第7話 ルイズ王国


 ……


 紅い髪の少女は笑っていた。

 辛そうに顔を歪ませ声を上げていた。


 殺す……

 全て、全て壊す……


 私をこんな所に閉じ込めやがって……

 私は絶対に許さない……


 と。


 ……



 また、おかしな夢を見た。前回よりもその夢とは思えぬ現実感に頭がガンガンする。

 さて、不穏な夢はともかくここは豪華なベッド、頭痛で目覚めると俺はその中で横になっていた。

 うーん。何故だろうか凄く布団の感触が久しぶりな気がする。記憶にするとアルス王国の宿屋以来なので一晩ぶり位なのだけど、実際は数千年ぶりなのだ。久々のベッドはかなり良い品質の物らしく、宿屋のボロベッドよりも遥かにフカフカで、遥かに気持ちよく感じられた。

 ふと顔を横に向ければ細かな細工が施された豪華な机に椅子、他にもポツポツと燭台やカーペットなど豪華な調度品、更には何に使うのか分からない黒い板や細長い置物などマジックアイテムのような物もいくつか見える。俺はどうやらそれなりの良いお家柄の寝室に居るらしい。


 ……まぁ色々と不思議なことはある。まず雪山で目が覚めた時点から不思議なことだらけだ。

 しかし、しかしだ、とりあえず突然雪山の洞窟から人間味溢れる部屋に転移したことについて、これは別に再び氷の中で何千年の眠りについて今また目覚めたわけではないはず。それは分かっている。分かっているのだ。

 と、言うのも……









 ◇◆◇◆◇


 ……数時間前。昼頃だろうか。


 ……ティアーユの呼んだ応援とやらが来るまで、俺達は洞窟に戻って待機することになったんだ。


 なんだかんだで外から帰ってきた俺の体はとっても冷えていたので、温暖魔法が洞窟内に拡がる前に火の魔法で直接洞窟内を温め、俺はその火に向けて手を広げつつ温もりを享受していた。

 そうそう、俺が火の魔法を使えると知ったティアーユはかなりビックリしていた。特に魔法使用直後なんてウィリアムは魔法を扱えたのか!? これは魔導具で起こした火ではなく本当に魔法の火なのか!? などとさんざん疑って来たくらいだ。

 話を聞けば、ルイズ王国とやらでは火の魔法を扱える者は少ないらしい。それどころか現在の人々の間には魔法自体があまり多く伝わっていないそうだ。

 長い年月で魔法まで廃れるとは、こちらこそかなりビックリした。


 そうこうしている内に、洞窟に戻ってきてから一時間ほどは経っただろうか。

 その時は確か、俺達はお互いに無言で各々作業をしていた。

 ティアーユは持っているアイテムの整備なのだろう、なんだか魔導通信機以外にも色々と面白そうな物を持っていたのだが、俺の方は俺の方で無銘の手入れをしていたため、特にそれらが何なのか聞く事はなかった。


 ……そうしてそんな静かな時間にそれは来た。

 ゴウンゴウン……と聞いたこともないような重く鈍い音が俺達の元に聴こえて来たのだ。

 俺は直ぐに洞窟の外から顔だけ出して外を伺った。音の正体を見極めるためだ。ティアーユも一緒になって顔を出していた。


 俺はそこでティアーユの言っていた通り『ひくうてい』なる物を見て、とんでもない驚きに襲われることになる。

 なんと、なんとそこには巨大な建築物が空に浮いていたのだ!!



 ただ、家なんて大きさじゃない、家よりも確実に大きい。

 その形もそう、まるで船か要塞そのものだ。

 材質は鉄だろうか、深みのある群青色をした装甲が日の光を反射し、幾つもの回転する風車があの重たい音を出しているようだった。

 海ではなく空を泳ぐ船が確かにこの時代には存在していたのだ。

 技術の進歩やその消費魔力量の多さを考えるより、俺はその非常識な目の前の事態にただただ圧巻されるだけだった。



 浮遊大陸のように宙に浮いていたその人工物が次第に白銀の雪原へ降りてくる。

 直ぐにティアーユが洞窟から飛びだして行ったので、向こうもこちらに気づいたのだろう。俺はちょっとビビって小便漏らすかと思ったが、洞窟から飛び出していってピョンピョン飛び跳ねながら手を振るティアーユを見て、なるほどコイツが『ひくうてい』なのかと直感した。

 そして、何かを思い出したように慌ててこちらへ駆け戻ってくるティアーユ。




「うぉぉぉ!! 本当に来たぞ! 私なんかのために飛空艇が出動したのだ!! 感動だぁぁぁ! というわけでウィリアムには少しだけ眠ってもらう、よいしょっ! それ!」


「はっ!? ちょっ、まっ……っ!! ぐ、うぅ……すー、すー……」




 ティアーユは俺の肩を両手で掴んでそのまま体をガクガクと揺らしてきたあと、超至近距離で顔面に向かって何かをプシューッと吹きかけてきた。恐らく睡眠魔法の『スリープ』に近い効果を持つマジックアイテムだろう。

 抵抗しようと思ったが、その魔道具はかなりの量の魔力を消費しているらしく、マジックアイテムと至近距離のまま俺が自分の魔力で抵抗するのは少し難しそうだった。こいつ……本気で俺を寝かせるつもりだ。

 流石に殴り飛ばして離れろとも言えない、というか段々と思考力も落ちていく。

 ……くそっ、覚えてろよ、マジで……

 こうして俺は意識を手放した。







 ◇◆◇◆◇



 そうして気付いたらベッドに寝ていた。

 だから、きっとここがルイズ王国とやらではないかと俺は思う。

 てか状況的にそれ以外ありえないだろう。

 船のように揺れることも、あのうるさい音も聞こえないが、それでまもまだここが『ひくうてい』の中ですとかって言われたら今度こそ小便漏らす。

 あぁ、やっぱ本当に別世界に来ちまったのか……じっちゃん、俺は道場継げそうにない。ごめんな……


 そして、少しだけ悲嘆にくれていたそんな時、別世界にやって来たという更なる真実はコンコンというノックと共に扉の向こうからも訪れた。




「おや、起きていたようですわね。調子はどうですか?」


「っ!? ……さて……まぁまぁ、かな。それで、突然現れたあんた達はいったい……? ちょっと話を……って、うぉぉぉ!? オォォイッ! お、俺の服を何処へやった!? つか、無銘はどこだ!? テメェは誰だ!?」




 こちらの返事も待たず、ガチャガチャとドアの鍵を開けて扉の向こうからぞろぞろと現れた者達、その誰もがティアーユと同じく白い髪と白い肌の美女達だった。ただ彼女達はティアーユと出会った時のようにモコモコとした格好は取っておらず、言うなれば軍服、軽鎧をつけたカッチリとした兵士の格好だ。

 そして、数人の兵士の一番奥にいながらも俺に話し掛けて来た女性、道を空けるように兵士達が中央を開け左右に整列したその奥にいる人物だけは他とは違った。軽鎧ではなく水色で裾が長い薄地のドレスを身に纏い、ひじまである貴族が着けるような肌隠しの白い手袋をしている。さらには瞳も周囲の女性達とは違い血のような赤ではなく深い海のような『蒼』なのだ。

 長いのであろうその白い髪を綺麗に編み込み持ち上げているので、こざっぱりとした清潔な印象をうかがわせる。頭の上にはティアラを付けている所を見るにこいつがここで最も偉い立場であることは容易に理解出来た。

 そして、何よりもその彼女の魔力が異常だ……通常人間が他人の魔力を肌で感じることはない。それは例えドラゴンと相対しようと言えることで、咆哮を受けるまでそうそう魔力で威圧されることなんてありえないのだ。しかし、この彼女は違う。まるで何層にも渡る重厚なベールに包まれているかの如く周到に隠されてはいるが、俺にはその魔力がヤバイってことはすぐに分かった。彼女は何か特別な魔力もしくは魔法の|術《すべ〈を持っている。一瞬でそう感じさせる雰囲気のある女性であった。


 しかしだ、そんなことより服、それに刀だ。なんと、布団の中にいた俺は全裸だったのだ。布団から起き上がろうとしてそのことに気づき、今は慌ててシーツを体に巻いている。




「服はこちらに持って来ました。前に身に付けていたものは汚れていたので洗濯中ですわ。さぁこれを着てください……ジュルリ。あらやだ、なんでしょう涎が勝手に……」


「……お、おう、すまん……って、なっ、なんだこりゃ!? こんなヒラヒラしたパンツなんて履けるか! しかも服もピチピチの全身タイツじゃねーか!」


「あら、『化学繊維』で作られたもので、私の保有する服の中でも高級製品ですわよ? 絶対にその鋼のような素晴らしい肉体をお持ちのウィリアム様であればお似合いだと思ったのですが。それに、とても動きやすいのに……お気に召しませんか?」




 『かがくせんい』なる物が何なのかは分からないが、絶対に女物と思われる真っ白な全身タイツとこれまた純白の薄い布地で作られた面積の小さなパンツを渡された。

 こんなもんを身に付けたら恥ずかしすぎて死ぬ。というか、はみ出る。いや、こんなもん俺に着させて一体何をしたいんだ。本当に誰得。

 しかし、そうやってギャースカ騒いでいるとそのパンツをにこやかに差し出してきた蒼い瞳の偉そうな女の横にいたポニーテールの女兵士がツカツカと近付いて来て、その手に持っていた槍をこちらに突然向けてくる。


 穂先がピシリと俺の正中を捉えた瞬間、その一瞬で部屋の中の空気がガラリと変わった。

 へぇ、なかなか出来るなコイツ……

 無手どころか体を守る物は咄嗟に体を隠したシーツのみ。そんな防御力ゼロの俺に僅かな緊張感が生まれる。




「……なんだなんだぁ? あんた、俺とやろうってのか……? ふぅーん、刀はないが徒手空拳だってそれなりに修めているからな、いいぜ? やってやるよ……!」


「貴様……黙れ! 王の御前だぞ!」


「ま、待ってくださいませ! むぅ……少し私の配慮が足りなかったようですわ。失礼しました。すぐに乾かしてウィリアム様の着ていた服を持ってこさせます」


「じょ、女王様! こんな者に謝る必要はありませんっ!! このリーネ・シルベスタがコイツを粛清して立場をわきまえさせます! そ、それになにかこうして相対ていると動悸が激しくなる、変です! 変なのです! コイツにはあまり近付いてはなりません! 危ないです!」


「こんな者ぉ? オイオイ酷い言い草だなぁ! それに“シルベスタ”ってことはティアーユの親族か何かぁ?」


「ウィリアム様落ち着いて下さい。リーネも槍を収めて。ウィリアム様とはただ少しだけお話がしたかったのですわ、争おうと思っての事ではありません。私はベアトリーチェ・ルイズ。このルイズ王国の現国王です。因みに、シルベスタと言う姓はこの国の防衛隊員に与えれる栄誉ある姓なのです」


「こりゃどうも王女様。それでその王女様と防衛隊員が俺に何のお話で?」


「はい、実はこの後あなたにはティアーユと共に改めて謁見の間まで来て欲しいのですが、その前にそのお体や綺麗な黒いお髪をもう一度見ながら何でも良いのでお話ししてみたいとつい思ってしまったのですわ。なので、今回この服を持ってくるついでに様子を見に来てしまいましたの。フフッ……だから、今、こうしてお話しできてとっても良かったですわ」


「ふーん。まぁいいや、とりあえずこの国ってオークに困ってるんだろ? 俺がどうにかしてやるから無銘と服をさっさと返せよ」


「あっハイ……オーク達の攻勢は日に日に強くなっており、正直もう私達には後がありません。この度、とうとう私どもはオーク達の要求を泣く泣く受け入れることになり、この国は緩やかな絶望へ向かい始めました。しかし……アナタ様が発見された! 生きている男性のウィリアム様にはこれからぜひやってもらいたいことがあるのですわ。なのでウィリアム様をあのオーク等と戦わせるわけにはいきません!」




 そう言えば、俺が男と分かった瞬間にティアーユにもそんなことを言われたな。

 俺の処分がどうとか……

 少しだけ拳に魔力を篭める。

 ここは男の滅んだ世界だ。

 俺はそんな中に突然現れた男。だからと言って実験やら解剖やらなんて絶対にお断りだった。




「話くらいはしてやってもいいが、俺の体に何かするようなことは絶対にお断りだっ!」


「えっ? あ、あの……実はウィリアム様がお眠りになっている間にお体を拭かせて頂きましたが、その、ダメ……だったでしょうか?」


「ななな、なんと失礼な奴っ!! 貴様っ! その存在がまだ秘匿状態であり、かつ、目覚めた時にキチンと対応するためと女王様が自らやると言って聞かず、我等の反対を押しきってまで直接貴様の体を隅々までくまなくお拭きになられたのだぞ!? 文句などあるはずないだろう!!」


「えっ……くま、なく……?」


「ハイ、その……男性の体と言うものは少し私どもの体と違って色々と硬く、さらには一部分とても違う所もあって大変苦労しましたが、なんとか綺麗に出来たつもりですわ。あ、あの、何故か、その苦労した一部分なのですが、私が勝手ながら試行錯誤しながら拭かさせて頂いていると途中で大きくな……」

「わあぁぁぁ!!! わ、わかった! ありがとう! 本当にありがとう! そ、そんなことより、その、やってもらいたいことって一体なんだ!? そう、そっちの方が重要だ!」



 寝ている間に何かとんでもなく恥ずかしいことが起きたようだ。でも仕方ない俺は若いんだ、男なんだ、仕方がない、これは仕方がないことなんだ、恥ずかしくなんてないことなんだ……

 とりあえずそれ以上自らの恥態を聞きたくなかった俺は話を先に促した。

 そうだよ、なんなんだよ一体やってほしいことって、オーク退治じゃないのかよ。




「そうですね……後でキチンとお話しするつもりでしたが、ウィリアム様には私達ルイズ王国の民へ『子種』を分けて欲しいのですわ。この街に暮らす二百五十人分の未来……そのため我が国ではウィリアム様を厚くもてなさせていただくつもりですの。ご要望があればなんなりとおっしゃって下さいね……」


「……は? いや、え?」




 こ、だね……? 子種か? は? 俺の? 二百五十人分の未来?

 な、何を言ってるんだこの女王様は……???

 俺は混乱と共に体からサーッと血の気が引いていくのが分かった。


 固まる俺に女王様はニコリと笑う。

 そして美しく微笑んだまま「では失礼」とか言いつつ、クルリと俺に背を向けた。

 防衛隊員のリーネとかってやつも一度その赤い瞳でこちらを睨み付けたあと、少し顔を赤らめつつフンッと鼻息荒く回れ右をしている。

 そのままぞろぞろと去っていく白髪の美女軍団を俺は呆けたまま見送るしかできなかった。

 え? 何これ?


 モテてる……ってやつのか? まさか、これがハーレムとかって話……?

 いやいや、なんか違うぞ、これは違う……彼女達の中には男がいない。子孫を作る方法がクローンとかってやつだけだから俺という手段も無駄に出来ないとかそんなところだろう。


 い、いや、でも、それでもこのハーレム的な状況ってそれ倫理的にどうなの? 流石にそれはまずくないか? うん、まずいな。

 どんな好色王様でも三桁もの奥さんがいる話はノンフィクションでは聞いたことがない。社会的な善悪よりも、そういうことってそもそも仕事みたいにやるもんじゃないと思うしブツブツ……


 そう、俺は恋愛に対してそれなりに夢を見ているのだ。

 そこ、童貞野郎とか言わない! 良いだろ、夢くらい見ても!

 だから恋愛経験もろくに無いくせにいきなり二百五十人とゴニョゴニョさせられるってのはよろしくない。

 だからこれはまずいな。何故かニヤニヤと頬が緩みながらも俺はそう思っていた。

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