第21話 前夜

 暫くは安寧な日々が続いた。狩りや食材採取、子供達と遊んだり、防衛隊の訓練への参加や見学、マッドサイエンティストからの逃亡等の他愛もない日々だ。

 そうそう、魔導バイクは気に入ったのでもうずっと俺が乗り回している。

 ただ、魔石消費が気になる所だ。人一人を乗せて運ぶ魔導具だ。消費エネルギーも大きい。だが、この城周辺は元々居住区域だったためか森の中でさえそうそうゴブリンやスライムなんかがいないのでバカみたいに魔石を消費すると直ぐに在庫が底をついてしまう。一応、備蓄はそれなりにあるが「節約してください」と王女様に申し訳なさそうに頼まれてしまった。


 そして、いまだに事あるごとに子種子種と言われているが、俺がいるだけで国全体に安心感が広がっているためか拒否し続けていてもなんだかんだ皆楽しそうに暮らしている。俺もあの『注射器』なるものを持って迫られていないのでここ最近は安心していた。

 しかし、そうして俺達の警戒心が薄れた頃だった。

 ……とうとう、あいつらがやって来たのだ。









 ……


 紅い髪の少女は興奮していた。

 聖なる力にその掴みかかる手を焼かれようと、己を閉じ込めている鉄格子を強く強く握り込む。

 辛そうに顔を歪ませながら声を上げていた。


 殺す……

 全て、全て壊す……


 やっと復讐の時か来たのだ……

 私は絶対に人間を許さない……


 と。


 ……


 




 ドンドンドンドンッ!!



 部屋の扉が叩かれる音で俺は目を覚ます。

 時刻はどうやら深夜だろうか。

 それにしても俺はまた変な夢を……




「ウィリアム! ウィリアム起きてくれ! 急げ! オーク達が来た!!」


「なにっ!?」




 飛び起きて無銘を掴むと俺は部屋を飛び出した。

 扉には鍵がかけてあったため、ティアーユは必死に戸を叩いて俺を起こしてくれたようだ。

 廊下へ出てみれば確かに城内が慌ただしい。

 俺達は状況を一望できる城壁の上へ急いで向かった。





「黒の守り手様っ! よ、良かった、直ぐに起きて来て下さったのですね!」


「女王様、それで状況は!?」


「暗くて全容は掴めませんが、大軍ですわ! 見てくださいあの松明の数を!」




 確かに月明かりの下、暗くて良く見えないがユラユラと揺らめく火の玉だけは幾つも見えていた。

 その数は三十近く、いやそれ以上はあり、今までにない大軍が迫っていることを如実に示している。

 ……だが、何故夜襲なんだ?

 夜襲ならばもっと静かに誰にも悟られることなく城門前まで動くことも出来たのではないか?

 そう思っていたのだが松明に灯された火の玉が近付くに連れ、敵が静かに近付くことが出来ないことが分かる。

 ガシャガシャと言う|鎧擦れ(・・・)の音が静かな眼下に広がるこの人の居ない町に響いていたのだ。





「お、おい……あれって!」


「黄金の鎧、ですね。何らかの魔導具である可能性が高いと思われます」


「いや、そんなことより……なんでアイツら揃いも揃って同じ鎧を着てやがるんだ!?」


「むっ! た、確かにおかしいですね……一体何が起きているのでしょう……」




 この場には王女様を中心にいつもの主要陣が集まっている。そして、その中でも特に俺とユリアの二人はオークが視認できるまで近付いてくるとその異常な様子に大いに驚かされていた。遠目、松明の光の中に浮かび上がったのはオーク達が身に纏う黄金の鎧だったのだ。

 オークが言葉を操ることも、魔法を操ることもともに驚くべきことであったが、それよりも今驚くべきことは何故あの巨体に合った鎧をアイツらが身に付けているのかだ。

 鎧を作る鍛冶能力があるのか、はたまたデカイ図体の鎧を三十セット以上を見つけて来たのか、何にせよそれは俺のチッポケな頭じゃいくら考えても答えの出ない問題であった。




「とりあえず迎え撃つ。あんな奴等パパッと……」

「いえ、お待ちください! 今回は様子がおかしいですの……恐らくあの中にはオークキングも居るかと思われますわ。ここは慎重に……まずは相手の出方を伺いましょう」




 確かに落ち着いた方が良いかもしれない。俺は一度戦いとなると自己制御能力が極端に落ちる。自分でもそれが分かっているためこの女王様の言葉を受け入れた。

 一旦様子を見ようとした理由は他にもある。金色のオーク達は確かにこちらに向かってきていたが、その異常性が鎧以外にも際立っていたからだ。

 まず、軍隊のように整列し行進をしていることだ。モンスター達が土を蹴るリズムが一定なことから一層統率されていることが分かる。

 そして、相手の姿を目視できる位置ということは、こちらの姿もオーク達には見えているはずなのに一匹として声を出すこともなく、また、列を乱す者もいない。

 あのオークが、だ。

 ……まさに訓練された兵隊であるかのようにオーク達はこの国へ進軍してきていたのだった。


 なお、本来の軍事戦略的にはここで迎え撃つべきであった。

 夜の暗闇の中、敵の姿だけはハッキリと見えている状況ならばこちらから奇襲をかけ放題なのだ。

 しかし、それでもこの異常な状況への躊躇いと、ここ最近は防戦一方で攻勢に出れていなかったルイズ王国の敗戦経験がそれを許さなかった。 




「敵の数、四十八! オークキングの姿も後方に見えました!!」




 斥候からの報告があがる。思ったより多い。後方は松明を持っていなかったので確認できなかったのだ。

 と、報告が発せられると同時にオーク達が行進を止めた。

 陣を敷いているのだろうか……?

 松明の火が荒廃した真っ暗な街の中、幾何学模様を作り出し始めていた。

 こちらからは弓の届く距離でもない。闇夜の暗さで松明の焔を反射する鈍い金色の鎧を身に付けたオーク達の姿がいくらハッキリと見えていてもまだどうすることも出来ない。


 様子を見ているしか出来ないそんな時間は一匹のオークがこちらに近付いてきたことで破られる。




「ブヒ~!!! 約束の時間はとうに過ぎてるブヒ! 我が王は先月の約束を違えたことに関し、即事降伏、さらに賠償としてこの拠点の引き渡し望んでいるブヒ! 他の土地への移動について我が王は当初に予定していた約束を守れば一日だけなら待つとおっしゃっているブヒ!」




 約束。

 それはおそらく生贄のことだろう。

 しかし先月、シャーリーを助けだし、生贄については断固拒否を申し付けたはずだ。

 ただ、この場においてはモンスターに知恵が着いてしまったことが少々面倒だった。

 契約してしまい、それを破ったという大義が俺のモンスターに対する毅然とした態度や心情を鈍らせたのだ。




「ウィリアム様……」

「あ、あぁ……兎に角断っちまえ。俺が今までも完膚なきまでに撃退していたのを知っているはずだ」



 大義名分があろうと、ここは断るしかない。しかも要求がこの城の引き渡しだ。違和感を感じつつも、俺は無銘を強く握った。

 王女様がいくつかの手信号を下し、オークには門を挟んで反対から大きな声で「断る!」と一言だけ伝えられた。

 オークはそこで何ら反応することなく踵を返し仲間の元へ帰って行く。あまりに理性的なその言動に俺は少しだけ目眩を覚えるほどだ。

 あいつらは本当に今までこの国を襲ってきていた野蛮なモンスターなのか……?


 そして、再度危機感を覚える。

 この現状は規模こそ小さいが戦争であり、開戦の様を呈している。

 約束をやぶったことを大義名分に火蓋が切られ、あの数のオークが門から雪崩れ込んだらもう止められない。

 この国の唯一の大きな出入り口である城門は既に破壊されボロボロなのだ。突破しようと思えば簡単に突破されてしまうだろう。

 ならば、そこを守らなければならない。

 俺は皆に一言だけ告げてすぐに門の前に飛び降りた。



「門を守れっ! 流石にこの数だと俺一人じゃ止められないかもしれないっ!」




 ……


 俺の声に反応して、門番を含めた防衛隊の兵士達が隊長のリーネシアに率いられゾロゾロと城壁の外へ現れる。非戦闘員である防衛隊員以外の人々も出てきて、オーク同様の松明や光を発する魔導具を使って周囲や足元を照らしてくれていた。

 事前に決められていた作戦通り彼女達は俺を中央に位置取りつつ、両翼八名づつの鏃(やじり)のような陣形で槍を構えていた。

 それは以前聞いたティアーユの解説によると魚鱗の陣とも呼ばれるもので、三角形の頂点には俺が配置されている。個人戦力が最も高いためなのと、その強さのバランスの悪さから正直言って俺が他の兵と協調して闘うことが出来ないからだ。

 恐らくだが、ジェネラル、更にはオークキング等、ここの女性兵士では相手が出来ないようなモンスターとは俺が対さなければならない。そのため、陣の先端ではあるもののいざ戦いが始まったら、切り込み、単身で隊長格の首を取りに行くこととなる。

 一方で後ろにいる兵士達には城門を守ってもらう必要があるのだ。

 俺が斬り込んで敵を分断し、門に敵戦力を集中させないよう立ち回らなければならなかった。




「いいか! 我等は絶対にこの門を守りきる!! この黒の……いや、この国唯一の男、ウィリアムが必ずオークキングを倒す! それまで持ちこたえろ!」


「「「オオォォォ!!!」」」



 士気は十分だった。

 俺も無銘を鞘から抜き放っている。

 あとは相手の出方を待つばかりだ。

 そう思っていたのだが……




「来ない……」



 誰かがポツリと呟いた。

 そう、攻めてこないのだ。

 俺達は陣形を維持したまま待機状態に陥っていた。

 三十分ほどその状態が続くと、流石に士気も維持できない。

 俺達は今、困惑し始めていた。



「こ、これはどういうことだろうか?」

「私達に恐れをなして攻めてこない?」

「それならこっちから攻めちゃおうよ! 今なら黒の守り手様もいるし一網打尽だよ!」

「いや、もしかしたらこちらから攻めてくるのを待ってるのかもしれない。ここは慎重に……」



 兵士の雑談も増え、気は緩んでくる。

 陣形は辛うじて守られているが槍は地に立てられ、兵士も半ば休んでいる状態にあった。

 暗い中、松明の火と反射する黄金の装備で辛うじて敵の位置が分かることが僅かながら安心感を与えていたようだ。

 そこで隊長のリーネシアが隊を三分し最低限の守りだけ残してあとは休眠するよう告げる。

 攻勢に出るのはせめて日が出るのを待ってからと決まった。

 暗い中乱戦になったら同士討ちなんてことにもなりかねないからな。


 俺は門の中に入ることなく、外で待機だ。

 地の上に直接座り込み、あぐらをかいて、片腕で無銘を鞘に入れたまま地面に立てる。

 こいつが倒れないよう目を閉じることで深い眠りに落ちないようにするためだった。




 ……


 ……


 ……


 ……何時間経ったろうか。

 そろそろ明るくなって来そうだ。東の空が、南方を向いている俺達からすると左手側の空が、仄かに白んで見えてきた。これまでの間、敵はたまに少し移動する程度で攻めてくる兆候は見えていない。

 恐らくだが、こちら同様見張りや兵士の入れ替えをしていたのだろう。

 なんにせよ俺は日の出がただただ待ち遠しかった。

 朝が来ればこの膠着状態も打開できると、俺はそう思っていたからだ。


 さて、もうそろそろだろう……

 ゆっくりと立ち上がり屈伸をする。

 門の中から休んでいた兵士達も現れて再度隊列を組み直し始めた。

 リーネシアが近づいてくる。それは俺に今後の作戦を伝えるためだった。




「私達は伝えてあった通り防衛に専念する。敵が突撃してきた場合、まず城壁の上から矢を射るが、門前まで迫られたらお前の援護をする余裕はないだろう……」

「あぁ、大丈夫だ。俺に援護は要らない。それより皆が耐えてくれている間に俺が……」



 その時だった。俺達の会話をかきけすような大音量で、


 プゥオーーー!


 と、角笛が吹き鳴らされる。

 見れば明るくなり始めた空の下、片腕を無くしたオークが高らかに大きな笛を掲げていた。



「クソッ、笛まで! あいつら戦道具をいったいどこから仕入れやがったんだ!」



 その笛の音は開戦の合図に他ならなかった。

 戦争なんて経験したこともないこの国の人々は一瞬戸惑うも、眼前で小隊規模のオーク達が複数の隊列で声を上げながら突撃してくる様を見ればそれが戦闘を告げる役割のある音だと分かったようだった。


 城壁の上から弓が一斉に射られる。

 しかし、黄金の鎧は鏃(やじり)を跳ね返し、こん棒が振るわれれば力ない矢が次々と落下していく。

 幾つかの矢はオークの巨大な体の鎧から露出した部分に刺さりはしたものの、進撃を止められるほどのダメージを与えることは一つもなかった。



 既にオークの豚顔の輪郭までも見れる場所まで敵は近付いた。

 俺は無銘を抜き、明るくなり始めた空の下単身オークの中心へと駆け始める。

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