第3話 プロローグ・後編

「こちらティアーユ、こちらティアーユ! 失われた遺産ロストヘリテイジと思しき物を発見! 失われた遺産ロストヘリテイジと思しき物を発見!! ただ、巨大すぎて運べない!! 直ちに応援を要請する!」


「ザ、ザザ……よ……ザザ……した……ザザザ……」


「あぁっ! もうッ、この吹雪で魔導通信機が使い物にならない! はぁぁぁ、どうすべきか……」




 トランシーバーの形をした『魔導通信機』。そこからは現在ほとんどノイズしか聞こえてこない。

 豪雪のために大気中の魔素が安定せず通信を行うことは現状ほとんど不可能だった。


 そしてそんな猛吹雪の中、魔導面を着け、防寒具を身に纏っているティアーユは今は失われし古代の知識を求めこの霊峰アルスをさ迷っている所だ。

 かつては栄えた大国も千年前に起きた『神の怒り』によって今や巨大な岩山に変貌している。

 そしてその岩山の中でもここまでの高所となると、ティアーユの知る限り獣でも到底近寄らぬような劣悪な環境であり、多くのの生物が生活すらできなくなるような気候で、更には深く深く雪が降り積もっている。

 しかし、その立地は古き王国の中心部であったはずだ。だからこそむしろ何かあるやも知れぬと今や存亡の危機に晒されているルイズ王国のため、ティアーユはこの未踏の地にて宝探しの真っ最中だった。




 ……世界は刻一刻と滅亡に近づいている。

 千年前に起きたとされる『神の怒り』により多くの文明は突如として失われ、同時に人類の内半数を占めていた“男性”も絶滅した。

 生き残っている十種の人類達も、今や過去の遺産であり回復魔法の技術の結晶であるクローン施設にて細々とその命を繋いでいる状態だ。

 女性だけの世界。そこは魔物が大きな顔をして跋扈ばっこし、次第に人々が住む場所を追いやられつつある世界である。過去の栄華を極めた繁栄や偉大な知識、素晴らしい技術達は次第に失われつつある状況なのだ。特に純人種の国であるルイズ王国はまさに現在存亡の危機に貧していた。少しでも前の時代の遺物が見つかればティアーユにとって、更にはルイズ王国にとって、万々歳な結果だったのだ。


 だからこそ、過去にはアルス神聖王国の中心だったとされるこの霊峰アルス、そこに重要な失われた遺産ロストヘリテイジがないかと探索作戦と捜索隊が組まれていたのだ。

 そして藁にもすがるつもりで始められたその作戦の五日目、吹雪いて来た頃になって、なんとティアーユは見事に発見した。

 余りの吹雪に自分の今いる位置も分からなくなったそんなときに飛び込んだ熊の巣穴のような横穴、その浅い洞窟と言うより宝物庫の中で眠っていた、氷に封じられている『ウィリアム・フォリオ』を。






 ……


 ウィリアムは武闘大会でアルス王国の魔導師達により罠に嵌められ眠らされたあと、殺されることなく生きたまま氷漬けにされ王城地下にて王族達の見世物にされていたのだ。

 もちろん表だっては突然の失踪とされ、世界最強の男はその座を手に入れるなりどこかへ去ってしまったと世間で大きな話題を呼んだ。


 しかし、その実、氷の中のウィリアムは上級貴族の間で酒の肴として一種の剥製の美術品か何かのように扱われていたのだ。

 王の怒りを買った最強の剣士の末路としてその愚者は多くの者達に長い間笑い者にされていた。

 さて、しかしながらそんな扱いも永遠には続かない。ウィリアムの氷漬け、その存在は次第に王家からも飽きられ、忘れ去られるようになり、隠し部屋であった宝物庫の奥で眠るようになっていく。果ては王城が革命によって壊され、新たな神聖アルス王家により旧アルス王家と共に城ごと潰されてしまった時には瓦礫や他の宝物と共に地の底に埋まってしまったのだった。

 しかし数百年、数千年もの長い年月をそのまま地下ですごした後に『神の怒り』が起きる。これによりこの地は遥か高く隆起することになり、その氷塊は宝物庫ごと再び地上へ露出することになったのだ。

 ただ残念ながらそこからも更に人目につくことなく千年が経過する。そう、隆起しすぎた・・・・のだ。そして、長い長い年月の間に浸食によって生まれた浅い洞窟によって彼や宝物庫にあった財宝達は運良く雪に埋まることはなかったものの雪山の中に埋もれてしまったのだった。

 その洞窟までの道のりがあまりの環境の悪さゆえ、氷漬けのウィリアムには誰も近づくことなく千年もの間金銀財宝と共に放置されていたのである。



 それが今、ティアーユと邂逅を果たした。

 彼女は洞窟の奥に散見される財宝から最奥に鎮座している氷塊の影を新手のモンスターかと一瞬警戒したのだが、ランタンの光で照らせばそれはただの氷、さらにはその中に“人間”がいることを知り、あんぐりと大口を開けて驚愕する。そしてすぐに魔導通信機でこの発見を本部へ伝えようとするも、魔素が吹雪によって乱れているためか失敗した。そう、これが冒頭の場面である。

 仕方なく現在は洞窟内……というか室内に魔導暖房機を設置し自身はその氷塊の前にどっしりと座り込んでいた。

 そして、ひとしきり氷塊に驚いた後、落ち着きを取り戻した彼女はその氷塊をバッグの中から取り出した魔道映写機で何度か撮影する。

 この発見が嘘ではないということを彼女は確かにフィルムに残したのだ。

 流石にこの大きさの氷塊を彼女一人で山の麓まで運ぶのは無理がある。だが、本部に氷塊の中の人間という話が嘘ではないと報告するとしたら、この写真を見せれば良いだろう。

 彼女は写真をそのたわわな胸の間に静かにしまった。


 さらに目の前の氷塊に封印されている人物は剣を持っている、つまりこの氷漬けの“人間”が何らかの武人であることを彼女はすぐに理解した。

 その姿に、その武器に彼女はわずかに希望を抱いてもいたのだ。


 その後暫く外の様子を伺っていたティアーユだが、天候は機嫌を直すことなく相変わらず魔導通信機は使い物にならない。仕方なく彼女はじっと吹雪が弱まるのを洞窟内で待つことしかできなかった。

 そう、洞窟の中で彼女は少しの不安と多大な期待や興奮を持ってただひたすら氷漬けの男を見つめていたのだ……









 ◇◆◇◆◇



 あぁ、あぁ、なんてことだ!! これは……これは、とんでもない大発見だぞ……!

 今、私の目の前にいるのは伝説の黒髪の人間だ!

 しかも特徴的には我が『純人種』のように見える!

 それにどうやら武器も携えているではないか!

 氷で封印されているところを見るに、もしかしたらこの人間は何か伝説的な者か何かで、恐らくだがこの武器も伝説の武器なのかもしれないぞ、ということは我が国を救う物になる可能性も……!!

 それでなくても、体の色素がこんなにハッキリと残っているんだ。きっと何代も前の純人種に違いない、とすればその武器だって伝説級でなくとも失われた遺産ロストヘリテージには違いないだろう。


 いや……待てよ?

 なぜ氷漬けにされている?

 そうだ、英雄どころかもしこの人間が狂人か何か、社会に多大な害を成す存在で仕方なしに封印されたとしたら……?

 うーん、その可能性だって無いとは言えない……

 ……はぁ、でもまぁそんなことを考えていても始まらないな。そもそも我が国は狂人でもなんでもいいから力を欲しているのだ。

 この者が誰であろうと、何をしたのであろうと、我が国が救われるのならばそれでいいではないか……





 そ、それと、何故だろうか、この人物を見ていると、ど、どうも動悸が激しくなってくる……

 胸の高鳴りが収まらない、それどころかカァーッと体の奥から何か熱くなってくるような……

 あの筋張った筋肉、角ばった輪郭、膨らみの無い胸板、そしてチラリと見える鎖骨……

 そんなものがなぜか無性に気になってくるのだ……

 い、いったいこの者は何者なのだろうか……


 美しい彫像のようにも見えるが全体的に無骨で、しかし作りが彫像なんかよりも繊細すぎる。

 作り物などではないだろう、雰囲気も戦士のそれだ。

 あぁ、な、なんてものを発見してしまったんだ私は……!!

 はぁはぁ……じゅるり。

 おっと涎が……


 んんっ……

 な、なんなんだ本当に? さっきから体が火照って仕方ない……

 うわっ!? これは……

 ……よ、よし!! だ、誰も見てないよな……?





 ◇◆◇◆◇


 ……一時間後。



「……はぁ、はぁ……ふぅ……よ、よし、賢者タイムなり。あぁ~、動きたくはないけど頭は冴えてきたなり」



 ティアーユは暖まった洞窟の中で下半身丸出しで大の字になって寝転んでいた。

 こんな世界でも自慰そのものは人の本能として残っている。と言っても、子供を作るためではなくただ快感を得るための行為以外の意味は持たず、非生産的で他人に知られるのは恥ずかしく、ストレス発散のためのもの、という昔からの認識は変わらない。


 ティアーユは一時間も氷解をネタにその中のウィリアムに見せつけるように自慰をし続け、今は軽い疲労感と良い汗をかいたとばかりの達成感と爽快感に包まれながら氷塊を眺めていた。

 魔導暖房機があるので寒くはないのだが、目の前の氷は全く溶けそうにない。

 それもそのはずで、この氷はわずかな温度差程度では融解しない魔法で作られた氷だったのだ。




「うーむ、それにしても気になる。一度でいいからあの氷の中に埋まっている体にちょっと触れてみたくなってしまっている自分がいる……んっ!? そうだっ! 私はよく魔導レンジで冷凍ブロックを解凍しているではないか!」




 魔導レンジとは冷えたものを熱の魔法で温めたり、魔法で凍らされたものを解凍する時に使われる道具で、現在でも頻繁に発見される失われた遺産ロストヘリテイジの一つだ。昔は一家に一台あったため主に一般家屋の遺跡などから発掘される。

 現代においても食品を冷凍して保存する技術はまだ残っているものの、キチンと解凍する方の技術は失われているため、魔導レンジは沢山掘り出される失われた遺産ロストヘリテイジなのだが、需要の面からそれなりに大事に扱われているアイテムだった。




「……はぁ……ここ数日の遠征のせいで、毎日毎日冷凍ブロックばかりの生活を考えるとどうにも寂しく思えて来るな……たまには新鮮な冷凍加工前のブロックでも食べたいものだ……」




 何故かティアーユは少しだけブルーになって来た。

 彼女達が普段食する食品『ブロック』は長期保存できないため、遠征の際には冷凍して持っていくのだが、冷凍する時になるべく水分を抜いて冷凍加工して、しかも解凍する際には何故か残っていたわずかな水分までなくなり、かなりパサパサになってしまうのだ。いくら味を気にしない彼女達にとっても喉を通りづらくなりあまり好ましい食事ではない。

 口に入れると一気に唾液を吸い取られるのだ。そのせいでよくむせる。彼女はそんなここ最近の食事に辟易としていた。



 そして、辛いことは何も食事だけではない。彼女にとっては毎日毎日の仕事ばかりの日々もそうだ。

 やっと最近落ち着いて来た防衛隊員の仕事だが、それは安全になった訳ではなく、滅亡が近付いてきただけなのだ。

 国を自分達の力で守ることも出来ず、こうしてわずかな希望を信じて手探りするしか出来ない日々。でも彼女達が頑張らなければすぐにでも国が滅ぶだろう。

 終末論者なんて者もルイズ王国には出てきているが、王やおばば様達は決して諦めてはいけないと言う。そして、ティアーユもまた諦めたくはなかった。

 なぜなら彼女はまだ優良遺伝子保有者に選ばれて、クローン施設で子供を作る権利さえルイズ王国から貰えていないのだから……




 ――私は、自分が生きた証も残せず死ぬのは絶対に嫌だ!




 それはティアーユの生きる意味だった。

 いまだ何も残せていない彼女がこのまま死んでもその記録が今を生きる人々の中に眠るのみで、百年後の世界になってしまえば墓さえも忘れられ、跡形もなくティアーユ・シルベスタという存在が世界から消えてしまうことを彼女は知っていた。

 だからこそ、絶望なんてしていられない。だからこそ、彼女は生き続け、小さな小さな希望さえ諦めずに掴みとり、自分という存在を後生に残す。そんな意思を胸に抱き続け、こうしてウィリアムを発見するに至ったのだった。




「はっ!! 違う違う! えーっと、そうそう、とりあえず魔導具の力で五分くらい解凍してみようってことだ。中の人まで溶けちゃっても、まぁ、そんなもしものことがあったらここに墓でも作ってあの武器だけ持ち帰ればいいでしょ! 元々死んでる可能性だってあるんだし、うん、それがいい。武器はさすがに溶けないだろうし!! うへへ、それでは早速……」




 ティアーユはなかなか収まらない吹雪の中、とうとう好奇心と沸々と湧き上がるリビドーに負けてバックから取り出した小さな魔導具を尻丸出しのまま氷塊に取り付ける。

 それは魔導レンジを模して作成されたもので、魔法で作られた氷や冷気を魔素分解させると共に一瞬で熱を与える解凍魔導具、失われた遺産ロストヘリテージであった。

 単に物質を暖めることも可能だが、やはり解凍にこそ適しており、特に魔法で凍らされた大きなカチカチマグロでも一匹位ならこれを取り付ければ余裕で解凍できるほどの力を持ち、今回の捜索隊には冷凍ブロックを解凍するためにと全員に持たされている。


 本人はそんな具体的な原理をまるで分かっていないのだが、この魔導具であれば氷を溶かせるはず、程度の知識は持っていたのだ。

 実際に温度ではなく強制的な魔法分解よって直接『魔法の氷』や『魔法での分子固定化』を霧散させるため、この氷にも十分有効な手立てである。

 この魔導具は対生物安全装置や金属回避装置などもついているのでウィリアムや剣まで溶けることはないのだが、流石にティアーユはそこまでわかっておらず、中の人が溶けてしまったらきっとそういう運命だったのだろうと割りきっていた。



 因みに、本来であればこの氷塊の発見はそのまま本部へ伝えるべきであり、解凍する等と言うことは完全にティアーユの興味心からの暴走である。

 しかし、この暴走行動こそが彼女と、そして彼の運命を大きく変えることになったのだ……



 ティアーユは期待を胸に解凍小魔導具『チン』を氷塊に取り付けた……

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