第23話 遊撃作戦

 もっしゃ、もっしゃ。

 俺はサラダ的なものを頬張っていた。

 おばば様達が作ってくれたものだ。中庭で育てられていた萎びた野菜達も、雑草を抜いてキチンと世話した分、いくらか改善してきていた。




「では、皆聞いてくれ! 今回の作戦は各個撃破だ! そのために効果の薄い弓兵は取り止め皆で槍を持って隊を二分する。一つは今まで通り門の死守、そしてもう一つは遊撃部隊だ!」




 ティアーユは堂々そう言った。

 数時間の仮眠だったが、それでも幾らかスッキリした頭でそれを聞く。

 回復魔法で減りに減った魔力も幾らかは戻ってきていた。



「ウィリアムにはオークキングの相手をしてもらうと共にオーク達の分離を頼みたい! 具体的にはこうだっ」



 急造された作戦本部、その大きな机の上には簡易な戦場が描かれこの作戦を表すような戦況が示されている。城壁を表す一本の線があり、その前方に人間を指し示す白い石とオークを指し示す黒い石が用意されているのだ。

 その中でも大きな白と黒の石は俺とオークキングを示していた。


 そして、敵の横に広い陣形に対して、こちらは門の前に組まれた三角形の陣形。ここまでは午前中と同じだが、三角形の内部からは若干人が減り、いわゆる辺中心に人が配置された三角形を取ることになった。これで余った人達と元々弓兵だった人達の分を使い自由に動く遊撃部隊を作り出す。

 最初、この遊撃部隊は門の右側に配置され、俺もまたその遊撃部隊の先頭にて開戦を準備することとなっている。

 敵が向かって来なくとも午後一時になり、ティアーユからの号令があれば、そのまま俺と遊撃部隊は敵に突撃するのだ。

 この時、俺はオークキングの待つ敵後方へ再び突撃することになるが、四十匹近い横に隊列を組んだオークを分断するため大幅に右側へ迂回しつつ突っ込み、少数の敵を孤立化させる。先程の戦いでは雑魚オーク達は俺を避ける傾向があるので、これを使って敵の隊列を崩すのだ。こちら側から言えば右側、敵側から言えば左側の陣が削られるように崩されることとなる。

 分離は一匹~四匹位が目標で、俺の後に付いてくる遊撃部隊は数を持ってこれを包囲し槍で殲滅させることになるだろう。


 そして、敵に隙があればそのままオークキングを無視して更に角笛の役割を与えられているオークを倒す。黄金の鎧を着てはいるもののアイツは俺が以前に腕を切り刻んだオークだ。片手しかないため、俺でも、そして遊撃部隊でさえも倒すのは簡単だろうことが伺える。

 そして、敵の指示伝達系統を混乱させたその後は戦況次第となる。

 敵がまた戦線を二分させていれば俺はオークキング達を相手することで門前への戦いに参加させぬようにし、敵が戦線を二分させずにオークキングと一体となって俺の元へ突っ込んでくるようならば俺が上手く立ち回り再度敵隊列の取り崩しと遊撃部隊による各個撃破に努める。

 また、もしも俺を無視してオークキングごと門へと総攻撃するのならば、俺と遊撃部隊はオーク達の後方に回って挟み撃ちだ。


 さて、ここでは先に述べたように敵が二分したと考える。

 それが最も適当だからだ。ただでさえここまで消耗作戦という細かな事をオーク達は遂行しているので、今更一つに纏まっての総攻撃に方針転換はしないだろうとユリアはティアーユに助言していた。




 ……



 ブォォォ!


 開戦の合図を告げる敵の笛の音。

 こちらがぞろぞろと門の前に現れて戦列を組むのを見て焦ったのか、オーク達には再度突撃命令が出されていた。

 まだ午後一時にはなってはいない。

 しかしながらこちらの準備が終わるやいなや、高台に乗ったティアーユは片腕をあげる。




「今日でこの戦いを終わらせる! 頼んだぞウィリアム、防衛隊の皆……突撃っ!!」



 敵は動き出しているため多くを語る余裕はなかったが、士気は十分だった。

 ティアーユの腕が敵に向かって降り下ろされる。

 俺達は駆け出した。敵の左翼を切り崩すために突撃する。






 ◆◇◆◇◆



 私が全軍の指揮をするなんて事態に、実は膝が震えていた。

 勿論この国を思う気持ちはあったが、それでもまだ私には人の上に立つような経験はなく、ウィリアムを探し当てたという実績しか持っていなかったからだ。

 リーネ隊長のように特殊な魔法も使えないし、過去にオークを倒したこともないただの門番だったのだ。

 それが、今、代理として隊を率いていた。

 本当に他の人と違って私だけが持っていたものは、ウィリアムとの絆と諦めない気持ちの二つだけだった。あとは何も変わらない。むしろ劣ることだってあったはずだ。

 でもその二つが、今は重要だったのだ。


 私は門の防衛隊とウィリアム率いる遊撃隊の二つを指揮する必要があったため、急遽用意された椅子やら机やらでこさえられた高台から戦況を確認しつつ、傍らに立つリーネ隊長に補佐されながら指示を出している。

 と言っても、遊撃隊は忙しなく機動的に動き回るので私の指示は彼女達を制約しないものにすべきだ。遊撃隊には持たせている魔導通信機で大局的な指示は出すものの、結局は自分たちの裁量で動いてもらうのがベスト、私はその動きに呼応して門前にて敵を引き受ける防衛隊の方への指示を出すべきだと判断した。


 開戦の角笛が吹きならされたため、敵はこちらに突撃してくる。

 私は震える膝を抑えて突撃の命令を下した。



 ……作戦の初期段階は成功だ。

 敵は再度戦線を二分し、オークキング等の上級モンスターは後方でウィリアムを待ち構えていたのだ。

 全員で攻めたり、守られたりすればまた違う作戦・戦略を随時投入しなければならなかったが、これならば当初の予定通り動くだけだ。

 早速、ウィリアムは上手いこと敵の隊列のはじっこに突っ込んで二匹のオークを列から弾き出す。

 いや、アイツらはウィリアムから距離を取れと命令されているだけなのだろう。あまり不穏な動きも見せず、隊列から離れたもののそのまま門へむかおうとしていた。しかし、群れからはぐれた動物は餌食にされるのがおちだ。

 その二匹のオークの前方を防ぐようにウィリアムの後ろに付いていた遊撃隊が展開、そのままオーク達を取り囲む。

 あとは、さほど時間がかからなかった。三六〇度から槍を突き出せばいくら鎧を纏っていようが流石に避けきれない。呆気ないほどにあれだけ手こずっていたオークが二匹も倒されたのだ。正面から対したのでは倒すことが難しい相手も、取り囲んでしまえばアッサリと倒せることが改めて実感できた。


 さて、二匹のオークを遊撃隊が取り囲む間、ウィリアムはオークキングを横目に警戒しつつ角笛吹きの方へ向かっていた。

 これは流石に途中で気付いたのだろう、オークキングやジェネラルオーク達はこれを阻止しようと走り出す。

 また、ここからではよく聞こえなかったが、オークキング達は笛吹き役で片腕のオークに逃げるよう伝えたようなのだ。


 その片腕の笛吹きオークはウィリアムが迫って来ていることもあり笛を投げ捨てて一目散に逃げた。

 さらに、ウィリアムとその逃げるオークの間へ割り込もうとオークキング達も必死に走る。

 結局、そんな状況はウィリアムが直ぐに放った土魔法の土壁によって終結する。オークキング達が到着する前に逃げ場をなくし、反撃を試みようとしたのかがむしゃらになって突っ込んで来た笛吹きオークをウィリアムが正面から切り捨てたのだ。


 単純に興奮した。

 私は直ぐに門の前で突撃してきたオーク達を相手している防衛隊に、指令を出していた笛吹きを含めた三匹のオークの殲滅に成功したと伝える。士気はさらに上がることとなった。

 しかし、だからと言って攻勢に転じるには早い。まだオークは四十匹近く残っている。一撃放つと下がるオークにつられ、前に出すぎた左翼を大声を出して下がらせる。耐えろ! まだだ! と、声をあげ続けるのは兵士だけでなく私にもフラストレーションが溜まる。

 でも、やらなければならない。敵は状況が分かっていないのか午前中と同様の消耗作戦だ。遊撃隊は既にウィリアムの後ろを離れ門前にまでとって返しており、敵の左翼を後方から襲い、切り崩している。


 そして、流石に角笛役を切ったウィリアムは目立ちすぎたため、それ以上オークキングを無視することは出来なかった。

 向こうも指示伝達系統を崩され怒っているようだ。




「ウィリアム、そのままオークキング達を引き付けていてくれ」


「……ザザ……了解……」



 魔導通信機がウィリアムの声を伝える。

 その声になぜか少しだけ安心した。

 彼はオークと言えども正々堂々を重んじる。正面からの対決を求めるウィリアムは、包囲して殲滅する遊撃舞台には加えられなかった。

 だから、これが最も良い方法だと私は信じるほかない。



 そしてその後、遊撃隊が五匹のオークを討伐することに成功した。


 そもそも、オーク達はあれだけ一致団結した勢いで攻めてくるのに門前になるとその勢いを潜め、適度な距離を保ちつつ各々の武器でこちらを攻撃してくるのだ。

 けして深く切り込んでくることはなく、むしろ、こちらを誘い出すように攻撃を放ったあとは一歩下がることで、私達に槍で突く隙を与えてくれない。

 こちらがオークに釣られて一歩、二歩と踏み出してしまうと、リーネ隊長のように極端な攻撃を加えられるのだ。

 あれ、リーネ隊長は仲間を庇って怪我したんだっけ? まぁいいや。


 兎に角、敵が背中に余裕を持って攻めてくるのに私達は背中を壁に阻まれて攻められるのがいけなかった。

 遊撃隊には右側後方から回り込んでオーク達の背中を取って貰う。これにより前後不覚に陥ったオークを倒すのはさほど難しい問題ではなかった。


 数の上でも此方に利が見え始める。

 倒されたオークと対していた門を守るための防衛隊員は、目の前のオークがいなくなったことで他の防衛隊と合流したり、私の指示の元遊撃隊に参加したりする。

 こうして次のオークを狙うのだ。


 オーク達も余裕のある攻め方をしているため、周りは見えている。戦況は分かっているはずだ。

 一割もの仲間をやられている、その上でこちらを消耗させるための手を抜いた攻め方をしていてはらちがあかない。

 そんなことも理解しているだろう。


 しかし、退却の笛はならない。その役割はウィリアムが切り捨てた。

 そして、オークキングもまた彼により身動きが取れない。

 今度はウィリアムがオーク達の消耗を待つよう距離を保ちつつ攻めていたのだ。


 万事上手く行っている。

 小さな傷であれば、防衛隊員にはヒールを扱えるものも多いため問題ではない。

 次々とオークを屠る遊撃隊の各個挟撃作戦が成功をおさめている間、ウィリアムの方も喜ばしい戦果をあげていた。



 門の前で次々と倒れるオーク達の状況に焦ったジェネラルオークの内の一匹が突出してウィリアムに迫ったのだ。

 オークキングを合わせた四匹で上手く攻めていたため、ウィリアムもこれを崩せなかったが、自ら隊列を乱してウィリアムに攻撃をしかけた。こんなチャンス逃す手はない。



「ウィリアム! そのジェネラルは逃がすな! 一撃でも良い、傷を負わせてくれ!」


「ザザ……あぁ、了解だ……!」



 その声が魔導通信機から伝えられた時にはもう、そのジェネラルオークは事絶えていた。

 金色の鎧はいとも容易く切断され、ウィリアムの放った剣撃はジェネラルオークの体を真っ二つに分離させていたのだ。

 いつにもまして冷静だったはずのウィリアムが、ここに来て今までのオークとの戦いで見せていたような嬉々とした戦いを喜ぶ顔を見せていた。






 現状、オーク達を圧倒している。

 門前に群がっていたオーク達も九、いや十匹ほど倒され、地に倒れており、ウィリアムの方もジェネラルオーク一匹を既に倒している。

 こちらの被害も遊撃隊に多少出たが、生きてさえいれば大丈夫、大丈夫なはずだ! 門の中では後方支援のルイズ王国民が皆走り回っていた。王女様まで必死に介抱や食事の準備、武具の手入れなど忙しくしていた。

 皆で勝利を祝える時はもう眼前に迫っている。

 隣に立つリーネ隊長は相変わらず難しい顔をしていたが、内心では満面の笑みだろう。

 私だって隊を任されているからムッとした顔をしているが、内心では「ヒャッホー! これで私も『優良遺伝子保有者』間違いない!」みたいなことを考えていたからだ。



 ……私達は、いや私はこのとき楽観視しすぎていた。

 オークキングが秘めていた力のことをすっかり忘れていたのだ。いや、分かっていつつもウィリアムならどうにか出来ると過信していたのかもしれない。

 そう、あの一撃で城の門をも壊す棍棒の凄まじい威力を忘れていたのだ……




 前線ではウィリアムが一人戦っている。

 オークキング達も今度ばかりは消耗を待つ守りの姿勢を取るわけにいかず、攻勢に転じていた。

 しかし、ウィリアムは私達の経験談を覚えていたのか、オークキングの持つ巨大棍棒による攻撃についてはなるべく避けようとしていた。その上でオークキングの体にも多くの傷をつけている。


 (あっ! 今の一撃はオークキングにかなり深い一撃を与えたぞっ!

 鎧はひしゃげ血も出ている! これなら……!)


 ただ、ジェネラルオークによる攻撃も加わってくると完全に優勢ともいかない。ウィリアムは有効な攻撃を当てつつも攻めあぐねていた。

 そんな中でただひとつの懸念材料であるオークキングの棍棒を彼は断ち切るつもりだったのだろう。一つのオーク討伐の突破口にするつもりだったのかもしれない。


 ウィリアムはオークの胴体すら鎧ごと真っ二つにする細い剣を、振り上げられたオークキングの棍棒に対して振るったのだった。








 青い光を纏ったウィリアムの剣が強く、蒼い燐光を残して振られる。


 ……


 結果は……


 そう、結果は……一言で言えば『失敗』だった。


 私は声を失う、突然のことに体が動かなくなって、冷や汗が体中から吹き出てくる。


 切られるはずの棍棒は折れ曲がることもなく、逆にウィリアムの剣の方が真っ二つに割られていたのだ。


 そして、剣を砕いたオークキングの棍棒はそのままウィリアムへと降り下ろされる。

 剣を折られたウィリアムは、反射的に上半身をのけ反らせ、踏み込んでいた右足を下げて、咄嗟にオークキングの攻撃を避けようとしたように私は見えた。

 なんにせよ、棍棒は彼の剣を掴んでいた『左腕』と右足を下げたことで突き出されていた左の『腿』に当たり、その両方を一瞬で破壊したのだった。


 羽や肢をもがれた虫のように、左足の太股から先と、左手の肘から先を無くしたウィリアムはバランスを崩し、倒れる。

 折られた彼の剣もまた、彼の左腕と共に遠くへと吹き飛んでいた。

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