第16話 シャーリー


 ……


 紅い髪の少女はグッスリと寝ている。

 ぬいぐるみを抱いて寝ているその姿はかわいらしいただの少女だ。


 ぬいぐるみ……

 本や小さな太鼓……

 木のパズル……


 沢山の玩具に囲まれて彼女は安らかに寝入っていた……

 四方を鉄格子で囲まれた檻の中で……


 ……







 ◇◆◇◆◇◆





 ――“誓い”。


 それは親指の皮膚を噛みちぎり、そこから出た血を相手の唇に押し当てる契約魔法行為。

 本当は“親愛の誓い”って名前だったはずだ、確か。


 俺の地元でもアルス王国でも各地の平民の中で流行っていた行為で、結婚の儀式を簡単にしたものである。これをすることで気の合う男女などはお互いの気持ちを確認して、男女の仲、つまり『パートナー』になるのだ。彼氏彼女とか、巷で言われていたボーイフレンド、ガールフレンドな関係だ。たまに男同士、女同士でやることもあるが仲の良すぎる同性は周囲からキモいと見られることもあるため、あまり周囲では見たことがなかった。

 また、これは契約魔法――と言っても凄く簡易な物で契約相手が危機に陥ると分かるって程度なんだけど――でもあった。


 とりあえずだな、男女でパートナーになるとどうなるかと言うとだな、二人は公然とイチャイチャと出来るようになる訳だ!

 俺があの日、酒場のミーシャちゃんに誓いを結びたいと告白するつもりだったのもそのためだ!

 しかも誓いを結びあった者同士の仲が良好ならばそのままキスとか、さらにはその先にまで到達できると言われていた。つまり結婚前にあるのが、ある意味パートナー期間(または彼氏彼女期間)である。

 ……いや、うん。全て酔った勢いでやっただけで、彼女いない歴=数千年の俺は詳しくは知りませんがね。はい。


 兎に角、それはお互いにそんな関係になることを了承するための誓いなんだ。

 因みにこれは基本的に男のほうからする。“結婚の誓い”だとそこからさらにキスをしてお互いの唇が男の血の色に染まるのだ。と言っても、そんなに大量出血するわけでもないのでチョビットだが。






「んふふー!!」




 後ろから付いてくるティアーユの調子が朝からかなり良い。

 ずっとニコニコとしている。

 絶対に昨日のあれのせいだ。俺が説明した“特別”やら“パートナー”って所をとても気に入ってくれたらしい。

 なんかいまだに俺の指の血がティアーユの唇に残っている気がする。恥ずかしいが、まぁいっか。

 なんかまた変な夢を見たが、気味の悪さも吹き飛ぶほどに今日は俺も気分が良かった。

 酒の勢いが強かったが、むしろいつもはヘタレな自分が良くやったと褒めたい所だ。

 いや、初めてのか、かかっ、彼、かの、彼じ……ごほんごほん、“パートナー”に舞い上がってるのかもしれない。

 向こうはどう思っているのか知らないけどね。


 そんな俺達の所に今日も朝早くから挨拶をしようと一人の女の子が近づいてきた。





「おはようござ……あれ? どうしたのティアーユ、良いことでもあったの?」


「いやぁ、実はだな、天にも昇るような気分なのだ! もうあのあと頭が真っ白になってしまいあまり覚えていないのだが、昨日ウィリアムと“ちか……」

「ストォォォップ!! ティアーユ、あれだ! この前、足が片方無かったあの子、そう、あの子のとこに案内して!!」


「ん? 分かった、任せろ!」




 色々あって忘れていたが、今日こそあの生け贄にされていた女の子を治療しに行こう。

 他人に言いふらして沢山の人に“誓い”をせがまれたら大変だ。

 あれはもっと神聖な物……のはずだ、たぶん。いや、確かに色々と二股三股かけて一体誰が本当の彼女? ってこともあるにはあるらしいけど、俺はそこら辺よく知らない……


 ……うっせー。どーせ俺は童貞だよ! “誓い”だって昨日初めてしたわっ!

 俺はティアーユに話しかけていた子から少し離れた後、ティアーユに“誓い”については他人に言いふらしてはいけないと良く言い聞かせた。

 すると今度は『二人だけの秘密』というところを気に入ったのか、彼女はさらに顔を歪めてその後もずっとニヤニヤとしていた。


 昨日、俺のために料理を作ってくれた時のいじらしさが何処かに行ってしまったようだ。はぁ……




「さぁ着いたぞ! ここでは主に紡績等の物作りや修復が行われている。皆の服や靴なんかが修復されたり作られているんだ!」




 朝食前、俺達は先日のオークへの生け贄にされかけた女の子の治療に向かった訳だが、そこはさながら工場だった。

 工場なんてのは実際に見たことはなかったが聞いたことはある。

 大商人なんかが奴隷を集めてデカイ建物の中、せっせと大量の商品を作っているんだ。

 そのため工場の中には機織り機の様なもんがズラッと並んでいるのかと思っていたがここはそんなものではなかった。

 一面に広がるデカイ装置。

 それは全てがまとまって一つの設備を形成していた。

 魔導ミキサーなんて比にならないほどの大きな魔道具……いや、これは『飛空艇』同様にすでに建造物のレベルだ。


 そんな機械のそびえる建物の端っこに彼女達はいた。

 その設備の一部を使って布を織ったり、裁断したりしていたのだ。




「あ、あれ? この設備ってああやって使うのか?」


「いや、この魔導紡績機は壊れていてな。誰も、ユリアさんでさえ修理できないからこのままなのだ。あの人達は十分に動けないのでここで機械の中でもまだ使える機能を利用して糸を紡ぎ、衣服を作ったりする仕事を割りふられている」


「あっ、ティアーユさん、こ、こんにち……っ!?」




 近づいてきた俺達に気付き一人の女性がティアーユに挨拶をする。

 と、同時に俺の存在にも気づいたのかビックリした表情で固まってしまった。

 そのやりとりでその場にいた他の女性達の視線が此方に集まり、そして皆一様に唖然とした表情で固まる。


 真っ先に俺達に気付きこちらに声をかけてきたその子の回りには幾つかの布や革のような物が散見していた。どうやら靴なんかを作るのが彼女の役目らしい。

 また、他の女性達の周りには洋服や箱、それから“ゴザ”のような物など雑多な生活用品がいくつもあった。


 よく見ずとも彼女達の身なりは服こそ普通に見えるが、そこらじゅう汚れていて髪もボサボサだ。顔色も優れない者が多い。そして、何よりも……臭い。

 恐らく、ここにいる全ての女性が体の一部に怪我を負っていたり欠損があり不自由な生活を送っているのだろう。風呂どころか仕事するのもキツそうな人もいる……

 ティアーユからは毒を受けて即時にその部位を切断した者や、オークからの被害で大きな怪我を負った者も居ると聞いていた。

 だからといって先日の病室に寝かせておく訳にもいかず、少しでも働ける者には仕事を割り振る。この国がギリギリな事がここからも見てとれた。

 それにしても一体何日風呂に入ってな……あれ?

 そう言えば俺も昨日とか風呂に入ってないような……

 いつぞやに恥ずかしい思いをした気がするので余計なことを考えるのはそこでやめてちょっと脇の下をクンクンしてみた。

 すると、ティアーユも俺の脇の下へ顔を近づけてくる。



「やめい!」

「プギャッサ!」



 チョップしておいた。

 男という生物に興味があるのはもう分かったし、“誓い”を行った仲ではあるがもう少し常識と節度ある接し方をしてもらいたい。

 ティアーユには少し変態の気があるので余計にそう思っていた。いや、勿論ティアーユにも良いところはあるんだけどさ。




「あ、あああ、あのっ、く、黒の守り手樣っ! その、先日は本当にありがとうございました! 生け贄の覚悟は出来てたつもりだったのに私、門の前に出たらもう怖くて怖くてどうしようもなくて……つっ、ううっ……」




 一番最初に思考停止に至った彼女が一番最初に再起動し、突然泣き出してしまった。

 よく見たらこの目の前で泣き出した子こそ、先日俺が助けたあの子である。

 あのオークと戦闘する直前のことを思い出してしまったのだろうか。怖かったり、不安だったり色々と彼女の中であったのだろう。

 少しオロオロとするそんな俺の隣でティアーユは少しだけ悲しそうな顔をしていた。


 よ、よしとりあえず、まずは診察からか……




「えっと、今日は足を治しに来たんだ。足を切ることになってしまったのはいつ?」


「ふぇっ、えぐっ、ご、ごの前でず、うぅっ……」

「うん、ちょっとシャーリーが落ち着くまで待とうウィリアム。その間私が彼女や他の皆の話をするから……さぁ、皆は気にせず仕事を続けてくれ!」




 勝手ながらその場に座り込みシャーリーとやらが泣き止むのを待った。

 気にせずと言われても気になるようでチラチラとこちらへ向けられる視線は絶えないが、それでも泣いているシャーリー以外は課せられた仕事を続ける。

 そして、シャーリーの話だが、彼女が毒蛇に足を噛まれたのは十日ほど前、狩りの時だったらしい。その時に毒消しなどの準備がなく、緊急的な対処が出来なかったため噛まれた方の足ごと切除。

 断面に『ヒール』の魔法をかけ続けたお陰か炎症や熱が出るといったことも無かったようだ。




「まだ若そうだけど何歳から仕事を任されるんだ?」


「十二歳になる年からだ。シャーリーの年齢は十三歳。今年で二年目の狩猟の仕事だった。因みに毎年四人の新人が仕事に就くことになるがその内一人だけが防衛隊員になれるのだ! 私は今年で六年目になるな!」


「そうか。まぁそれはどうでも良いんだけど……それよりも泣き止んだみたいだからシャーリーの治療を開始しよう。十日程度ならキチンと元通りに治るはずだ」


「「「えっ……!?!?」」」




 何が起きるのか分からず紅い目に涙を浮かべたまま動揺するシャーリー。そして、同じくして俺の言葉に対しビックリしたようにそこで働いていた他の女性達も一斉に声をあげ、こちらに視線を向けてきた。

 チラ見レベルではなくガン見だ。

 少しやりずらさはあったが、俺はシャーリーのなくなった足に手をかざす。

 回復魔法リバイブ。それは欠損さえも、もっと言ってしまえば致命傷でさえも回復させ、生命体を健常者へと回復させる。

 死体から生者を甦らせることは出来ないが他のことならばだいたい出来るだろう。長い年月の間失ったままだった部位や先天的に欠損がある場合には治せないのだが今回はほぼ確実に治るはずだ。

 あぁ、勿論先日述べたように老化や精神への干渉は無理なのだが。


 俺のかざした手のひらに青い光が灯る。

 その柔かな光が彼女のなくなった足をゆっくりとながらボコボコと再生させていった。

 見た感じ体が生えていくのはどうにもグロテスクな様なのだが、再生に対する痛みはないはずだ。

 シャーリーの顔を見れば呆然とした顔になりつつ「足……足が……」と壊れてしまったかのようにブツブツ呟いている。

 そんな少女の顔を見つつも、やはりこの国の女性はこんな若い子までも皆綺麗なのだなぁ、なんて俺はどうでもいいことを感じていた。




「おぉ!! この魔法は凄い、凄いな……! これなら皆も治せる!! ……な、なぁウィリアム……もしかしたらその魔法でオークの巣の食べ残しから、その……食べられた人を生き返らせたりとかは出来ないのだろうか?」


「……出来ない。これは蘇生魔法じゃないんだ。なぁ、ティアーユ、お前はオークの巣を見たことがあるか? あいつらが本当に人間を食ってると思うか?」


「えっ?」




 オークの巣では恐らく別の意味で女性が食われていたのだろう。

 あのジェネラルオークの言葉が正しければ生存者はいない。しかし、もし居たとしても……俺に体の傷は治せても人の心の傷は治せるだろうか……?

 俺は馬鹿だが、馬鹿なりに色々と考えていた。

 もし、オークの巣に生きている者がいたとしたら、俺はどうすべきなのだろうか。

 救いだしたとして、その後死なせてくれと言われたらどうすれば良いのだろうか。

 はぁ、クソッ……

 参ったなぁ、こういう時はどうすればいいんだよじっちゃん……俺って考えるのは苦手だけど、こういうのはつい気になっちまうよ……

 そんな思いに悶々としながらもシャーリーの治療をちゃんと終わらせて、他の女性達についても次々と治療を行うことにした。

 毒による四肢切断処置を受けた者より、恐らくオークとの戦闘痕であろう傷を持つ者が多い。

 特にオークキングと戦って生き残ったような者達は大きな怪我を負っている。片眼を失うような怪我の者はその綺麗な顔に至るまでひびでも割れたかのような酷い傷を受けていたし、両足が根元近くからごっそりえぐられていたりとかする。防衛隊員は兜や鎧を身にまとっている者も多かったのであまり注視していなかったが傷も多いのだろうか?

 魔力消費を抑えるためここではゆっくり魔法をかけていたが、後でまだイケそうだったら兵舎の方まで治療をしに行こう。




「あ、ありがとうございました……!!」

「私の腕、腕が……」

「おぉぉ……これでまた防衛隊員に戻れるっ! 戻れるぞぉっ!!」

「こんなことって、まさか、そんな……!」

「ありがとうございます、本当にありがとう!! うぇ~ん!」




 皆一様に驚嘆し、泣き出す者までいる始末。

 まぁ確かに完全回復魔法はそれなりに高額な魔法で、他人に無償でかけることは国によって規制があり不可能だったりもするのだが、正直こんな世界だ。再生した部位には暫く完全回復魔法の魔力痕が残るから回復魔法をかけたことがバレバレだが、だからと言ってそれで誰も俺を罰することはないだろう。

 魔力がギリギリで疲労感を感じつつも少しだけオーバーな感謝に俺は照れてしまう。




「それで、シャーリーや他の皆も……再生は終わったけど、体の調子はどう?」


「……さま……」


「え?」


「こ、こんなことが出来るなんて、黒の守り手樣は、か、神様だったんですね!?」

「そ、そうですね! 私も神様としか思えません!」

「もしくは使徒様! 私達のため天より遣わされた使徒様ですね!!」

「私も薄々そうじゃないかと思ってた!」

「わ、私も!」

「神はここに在り……!!」




 キラキラとした目でこちらを見てくる女性陣。

 神様? なんか今『神様』って聞こえたような……

 ……あぁ、そういえばこんな世界でもまだ宗教とか残ってるらしい。

 そういえば、今現在人間が細々と生き残ってるのは神様の温情なんだっけ?


 兎に角、女性達の中でも最年少であるシャーリーはさっそく立ち上がりそのままズズズイと顔を寄せてくる。

 彼女の顔もまた隣にいるティアーユに負けず劣らず凄く綺麗だ。不覚にも十三歳の子供に心を惑わされそうになるが、その前に臭かった。とても臭かった。

 女の子にこんなこと言うのは失礼と分かっているが……ダメだ、近くに寄ったせいか酷い臭いである。

 あっ、大丈夫、一応まだ口には出してないのでセーフ。女の子に言えるようなことではない。顔には出てるかもしれないが。




「よ、よしっ、それじゃ足も直ったことだし風呂に行くといいぞ? シャーリーは、その、もっと清潔に……」


「わかりました! では、直ぐに大浴場に行って身を清めてきます! 待っていてください! あっ、そうだ神様も行きませんか!? うん、それが良いです! 大きいお風呂なんですよ! 私が誠心誠意そのお体を清めさせて頂きます!」




 あー……

 うん。やっぱり聞き間違いでもなんでもなかった。

 いつの間にか俺は『黒の守り手樣』から『神様』へと進化していたようだ。

 まぁ怒って地形変えたり、男を絶滅させたつもりはないのできっと何かの勘違いだろう。アハハハハ……


 いやいや、そんなことより今なんつった?

 大浴場? 清める? 




「えっと……今なんて?」


「確かにな! この世界に唯一の男……やはり、君は世界を再生に導く神だったのか、ウィリアム!?」


「ちげーよ!」

「ヴェルバラ!」




 ティアーユまで悪ノリしてきたのでチョップをかました。

 その後、大浴場で一っ風呂浴びたいという純粋な気持ちと多少の下心もあり、背中を流してくれるという誘惑を断ることもできなかった俺はシャーリーに連れられるまま大浴場に足を踏み入れた。

 そして、その脱衣場には朝風呂に入ろうとしているロリィからティーン、お姉さんや熟女にババァというよりどりみどりの裸が拡がっていた。そして、俺はその童貞にはキツすぎる刺激により大量の鼻血を吹き出し撤退。

 いっ、いや違う! これは戦略的撤退だ! あくまでも戦力的に撤退しただけなのだっ!

 あぁ、でも……うん。ご馳走さまでした。


 はぁ、それはそうと体は後で濡れタオルか何かで拭いておこう。風呂、けっこうデカそうだったし入りたかったなぁ。

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