第4話 復活


 ……


 紅い髪の少女が泣いていた。

 苦しそうに叫んでいた。


 出せ……

 ここから、出せ……


 頼む、誰か……

 誰か助けてくれ……


 と。


 ……






「……ん、んぅ……助け……って!! ここは!? ……あれ? なんだ? 洞窟?」


「お……おおおぉぉぉ!! 目覚めたぞ! 寝息を立てていたからまさかとは思ったが、まさか、まさか、蘇生するとはっ!! な、なんてことだこうもあっさり蘇生が成功するとはっ!! 魔導レンジはやはり役に立つ! うん、チン最高! 流石チンだ! いや、待て、蘇生したとしたらこれからどうすれば、いやそもそもこの者は……」


「ハア!? チ、チン!?」




 不思議な夢から起きると洞窟で、そこには何故か下半身に面積の少ないパンツ一丁で騒いでいる女性がいた。

 その体型、主に上半身は防寒具なのか灰色のモコモコで良く分からないが露出している太股は細く白くキメ細やか。そして、その手には黒い小さな塊を持っていた。更には鉄で出来たような変なマスクを被ってるため顔も見えないが、その高く透き通った声から女だということはなんとか分かった。

 しかし、しかしだ……“チン”が最高だと? ま、まさか、格好もおかしいし……いわゆる『痴女』ってやつなのだろうか、こいつは?

 初めて出会ってしまった痴女に俺は少しだけたじろいだ。


 そ、それにしても、ここはいったい……?

 寝ている間に痴女に攫われて洞窟に監禁されているとかだろうか?

 えっ? 服に乱れもないし、武器を持たせたまま? それ、ありえなくね???

 手元を見ればしっかりと鞘に収まっている無銘が握られていた。


 外は薄暗いが夜と言うわけではないようだ。しかし俺が今いるここは光源が一つもない自然な洞窟の奥底のようで、そんなじめっとした空間をランタン一つが照らしていた。これ……彼女の物だろうか? その近くには黒くてゴツいリュックバックも置かれている。

 温暖化の魔法を使ってくれたのだろう、肌にあたる柔らかい風は仄かに暖かい。洞窟の外は雪景色……というより吹雪いているのだが洞窟内はそれを感じさせないほどに全く寒く感じることは無かった。


 ……ん? いやいや待て、待つんだウィリアムよ。そもそもだ、俺は寝る前に何をしていた?


 えーと……





「っ!!! そ、そうだっ!! 俺は罠に嵌められて……って、おいっ、ここはどこだ!? お前はアルス王国の魔導師か何かか!?」



 咄嗟に無銘を鞘から抜き放ち、片膝を立てると共にその女の首へと切っ先を向ける。

 二度と油断などするものか、状況はよく分からないがこれは逃げ出す絶好の好機だろう。

 アルス王国は許せないが俺は軍隊相手に勝つ自信はない。ここは復讐なんかより逃走するべき場面だ。

 じっちゃんに危険が及ばないように……



「ア、アルス王国? 違うぞ、ここはルイズ王国だ! それより剣を下げてくれ、私の名はティアーユ・シルベスタ。魔導師などではなく、この国の防衛隊員を務めている者だ。あとは、お前を発見し、そして救ってみせた“命の恩人”なのだぞ! その私に剣を向けるなどひ、酷いじゃないかっ!」


「ん? そ、そうなのか、えっと、あ、ありがとう……済まない。どうやら誤解していたようだ、剣は下げよう。ところでアルス王国のやつらは?」


「……えっと、あー、先ほどから言っているそのアルス王国ってのは一体なんなんだ? まさか神話に語られるアルス神聖王国のことだろうか……?」


「はっ? いや、普通のアルス王国だろ? ……神聖? なんだそりゃ?」


「む? 少し話が噛み合っていないな、えっと……」


「あぁ、悪い。俺の名前はウィリアムだ。ウィリアム・フォリオ。というかよく考えたら俺もルイズ王国なんて聞いたことがないんだが……」




 混乱していた。

 殺されたと思っていたら、突然雪が降る世界の洞窟で目覚めたのだ。そりゃ混乱もするだろう?

 そして、そんな絶賛混乱中の俺の前で彼女は、ティアーユは、落ち着いたように一息つくとその鉄仮面のような被り物を脱ぎさり窮屈さから開放された長い髪を一度だけ振り乱した。

 その長い白銀の髪が空中をバサバサと舞った後、羽のようにふわりと揺れていた髪の束が地に垂れる。


 その洗練されたような一挙手一投足の動作も含めて彼女の容姿はとても美しかった。

 正に絶筆にも尽くしがたい絶世の美女。

 剣を振ってばかりいた俺にはえん所縁ゆかりもなかったような相手だ。

 不思議なことに顔を見ると剥き出しの足も眩しく、パンツ一枚の姿などと思い出せばこちらが恥ずかしくなって到底そこ・・を見られなくなってしまう。


 そんなティアーユが今はこちらをじっくりと舐めるように見つめてきている。

 ……いや、気のせいじゃない『舐めるように』だ。俺は何かがおかしい気がした。

 でも、彼女はそのあまりの美しさに加えてパンツ丸出しな訳で、俺は彼女の方に視線を向けることも出来ず視線を泳がせている。視界の端に映る彼女は肌も髪も、そしてその生足も丸出しのパンツに至るまで、雪に負けない透き通るほどの美しい純白だった。一つだけ上半身を覆うモコモコとした防寒具だけが雪の上に積もった灰の色をしている。

 ……あれ? なんかこの人のパンツ濡れとる……? って、イカンイカン、何か見てはいけないものを見てしまった気がする。視線を下げすぎないよう注意しよう。


 そして、顔をあげて見えてきたのは、こちらを見据えるその彼女の瞳だけが何故か燃えるような真っ赤な血の色をしていたことだった。


 彼女は一見か細く、弱々しく、まるで折れてしまいそうな雰囲気なのだが、俺にはそれがまたそこはかとかく美しく見えていた。

 しかし、そんな美しい雰囲気は本当に外観の雰囲気だけで口調や格好は別。彼女の俺に向かって発せられる言葉やその姿は先ほどからとても剣呑としていて強気(?)そのものだ。まるでそうだな、軍隊が傭兵部隊の粗雑な兵士を相手にしているようだった。




「ふむ、まずウィリアムはこの洞窟内で氷漬けだった訳だが、どういった経緯でそうなったのか覚えているのか? あぁ、大丈夫だ、もしウィリアムが言い辛いのならばそれは言わなくても……」


「え? 俺が? 氷漬け? いや、でも武術大会で優勝したために王国に命を狙われたのだと思っていたが……眠らされて氷漬けにされていたのか?」


「なんと!! 武術大会優勝だと!! な、なぜそんな強者が氷漬けに……!?」


「いやぁ、そこは俺も油断してて、あはは……」


「そ、そうか、いかに強者と言えども弱みや隙はあるものだものな、ち、ちなみに、まさかその武器は何か伝説の武器だったり……」


「いんや、これは俺が自分で一から打って仕上げた『刀』さ。名前は決めてないから“無銘”と呼んでる」


「そ、そうか、使い手のほうが伝説のパターンか……確かに何かこう人を引き付けるというか、ドキドキとさせられる何かがあるみたいだからな……髪も伝説の黒髪だし」


「伝説? いや、黒髪なんてそこらにもいるだろ? つか本当におかしい、今は世界暦何年だ?」


「は? 世界、暦……? ま、まさかっ!! 『神の怒り』以前の人間か!? そ、そんな、ことが!? い、いやしかしアルス王国を探していたところを見るに、いや、でも信じられん!!」


「ちょ、ちょっと待て、俺にもわかるように説明してくれよ……」


「えっと、そうだな、『神の怒り』を知っているかウィリアム?」


「いや、知らねーよ……神様が怒ったのか? 一体なんなんだよそれは……」


「やはり、ウィリアムは神話の世界の住人……いや、『神の怒り』と言うのはだな……」





 ……そこからは半ば信じられない驚きの連続だった。


 なんと、世界が一度千年前の『神の怒り』とやらによって滅んでいるらしいのだ。

 『神の怒り』ってのは別にこの世界に神様が現れて怒り狂ったわけではなく、大きな天変地異だったらしい。いや、人によっては神様が怒り狂った結果だという人もいるらしいが、実際に暴れる神様を見たという話し伝わっていないとのことだ。

 そして、その時に世界の地形が大きく変化し、それに伴い生物が多く死滅。

 特に人類の大半を占めていた『男』という生物が老人から胎内の赤子に至るまで悉く死に絶えて、今ではすっかり一人たりともいなくなってしまったというのが俺にとってはかなり衝撃的な内容だった。

 流石に天変地異で男だけが滅ぶのはあり得ない。男だけがかかる変な病気か呪いでも蔓延したと言うことだろうか?

 それにしたって世界中の男が完全に死滅するなんてことがあるならやはり神様の力によるものとしか思えない。

 そして、もし本当にそうだとすれば、俺はなぜ生き返れたんだ? なぜ今こうして生きていられるんだ?

 つか、どうやって千年もの間人々が子を作り生きてきたのかについても不思議になってくる。

 しかし、ティアーユの口から発せられる全ての話は到底信じられるものではなかったが、それでも“そうなのだ”と表面だけでも納得しないと話がぶっ飛びすぎていて進まない。


 そこで、今までどうやって人類が生きながらえてきたのかをティアーユに聞けば超回復魔法技術である『クローン』という魔法の賜物(たまもの)らしい。

 すげーな、『クローン』……聞いたこともない魔法だけど……

 ティアーユに詳しくその『クローン』なる魔法のことを聞けば、それは親と同じ個体を生み出す魔法らしい。と言っても生まれてくるのは親と同じように成長する赤ん坊で、更にはこの『クローン』で生み出された個体は世代を重ねる毎にほんの少しづつ劣化しているそうだ。

 どうやら現在を生きる人々は劣化が進み色素が抜け落ちているらしく、俺のような“黒髪”は伝説上のものとなってしまっているのだと言う。



 それから彼女が氷漬けだった俺のことを助けてくれたのだが、なんと氷を溶かしたのはマジックアイテムらしい。しかもその名前が『チン』。あまり連呼してはいけないマジックアイテムだ。

 マジックアイテムまたの名を魔導具と言われる物は迷宮から出土するまたは高位の錬金術師なんかが作り出すとんでもないお宝のはずだ。是非にと見せてもらったが『チン』とやらは小さな黒い塊でそのくせ細かい部品でゴチャゴチャとしていた。もう、俺には使い方含め何が何だかよくわからんと言う感想だ。

 それにしてもこんなもので俺の体を覆っていたという氷を全て溶かしてしまうなんてすごい。さらにはそれで生き返った俺もすごいと思う。

 しかも、ティアーユいわくこのようなマジックアイテム、魔導具……失われた遺産ロストヘリテージとやらは現在では作り手もいないため生産は不可能ではあるが大量に存在しており、この世界ではけっこう普及しているとのことだった。

 俺の認識では物によっては億なんて値段がつくアイテムを携帯していることがもう普通じゃなかった。

 しかも本当に“チン”で雪を溶かす場面まで見せられて一層このティアーユが語った話に驚くことになったわけだ。




「はぁ……なんか色々とすっげぇなぁ……どこまで真実かとか、驚きすぎてもう何も考えられない」


「それで、今は世界に十箇所だけ残ると言われるそのクローン施設で人々が産まれてるはずなのだけれど、沢山の有用な施設や道具は人の減少に伴い次第に土に埋もれ、過去の技術や知識は失われつつある。複雑な造りの、ウィリアムが言う魔導具ばかりが見つかっても使い方なんかが少しづつ失われているのだ。だから私たちには失われた遺産ロストヘリテージなんて呼ばれている。だから、もしクローン施設がなくなった時、それを扱える者がいなくなった時、その時に私達に待っているのは恐らく滅亡だろうな……」


「か、かなりピンチなんだな……」


「そうなのだ。まぁ私達は劣化してしまい、過去に生きた人々と比べると寿命が百歳程度になってしまったり、体の色素が失われつつある。そのため黒髪として産まれる個体が最早伝説並になってしまったりしているのだがな。だから、いつかはこのまま消え行く運命なのかもしれん。私達が細々と生きているのは怒った神が与えた僅かな温情と言われている……」


「え? で、でも百歳ってだいぶ長生きじゃないか?」


「さぁ? 何代も前のクローンは二百歳や五百歳に届くほどの寿命だったと言われている方々もいるぞ? ということはオリジナルである『神の怒り』以前の者はさらに寿命が長いのではないのか?」


「いや、普通に百歳なんて長生き……あぁ、そうか俺が封印されてから『神の怒り』とやらまでの間にもかなりの時間が流れているのか、『クローン』なんて魔法知らないし……なんつーか本当、驚きばっかりだわ……」





 呆れているようだが本当に驚いている。

 話を信じる気になってきている俺がいる。

 つーか、本当だとしたら一体俺が寝ちまってから何年経ってんだ?

 二千年とか経過してるんだろうか……?

 そりゃアルス王国もアルス神聖王国になって果てにはなくなっているわけだ。

 とりあえずそんな長い期間氷漬けにされといて俺はよく再び生き返れたもんだと思う。男を一人残らず絶滅させたみたいだけど、そんな酷い神様にでも感謝だけはキチンとしておこう。

 復活させてくれてありがとうございます神様。俺、男ですけど出来ればこのまま見逃してやってください。





「兎に角だ。ウィリアム、聞く限りお前は強いのだろう?」


「えー、いやぁ、それほどでもあるかもねぇ、本当にただちょ~っと世界最強になったことがあるくらいでぇ……」


「そうかそうか、では命の恩人であるこの私の頼みをどうか聞いてはくれないだろうか?」


「……あー、そういうことか。とりあえず話を聞こうかとも思ったけど、まぁ命の恩人の頼みだしな。美しい女性の頼みを断るのもしのびない、仕方ないから一度だけだぞ?」


「うつく……? いや、うん、ありがたい!! 私達の国、ルイズ王国を、そして私たち純人種をどうかウィリアムの力で救ってくれないだろうか!?」




 女に頼まれて黙っているなんて男が廃る。それに困っているんだ助けないわけにはいかない。

 なぁ、そうだろう? じっちゃん。

 女性に頼られる経験も少ない俺はルイズ王国とやらをどう救うのか、どんな危機なのか、そんな内容も聞かない内に「おうよ、任せろ!」と、しっかりと頼まれておいた。もしかしたらまだ混乱してたのかもしれない。




「いやぁ、そう言ってくれるか! 良かった、良かった! あの氷塊からウィリアムが生き返るなんて思ってなかったし、今までその武器でいきなり切りつけられたらどうしようかとビクビクしていたぞ!」


「いや、俺そんな突然剣を振り回すサイコパス野郎じゃないからね?」




 どうやら舐められないようにと俺に対して少し雰囲気を固くしていたのかもしれないな。

 まぁ、それでも何故パンツ一丁なのかは知らないし分からない。もしかしたらそういう文化の国なのかもしれない。あぁもしそうならばなんて素晴らしい国だろう。早く行こう。

 あっ、違う。普通にあっちにズボン落ちてた。ティアーユが脱いでただけだこれ。

 あーうん。これ以上考えるのは止めておこう。



「あぁ、分かっている。分かっているさ! 恩に熱く、話してみれば信用できそうな者だとも感じた。不思議な魅力も持ち合わせているようだし、これから是非ともよろしく頼む! あ、まずは国に一緒に来てもらって王の前で是非その実力を……」





 ……


 ニコニコとした顔で話し続けるティアーユ。

 因みにこの時は「実は俺が絶滅しちまった男なんだぜ!」と、ティアーユに伝えることをすっかり忘れていた。

 そもそもウィリアムなんてどう聞いても男っぽい名前なんだし、俺の姿を見れば一目で男ってことくらいわかると思っていたがよくよく思えばここは男が居なくなって長い年月を経た時代。男と見れば分かるというその認識からもう俺は間違えていたのだ。

 この世界を生きる人々は男の存在を、その女性との些細な違いのことを全く知らないからだ。

 だから変な名前だと感じるくらいで、俺のことは胸が残念で筋肉質の女なのだと彼女は恐らく思っていたのだろう。


 俺がこの後男であると打ち明けたため大変なことになるのをこの時の俺は全くわかっていなかったのだ。

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