第9話 オーク襲来

 謁見の間では既に収集が付かなくなった話し合いが続いていた。

 その話題は俺のことについてなのだが、当の話の主要人物であるこの俺は話に全く参加していない。


 目の前では国のために子種を二百人分よこせだとか、ちょっと気になるから結婚してみるかとか、そんな唐突で意味不明すぎる話が巻き起こっているのだ。

 俺が放置されて勝手にそんな話が進んでいることについては怒りよりもあきれ果ててしまう。

 だから特段どうすることもなく、俺は謁見の間の天上から吊り下げられた巨大なシャンデリアや荘厳な壁の装飾をただボケーッと見ていた。これはあれだ。現実逃避だ。




「子供を作ることに関しては、まずは私がウィリアム様の子種を頂きまして研究するとしてですね……」

「ダ、ダメだ! あいつの子種はもしかしたら毒を持ってるかもしれん、まずは毒味としてこの私が……」

「もう! まずはこの私、ルイズ王国の女王からに決まっていますわ! これ王様命令!」

「お待ちください、私ティアーユが今回一番の功労者かと、よ、よろしければその褒美としてウィリアムの子種を貰えないでしょうか!?」


「まぁまぁ、皆様よく考えてください、ではまずはウィリアム様をクローンで増やして、お三方はそのクローン体の子種を貰うというのはどうでございましょう!?」


「なるほど、良案ですわねユリア。しかし、騙されませんわ! 私は|今のウィリアム様(オリジナル)を頂きますわ! 後のクローン体はあなた達で好きになさい」


「あ、あれ!? じょ、女王様少しお待ちを! フ、ユリアさん、もしあの男の子種で女王様に子供が宿ったとして、その子供が男であるって可能性もあるのですか!?」


「何っ!? そ、そうか、良く考えればクローンに頼らない全く新たな男の誕生……なっ、なんてでしょうかっ! 新たな男の誕生によって、ウィリアム様の子種とはまた違う新たな男の子種が採取できることに……!! そして、そこから次々と新たな男が産まれて……こっ、これぞまさに永久機関です!」


「なっ、なんと! ユリア、あっ、あなたは天才ですかっ!?」





 グルグルメガネをくいっと上げつつドヤ顔する白衣。

 天才じゃねぇよ。なんだよ永久機関って、それが本来の人間の営みなんだよ。バカだろあんたら。

 どれくらい経ったろう。もう三時間くらい経ったかなハハハ……

 えっ、まだ十五分しか経っていない? マジかー。ほんと、つまらない時間ほど過ぎるのが遅いものはないな。はぁぁぁ……


 しかし、そんな不毛な謁見の時間も突然終わりを告げる。




「ベッ、ベアトリーチェ様! オークが! オークが現れました!!」



 謁見の間へと飛び込んできた女兵士がそう報告したのだった。








 ◇◆◇◆◇



 俺達は今、城壁の上に立っている。

 どうやらこのルイズ王国っつーのは一つの巨大な四角い城壁の中に作られている巨大な城らしい。壁自体がその巨大な城の一部であり、お陰でこの城はとんでもなくデカイ四角い要塞、となっている。

 聞いたところによると、過去神の怒りを受けた世界においてもここには暫くの間沢山の王族やその従者が住んでいたとか。昔っから王様って奴らは無駄にデカイ家に住みたがるんだよなぁ……まぁ、『ひくうせん』なるあの空飛ぶ鉄の船も収容できるほどの広さだ。他にも敷地内には幾つもの建屋が見える。元々軍事的に籠城を考えて作られていたのだろうか? なんにせよ二百五十人ほどが住むには十分な広さ、むしろ少しデカすぎるくらいだろう。

 そして北側には『神の怒り』とやらで出来た大きく歪な山……アルス山とか霊峰アルスとかって言われている俺が眠っていた大山を背負っている。現在でもここならば要塞として十分に良い立地だと思う。

 ただ、周囲には過去の繁栄を物語るようにボロボロながらも街の跡が拡がっていた。誰も住んでいないためか荒廃した町並みがずっと続いている。それだけ見てもここは俺の時代には存在しえなかった超大国だったのだろうと容易に想像出来た。


 そんなこの城へオークが向かって来ていると言う。

 確かにこの小高い城壁からはうっすらとその姿が見えていた。

 南側に広がる荒んだ街の中、この城まで真っ直ぐに延びる広い道の上、まだかなり距離があるがこちらへゆっくりと向かってくる三匹の蠢く影がそこにはあった。





「それで? あいつらは強いのかティアーユ?」


「あぁ、強い。オーク一匹ならば私達でもなんとかなる。現に数年前までは防衛隊員を増やすことで対処していたらしい。現在の四人に一人が防衛隊員になる制度だな。しかし敵方にオークキングが誕生してから私達は防戦一方だ。特にオークキングと戦闘になった場合その異常な能力からあまりにこちらの被害が甚大なのだ……本当にこちらも死ぬ気で抵抗していたのだがな、そんなときだった何故か突然オーク達の勢いがなくなったのだ」


「……オークキングが死んだとか?」


「いや、オークキングの姿は後方に確認できている。だが、何故か暫く前からは戦力を誇示することにばかり力を入れるようになり、結局さほど戦わずに生贄を要求してくるようになった……一昔前までは人口の減少が即滅亡に繋がるため私達も必死に抵抗していたのだが、オークキングが誕生してからの侵攻でこちらに大損害が出ていてな……結局我が国は、月に一人づつ生贄として差し出す……と言うことで城壁越しに交渉がなされたのだ。向こうもこちらがこれそれ以上犠牲を出したくないため従順なのを分かっているのか約束の日である今日は三匹ほどしかやって来ていないようだ。しかし、コイツら三匹を倒してしまったらきっと……」


「再度オークキングがやってくる、か。てか、生贄ってなんだよ? なんでオーク達はやってくる?」


「それがよく分からないのだ。最初の頃は獰猛な獣のようにひたすら攻め立てて来て、食料を欲してるのかと思いブロックやポーションを用意しても持っていかないし、ブヒブヒと叫びながらこちらの施設をただただ破壊したり、最近ではそれなりに若い人間だけ狙って攫おうとすることも始めていたのだ。ユリアさんによればあいつらは人食いなのかもしれないと……」

「あれっ!? ちょ、ちょっと待て! おい、さっきオークが“交渉する”って言わなかったか!? まさか、喋るのか!? あいつらが!?」


「あ、あぁ喋るぞ? 交渉においても口頭で月に一人若い女を用意しろと言われた。今月末までにその約束の最初の分が履行されることとなっている。なので今日あいつらが来たのもそのためだ」




 驚いた。

 俺が知っているオークは人間の真似事はするし、ブヒブヒ言って仲間同士で意志疎通している雰囲気こそあったものの、そんなにハッキリと喋る個体はいなかったからだ。

 人の真似事をするくらいに知能はあったようだが、喋れないということだけで人間よりは一つ下等な生物と思い込んでいた俺にとっては、喋って女を要求してくるオークというのはかなりの衝撃だった。

 おそらく、長い時間の中で進化したのだ。あいつらは……




「とにかく、約束は今月末のはずなのだが最近は週に一度ほどやって来て早くしろと催促するようになったのだ。このままではこちらは滅亡の危機だった……しかし、ウィリアム、今はお前がいる。もしクローン施設が不要になるならば国民全員を飛空艇を使ってどこか遠くへ……」




 隣にいるティアーユが不穏な考えを始めてしまった。

 俺は黙って少しオークについて考えてみる。

 不気味すぎる謎食品、ブロックとポーション。これに手を出さないのは当たり前として……


 女を求める。魔物が? なぜだ……?

 ……まさか!?

 以前にオークに苗床にされた女性の話を聞いたことがある。

 いや、成人用の本じゃなくガチだ。

 人型のモンスターは人と交わり子を孕ますことが出来るはず。モンスターどもはモンスターどもで勝手に数を増やすため、わざわざ人間と交わることはないし、モンスターは一度に沢山産まれてくるため母体は基本的に死んでしまうのだが、しかし、確かにそんな事件はあったはずだ。

 そうなった場合産まれてくる子供はもちろん全てモンスター……あぁ、気分が悪いがその考えが一番正解に近い気がする……

 あいつら人間にモンスターを産ませる気なのか!?

 俺同様に城壁に立ち、南の街跡を見下ろしているティアーユや研究者などと言われているユリアって女に「モンスターのオスは滅んでないのか?」と聞けば、返ってきた答えは「知らん」「動物と同じく滅んでないと思っています」だった。

 クソ、これ絶対モンスターに関してはオスが生き残ってるだろ!

 てか、クローン施設がない生物は普通に生殖するしかない、恐らく滅びの危機に瀕しているのは人類くらいなのだろう。




 口元に手をあて考え事をしていた時だった。眼下、南門の門前に……と言っても門自体破壊されたのか今はボロボロのぎと穴だらけの板切れしか存在していないのだが、その門があった場所の前に縄でグルグル巻きにされた白髪の女の子がポイッと捨てられた。

 遠目でも顔を見るからにまだ俺なんかよりも若く、成人しているかしていないか分からない位の少女だ。やはり彼女の容姿も美しい。少し前から思っていたがなんでこの国にはこんなに美しい人間しかいないのだろうか?

 そして、イモムシのように土の上で蠢く彼女は絶望の表情を浮かべながら……口を閉じて言葉もなく泣いていた。少し遠いがその悲痛の顔はしっかりと俺の眼に映っていた。




「おっ、おいっ、ティアーユ! なんだよあの子は!? あのままじゃ……」


「……あぁ。あの子が今回の生贄だ。足を毒蛇に噛まれたらしく切断したのだ。見ろ、左足の膝から先がなくなっているだろう? ああなってしまえば狩りの仕事も出来ない。だからきっとおばばさま達に今回の生贄に選ばれてしまったのだろう……オークが要求してきたのは若い女。欠損の有無は関係なかった。だから……」


「なっ!? 解毒魔法はないのか!? 完全回復魔法は!?」


「な、なんだそれは? 傷や痛みを癒す回復魔法なら私も使えるが……」



 もう一度下を見下ろせば確かにその少女の左足は膝から先がなくなっていた。

 解毒魔法も完全回復魔法も長い長い年月の中で失伝してしまったのか……毒も対処出来ず欠損も治せないなんて本当に詰んでるだろっ!

 今、門の前では槍を構えた女兵士達がその少女を門の中へ戻らないように槍で牽制していた。

 そもそも少女は両手も縄で縛られ自由でないのだ、片足だけでは逃げることも出来ない。

 ヒデェ……こうしなければオークに攻められてしまうのだろうが生け贄ってのは見るのも辛い光景だ。元々生け贄なんて制度は俺の住んでいる地域には皆無だった。だから俺は到底この国に住む人達のようにドライになることはない。

 そして、そうこうしているうちに三匹のオークがのっしのっしとやって来た。

 俺の記憶の中のオークと等しく、豚顔の図体がデカイ人型モンスターだ。




「ブヒヒヒ! 今日はとうとう可愛い女が手に入ったブヒ! だが、王は考えたブヒ。もっともっと我等の仲間を増やさなければならない、だから、一人じゃ足りないんだブヒ! ということでほら、お前も来るブヒ!!」


「なっ!? や、やめろぉ!! 約束を破るつもりか!? こ、こっちはただでさえ一月に一人という約束を守るために辛い思いで選出したんだぞっ!? これ以上は、や、やめろぉぉぉ! やめてくれぇぇぇ! は、離せ、離せぇっ!!」




 ……ん? 門の所で何か問題が起きたようだ。

 一匹のオークが左足のなくなった少女を抱え上げ、肩にかける。そして、残り二匹のオークが門番である兵士の元へ近付いていた。

 門番の女兵士も連れ去る気だろうか。豚野郎を牽制するように伸ばされていた槍だったが、オークはそれを掴み一気に兵士ごと引き寄せると、バランスを崩したその女性兵士の腕をガッチリと捕まえた。

 門の所にいる他の兵士達もどうすべきかと動けないでいる。あまりに暴虐非道、彼らの要求は生け贄を一月に一人と聞いていたがこんなにあっさりと反故にして更なる要求をしてくるのだ。

 眼下で繰り広げられる光景に一気に隣にいた女王様達の緊張感が高まった。

 そして俺達同様に城壁の上から事を伺っていた女兵士達も慌ただしく動き出す。弓を用意するようだ。



 腕を掴まれた女兵士が抵抗を続けつつ叫ぶ悲鳴、オークの肩に抱えられた少女の絶望した瞳と流れる涙、そして楽しそうに嬉しそうに気持ち悪く笑う豚共……

 ……はぁ、もう……いい加減にしてくれ。

 もう少し様子を見てからと思っていたがこりゃあダメだ。


 ここにいる人間はなぁ、年に四人しか産まれないんだ。必死こいて生きてんだよ。

 オークに攻められようが、次第に滅亡に近づいていようがそれでも命を紡いで今までやってきたんだろうよ。

 だから、お前ら如きモンスターにいつまでも一方的にやられているなんて思ったら大間違いだ。

 この国で、少ない希望しかないこの国で、平和を願う人々を絶望の底へ突き落とすオークども……お前ら俺がこのまま見てると思ったら大間違いだっ!!

 ムカムカしてしょうがねぇ、こうなったら俺が断罪してやる、お前らせいぜい人間の代わりに絶望してろやっ!




「ティアーユ! “無銘”を持ってきてくれ!! 急いで、今すぐに! あいつらは許せねぇ、すぐに叩っ切る!」


「ウィリアム様!? 待っていだだけませんか、あの剣は今私が調査中で……」

「だそうだウィリアム。ユリアさんが研究しているとなると持ってくるのは……」


「頼む! お前は俺の騎士なんだろ!? なっ、お前だけが頼りなんだっ! ティアーユにしか頼めないんだ! 俺のためにお前の力が必要なんだっ!!」


「ふえっ!? ヒャ、ヒャイ! わ、私にしか……うん、ま、まかひぇてぇ!」




 手を握って真剣に目を見て訴えたら分かってくれたみたいだ。

 一度ビクンと肩を跳ねさせると、耳まで真っ赤になりつつフラフラしながらおぼつかない足取りで城の中へ入って行ってくれた。うーん、なんだかティアーユの扱い方が分かり始めた気がする。

 無銘を取りに行った彼女の背中を見送っていると今まで黙っていた女王様が口を開く。




「ウィリアム様、オーク達と戦うつもりですか? それはいけませんわ。あなたには大事な使命があるのです、もし、そのお体に何かあれば……」


「俺はさ、あんまし頭良くないんだ。とりあえずじっちゃんの後を継ぐその日まで最強を目指していただけだし、そのじっちゃんには人を困らせないように、そしてお前が胸を張れるような“正義”になれと教わっただけだ。だから目の前で困ってる奴がいたらとりあえず助けちまう。それが結局良いことなのか悪いことなのかは分からないけど、今助けたい人がいれば、後で助けなかったことを後悔しないように見捨てず助けるって決めてるんだ。それが俺の中の胸を張れる『正義』ってことになるから……ってことで大事な使命とやらは諦めてくれっ!! 行ってくる!」




 俺はそう言いつつ城壁から一息に飛び降りた。

 ここはそれなりに高い城壁だ。きっと浮遊魔法も失伝しているこの時代だと飛び降りれば大怪我もしくは死ぬレベルの高さだろう。

 いつもすました白い顔でまさに美人としか言いようがない城壁の上の彼女達。しかし、そんな彼女達も俺が突然飛び降りたことでビックリしたのだろう、壁の上から飛ぶ瞬間、チラリと見えた時の彼女達のギョッとした表情が嫌に面白くて少しだけ笑えた。

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