第19話 子供達と防衛隊

「「「「黒の守り手様、こんにちわー!」」」」


「は、はい、こんにちわ……」




 沢山の子供達に囲まれて頬をひくつかせながら俺は挨拶と笑顔を返した。

 子供達にもちゃんと浸透してるんだな黒の守り手様って名称……

 もう、無理なのかな……俺を『ウィリアムお兄ちゃん』って呼んでもらうのは……はぁ……


 さて、彼女達、つまり今目の前にいるこの国の少女達は朝と夜に自分の部屋や風呂等の自由時間を与えられる以外は基本的に幾つかの部屋と庭で一日を過ごすらしい。

 そうやって十一歳が終わるその日まで数人の養育者、通称『先生』と呼ばれる人々によって社会や共同生活のルール、自活方法なんかを学ぶのだ。

 そして今、そんな共同生活を送っている〇~五歳までの“種組”、六~八歳までの“新芽組”、九~十一歳までの“花組”の子供たちと先生数人の五十人ほどが一堂に会し、俺とティアーユの前に集まっていた。



 と言うのも、これはオババ様達のせいだ。

 「料理はワシらが作ってやるから国民の相手をしてくれんかの? お主が目に見えるだけでワシらは何故か浮わついた気分になるのじゃ。平和なもんじゃろ?」とか彼女達がウィンクしながら言うので苦笑いで了承したら後日王女様によって真っ先にここに連れてこられた。

 クソッ、なんだよこれ……すげえ可愛いじゃねえか!

 もしかして子供好き(NOT・ロリコン)な俺にこの子達を懐かせて料理人のいる外国へ逃亡されるのを防ぐための懐柔策か!? あざといっ!! あざとすぎるっ!!

 ……いや、まぁそれは考えすぎか。半分くらいはそんな思惑だったとしても多分普通に子供たちに俺の姿を見せてあげたかったんだろうな。おばば様達なんだかんだ子供に甘そうだし。今、この国には『黒の守り手様ショック』なるものが拡がっているらしいし。




「はーい、それじゃ皆、せっかく来ていただいた黒の守り手様に何か聞きたいことはありますかー?」



 赤ん坊を抱いた先生の一人が体育座りをしている子供達に声をかける。

 胸で赤ちゃんが寝ているのにこの人随分とハイテンションだな。

 赤ちゃん起きちゃうぞ……?

 しかし、気にする様子もなく子供に声をかけた先生はこちらに向き直りフンスフンスと鼻息を吐きながら俺に熱い視線を向けていた。



「あの、あの、どうやったらオークをたおせますかぁ? わたし『ゆーりょーいでんしほゆうしゃ』になりたいんです!」


「あー、えっと……」




 俺はチラリとティアーユを見た。

 優良遺伝子うんたらとやらについてはよく知らないのでティアーユに任せようとしたのだ。

 だが、それは失敗だったと俺はすぐに気付くことにんる。




「皆、これからはウィリアムがいるから優良遺伝子制度に頼らなくとも子を作れるようになったのだ! 良かったなぁ、うん! これも全て黒の守り手様のおかげだぞ! そのウィリアムを見つけてきた大英雄の私にも感謝していいんだぞぉ、あはははは!」


「えっ!? ちょっ、ティアーユ!?」


「ほんとー!?」

「私にも赤ちゃんできるの!?」

「皆、自分の子供が作れるの? ヤッター!」

「わ、私、クローンで二人と黒の守り手様で一人、赤ちゃん貰っちゃう!」

「あっ、ズルい! 私だって防衛隊員になってクローンの子供も黒の守り手様からも子供貰うんだから!!」

「わ、私は防衛隊員はきっと無理だけど、黒の守り手様と私の子供を残せるならいいかなぁ。んふふ」





 皆一層キラキラとした目を俺に向けてきた。

 まだ小さい子供達はただ一緒に暮らしている赤ちゃんが可愛いからとかそんな理由で小さいながら母性か何かに目覚めているのだろう。純粋に可愛いから欲しいと言っているのだろうが、年長さんの女の子で出世が見込めないと思っていた女の子なんかは特にすごく嬉しそうにしていた。

 そんな中で俺は「いや、無理だろ……」なんて言えるはずもなく、お、大人になったらね、アハハ……と苦笑いで答えるしかない。

 これがおばば様の狙いだったのだろうか……?




「そ、そしたら、私先生になる! それで自分の子供も皆の子供もいっぱい育てるんだぁ!」


「あっ! そっか、先生になったら皆の子供も自分の子供も育てられるんだ! すごぉいっ!!」




 ざわめきだす子供達。

 更には大人達やティアーユまでビックリした顔をしていた。

 そう、この世界では基本的に親が子を育てられないのだ。

 まぁ、勿論自分の遺伝子を持つ子の存在は特別なのだろうが、元の世界ほどまでの親と子の関係はなく、家族と言う概念は希薄だった。

 ティアーユだって親、いやこの場合は遺伝子上の元となった人かな? とりあえずその人が誰だったか忘れたなんて言っていた。

 そんなものなのだ、この世界の“親子”と言うものは。



 だが、今、子供たちの口から自分の子を自分で育てられると言う話が出たために大人までビックリすることになっていた。


 子供達を育てる役目の先生という役割は「優良遺伝子保有者」に選ばれやすい防衛隊員の次に人気であるとティアーユが言っていたはずだ。しかし、この先生という役職は特に目立った活躍も出来ないため子は残せない運命が持っていた。

 それがどうしたことだろう。

 俺の存在はその前提全てを崩壊させかねないのだ。

 命をかけて国を守る代わりに子を残せる可能性が高い筈だった防衛隊員が特に命をかけずとも子を残せるようになり、子を残せない代わりに沢山の子供達を育てることが出来る筈だった先生が子を産みさらにその子を育てることも出来るようになる。

 なんというか、色々とまずい気がしてきた……


 ふと横を見れば隣にいるティアーユや赤子を抱く先生方がお互いを驚いたように見つめあっているではないか。




「そ、そうですね……これからは先生達の時代かもしれません!! ふ、ふは、ふはは……ははははは!! はぁーはっはっは!!!」

「ふぅぇ~ん!! うぁ~ん、うぁ~ん!!」

「あぁっ、ごめんなちゃいねぇ、はーいよちよちー……」




 一瞬テンションが突き抜けておかしくなりかけた先生だったが赤ちゃんの鳴き声で正気を取り戻したようだった。

 良かった。

 グッジョブ赤ちゃん。




「わ、私も防衛隊員やめる!!」


「いや、ティアーユってもう防衛隊員じゃなくて、俺の騎士になれって王女様に言われてなかった?」


「はっ!! そ、そう言えば……ウ、ウィリアム! 私も子供を育ててみたい! 騎士って先生の役も出来るのかな!?」


「い、いやぁ、俺の認識では騎士って護衛みたいなもんだと思ってたからあまり育児については聞いたことなかったなぁ……」


「そ、そんなぁぁぁ……!!」




 崩れ落ちるティアーユ。

 本人には言わないが、子が出来たらキチンとその親が面倒を見てあげて欲しいと俺は思っている。

 ……ふぅ。『子供が出来る』なんて発想しちゃうあたり、かなり俺もこの世界に毒されているのかもしれないな。


 大盛況の中、次のお勉強の時間とやらになったので俺とティアーユはその場を後にした。

 また来てねと大きく手を振りながら見送ってくれた子供達に、また来てやるかぁとおばば様の思惑通り少しだけ懐柔されたことを感じながら手を振り返していた。




 ……





「まだ昼まで時間あるな……」


「そうだなぁ、ウィリアム、良かったら防衛隊員の所に行ってみないか? 以前私はいつもこの時間訓練だったんだ!」


「おぉ、いいね行ってみようか!」



 そんな訳で城壁と霊峰アルスの麓、その急斜面との間にある訓練場にやってくる。

 シフト制で休日の者も居るらしいが、四十人ほどの防具を着けた人々がそこにはいた。

 俺たちが近づくと、向こうの兵士達も気付いたのか訓練の手を止め始めていた。




「ね、ねぇあれって黒の守り手様……?」

「う、うん、そうだよ絶対……隣にティアーユいるし……」

「ちょ、ちょっと私近づいて確認してみる!」

「あっズルい!! 私が、私が行く!!」

「ちょっと待って! 私も!」


「待てぇぇぇいっ!!! 誰が訓練を止めていいと言った! 続けろ! あんな者に惑わされずに訓練を続けるのだ!!」



 おぉ!

 隊長リーネシア・シルベスタだ。

 ポニーテールをぶんぶん振り回しながらバラバラソワソワし始めた防衛隊員達を再度統率していた。

 流石、一団の長を務めているだけある。

 俺はとりあえず挨拶と見学の話をしようとゆっくり近づいたのだが、訓練をしている彼女達はこちらが気になって仕方がないようで全く訓練に集中できていなかった。

 そんな彼女達に怒って声を荒げているリーネに申し訳なさそうに声をかける。



「よう。良かったら少し訓練を見学……」

「フン! 訓練の邪魔だ、向こうへ行けっ! そんなに訓練に参加したいならあとで私が特別に相手をしてやろうっ……」


「えっ? いや、別に俺は訓練しに来た訳じゃ……」


「チッ、ぐちゃぐちゃとうるさい! そ、そんなに近付いて言わんでも聞こえてるわっ! ふぅっ、ふぅっ、み、皆、一旦休憩だ! これじゃ訓練にならないからな!!」




 訓練を続けるのかと思ったらまさかの一旦休憩だ。

 そのリーネの言葉を聞いた兵士達がヤッホォォォ!! と叫びながら鎧を脱ぎ捨て、俺の元へワラワラと集まってきた。

 体育会系だからだろうか、暑苦しくて圧迫感がある。

 俺は直ぐに囲まれて逃げ場を無くしていた。




「あ、あの、私、黒の守り手様を尊敬しています!」

「私もあの戦いに心酔しました!」

「ぜひとも手取り足取りご教授いただきたい!」

「そうだ、筋肉、筋肉はどうなっているのです!?」

「ウヒョォォォ!! 黒の守り手様に生で触るぞォォォ!!」




 あ、このノリは初めて会った頃のティアーユだ。

 なぜか少しだけ懐かしい気分になった。

 しかし、ホッコリしている場合ではない。

 いつのまにか俺の上半身が裸に剥かれている。

 そして、既にズボンにも手がかかっているのだ。

 なんなのこの人達、本能? 本能で動いてるの?



「ゴホンゴホン……あのー、皆さん落ち着いてくれませんかね?」



 ズボンどころかパンツに手をかけだしていたリーネシア隊長と目があった。獲物を狩るヤバイ目をしていた。

 しかし、どうやら彼女はその時自我を失っていたようだ。

 俺と見つ合って数秒の後にハッと自分を取り戻す。

 途端に恥ずかしくなったのか耳まで真っ赤にしていた。




「みっ、皆、落ち着け!! 一旦黒の守り手様から離れろ! 離れるんだ!」


「あの、リーネシア隊長? あんたも俺のパンツから手を離してくれないかな……?」


「っ!! な、名前っ! 私のっ!!」




 名前を呼ばれただけで一層恥ずかしくなったのか、顔を更に真っ赤に染め上げた後とうとう俯いて行動停止してしまう。

 ところでなぜ俺のパンツから手を離さないんだ。

 しっかり自分を取り戻せよ……

 因みに奪い取られたと思っていた上着はティアーユが服の下に隠していた。

 本人は「これはウィリアムのために暖めておいたんだ!! 断じて持ち帰って着てみたり匂いを嗅いでみたりしようとしたのではない! しかし、くれるなら貰う!!」等と言い出したため、とりあえずチョップして奪い返しておいた。




 ……



「えー、それでは休憩も休憩にならないようなのでやっぱり黒の守り手様ことウィリアムには訓練の指導をしてもらうこととなった!! この『男』をオークだと思って皆しっかり打ち倒すように!!」


「えぇー、私、黒の守り手様なら生贄にされてもいいですー!」

「あっ、私も私も!」

「ズルい、私がウィリアム様と……」


「グヌヌ……あーっ、もう! おいっ、魅力の魔法を防衛隊員にかけるのをやめろ! こうなったら私が相手をしてやる! 皆、よく見ておけ!」


「いや、別にそんな魔法かけてないんだがな……っと、いいねぇその目、じゃあやるとしますか!!」




 キッとこちらを睨みつつ木の槍を構えるリーネ。

 訓練用のためか刃は付いておらず、言ってしまえばただの棒だ。俺も一応相手を傷つけないよう鞘に入れたまま無銘を構えた。

 訓練だから無茶はしないつもりだが、闘気に当てられて少しだけ俺の方も滾る。



「なんなら訓練用の槍を貸してやってもいいが?」

「ハッ、いらねぇよ。いいから掛かってこい、ホレホレ」

「では……ハァァァ!!」



 おっ、身体強化魔法使えるのかコイツ……

 いや、自覚していない? それは詠唱も魔方陣もない、無意識の内に体内に魔法を発現している現象のようだった。

 どことなくじっちゃんが身体強化に使っていた“気”の操作に似ている……

 そんなことを考えていると準備が終わったのか槍のリーチを生かした“突き”がコチラに放たれる。



「おっと! なかなか良い速度だ……! しかし、間合いに入られたらどうかな……っ!?」



 槍を避け、突き出されたその槍を引く動作に沿って俺が間合いを詰めると、リーネは砂を蹴って後に飛んだ。

 彼女の足に蹴られた砂は適格に俺の顔へと飛んでくる。目潰しも含めているのだろう。面白いっ!

 顔を左腕で覆って砂を防いでいる間に次の突きが繰り出されていたが、俺は無銘の鞘でこれを防ぐ。



「なに!? なら、これならどうだ!? ハァァァ……『スコープアイ』っ!」

「スコープアイ? そりゃ弓兵の……うおっ!!」



 遠距離が見えるようになる魔法『スコープアイ』。

 弓矢や魔法等遠距離攻撃の補助的役割をこなす魔法だ。

 この時代にまで伝わっていた魔法らしい。まぁ、細かい字を読むときとか、じっちゃんもよく使ってたからそれなりに有用だったのだろう。

 それよりも、通常己に使うべきその魔法をリーネは戦っている相手の俺に使ってきたのだ。


 突然の視覚の変化に焦点がズレ、また距離感覚もおかしくなる。

 その状態で俺は突きを繰り出される。

 咄嗟に後に飛ぶも、距離感が分からず飛びすぎたようだ。

 追撃もこない。



「逃げるなっ!」


「いや、逃げてねえよ! クソッ、これ足元が上手く確認できん! ……まぁ、いいや。水魔法スプラッシュ」


「うわぁぁぁぁ!!」




 水鉄砲の魔法で一瞬で勝負が着いた。

 その後リーネは遠距離攻撃はズルいだ、魔法はズルいだと言われたがオークにそんなこと言ってられないと伝えれば静かになった。

 そして、他にも魔法の発動まで時間が掛かりすぎ、遠距離攻撃への対処等の点も注意してやるととうとう何も言えなくなり俯いてしまった。

 彼女も国を守るため今まで訓練してきた筈だ。他の女性とは異なり本気で向かって来たわけだし、彼女なりの矜持もあったろう……少し言い過ぎたかな、と思っていたが……



「ま、また……訓練を頼む……」


「オ……オウ! 任せろや!」


「あー、ズルい隊長! 次は私も!」

「いやいや私が……!」

「私も参加します!」




 彼女は己の役目をしっかり分かっていた。国を守るため強くならなければいけない。

 ……だからさ、そんな強い思いを持った女に頼まれたら応えるのが男だろ。

 なぁ、そうだよな? じっちゃん。


 その後は隊列の確認や整列行進なんかの練習を見学させてもらった。

 隣にティアーユがいたので細かい陣形についてなどかなり詳しく解説してもらい有意義な時間が送れた。

 どうやら彼女は『優良遺伝子保有者』? のために隊長を目指していたらしく、こう言うことを良く知っている。俺と出会わなければ本当にそうなっていたかもしれないな……


 訓練が終わると兵士達は装備の点検を始めた。

 鍛冶技術がないようで、武器は希少らしい。

 特にオークが現れてからは消費する一方みたいだしな。

 鍛冶場があれば手入れくらい手助けしてやるんだが、この国には鉄を打てる炉の一つもなかったのが残念だった。

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