだ。しかし、今、目の前のこの研究者はその身に余るほど多量の魔力を体外へと放出しており、周囲に衝撃波を放つかのように人も物も己に近づく物を皆吹き飛ばしている。

 それは誰にも止められないほど強力なものだった。


 そして、笑いつつも、意味不明な言葉を発しているその様子はいつものマッドサイエンティストな部分よりも更に異常さが際立っていた。




「さて、あれはどこだ? ……ふむ、なるほど。もっと下、この建物の“地下”だな」


「「「っ!!」」」




 突然一時停止し、一瞬思案した後、またすぐにユリアは行動を開始する。野外に設置された一時的な武具置き場。そこから門へ、ルイズ王国の城へと歩みだしたのだ。

 ……何かを探している?

 近くで様子を見ていた数人がユリアの発した“地下”という言葉に反応し、その歩みを止めようと突然飛び出す。俺の側にいた女性達も門とユリアの間に飛び出したのだがその全てがやはり尽く蹴散らされていた。




「お、おいっ、これは……」


「黒の守り手様っ! 恐らく、ユリアは何者かに操られていますわっ!」


「操る……魔法か!?」




 人の心を操る精神魔法。それは俺には対処できない魔法の一つでもあった。勿論回復魔法なんかも効かない症状だ。

 特にこういう呪いのような魔法は元を断つ他ない。

 しかし、一体何なのだろう。操られている今のユリアは人や物を蹴散らしながら門を抜け、ルイズ王国内へと侵入し、地下への道を探しているように見える。近付きすぎぬようにしつつも、後を追って来ている俺達のことは全く眼中にないようだった。




「と言うか、地下に一体何が……?」


「恐らく今のユリアが目指しているのは地下にある、『クローン施設』……! 絶対に止める必要がありますわ!」


「なるほど……よしっ、俺が掴まえてやる、その隙にロープか何かで縛りあげっ……」


「余計なことをするなぁぁぁっ!!!」




 掴みかかった俺の腕をあり得ない程の力で振りほどくユリア。

 身体強化魔法、いや、肉体のリミッターを外していやがる……

 今のユリアの腕は筋肉と血管が異常に浮き出しており、さらにはそれが所々はち切れ、血が吹き出していたのだ。


 なるほど、これはヤバイ……

 そして、オークと違って彼女は人間だ。攻撃して動きを止めるなんて迂闊なことをすれば、直接彼女の命に関わってくるため俺は強硬手段も取れないでいた。




「ま、待て! お前はなんだ!? 目的は一体なんなんだ!? 何故クローン施設を破壊しようとする!? もしかしてオーク達と関係ある者か!?」




 おばば様達に聞いたゴブリン戦争というのを思い出す。

 五十年ほど昔に起きたその戦争では幾人かの純人種がモンスター側について人間側と敵対、クローン施設を破壊しているらしい。

 それは、今の状況とどことなく似ていた。

 大きく異なる点と言えばユリアが自発的でなく、操られている点だ。そして、魔法をかけてユリアを操っている術者が誰なのか全く分からない。

 しかし、言葉は通じるように見えた。そのため、歩みを止めさせようと、また、何でも良いから情報を得ようと話しかけた結果、更に俺は混乱することとなる。




「クローン施設? そんなものは知らん。私は私を救おうとしているだけだ。お前にはさんざん私の計画を邪魔されたが、これ以上邪魔をするならばもう容赦しない……!」




 強烈な殺気が放たれる。

 それは、あのユリアのか細い体では到底放たれるはずもないものだったが、その一方で俺を少しだけ興奮させた。いいねぇ……

 ペロリと唇を舐めてから、ふと気づき首を振る。

 ……って、いやいや、何してんだ俺は。戦わねーよ?

 兎に角、ティアーユを助けに行く前にどうにかしないと、ティアーユ助けて帰ってきたら城の中が大惨事になってました、とか洒落にならんし……


 しかし、掴んで止めようとすればユリアの肉体を犠牲にしてでも抵抗してくるし……

 クソッ! オークもほとんど倒して、後はオークキングだけかと思ったらこれかよっ!

 ティアーユも連れ去られ、イライラし始める俺にベアトリーチェ女王様が思い詰めたような顔で話しかけてきた。




「黒の守り手様、もう一度ユリアを押さえ付けられますか……?」


「え? あ……あぁ。それは別に問題無いんだけど、ユリアの体が……下手したらアイツ関節外したり骨を折る勢いで抵抗してくるぞ……?」


「構いませんわ。彼女の命が果てる前に私が絶対に止めます……!!」




 現在俺達がいる場所は既に俺が侵入したこともないような城の地下だ。ここまで、俺を含めて誰一人としてとんでもない力を振るう彼女を止められていないでいる。

 ただ、ここまで必要以上の破壊が行われていないのがせめてもの救いだ。悉く家具も壁も吹き飛ばされると言うようなことはなく、ただでさえボロボロな城ではユリアの通った後だけ物が無くなり、ドアというドアだけが消え失せていただけであった。


 そして、そんな彼女をこの王女様は止めると言う。しかし、先程までオーク達と戦っていた兵士であっても簡単に吹き飛ばされていた。俺、もしくは身体強化魔法の使えるリーネシアなら止められたかもしれないが、リーネシアは魔力切れのため外で伸びてるし、そもそも止めようとすればそれはそれでユリアが体を犠牲にしてまで抵抗する。とてもこのか細く弱々しい王女様に止めらとは想像できなかった。

 だからこそ今まで有効な命令も下せぬまま、邪魔者を吹き飛ばして進むユリアの後ろを追いかけるしか出来なかったのだ。

 だが、そんな状態から抜け出すためだろう。この国の王はそれでも力付くでユリアを止めて欲しいと俺に言っていた。



 仕方ない、突然立ち止まったこの女王様が何をどうするつもりか分からないが、俺も覚悟を決めようとしたその時だった。

 ユリアが発している魔力なんて比べようも無いほどの莫大な魔力が、隣にいた王女様から放たれていることに気付く。

 いや、これほどの魔力量は俺が産まれてから今まで感じたことがないほどの凄まじい物だ。いったい何が起きている……?

 ……以前聞いた話では、この王女様は異常な量の魔力を保有していて、飛空艇の操作にもそれが使われているって話だったが、なんなんだこれは? 今から何をしようとしている!?

 クローン施設が近いためだろうか、操られたユリアを止めるため、異常とも言えるほどの魔力を使って何かとんでもないことをする気なのだろうか。




「黒の守り手様、見ていて下さいっ!!」




 ベアトリーチェ・ルイズ。この国の頂点に立つ王女。

 彼女の手の中には魔力と共に光子が収束し、そこに一本の小さな光の鍵が産まれていた。

 ……っ! あの鍵はヤバイ……魔力が圧縮されすぎている。

 異常なそれは魔導具より発動したファイアボール等のような『魔法』そのものに近い物だが、ファイアボール等とは比較にならないほどの魔力が凝縮されていた。




「黒の守り手様……安心してください。この力は絶対に暴走させませんわ。今からこの力でユリアには暫く静かに眠ってもらうだけですの……! さぁ、行きましょう!」



 不安な顔をしすぎたようだ。

 王女様は俺に向かってやさしく笑うとそういった。

 しかしながらやはり不安である。

 どう見ても彼女の手の中にある魔法の鍵は一般人が容易に制御できる物ではない。それを作り出した彼女自身、両手を使ってそれを抑え込んでいるようにも見える。


 何にしても早く行動した方が良さそうだ、俺はそう思い隙あらば襲いかかろうと先に進んだユリアの後を追った。




 ……


 クローン施設への扉を破壊するユリア。人々の希望のためにと、強固に作られているはずの鉄の扉が歪み弾け飛ぶ様は、やはり彼女が操られていることを意味している。

 俺がもたもたしている間にここまでの侵入を許してしまっていた。いや、ここまで有効な手段が思い付かなかったせいかもしれない。なんと言っても今のユリアは一度腕を掴んだ俺のことを警戒しているのだ。迂闊に近付けないでいた。

 とにかくどういった理由にせよ、俺は初めてその部屋へと踏み込むこととなる。

 そこは管や幾何学的な装置で埋め尽くされており、キッチンで見た魔導ミキサーを巨大化したような物もいくつかあった。


 やはり、ユリア、いやユリアを操っている何者かはそこに興味がないようだ。数々の装置を一瞥するとユリアの体でフンと鼻息を鳴らして更に奥へ向かう。

 この部屋の破壊もまた最小限だった。諸々の装置は特に破壊されることなく放置され、彼女の行く道上にある器具器材だけが進むのに邪魔だとばかりに次々と吹き飛ばされている。

 この先はクローン施設の奥。一体そこに何があるのか。



「ここか、やっと辿り着けた……」




 呟くユリアは厳重な扉に突き当たる。そして、そこを吹き飛ばそうとしていたがどうやら無理だったようだ。扉の頑強さのお陰か、はたまたユリアの肉体に限界が来ているのか……

 若干興味はあるがそんなことを悠長に言っていられない。敵の目的が達成されるのを待つ必要はないのだ。

 丁度今のユリアは扉の表面を撫で、どうにか中に入る方法がないか探っている。敵の求める物がその扉のすぐ向こうにあるのか、興奮と焦りにまみれて扉を開けようとしていた。


 これはチャンスだ。ユリアの体も度重なる破壊でボロボロだし、早く解放してやらなければ。

 俺は折れた無銘の柄を握る。じっちゃん、俺に力を……!



 飛び出し、最小限の動きでユリアの首を狙う。

 抜き放った無銘を逆手に持ち峰打ちで攻撃しようとしたのだ。そして、その一撃は確かに入ったのだがじっちゃんのように相手に膝を着かせることは出来なかった。

 昔から切ること以外はことごとく不器用だった俺は峰打ちなんかの類いも不得手だった。操作魔法を途絶させられるほどのダメージが分からず、ビビって繰り出された一撃は有効打からほど遠く逆にユリアの体を操る敵を怒らせただけだったのだ。




「いい加減にしろっ!! 私はお前に構っている暇はないんだぁぁぁっ!! あぁぁぁああ離せぇぇぇ!!」




 攻撃を外した俺は無銘を投げ捨て、ガムシャラにユリアを抱き締めると床へ押し倒していた。

 女性を押し倒すなんて経験はこれが初めてだったがらなんとも泥臭い。大暴れして呪詛を放つ相手を抱き締め続けるのは嫌な思い出になりそうだ。

 兎に角、ユリアに「なにもさせない」ために俺は必死だった。

 必死にユリアの体を、その動きを自分の体一つで封じようとしていたのだ。




「ありがとうございます、黒の守り手様。さすが私達の黒の守り手様です、ユリアもこれで救えるはずですわ……! マスター・オブ・キー・解錠(アンロック)ッ!!」


「ふっ、ふざけるなぁぁぁ! あと一歩、すぐそこに、あああぁぁぁっ!!!」




 それは今まで見たことも聞いたこともない小さくも絶大な魔法。

 女王様が光で作られたその小さな鍵を俺に拘束され叫ぶユリアの体へ差し込み、捻(ひね)る。

 まさに鍵を開くような仕草で、言ってしまえばただそれだけだった。

 ただそれだけの行動ではあったが、次の瞬間にはユリアの体から生気がなくなる。散々暴れていた手足をぐったりと地におろし、口から音発せられることなく止まり静まったのだ。

 それで全て片がついてしまった。


 ベアトリーチェ王女いわく、これは生物が持つ魔力を生命維持に必要な最低限の物を残して全て発散させてしまう魔法らしい。

 つまり、ユリアは既に動くことができないほどに魔力切れを起こしていた。

 後は三日ほど眠り続けるらしいが、キチンとベッドに寝かせれば命の心配もないとのこと。


 あの鍵のような魔法は王女様が産まれながらに有していた物で、暴走しないよう保持することと、相手に近づき差し込むことでこのような結果をもたらすこととなる正に切り札らしい。

 そして、俺の力を借りつつ見事それを成功させてみせたのだ。



 さぁ、後のことは王女様に任せて、次は俺の番だろう。

 シャーリーから声がかかる。




「ウィリアム様、魔導バイク準備出来てますッ!」




 魔導バイクに跨がり、オークキングが通ったであろう道を南へと追いかけ続けた。

 オークの足跡に加えティアーユが引きずられたような後が路上には残っており、俺は唇を噛みしめながらそれをひたすらに辿り続ける。


 そうすればすぐに追い付くこととなる。

 この魔導バイクは速すぎるのだ。三十分もしない内にオークキングとジェネラル、そしてティアーユの姿を俺は視界に捉えていた。

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