第6話 下山
……翌朝。
「くぁぁぁ……」
なんとか日の出前位に寝付けたみたいだが、それでもやはりと言うべきか眠りは浅かった。
疲れが抜けていない気がしたが、とりあえず朝起きたなら伸びとあくびをする。それが俺の習慣だ。
おっ、どうやら外の吹雪は止んだようだな。胸のティアーユの体温もあって寒さも意外と少なく感じる。
積雪が陽の光を反射していて洞窟の中から見える雪景色がとても眩しかった。
とりあえず服についていた鼻血を水魔法で洗い流した後、風魔法を使って乾かした。
ふと、横を見ればティアーユがまだすぅすぅと気持ち良さそうに寝ていた。
やっぱりこいつの顔スゲー綺麗なんだけど……
鼻血の跡が無ければ本当に襲ってしまいそうなくらい……いや、童貞の俺が美女を襲うのはハードルが高いか。でも、もっかいパンツを拝見させていただく位ならできるぞ?
うーん。“ティアーユ・シルベスタ”……か、そう言えばコイツの歳っていくつなんだろうな。
ん? それよりも俺って千年以上氷の中だったんだよね?
それって、スゲー年齢になってるってこと? じっちゃんよりも歳上になっちまったってことなのか?
それとも氷漬けの期間はノーカン?
……うん。まぁどうでもいいや、そろそろティアーユを起こすか。
「おい、起きろ。吹雪が止んだみたいだぞ……」
「うぅーん、あと五分んン……ねぇ……お願ぁい……ンッ……」
「……」
ゲシッ!
「ホニャァラックス! あ、あぁ、ウィリアムか……ぶぅ、殴らなくてもいいではないか……」
「あ、すまん、つい……」
なんだか可愛いすぎて見ていてこっちが辛くなったので、つい手刀が彼女の脳天へと繰り出されちまった。そんなことは恥ずかしすぎて決して本人には言えないのだが。
まぁ、ここには食べれるものもないためずっとティアーユの寝顔を眺めて生きていく訳にはいかない、このままここにいても今度こそ本当に起きれない眠りにつくことになっちまうからな。
俺達は晴れ渡った空の元すぐに下山を始めることにした。
ティアーユは荷物をまとめ背中に背負いこむ。再びあの異様なマスクまでつけた厳重装備だ。
俺の方は千年以上着ていたただの服と愛刀“無銘”。そう言えば俺の服装武闘大会のままなんだよな、汗臭くないかな? 水でサッと流しただけでは若干不安だ、洗濯してぇ……
しかしそんなことを考えつつも洞窟を出て暫く歩くと……
「……
「まだ春が来ていないからなぁ」
「いや、呑気だなオイ! 発見して救出してくれたのはいいけどさ、よくよく考えたらなんで氷漬けのまま運んだり、解凍した後の準備とかせずに発見即解凍したんだ!? 見る限り雪景色で只でさえ呼吸が苦しくなりそうな高所なんだよ、ここ!? 風邪引いちまうよこれ……! ティアーユはなんか暖かそうなの着てるからいいけど……ブエックショーイ!! なぁ、こ、こ、これじゃマジで凍え死んじまう、一回洞窟に帰らないか!? それで温熱魔法かけて、万全の準備で……」
「あ、そう言えば本部に連絡を忘れていた! ちょっと待ってくれ、ウィリアム、ここで一旦ストップだ!! ……ククククク……アーハッハッハ、そうだ、そうじゃあないか!! これで私も大出世間違いない、だから別に“お迎え”を頼んでも問題ないだろう! あぁ、ちょっと静かにしててくれウィリアム! んん、よし……ゴホンゴホン。こちらティアーユ、こちらティアーユ、通信よろしいか?」
「……ザザザ……コチラ探索拠点、コチラ探索拠点、ティアーユ何か発見できたか? ……ザザ……」
「うぉっ! なんだそれ、スゲー!?」
俺はティアーユが取り出したマジックアイテムに一瞬で寒さなんて忘れてしまった。
彼女が腰の辺りから取り出したその箱から声が聞こえてきたのだ。
風魔法で遠い所まで声を届けるマジックアイテムがあるとは聞いたことがあるが、その魔法の一種だろうか?
いや、こちらの声も届いているようだし、ティアーユの声に直ぐに反応した! 風魔法なんかじゃない、これはきっともっと何か凄い魔法がかかっているマジックアイテムだっ!!
スゲー! 未来スゲー!!
「ザザ……なんだ? 何か声が……ザザザ……」
「こ、こらウィリアム喋るなっ! えー……こちらティアーユ、発見した、発見した、特S級の
「……ザザ、ザザ……なんだと、見つけたのか!? とっ、特S級!?……」
「ついては応援求む! 飛空艇を、飛空艇の派遣を求むっ!」
「……ザザザ……な、なにぃ? 飛空艇だと!? バカかおま……ザザ……」
「いいから早くっ! コチラは特S級、特S級の
プツッ。
ふむ、どうやらこれで会話は終わりのようだ。
最後らへんかなり無理矢理話を終わらせていた感じがあったがお互いに会話する意志がないと使えないマジックアイテムなのだうか。
彼女はそのあともピコピコと忙しそうにそのマジックアイテム、なんでも魔導通信機と言うらしいのだけれど、それを操作していて。やっと終えたかと思えば、そのまま興奮した様子のティアーユが鼻息荒く両腕を空に向かって伸ばし、「『ひくうてい』に乗れるぞー!」とかなんとか叫んでいた。
『ひくうてい』って一体なんなのかは分からなかったがとりあえず寒いし、俺達はそいつの到着までさっさと洞窟に戻ることにした。
……
「うーさぶさぶ……んで、さっきのは? どんなマジックアイテムなんだ?」
「これか? 魔導通信機は遠くの者と会話するための
「うん、見たことないぞこんなん! つーか、すげーなこれ、これがあれば遠くの人に手紙を書く必要もないな! ダンジョンなんかでもかなり有用だぞ!」
「いや、相手方にも通信機がないと……だから特定の者としか通信出来なかったり、魔素が安定している所じゃないと使えなかったりするのだが……まぁ、いい。それよりもとりあえずウィリアムは飛空艇が到着したらこの中に入って静かにしていてくれないか? なんなら私が睡眠導入の効果を持つ
「は? いや、この中って、これただのデカイ麻袋だよね!?」
「あぁ、ウィリアムが男だと分かった今、これは重大な案件だ。私はまず我が王にウィリアムについてどうすべきか意見を聞くべきだと思っている。なので他の一般の者達にはとりあえず秘密だ! だから……」
「い、いやいや無理だってこれ、大きいと言っても立ったままの俺がスッポリ入るわけでもないし、ずっと俺に体育座りしてろってか!?」
「大丈夫、飛空艇で三〇分もすれば謁見の間、王の御前だから! ちょっと詰まっててもらえればいいだけだから! ねっ?」
「いや、ちょっ、やめっ……無理矢理入れようとすなっ!」
「ふへへ、良いではないか良いではないか、なんだか楽しくなってきたな! ……ん? な、なんか肩幅が広いな、んん、これじゃ上手く入らないぞ、くっ、何故か動悸が……ハァハァ……お、男とはこんなにも肩幅が広いのか、クソ、胸が苦しくなってくる! ふ、不覚……」
よく分からんが俺の肩幅が不覚を取ったらしい。
いや、なんなんだよそれティアーユ……
何故かその豊満な胸を抑えて項垂れるティアーユを見つつ俺は考える。
どうやらティアーユは先程の魔導通信機で応援を呼んでくれたようだ。
俺はこのままその応援隊と共にルイズ王国とやらへ向うのだろう。
そして、颯爽と王国に現れた俺はパパパパーンと王国を困らせるオークどもを倒しちまう訳だ、するとまぁよくある英雄譚ではお姫様なんかがそんな俺に一目惚れして……
つか惚れた腫れたの前に、今更だけど千年以上も経っちまったってことはミーシャちゃん死んでんじゃないかよぉぉぉ!!
俺の天使、酒場のアイドルのミーシャちゃんがぁぁぁ!
クッソ、ふざけんな!
俺、世界最強になったんだぜ!?
もう、絶対愛の誓いとか出来てただろぉがよぉ……!
そのままゴールインだったろうがよぉ……グスン。
「あぁ、俺の青春は終ったのか……くっそぉぉぉ! 俺はこのまま童貞こじらせて年老いていくのかよぉぉぉ!?」
「ん!? 『どうてー』? なんだそれはウィリアム?」
「お、おっと……えーっと……しっ、知らなくてもいいことだぜっ!! そ、それよりもそろそろ腹が減ってきたな……この辺に野ウサギとかいないのか? いればサッと狩ってくるんだけど……」
「野ウサギ? いや、この辺は動植物が生存できる環境ではないからな、いないと思うぞ。それに魔導ミキサーもないのにどうやって狩ってきた野ウサギなんて食べる気だ?」
「は? 魔導ミキサー? それは調理器具か何かか? いや、普通に血抜きして皮をはいで肉を焼いて食うけど? 別に火の魔法くらい使えるし」
「なにっ!? 魔導ミキサーを知らないのか!? そこへ食材をぶち込むと自動で固形完全食物『ブロック』と完全飲料『ポーション』へ変換してくれる神が我らに与えた最高の
「……え? オークぶち込むって、魔物食うの……? つか、そんな適当な食材で作って美味いのかそのブロックとやらは……」
「何を言ってるんだ、『うまい』とはなんだ? ブロックやポーションは密封や冷凍すれば長期保存も可能で、冷凍食品としても沢山の者達に親しまれているのだ! ウィリアムの時代にはなかったのか? ならほら一つやろう。全く、遠慮なぞせずに空腹ならそうと言えばいいものを。大切な食料だから心して食べるようにな。あっ、ちょっと待ってろ今『チン』を使って解凍するから……」
「ねぇよ、そんな謎食品! つか、いらねぇよ! そんで、ここで使うんだな『チン』! しかも、なんだよこのブロックって言う蛍光色の板は! 怪しすぎるから!」
ティアーユが俺に渡そうとしてきたのは緑色をした手の平に収まるほどの大きさの板だった。
とても明るい色をしている。蛍光色をした食品なんて怪しすぎて食べる気にならん。
もしかしてこんな謎食品を食っているせいでこんな綺麗な女性になったのだろうか?
そう思ってしまうくらいにブロックなる物も、この目の前ですっとぼけているティアーユの美しさも不思議であった。
「ん? ポーションの方にしておくか?」
「だからいらねぇって! はぁ……とりあえずそのルイズ王国とやらに着くまで我慢するから……」
ゴソゴソとバックを漁るティアーユを止める。
ブロックを見た感じ、そのポーションとやらも余り良い物である気がしなかったのだ。別にどうしても腹が減った時ならばくれとお願いするかもしれないが、まぁそうならないようなるべく自給自足するよう注意しよう。
とりあえずこの辺りには生物がいないということなので狩りは諦める。
聞けばここはかなり標高が高い位置にあり、今までも人はおろか動物が近づいたような痕跡もなかったのだとか。
しかしながら、この場所は過去アルス神聖王国の都市の中心地であったことは確からしく、何かしら有用な魔道具が得られないかとここまで来たそうだ。
「いやぁ、私もここまで登って来たところで吹雪かれた際は結構死を覚悟したなぁ」
「そ、そうなのかよ……でも、なんでそんな危険なとこに来たんだ?」
「有用な
ティアーユが何かをブツブツと呟きだす。
“男”とか“子供”とかの言葉に少しだけ嫌な予感がしたので彼女に考える暇を与えぬようこちらから色々と話を聞くことにした。
「お、おいティアーユ、“門番”ってなんだよ?」
「ん? “門番”は“門番”だ。国の入口に立ち危険な者が国内に流入するのを防ぐ役目だな! まぁ、オークみたいな魔物と戦う最前線のことだ。だから国を守るためにも大事な役目で、ルイズ王国の防衛隊員のほとんどは門番だ!」
「そうなのか? でも、そうするとなんでティアーユは“門番”を続けたくないんだよ?」
「昇進して『優良遺伝子保有者』に選ばれたいんだ! 我が国のクローン施設では年間に増やせる人間の数が四人で、次なる王を産み出すためにも『優良遺伝子保有者』が一年に二人選ばれてその子供が二人づつ全部で四人産まれることになる。私ももう十七、肉体はそろそろ成長限界を迎えてしまうからな、今のうちに少しは功績を作っておかないと……」
熱を持って語るティアーユだが、クローン施設とやら……
年に四人しか子供を産み出せないなんて、本当に終末を司る施設なのかもしれないな……
つかティアーユ、お前年下だったのか。それなのにすでに子供のことを考えているなんてスゲーな……
俺なんて結婚相手どころか恋人さえいなかったのに。
色々と思うことはあるが、早く飯を食いたくなってきた。応援はあとどのくらいで来るのかとティアーユに聞くと、『ひくうてい』なるものだから派遣が決まればすぐに来るだろうと言われた。
『ひくうてい』が何かと聞いても何故か見て驚けと言われるだけだ。はて、一体何なのだろう……?
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