第13話 回復魔法

「こ、これは……」



 ――そこにいたのは床に寝かされた五人の女性達だった。

 ……そして、俺の目の前で横たわっている彼女達はその全員が重度の“病人”であった。







 ……


 真面目顔をしたティアーユに連れられて数々の食材を抱えながら城に戻ってきた俺だったが、門のところで俺の姿を発見した女性達が歓喜と共に一斉に集まってきたため足止めされていた。

 しかし、その黄色い声を上げて集まってきた女性達を「状況は一刻を争う!!」と、ティアーユが一喝したのだ。

 今までデレデレとして鼻息を荒くした姿ばかりを見ていた俺だったがこの時のティアーユのキリリとしていて、清々しく、真面目な顔をした美しい姿にはドキリとさせられた。

 へぇ、こんな部分もあるんだなティアーユ……つか、早くそれやってくれれば部屋に引きこもらなくても良かったのではなかろうか……などとも思ったが、まぁとにかく俺は少しだけ彼女への評価を考え直していた。


 そして、集まってきていた女性達がその一喝によって呆気に取られている間に俺達はそそくさとそこを走り去り、厳重な扉をくぐった先にある一室へと足を踏み入れた。

 重々しい扉の先には布を敷かれた床の上に五人の女性が寝かされているだけの何もない部屋だった。白い肌を真っ赤に紅潮させるほど息苦しそうな者や、逆に寒いのか顔を青くしてガタガタと震える者など、寝ている者達の様相はてんでバラバラだ。

 しかし、この彼女達が何らかの異常、病気、毒に犯されていることは俺にも直ぐに理解できた。



 ここは病室なのだそうだ。

 ただでさえ少ない人口から、なるべく死者を出さぬよう設けられた一室。

 しかし、医術も失われ、研究者であるユリアや介護の人、痛みを抑えるための回復魔法ヒールをかける者達が多少入るくらいで、基本的にこの部屋は『隔離』のために使われているらしい。

 ……なんとも悲痛な部屋だ。




「ヒールや薬草を使っても治らない病気にかかってしまったもの、毒蛇等に咬まれた後に治療が遅れ全身に毒素が回ってしまい毒消し草でなんとか延命させている者達だ……彼女達は生贄に選ばれることもなくここで半ば死をまっている状態だが、ウィリアム……」


「あぁ、大丈夫だ、毒くらいならば俺が取り除ける」




 ここに俺が連れてこられたのは彼女達を救うためだ。流石に言われなくともその程度理解できる。

 俺は急いで『アンチポイズン』、それでも顔色が戻らない者には『リバイブ』をかけていった。

 治れ、治ってくれ。ここにいる彼女達と俺は何の接点もないのだが、外であれだけ多くの人が幸せになっているのにここに寝かされているこの人達は何の希望もないなんて酷いと思ったのだ。だから、今はただ『治れ』とそう思いつつ魔法をかけていた。

 案外すんなりと五人中四人はこれで治療を完了する。

 魔法が効いた者達は苦しそうな症状から解き放たれ、スヤスヤと寝息を立て始めていた。




「おぉ! 流石だ!」


「……いや、一人だけまだ治っていない。彼女以外の人達はこの部屋から運びだ出そう。今は病気そのものは消せたのだろうが体力が衰えている、他の病気にかかる可能性もあるからな」




 完全回復魔法を持っても治せない病気はある。



 例えば体の衰え。

 病気にかかった時、体は回復しようとするためある程度の体力の消耗が生じる。風邪をひいて寝ているだけなのに凄く疲れるあれだ。それくらいの消費された体力ならば回復魔法を使えば回復出来るのだが、長期間に及ぶ闘病生活の末衰えてしまった筋肉等は回復出来ない。これは老化にも言えることで、折れ曲がってしまった腰を回復魔法でピンと伸ばすことは出来ないのだ。

 そこら辺は生命を想像する魔法、人造人間(ホムンクルス)やら死霊術師(ネクロマンサー)やらの名前が出てくる領域だろう。俺の生きていた時代では既に禁忌だったし、そもそも俺には扱えない魔法だ。

 えっ? 欠損を治せる『リバイブ』はどうかって? リバイブで欠損を直しても元々筋肉の衰えていた部位なら結局衰えたまま治るのだ。老婆の治療をしても元の老婆に戻るだけ、ピチピチギャルには戻らない。だから体の衰えは治せないというわけだ。



 それから、精神病。

 回復魔法はあくまで肉体に作用する。精神的なものから来る頭痛や腹痛ならばその痛みを緩和することができるはずだが、狂人を健常な精神の者へと戻すことは出来ない。俺にはどうなっていれば狂人で、どうなっていれば少し変な人なのかその区別もつかないし、精神を弄るのは精神魔法だ。まぁこっちも魅了(チャーム)とか洗脳(コントロール)とか、完全に禁忌だったので俺は使えない。そう言うわけで結局よく分からない。



 最後に、その病気が異なる生物に由来する物。

 呪い(呪いは魔法の類いだが、結局それを扱う呪術者という生物に由来する)とか、あと他には寄生虫なんかがその一つだろう。

 例えば、回復魔法を使って健康な状態に身体を回復させても、定期的に呪いが降りかかるような状況であるなら元を断つしか回復の見込みがないし、寄生虫がいる場合にはそれを体から追い払えるような抵抗力がそもそもその人に備わっていないと、回復魔法によってむしろ元気になってしまった寄生虫が体の中にとどまり続けてしまうためどうしようもないのだ。

 ただ、寄生虫には一応下剤が効くとか効かないとかって話をじっちゃんに聞いたことがあるな。



 一応、魔法をかけられている痕跡がないこの状況から俺はその線寄生虫が一番可能性があるのではないかと考えていた。

 先ほど薬草と一緒にいくつか摘んでいた“虫下し”と呼ばれる下剤を取り出す。

 ふー、良かった。一応摘んでおいて。薬草とか効能のあるやつは乾燥させても効果があるからこういう時のため見つけたら取っておくべきだろうとじっちゃんは言っていた。カバンの奥にでも突っ込んでおけばよいのだと。ぐちゃぐちゃでも腐ってなければ効能はあるからな。




「……ちょっと試してみたい物があるんだが」


「あぁ、ウィリアムに全て任せる。既に四人も救っているのだからな! 流石私の・・黒の守り手様だなぁ、とても頼りになる。うふふふ……」




 俺の回復魔法で苦しそうだった女性達を次々と治療していく様を、キラキラした熱い視線で見つめていたティアーユ。しかし、何故かいつのまにか俺は彼女の物になってしまったようだ。

 しかもどさくさ紛れに俺の腕に絡みついている。

 そして、先程までの切羽詰まった真面目な顔が今では口の端を上げたにやけた顔になっていた。




「……てぃ!」


「メギョッス! なっ、何をするんだウィリアム、痛いではないか……!?」




 つい、チョップしてしまった。チョップ癖がついてしまったかもしれん。

 でも許されると思う。悪いとは少しだけ思っているが後悔はしてない。

 腕を絡めてくるこっちのティアーユもドキドキするが、これはあざとすぎだろ。

 さっきまでの病人を案じ、群れてきた女性達を一喝したときの綺麗なティアーユに感じたドキドキを俺に返せ。


 俺は虫下しを煎じて横たわるその女性にゆっくり飲ませた後、扉の前に集まって俺達のことをヒッソリ見ていた女性達にその後の介護を任せると、暫く時間を置くためキッチンへ移動した。





 ……


 キッチンでは既に魔導ミキサーは撤去されており、棚に緑色のブロックが幾つか残っているのみだった。

 そして、そんなキッチンの中でさっそくスープを作るか、と腕捲りし、鍋やお玉など調理器具を物色していると……なんと小さなワインセラーを見つけてしまった!!

 魔導ミキサーが邪魔で手を出さなかったのか、オークのせいで酒を飲む暇も無かったのかは知らないがそこからはかなりの量の酒が見つかった。




「ウィリアム、それは一体なんなんだ?」


「酒だよ酒!! 知らないのかティアーユ? いやぁそれにしてもスゲーいっぱいあるじゃんウヒョー!! ただ酒かぁ! あまり大量に飲んでた訳ではないけど元の世界のものを口に入れられるだけ嬉しいぜー!」




 銘柄なんかは良く分からなかったが試飲した感じはワインだ。少し酸っぱい気もするが白・赤・ロゼの三種類の酒が幾つもそこには収蔵されていた。流石に千年前の物ではないと思うがいつ造られたんだろう?

 早速飲みたい気分に駆られるが、たぶん酔ってしまうと面倒になって料理はしなくなると思う。俺の性格的に。あぁ、くそぉ先に料理だ。

 それはそれとして、やっぱり“酒”と言うものはこの国に認知されてないみたいだな。と言うか、パンも伝わらなかったし。

 あまりのカルチャーショックで歪んだ俺の顔をティアーユが不思議そうに眺めていた。


 さてと、それでは酒を飲むのはとりあえず我慢することにして俺はさっそく先ほど採取した諸々の食材で鴨ガラ出汁のスープを作成することにする。

 この国に料理を知って貰うための第一歩であり、俺の今日の晩飯だ。とても重要なものである。

 まぁ、なんてことはない。血抜きはしてあるので鴨を解体し肉を取り分け、残った骨周りの鳥ガラ部分を用いて出汁を取るのだ。

 ただ鴨はかなり臭みが強いので軽く湯がくのと香草に薬草を入れるのがキーポイント。

 キノコや山菜もろもろを入れればそこからも旨味成分が滲み出て来ていい感じとなる。


 あとはそのスープをベースに調味料で味を整え……



「ほう、なかなか面倒なのだな。それにしてもウィリアム、『ちょーみりょー』とは何だ?」


「……は? なにっ!? ティアーユ、お前今なんて言った!? 調味料を知らないだと!?」



 そう言えばこのキッチンで調味料なんて見かけていない。オイオイ、まさかこのキッチンにあった食えるもん全てあの魔導ミキサーに突っ込んだってか!? こうなると酒が残っていたことが良かったと見るべきか、調味料がないことを残念と見るべきか……はぁ。

 とりあえず調味料が皆無なことには驚いたが、仕方ないのでそのまま出汁を煮詰めて、そこに野菜やら鴨肉やらをぶっ込んだ『薄味鴨出汁スープ』が出来上がった。


 それにしても塩までないとは……

 恐らく人間に必要な栄養素等は全てあの魔導ミキサーとやらが材料から調整しているのだろう。

 俺の時代じゃ料理をしないことになるなんて考えもしなかったなぁ……

 ん? いや、キッチンは存在するのだから最近まで料理という行為自体は残っていたのではないか??? コイツらが面倒臭がりかなんかで廃れてしまっただけで……


 というか、そもそもこのティアーユが知らないだけでもしかすると他の人はしてるんじゃないか、料理?

 塩もどこかで調達出来るだろう、王女様達に披露するのはもうちょっと味を整えられてからにしようか……



 俺はそんなことを悶々と考えつつ、とりあえずそのままキッチンへ椅子を持ってきて鴨スープを口に含むことにする。

 ティアーユも俺と一緒に椅子を持ってきて、ソワソワとしながら隣に座った。

 ふふん、良い匂いがするんだろ?

 出汁の方は上手くいったからな。


 どや顔でフフンと息を吐くも、そんな俺のどや顔など無視でティアーユは鍋ばかり見つめていた。




「……えーっと、うん、それじゃあ、スープ、スープを食べるかな! あー、うん、とりあえず味は薄いけど旨いな! うまいうまい! 成功だ!」


「ウ、ウィリアム、そのぐちゃぐちゃとした物は本当に食べ物なのか?」


「ムッ!?」




 久々にちゃんとした料理を口にしたため、どんな料理でも美味しいと言ってしまいそうだ。しかし、旨いかどうかという味の方は正確とは言いきれないが、“ぐちゃぐちゃ”はないだろう、“ぐちゃぐちゃ”は!

 ちょっとイラッとしたので無理矢理にでもこの黒光りする美味しそうな大きい立派なキノコ(※しいたけです)をティアーユの口に突っ込んでやろうとしたその時だった。

 一口食えばティアーユの考えも変わるだろうと思ったのだが、突然慌てたような大きな声がこの城中に響いたのだ。




「敵襲! 敵襲だぁぁぁ!! オークが、オークの大群が迫って来ていますっ!!」

「何ぃっ、早すぎるぞ!?」

「弓兵でも致命傷を与えられてない!! 兎に角黒の守り手様だっ! 黒の守り手様はどこ!?」

「逃げろっ!! 隠れるんだぁぁぁ!!」

「あぁっ、やっぱりダメだ、もう終わりだ、私達はほろびるんだぁ……!!」

「諦めるなっ、まだ……まだ、黒の守り手様がいるっ!!」




 くっ、黒のなんたらはもう止めてくれ……

 俺がプルプルと折れそうな心を必死に支えていると、皆が慌てふためくその声を聞いたティアーユが急に『なんだとぉっ!』としいたけを弾きながら立ち上がり、そして俺の鴨スープがその時の彼女の腕にクリーンヒット!

 鈍い音と共にぶつかった勢いによってキッチンの棚の上から落ちていく鍋。

 そして、あっという間さえもなく鍋の中身全てが床にぶちまけられた。

 因みに飲もうと思って用意してあったコップに汲んだ酒も鍋とともに床へ落下。コップごと割れてしまった。


 お、おぉぉぉ……




「あぁっ!? す、すまんウィリアム!! こっ、この通りだ許してくれ、いくらでも謝る、そ、それよりも、お願いだっ……今はオ、オークを……」




 土下座スタイルで謝りだすティアーユ。

 一応、料理をおじゃんにしてしまい、まずいとは思っているのだろう。涙目を浮かべつつこちらを上目遣いで見てくる。

 潤む赤い瞳、ウルウルと涙ぐみながらこちらを懇願するように見上げる……

 そんなティアーユのしている上目使いは妖艶な色気がある訳で……ズルくないそれ? ねぇそれズルくない?


 あーーーっ、クソッ!! 許すまじ、オーク!!!

 とりあえず俺はオークに鍋の憂さ晴らしすることを決めたのだった。

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