第22話 初戦

「ほぅ、お前が人の国に突然現れた黒髪の人間か……」




 ジェネラルオークが三匹、そしてその奥、一際存在感を放つ巨大なこん棒を肩に担いでいるのがオークキングだろう。そいつが、ゆっくりとこちらを見下しながら話し掛けてきた。

 そう、現在、敵の陣中突破を果たした俺はオーク共のボスであるオークキングの眼前まで躍り出ていたのだ。

 と言っても、雑魚オークどもは俺と距離を取ったままルイズ王国城門へと全軍突撃したため、まるですれ違うように突っ込んで来る俺のことを無視して既に行き違っている。なので、開戦後直ぐに戦線は城門前の“オークとリーネシア率いる兵士の戦い”、ここで起きている“俺と四匹のボス級オークとの戦い”に二分していたのだ。


 巨体を持つオークキングのその金色の鎧に包まれた体つきは筋骨粒々とした人間に近く、他のオークのように樽のようなずんどう体型ではなかった。と言うか、そうとう鍛えたかのようにしっかりとした逆三角形だ。マッチョすぎる。

 顔つきも豚と言うより猪。巨大な二本の牙が下顎から伸びていた。


 オークならまだしも、この落ち着きを払った不気味なオークキングやジェネラル三匹に囲まれると流石に俺も歩が悪い。そう判断したので、敵の間合いに入らないギリギリの距離を保ち、視線と構えで牽制を続けていた。

 また、現在ここに至るまでのオーク達の数々の行動が通常のモンスターが持つ単純思考によるものでないことについて、俺はどうしても戦闘に没頭することが出来なかったのだ。寝不足気味なのも影響したのかもしれない。

 兎に角、いつも通りに行かなかったのは確かだった。


 言葉に出来ない嫌な流れ、気分の悪さを吹き飛ばそうと、俺は先程のオークキングの言葉に答えるよう言葉を発する。




「オイッ! お前達喋れるんだったな、なら答えろ! オークはなぜこの町を襲う! なぜ女性を拐う! 俺はそれが許せないっ!」


「何故か、だと……? それはここがお前らではなく、我らの居るべき場所だからだ!」


「……はぁ? お前何言ってるの?」




 オークキングは語尾にブヒブヒ鼻息を荒げることもなく、そう言ってのけた。キングともなるとまるでキャラ作りしているかのような語尾は不要らしい。

 ただ、会話については正直意味が分からず、俺はふざけているのかと無銘を構え、睨みながらバカにしたような言葉を返すが、オークキングの方はいたって平穏だった。

 そして、今までのオークとは明らかに違う落ち着いたその雰囲気が俺を一層焦らせる。後方の城門では今まさに戦いが繰り広げられているのだ。

 人間とオークの全力をかけた戦いだった。




「ふん。正直女など二の次だ。我、オークキングの目的はこの場所の奪還にある! そう、女はそのついでよ! ……だが、そうだな、我らも同胞を無駄に失うことは好ましくない。この場所を明け渡すというならば女を見逃しても良い。どうだ?」

「なっ!? そんな、酷いブヒヒ! 王は女を捕えて皆に分け与えると約束してくれたはずブヒヒ!!」

「そんなもの目の前のあの場所さえ抑えられればどうにでもなるわっ。黙っていろ!」


「……は、はぁぁぁ? だから、お前ら何言ってるんだ!? 住処を明け渡せとか無理だろ、てか今更何を……」




 なんだと言うのだ?

 今まであんなにも女を拐おうとしていたのが、突然ここに来て人の住んでいる場所を引き渡すということに目的が変わっている。しかも三匹のジェネラルオークもこのオークキングの話にはビックリしたようで若干狼狽えていた。

 その様子から俺はさらに混乱する。

 こいつら知恵がついた分、こちらを混乱させようとしているのだろうか? いやでも、仲間であるはずのジェネラルオーク達でさえ、どう見ても話に付いていけてない。こいつは何がブラフで、真意がなんなのか、そして一体この国を奪って何をしたいのか、本当にさっぱり分からなかった。


 最初から、この場所を乗っとりたかった?

 ふと、思い出す。

 今まで聞いていたオークとの闘争の過程をよくよく思い出してみれば以下のようになる。


 ①まず、オークが襲ってくるようになった。

 ②これに対抗するため、防衛隊員が増員された。

 ③しかしオークキングが産まれ人間は防戦一方になった。

 ④突然オークの攻勢が緩み、生け贄を迫るようになった。


 そうだ、思い出してみれば①から③の間、オーク達は好んで女を拐おうとしていないとも考えられる。むしろ、この地を奪おうと攻めて来ていたとも説明出きるのではなかろうか。

 ともすれば、④の転換はいったいなんだったのだ……?


 あーっ! クソ、こんなん考えても分からねぇ!

 俺は、頭が良くない。つまり、こんな疑問に対して、推理や答えを導き出せない。だから、それ以上考えるのを止めた。

 何にせよ、こいつらに分け与える物は一つとしてないのだ。

 これ以上被害を食う前にオークキングを仕留めて、この戦いを終わらせる必要があった。




「少しばかりオークキングとやらの力を楽しみたかったけどよ……あんまり遅くなると怒られちまう。だから一撃で終わらせる……!」



 俺は無銘を鞘に戻し、抜刀の姿勢を取る。

 今日は気分が乗らない。早々に戦いを終わらせるため、最初からじっちゃんに教わった中でも現状において俺が使える最高の技で戦いを終わらせることにする。

 オークキング達も俺の集中に少し身構え、ジェネラルオークに至っては何もさせまいとこちらへ魔法を放とうとしていた。


 その時だった……




「隊長っ!! リーネシア隊長ぉぉぉっ!!!」



 悲痛な叫びが聞こえてきてしまったのだ。

 後方は乱戦が巻き起こっている。怒号が響く中、何故かその叫びだけは俺の耳へとしっかりと聞こえて来たのだった。


 俺は一瞬迷うも、早々に決断する。

 眼前に火の防壁魔法フレイムウォールを放ち離脱を決めた。

 正直、俺は高度な魔法を扱えない。この大きな火の壁を作り出す魔法も一秒かそこらしかもたない。しかし、それで十分だった。

 俺は構えを解いてクルリと百八十度方向転換すると城壁へ走っていた。


 オークキングのいる後方からは直ぐにブブオオォォォ! と笛の音が響き、同時に城壁前にいたオーク達は俺と同様戦線を離れ退却する。今度はすれ違う際にその内の一匹に近付き切りつけても良かったが、先程の叫びが気になって、俺とオークは再び互いを無視してすれ違うように交差していた。




 ……



 ……両陣営が一時撤退した。

 と言っても城壁の上からは小数のオーク達がいまだに矢の届かない地点で隊列を組んでこちらに睨みを効かせているのが見える。人間側もこれに対して数人だけ門前に兵士を置いていた。


 さて、問題はリーネシアだ。

 あの叫びはやはり悪い報せだった。俺が駆け付けた時、彼女は腹部に大穴が空いていて、意識もない状態だったのだ。

 闘いの中、仲間を庇ってオークにやられたらしい。

 急いで門の中へ引きずったが、その時から目は閉じられており、深すぎる傷のため簡易魔法のヒールではどうにもならず血だけが失われ続けていた。

 俺は帰還してすぐに彼女に完全回復魔法をかけたため傷は塞がったものの、意識はいまだに戻っていない。

 他の隊員も傷を負っていたため治療のため城壁の中を走り回ったが、運良く死者が一人もいなかったことに胸を撫で下ろした。足や腕が落ちていようと、この門の中へ逃げ込んで生き永らえてくれさえいれば、俺の完全回復魔法リバイブでどうにでもなるのだ。

 しかし、死者はいなかったものの、隊長の負傷に対して明らかに兵士達には暗い影が落ちていた。



 「俺に任せておけ!」

 などとは言えなかった。

 俺一人ではあの数のオークを一手に引き受けることはどう考えても不可能だ。

 正義の味方みたいにカッコ良く言い放ってしまえれば士気も上がっったのかもしれないけど……

 やはり、俺にはその見え透いた嘘をつく勇気も、そしてその責任を負う覚悟もなかったのだ。




「状況は悪いですね……」


「あぁ、そんなことは分かってるよ」


「どうやらオーク達は消耗作戦を取っているようです」


「……は?」




 防衛隊員以外の者、更に老人や子供と言った者達はこのオークとの戦闘においては後方支援が中心だ。

 傷を負った人々の手当てをしているユリアもその中の一人であった。

 彼女はオーク達がこの戦いで考えていることを推察していた。

 詳しく話を聞けば、恐らくだが、こちらが擦りきれるのを待っているようだと言う。


 つまり、夜から現れて朝まで開戦を遅らせたのも、今回の戦いでオークキング等の主力が後方に構えたままだったのもこちらの体力や集中力を奪うためのものかもしれないと彼女は考えていたのだ。

 更には、雑魚オーク達の門への攻撃も秩序に従ったものであり、何時ものように感情で突出することもなく、常に仲間同士適度な距離を保っての攻撃だったらしい。攻めては引き、攻めては引きを繰り返していたのだ。

 こちらにリーネシア以上の負傷者がいなかったのはそのためでもあり、オークを一匹も倒せなかった原因でもあった。


 そう言われてみれば、俺が引けば直ぐに相手も撤退した訳だから確かにそうだと感じる。人間を狩猟に出さず、食料を減らすことも目的なのかもしれない。

 だが、それならばどうすれば良い?

 真綿で首を絞められるようなこの状態からどうすれば抜けられる?

 俺までもが焦燥と暗い気持ちに捕らわれた時だった……




「いつまでウジウジとしているんだウィリアム!」


「……え?」


「皆、そんな暗い顔をするな! 私はこんな所で終わるのは御免だ! 最早防衛隊員の任から解かれた身ではあるが、リーネ隊長が起きない今、私がこの苦境を切り開いてみせよう!」




 立っていたのは兵士達にブロックを運んでいたティアーユだった。

 精悍な顔つきで、ここにいる誰よりも真っ直ぐ前を向いている。

 予備兵であった彼女は先程の戦いでは城壁の上で弓を構えていた。そのため、戦闘と言えるほどの戦闘を行っていない。有り余った元気で俺に渇を入れ、そして、皆を率いてみせようと、そう宣言したのであった。




「なっ、なに言ってるんだ!? こんな大事なことをティアーユに任せられるはずないだろ……」


「この国の希望であるウィリアムを見つけてきたのは私だ! そして今や彼の騎士である。しかし、私はこの国を愛している。私はこのルイズ王国とベアトリーチェ王女を尊敬している。だからウィリアムを見つけた私が、次はこのルイズ王国の勝利を掴みとってみせよう! 私はこんな所で終わるのは御免だからなっ! それに下ばかり向いている皆よりもはるかに有意義な作戦を考えられる!」


「な、なんだとっ!」

「言わせておけば!」

「これはそんな簡単なことじゃないんだぞ……!」


「……まずっ、第一にっ!」




 大きな声をあげて、周囲のざわめきを抑えるティアーユ。

 暫く皆が静まるまで溜めたのち次の言葉を紡いだ。

 誰もに聞こえるように、皆を鼓舞するかのように。




「ウィリアム! お前は私の作戦下に入ってもらう! 単独行動は許さない! 本当にこの国を救う気持ちがあるのなら私の命令通り動いてくれ」


「はぁっ!?」




 それは俺を使おうという言葉であった。しかし、俺の戦力とここにいる兵士達の戦力は大きな差がある。とても肩を並べて同じ作戦を遂行できるとは思わなかった。

 ティアーユを見れば、彼女は至って真面目な顔をしている。

 こちらを見る目も真剣そのものだった。

 どういうことだ……



「……お、面白い……やってみせろ、ティアーユ……!」

「たっ、隊長!!」

「リーネシア隊長っ!」

「ダメです、安静にして下さいっ!」


「ふっ、大丈夫だ……それに、この『男』を使うならばティアーユが最も相応しい……そうだろう!?」




 目覚めたリーネシア。

 彼女は上半身を辛そうに起こすとティアーユへの全権委任を認めた。回復魔法で体に異常はないはずだが、欠損した際の痛覚が、その影響が魂に刻まれているのだろう。

 そして、彼女を心配する人々も絶対の信頼を置くリーネシアの言葉ならば聞き入れざるを得ない。何の反論も出来なくなってしまった。

 だけど、俺は違う。俺はまだティアーユへ反論しようとしていた。



「いや、でもっ」

「ウィリアムッ!」

「っ!」


「ウィリアム、信じてくれ、私を……」




 その一言で十分だった。

 少し、気が楽になった。

 きっと俺は不安だったんだ。

 初めてオークを倒したその日から、心のどこかでこの国は自分が守らないといけないと勝手に思い込んでいた。

 でも、俺が全てを救うなどおこがましかったんだ。


 信じてくれ、彼女にそう言われた。

 俺は今まで信じ切れていなかった。

 ずっと一人でどうにかしようと行動していた。

 どこかで距離を取っていた。

 だけど今、今こそ、彼女を信じようとそう思った。


 俺は俺の騎士であり、パートナーであるティアーユを信じよう。


 ティアーユは軍の指揮を取り始める。





 ……


「ウィリアム、作戦遂行は午後一時! それまで寝て、起きたらおばば様達の作った料理を食べること!」

「いや、しかしオークがその間に攻めてくるかも……」


「これは命令だ! 従うように! ……ウィリアム、勝つための命令だ。命令には従うと今、約束してくれたはずだ」


「お、おう」



 俺達は目下ティアーユの元、午後からの対オーク作戦を実行することとなった。

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