第5話 男と言う生き物

「それで、そのルイズ王国やらなにやらを守るって言うのはいったい何事なんだよ? 魔王にでも侵攻されているのか?」


「まぁ近いかもしれないな。今や魔人種の王であるはずの魔王も魔物に侵攻される側と言う話だが……兎に角、敵は“魔物”だ。ウィリアムの時代はどうだったのか分からないが、今、この時代では知識ある魔物が台頭し始め、私達十人種の住む領域を侵攻しつつある。特に純人種である私達は現在オークに滅ぼされつつあるのだ、頼む、オーク達を倒し私達を救ってはくれまいか!?」


「はぁっ? オーク……? オークって、あのオーク……?」


「そうだ、どのオークかは分からないが、きっとそのオークだ。我等ルイズ王国防衛隊もほとほと困り果てこうして魔物を撃退出来るような失われた遺産ロストヘリテージと言う僅かな希望にさえ頼らざるをえない状況なんだ」




 ――オーク。


 確か俺の記憶では、その魔物は豚頭でわずかに純人種より体の大きな人型モンスターだったはず。

 だいたいが旅人や冒険者なんかから武器・防具を奪い、その格好を真似してボロボロの服、またはチンケな鎧に身を包んでおり、武器は棍棒などの鈍器を持っている奴が多かったはず。

 とある成人用書物ではエロエロ目的でとある女騎士を捕まえてクッ殺させる卑猥なトンスター。間違えたモンスターである。

 まぁ、実際にオークはバカだし、あんなやつらに捕まるなんて相当アホな女騎士くらいなのだが。


 しかし、あいつらに滅ぼされるだと?

 そりゃスライムやらゴブリンなんかよりは強かったかもしれないが、ギルドでも小遣い稼ぎ程度にと定期的に冒険者に狩られていたはずの奴らだったはずだ。それが長い時の中で強者へと進化していたりするのか?

 いや、もしかしたらクローンとやらを繰り返したために人間の方が劣化し弱くなっているってことだろうか?


 兎に角、この時代のオークとやらと実際に立ち会ってみないことにはその強さの判断など出来ない。

 俺は無銘を握ると、詳しい話を聞くためにも直ぐにそのルイズ王国まで連れて行ってくれと言って立ち上がった。

 今までの話が本当なのか少ない不安もあったため、そろそろ外に出て自分の目で確かめるべきだと俺はそう感じていた。




「いやいやいや、この吹雪だ。収まるまで待った方がいい。良かったらウィリアムの話も聞かせてくれないか? 今やこの世界に過去の情報はほとんど残っていないんだ。一応そう言うのを発掘して研究している者もいるのだが、やはり次々と失われていくだけでな……」


「ん? あ、あぁ、分かった。いいぜ……」




 とりあえず何を話せばいいのか分からなかったので、自分のことを話すことにした。

 俺は小さい頃から道場の主であるじっちゃんのあとを継ぐためにしごかれ続けて、人々を、世界を守れるような“英雄”然とした人物になるために技や力を学んだこと、そうしてとうとう最強の剣士へと成り上がったこと、それからオークどころか刀の素材のためにドラゴンも何匹か狩っていたことなども話してやった。

 えっ? そんな話を聞きたかった訳じゃない? まぁいいじゃないか。まずはお互いのことを知るためにも俺のことを話そう。

 因みに必要はないので彼女がいなかったことは話していない。今、この場所でそんなことを話す必要はない!! もっと大事な話があるはずだ! きっと!




 ……数時間後。



「ふむ、そうなのか……ウィリアムの状況を考えると『ジッチャン』なる人物にはもう会えないのだろう。そのことは辛いだろうがそう落ち込まないでくれ。ここルイズ王国も住めば都だ、良かったらウィリアムも是非我が国に住まないか!? 黒髪だし、強いと言うことなら防衛隊員に推薦するのもやぶさかでないぞ」


「え? あ、あぁ……ちょっと考えてみるよ」


「さて、ウィリアムも氷にずっと閉じ込められていて疲れたろう。もう外も暗いし少し休んではどうだ?」


「そうか? 氷に閉じ込められて疲れているっていうのはイマイチ分からないが、確かに大会での戦いが数千年ごしに目覚めた体に疲労感を与えている気はするな。うーん、じゃあ、休憩がてらにちょっと一眠りするかぁ……」


警報器アラームと言う失われた遺産ロストヘリテージもあるし私も寝るとするかな。おっと、すると魔導暖房機は切れてしまうな。あれは魔石の消費が激しいから無駄遣い出来ないしなぁ……ふむふむ、あぁ、これはいかん、いかんなぁ。なんたってこのまま寝るには寒すぎる。凍えてしまう、体が冷えて死んでしまう! んー、あぁ、そうそう、そう言えばこういう時は裸で温めあって寝るのだったな。そうだそうだ、そうしよう。よいしょっと……ぐふふ、これで大義名分の元であの体に触れられる……さぁさぁウィリアムも早く脱ぐのだ」

「ぶはっっっ!? おい!! な、な、何をしてらっしゃるのティアーユさんやっ!?」


「何って……ハッ! い、いや、別に下は脱ぐつもりなんてないぞ、上半身だけ、上半身だけだからな! こんな場所で全裸になって抱き合うなんてそんな変態なことをする趣味はない、ないからな、本当だからな!! ご、誤解するなよっ!! 私もそこまで破廉恥ではないからなっ!」




 い、いや、俺の前で突然上着を脱いで、その豊満な胸を露出させるだけで充分誤解するんですがっ!? 十分破廉恥ですがっ!? つか胸デカイなっ、肌が白いせいか一部分がとっても強調されていてちょっと己の下半身の反応を抑えきれなくなりつつある。

 それともコイツ、男のことを舐めてるのだろか? 俺になら何もされないとでも思っているんだろうか!?

 俺が童貞だからって軽く見てるかもしれませんがね、やる時はやる男ですよ俺は! 舐めんなよ! 童貞舐めんなよっ!?

 それにいくら雪山って言ったって初対面の男と上半身裸になって温め合うって……あれ? 普通か? 死の危険もあるしな……普通に寝たら温暖化の魔法も切れちまうし、俺だけ寝てるのに一晩中掛け続けてもらうのも悪いから頼めないし……

 あ、あれ? 俺がおかしいのか……? ……これ、普通?




「さぁ、さっさと脱げ! ほ、ほら! む、胸が小さくても、な、何故かは分からんがウィリアムは充分魅力的だから大丈夫だ! 大丈夫だから……ハァハァ」




 何が大丈夫なのかはさっぱり分からない。

 なお、彼女の話を聞く限り胸が大きければそれだけ魅力的な様子である。俺もそう思いますですはい。

 あぁ本当に女性らしさみたいなものがクローンで劣化されず残ってくれて嬉しい限りである。

 そして、よく状況が分からない間に何故か無理やり上着を脱がされる俺。

 バンザーイ、イヤン!

 って、あれ!? 何だって!?

 今、ティアーユは何て言った?

 胸が小さくても……?


 っ!! そうか、確かこの世界に今や男はいないって……!!




「ちょっ、ちょっと待てティアーユ!! お、俺は『男』だ!! 胸なんかなくて当たり前だ!」


「……は? お、お……と、こ? おとこってあの……『男』?」




 外では今の俺達の混沌とした心情を表しているかのごとく雪が荒れ狂ったように舞っている。

 ティアーユが持ってきたのであろうランタンによって俺と彼女二人の影が揺らめくそんな中でティアーユは俺から奪い取った上着を持ったまま、唖然とした顔でブルルンと胸を揺らしていた。

 一方、服を剥がれてしまった俺の方はなんだか恥ずかしくなってそっぽを見きながら両腕でもってない胸を隠している。

 いや、よく考えたらなんで俺は恥ずかしくなって胸を隠しているんだろうか、ティアーユは少しも隠してもいないのに……キモイな俺。あぁ、なんだか急に体が冷えてきた。さっきまで自己主張してきた息子もすっかり下を向いている。





「そ、そう、それだ、男だ! 男なんだ! と、言うことだから、あれだ、お前もさっさと服を着ろよな……つかいい加減ズボンも穿いてくれ……なんでずっと脱いでんだよ」


「お、男!? 本当にあの男なのか!? 男と言うのは神の怒りによって全員残らず絶滅したはずだ!!」


「うわっ!! 近い、近いからっ!! 胸、まずは胸を隠せ!!」


「うるさいっ、胸などどうでもいいだろう! そんな事より証拠だ! 証拠を見せてみろ! “男”、えーっと、確か男は胸が無く、固く大きな体で、毛が多い……そして、一番の違いは股の間についているという……」

「お、おいっ!! やめろ! スボンに手をかけるな!!」


「よ、よいではないか、よいではないかっ! これも男かどうかの確認のためだっ!! 手をどけるんだ!! い、いいから私に任せてウィリアムは大人しくしているんだ! 優しくしてやるから! 天井のシミを数えていればすぐに済むから! はぁはぁ、じゅるり!」






 ……五分後。



「ああっ、もうお婿むこに行けない……」


「ほ、本物、本物だぁぁぁ!!! これは世紀の大発見だぞぉぉぉ!! うひゃゃゃゃああああ!!! 私は、とうとう偉業を成し遂げた! 私こそがやった、やり遂げたのだ!! おひょぉおおおお!!!」


「わ、わかったから、落ち着け! その手でニギニギするのをやめろおおお!!」


「はぁはぁ、ダメだ何故か自分が抑えられんっ!! いっ、一体なんなんだ男とは!? はぁはぁ……クンカクンカしたい! ギュッギュッとしたい! ペロペ……」

「おいっ!! いい加減にしろっ!!」

「ギャピンソンッ!」




 俺は暴走して絡み付いてくるティアーユの脳天にチョップを喰らわす。

 こちらも彼女のなかなか立派な胸に生で触れたり、デリケートな部分をまさぐられたりして色々と大変なことになりつつあるのだ、女性相手だったが少々強引な手を使わせてもらった。距離を取らねば。

 なお、パンツの中に侵入されるのだけは抑えたが、盛大にパンツの上からは揉みしだかれた。『これか!? これなのかっ!? 柔らかくて……むっ、なんだこれは……』なんて言いながら棒でなく玉のほうをまさぐられたので一応息子の暴走については悟られていない。セーフだ。

 そして、俺の手刀を受けて出来たたんこぶ頭を押さえつつも興奮冷めやらぬティアーユは言葉を紡ぐ。




「う、ぐぐ……男と分かったからには、今更死なれても困るぞ。こんなところであの絶滅したはずの男と出会えるとは……私がもう少し色々と確認させてもらったら早急にルイズ王国へ連れ帰り処分を決めてもらわなくては……ぬぉぉぉ、それにしても男、男だぞっ! 私が見つけた私の、私のぉ……男男男ぉぉぉ!!!」


「はぁっ!? おい、興奮してないで落ち着……ちょっ、股間を掴もうとするな! うらあっ!!」

「ジャミラッ!!」




 俺は素早く近付いて来てセクハラしてくるティアーユの脳天に再度チョップを喰らわせる。

 美少女の頭に手刀するのはとても忍びないのだが、まずは彼女には落ち着いてもらいたい。切実に。

 あぁもう、顔は綺麗なのに台無しだ。なんなんだこの変態は。早く服を着て欲しい。




「たくっ、離れろ! そしていい加減服を着てくれ! ……で? 一体、なんなんだよ処分って!? あのなぁ、俺はオークを倒す依頼を果たしたら後は好きにさせてもらうぜ! 今までの話が全部本当ならじっちゃんも道場もきっと無くなっちまった、あの俺の帰るべき場所以外に縛られるつもりなんてないんだ! あと俺の服返せそろそろ肌寒いわっ!」


「な、なにぃ!? いや、すまん、頼んどいてなんだがオークの話はなかったことにしてくれ、ウィリアムに死なれても困る! 是非ルイズ王国で我が国の王に会ってくれ、そう、私の出世のためにも! あぁ、オークと戦う戦力なんかより凄いことだぞ、これは!! あと何故か気になる匂いがするのでこの上着はもうしばらくクンカクンカしたら返そう!」


「あぁんっ!? 今更何言ってんだ! 滅亡するかどうかのピンチなんだろお前ら? 命の恩人への恩返しだ、しっかりモンスター達から命を救って恩返ししてやるよ! オークなんて片手で捻ってやるから!」


「いやいやいや! ウィリアムには我が国に貴賓として招待するくらいには王に頼んでみるから! ねっ、ちょっとでいいから一緒に……是非私と一緒に王に会ってもらいたいんだよ! なぁ、男を見つけたなんてこんな世紀の大発見、一気に昇進間違いないんだよぉぉぉ、私が『優良遺伝子保有者』になれるチャンスなんだよぉぉぉ、お願いだよぉぉぉ!!」


「……あ、あぁ、分かった、分かったから!! もう、くっついてくんな! てか、とりあえず早く胸を隠して服を着ろぉ!!」





 ……お互いにちゃんと服を着て、興奮を冷ました。

 とりあえず俺は滅亡の危機という話を聞いておいて今更ティアーユ達を見捨てるつもりはない。オークを倒してそのルイズ王国とやらは救ってやる。後の事はその依頼が終ったら考えるつもりだ。道場の後継ぎから解放されたことについては何とも言えない。そんなよく分からない気分だったが、よくも知らない国に俺のこれからのことを決めさせてやるつもりは元からさらさらないからな。


 ということで、今度こそ寝ようと思う。俺はティアーユから服を取り返しすぐに背を向けてゴロ寝した。

 洞窟の床はゴツゴツとして痛かったが、逆に浅い眠りになって寒くなってきた時に深い眠りに着いてしまうより丁度いいだろう。いつまで続くか分からん吹雪の終わりを待ち続けていても仕方ないし、とりあえずまだ暖かい今の内に寝ちまおう。少しでも寒さを感じたら起きて再度温熱魔法をかけりゃいいんだ。洞窟内は余熱も暫く残るだろうし。


 そんな俺の背中ではゴソゴソとティアーユが服を着ていた。そして、着替えを終えた彼女が魔道具やランタンの光を消した後、俺の背中にぴったりとくっつき、トーンを落として話しかけてくる。どうやら少しだけ冷静になったようだ。




「なぁ、ウィリアム……」


「……なんだ?」


「なぁ、あの……わ、私はちょっと男にどう接すればいいのか分からないのだが、ここはやはりくっついたほうが良いと思うのだ。私は防寒具に身を包んでいるからいいが、ここでウィリアムの方が寒さによって無駄に体力を消費するのは私の望むことではない……」




 俺は暫くどうしようかと考えたあと、ため息を一つつき無言でグルリと振り返る。そして、そのままティアーユの頭を胸に抱えた。本当であれば彼女にはその防寒具であろう上着の一枚くらい脱がせて、それを布団のように体の上にかけつつ薄着で抱き合ったほうが暖かいのだろうが、流石にこれ以上二人きりの空間で接触しすぎるのは俺の中の男の部分が暴走しかねない。童貞だからと言って安心安全と言う訳ではないのだよ。

 だから仕方なくゴワゴワした防寒具の服の上から強く彼女を抱き締めておいた。下半身の突起に気付かれたら魔導具だとか言い訳しよう。

 セクハラ? いやいや、さっきまで散々こっちがセクハラされたのだこれくらい許してくれ。こっちも一応凍えたくはないし。


 ……ティアーユは最初こそ俺の胸の中で何かを訴えるようにムグムグとしていたが、そのうち「ムグググーッ!!」と叫び、興奮しすぎたのか顔を真っ赤にさせて鼻血を垂れつつ気絶してしまった。

 ただ呼吸は出来ているようなので放っておく。はぁ……温かいのはいいが、ベッタリと胸元に着いた彼女の鼻血はあとで洗い流さないとだな。

 

 


 彼女が静かに寝ているのは丁度良い気がした。ここに来てやっと俺は彼女の顔をじっくり見ることが出来たからだ。

 鼻血出してるし、夢でも見ているのか少し鼻息が荒い時があるが、それでもやはり美しい。これほど変態が似合わない美人はこれまで見たことがなかった。

 

 それに……少しだけじっちゃんに引っ付いて寝ていた小さい頃を思いだした。

 両親が居ない俺は寂しい時はいつもじいちゃんにくっついてそんな気分を紛らわせていたものだ。

 この意味不明な環境下でもティアーユは俺を自分の国に誘ってくれて、今もまたこうして気にかけてくれている。若干の下心はあったのかもしれないが洞窟の中で目覚めた俺の心は、今、少しだけ温かかった。


 ただ、少しほっこりしたその後は隣で無防備に寝るティアーユにおのれの中の理性と欲望が大戦争を始めてしまったため、結局悶々としてしまい俺が深い眠りにつけることは数時間の間難しくなった訳だが……

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