第15話 誓い

 それは俺の知っている酒宴(パーティー)とは少し違う雰囲気だった。

 そこら中に散らばるように出されている皿の上の食事は緑色のブロック、そして水差しにはピンク色のポーションばかり。

 無臭なためパッと見た感じ緑とピンクのマーブル模様な部屋で行われる毒々しくも女だらけなファンシーで怪しい会合だ。食事の場面というものにはいささか見えないだろう。


 それでも俺は両手に花どころか全身に花、自分でも鼻腔が拡がって鼻の下が大きく伸びているのを感じた。

 それもこれもお祝いをしたいなんて女王様が言うからいけないのだ。

 調度、本日発見された酒を持って来たのだが、『刺激が強すぎる』、『喉が熱くなる』、と言って誰も進んで飲もうとしないので俺だけがガバガバ飲んで気分がとっても良くなってしまった。

 それにしても俺の周りにいる女の子達は酒をよく知らないようだ。酒を作り出し保管していたのはもっと上の世代なのだろうか? まだお歳を召した方々は見えてないけれどこの酒勝手に飲んでも怒られないよね……?






 ……


「ふっふっふ、ほぉ~ら君達、黒の守り手様がもう一杯飲んじゃうよぉ! ……うーっぷ!」



 あーうん。もう、黒の守り手様でもなんでもいいやぁ。

 早くも酒瓶二本目に突入した辺りで恥や不安感からは解放されフワフワとした女の園に俺はダイブしていた。

 見目麗しい女の子に囲まれていて、まるでそういうお店で豪遊しているかのようだ。

 こんな場面をじっちゃんに見られたらメッチャ怒られそうだけど、今はいない。もう、いないんだ。じっちゃん、じっちゃんよぉ……なんで死んじまったんだよ……!

 俺、とうとう一人になっちまったぞ……最後の家族だったじっちゃんがいなくなっちまったから天涯孤独ってやつだなぁ。それはそれとして、ゴタゴタが終わって落ち着いたら結局帰れず道場も継げなかった侘びも込めて実家のあった場所にでも墓でも立ててやろうかな、あぁ、でもあのじっちゃんと住んでいた家も今はもう更地になっちまってるんだろうか……っと、ダメダメ、ダメだなしんみりするのは、良くないぞ、ここは祝いの席だった。

 グビリと酒を飲む。


 しなだれかかってくる肌も髪も白い妙齢の女性達が俺が酒を飲む度にキャーキャー叫ぶ。それが何故かとても気分が良かった。

 因みに胸とか胸とか胸とか、あとバストとか胸とかが俺の体のあちこちに凄く当たっているのだけれど、柔いけれど、別に俺は自分から進んで触っていない。セーフである。

 べっ、別に童貞だから度胸がないとかじゃないんだよ?

 タイミング、そう、タイミングが大事なんだよ、今はまだ胸を触らせていただくタイミングじゃない。だから触らないだけなんだ。

 まぁ、むこうから押し付けてくるんだからせっかくだしその辺りは感触を楽しんでおこうってことなんだ。




「黒の守り手様がいれば我が国は安泰ですね、最初こそオークに向かっていくお姿には不安ばかり抱いていましたが、黒の守り手様の強さは本物です。魔法も達者なようですしこの調子であればあのオークキングも倒せるのではないかと思ってしまいます。フフ……あの、それで、ウィリアム様……宜しければ今夜にでも、私に子供を……」




 触れて分かったがやはりこの女王様の内包魔力はとても高いように感じる。本人は巧妙に隠しているのか、はたまた自分自身で分かっていないのか知らないが魔術の素質があるのは確かだ。

 と、それはそれとして俺の胸にしなだれながら熱い視線を向けてくる女王様は威厳も何もないな。

 てかあんた何ハーレム要員にしれっと混ざってんの? 王女じゃなかったの?

 そして彼女のこの言葉に続くように次々と俺に引っ付いていた女子が俺の子供を欲しいと言ってくる。

 因みに俺が伝説(?)の『男』、男性であることはもう全国民が知っているそうだ。

 まさか俺の初めてがこんなハーレムで散るなんてとんでもないなぁ、あはは、まさかぁ、嘘だろぉ? なぁんて調子に乗っていると……




「持ってきましたよぉ!!」


「え? なな……な、なにそれ?」


「これはウィリアム様から沢山の子種を取れるように改造した超特大注射でっす!! こいつで子種を二百人分チゥ~っと頂きまして……」


「ヒィィィッ!?」




 俺はビクリと立ち上がる。

 そのまま酒など打ち捨ててなりふり構わず逃げ出した。

 ……なんだろう、本能的にあれは危険だと感じたからだ。

 先が針になっていたけど、あれを一体俺の体の何処に刺す気なのだろう?

 あー……いや、ダメだ、考えたらあまりの恐怖に吐きそうになってきた。忘れよう。

 俺は誰も追い付かないくらいの猛スピードで廊下を走る。

 酔ってはいたものの恐怖心から誰にも追い付かれることのない程の超スピードで廊下を走り抜けていた。




 ……




「はぁー、なんだよあれ。『注射』ってのはなぁんか怖いな、こう、形状とか用途とか……っ!! ウッ、か、考えないようにしよう、これ以上は。何故かとんでもないトラウマになりそうだし……」




 俺は逃げ込んだ厨房で、床に座り込んだまま息を整えていた。

 ここには既にブロックも残っていない。完全に俺のために空け渡してくれたようで、料理のためだけの場所に成り果てていた。いや本来の用途のための部屋に戻ったと言うべきかな? まぁだからこそ料理なんて文化のなくなってしまったこの国ではきっと、今日、今から誰かがここに訪れることはないだろう。


 全く臭いのしない厨房はよく見れば何度も補修したような跡がある。元々厨房は汚れやすく、只でさえボロボロのこの建物の中でも何度も改修されて来たのだろう。

 ブロックやポーションを作り出す魔導ミキサーとやらのせいでさほど最近の汚れは見つからないが、それでもよくよく目を凝らせばいくつか古びた油汚れのような物は見つけられた。

 ただ、ブロックが乗っている皿なんかは汚れないはずだ。すなわち皿洗いなんて行為ももうこの世界には存在していないのだろう。だからこそ俺は裏をかいてここに潜んでいた。

 落ちついて水も飲みたかったしな。




「あれ? ウィリアム?」


「ん? よぉ、ティアーユ今までどこに……鴨?」




 ティアーユが鴨や山菜を持って厨房に現れた。

 雑草や泥がそこらにくっついている。

 どうやら這いつくばって摘んだようだ。

 ……なぜ?



「あの、ウィリアムの食べ物をダメにしてしまったから、私が代わりに作ってみようかと……わ、私はウィリアムの騎士だからなっ!」


「俺のために……? 騎士ってそんなこともするんだっけ? つか、良く鴨なんて捕まえられたな」


「鴨か、こいつらは私が近づいても水辺で寝ていたので石を投げて気絶させれば捕まえるのは楽だったぞ? そ、それで、その、これだけあればあれはまた作れるのだろうか……?」


「あぁ大丈夫だと思うぞ……それにしても、危機感なくなり過ぎだろこの世界の動物達。ハハハ……」


「まぁ毒蛇が出るので普通夜に狩りは行わないからな。鴨達の方も油断してたのだろう」


「なっ!? お前、なんでそんな危ない所に!! もし、噛まれでもしたらどうするつもりだったんだよ!?」


「ん? 問題はない。麻痺毒ではないのだ。ここまで帰ってくればウィリアムが治してくれるだろ?」


「うっ……いや、まぁそうだな、そうなんだけど、なんかなぁ……まぁ兎に角、一人で危険な所に行くなよ。毒蛇以外にも何かあったら大変だからよ。ただでさえオークが女を拐おうとしてんだから」


「あ、あぁ……」




 あれー? な、なんだか顔が熱いな。

 まだ酒が抜けてないんだろうか。

 ティアーユの方も俯いて黙り込んでしまった。

 無言の空気がなんだかもどかしい。




「それより、あ、ありがとうなティアーユ! あれだ、飯、一緒に作ろうか? なっ、それが良いよ! あ、それと虫下しとかも採ってきてくれたみたいだけど、それは入れないように。これ下剤だから。入れたら大変なことになるから」




 そのあとは二人で料理を作った。

 メニューは勿論鴨スープ。城の外に拡がっている荒廃した町を漁れば塩くらい手に入りそうな訳だが、なんか今キッチンを出る気分にはなれなかった。


 コトコトと鍋が煮立つ。

 料理など作ったこともないのだから、野菜やキノコを切るティアーユの包丁の捌きは危なっかしい。

 見ているこっちが怖くてスゲー大変だった。

 でも、おかげで手が触れ合ったりしてさらにドキドキハプニングみたいなのがあったのは秘密だ。


 ティアーユは意外に頑張り屋で、そもそも俺のためにもう一度鴨出汁のスープを作ろうとしてくれたことだけでも嬉しかったのだが、一生懸命調理してくれたことには少し感動を覚えた。

 包丁等も怖いから俺がやると言っているのに終始手離そうとしないし、ようやくスープが完成したときは涙を流しそうなくらい喜んでいて流石に少し可笑しかった。




「どう、美味しくない?」


「むっ! こ、これは凄い!! 口の中がジュワッとしてほわーんって感じでポカポカする!」


「そうそう、それが『美味しい』ってやつだなきっと!」


「そうか、これが『美味しい』と言うことか。なるほど、これが……キノコや鳥の肉なんて、そのまま口に入れても腹を壊すだけだと思っていたが、本当はこんなににも『美味しい』ものなのだな!」


「いや、だからって生で食べないようにな……? 水洗いとか火を通すのは必須だぞ? それに調味料があればもっと美味しくなるはずだ!」


「アムアム……んー、ふふふ、これを食べてるとブロックが食べれなくなりそうだなぁ……アムアム」


「いや、あんなん不要だろ。というか、ブロックってやつはどう見てもまずそうだし」




 うん。ブロックはどう見ても人の口に入れる物ではない。

 ポーションも然りだ。

 なんか原材料も怖いし、見た目も蛍光色なので口にはいれようと思わない。

 勿論、栄養価が高いのは分かっている。この国の人間がブロックとポーションだけで生活できているのだから。

 だけど生理的に無理な物は無理なのだ。




「ダメだ、ブロックやボーションは生きるのに必要な栄養が含まれているのだ、食べなくなると死んでしまうと言われている! 神が私達に残した食物なのだ」




 へー……少しブロックを過信してる所があるのかもしれない。

 こんな世界だ。神様が与えたとか言って、もしかしたらあの緑色の物体は人類の最も効率的な栄養補給の到達地点なのかもしれないな。

 まぁでも俺はブロックを食べていないから、そのうちブロックがなくてもキチンと料理で栄養が確保できていれば大丈夫だと気付くだろう。

 ブロックも良いが、是非とも料理を知ってもらいたい、というか拡げたい。俺のこれからの食生活のためにも!


 そしてティアーユはそんなことを言いつつもよほど美味しかったのか俺よりも必死になってバクバクとスープを飲み、具を食べ、さっさと鍋の中を空にしてしまった。


 一頻り片付け等を終わらせて落ち着くと、二人してキッチンの壁に背を預けつつ休憩する。

 するとポツポツと満腹になったティアーユが静かに語りだした。




「私達の国はもう終わりだと、そう思いたくないが、心の深い所ではどうしてもそう感じていた。でも、ウィリアム……ウィリアムのお陰で私達は変われたんだと思う。心の底から笑うなんてことは、物事が分かり始めた子供の時から今までずっと有り得なかったことなんだ。バカみたいに『黒の守り手様』なんて国民が騒ぐこともなかった。料理だって考えようとしたことさえなかった……だから、それらをもたらしたウィリアムはきっと私達の希望なんだ」


「そ、そうかよ……」


「あぁ、そうだ。それにしても……私達は弱い、それでも何かしらウィリアムに与えられる物もあるとは思っている。オーク達との戦いが終わったらどうするつもりだウィリアム? 何か私達の知らないことがあるなら是非これからも教えてくれ。私達もこれから訪れるであろう平和な時間を使って貴方に感謝の気持ちと恩返しをしたいと思っているんだ……」


「あー……そうだな。とりあえず、この世界をもう少し見たいかな。実は俺の実家はここから少し遠い所にあるんだ。大会のためにこのアルスまで来ただけでさ……だから、一度帰りたいってのもある。だから、恩とかそんなに気にしなくていいぞ?」


「なっ!? ど、何処かに行くなんて言わないでくれ! ……私達は、いや、私はずっとウィリアムと共に生きていけると信じていたんだぞ!!」




 っ!?

 いっ、今のティアーユは少しおかしい気がする。

 いつもみたいな肉食獣のような勢いがない。

 顔は赤いが、どこか困ったようなそんな顔をしていて……

 いつもの彼女なら二人きりの現状なのだから「絶対に離さんぞぉぉぉ! ハァハァ……」とかって抱きついてくるだろうに。

 こんな調子じゃ俺まで変な感じにさせられる。あぁ酒が入っているからだろうか? こんな気持ちにさせられるのは……

 クソッ、こっちがドキドキとしちまって仕方ねぇ。




「さ、先に言ったけど俺は縛られるつもりはないんだ、子供だって……その、本当は結婚して作るもので、いや、子供がこの世界に大切なのはまぁ分かるんだけど……」


「私は……子供も欲しいが、それよりも今はウィリアムと居たいと思っている。もっと貴方を知りたい、もっと近づきたい、ウィリアムを困らせるつもりはないのだが、胸が苦しくて苦しくて仕方ないのだ。なぜだろうか……とても辛いのだ……はっ! そうだ! ウィリアムが生きていた頃の男女はこんな時どうやってお互いの新密度を深めたなのだろうか!? もっと近づけたのだろうか!? やはり、結婚とやらがその役割を果たしたのだろうか!? ならば、料理の次にはその結婚についてのことをもっと教えてくれ! 子供も大事だろうが、男と言うのをしっかりと知ることから始めるべきだ!」


「お、おう……えっと、そうだな、結婚ってのは好き同士の二人が共に有り続けることを誓い合うことで、二人でそれからの人生を楽しんだり支えあったり……」


「ふむ。そうか、どうやら私に与えられた騎士の役割は結婚のようなものだったのだな……なぁ、私はきっとウィリアムより小さな世界で生きてきた。知らないことも多い。きっとウィリアムを守れることよりも守られることが多いだろう。今だってそうだ……それでも聞きたい。私は、これからもウィリアムの側で共に在り続けても良いのだろうか? ウィリアムの騎士でも良いのだろうか? 私は、貴方を支えることは出来るのだろうか?」


「あぁ、えっと、騎士と結婚はまた別の物で……とりあえず、俺は、その、ティアーユと一緒に居られるのは全然構わないというか……」


「……本当か? いつか不要になるのではないのか? いつかこの国から去り、遠くに行ってしまうのではないか? ……その時は私も連れて行ってもらえるのか?」




 彼女は曖昧ながらも強い意志を持って俺に語りかける。

 もっと俺のことを知ろうとしている一方で、不安も抱いているのだ。

 そして彼女が俺に対して抱いているその気持ちに少なからず俺は気付いている。

 彼女自身がよく分かっていないその戸惑いつつも抱いてくれている俺への気持ちに、俺は気付いているんだ。

 ……たぶん。


 よし、それじゃあ俺の方はティアーユのことをどう思っているんだ?

 よく考えてみろ、俺も彼女に好意を抱き始めているのではないか?

 こんな世界で、知り合いさえいなくなった世界で、俺は彼女に助けられてきたんじゃないか?

 それは何も氷の中から救いだしてくれたことだけではない。この世界の多くのことは彼女が一から教えてくれたことだ。

 だから、彼女にどんな想いを抱いた?

 始めて会ったあのときから、ちょっとは気になっていたんじゃないか?


 と、そんな感じで俺がどうすれば良いか分からず自問自答しているその時に、彼女は次の言葉を発していた。




「ウィリアムは、私が“結婚”して欲しいと言ったら、してくれるか……?」


「っ!?」




 こ、こんなときはどうすべきだっ!?

 あぁそうだ。じっちゃんも言っていた!

 女に恥をかかせるな! 男なら“度胸”だろ……!




「い、いいかティアーユ、俺はティアーユのことを嫌ってなんかいない……でも“結婚”とかそう言うのは実際俺にもよく分からないんだ。したことないしな。けど、けどだな、ここは俺にとって知らないことばかりの色々と不安のある世界だ。ティアーユにはこれからも一緒に居てもらって色々と考えたり、教えてもらいたい。だから俺ももっとティアーユのことを知るべきだと思っている……」


「う、うむ」


「例えばほら、好きな食べ物はなんだとか、趣味はとか、どんな男が好きかとか……いや、そんな質問には意味がないか、えっとだな何が言いたいかというと……」




 俺はティアーユの両肩に手を置いた。

 彼女の顔は緊張も含みつつ、俺の顔が近くなることで一層紅潮する。

 酒の勢いってここまで出来るのか、すげえ。是非とも腹の中のアルコールに感謝を伝えたい。

 よし……行け、頑張れ、俺!




「その、結婚とかではないのだけど、気が合う者同士、お互いを知ろうとする者同士は“誓い”ってのをするらしい。これからも良好な仲で共にあろうというパートナーの“誓い”だ! 俺はこれまでそれをしたことが無かったのだけれど、二人のこれからの絆のためにも今からそれをしようと思う! だからティアーユは俺と誓いあって良いなら、め、目を閉じてくれ!」


「は、はい!」




 すぐにギュッと目をつぶるティアーユ。

 彼女は力みすぎて胸の前でギュッと拳を握っていた。

 そんなティアーユに俺は……

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