第18話 おばは様達

 俺が王様達に料理を披露してから二日が経過した。

 いまだにオーク達からの動きはないが絶対に侵攻してくるはずだ。そのための準備は着々と進められていた。


 そして、今日はおばば様達との会合日である。

 今まで、夜遅いからダメだとか、腰が痛いからダメだとかで全然会えなかったがようやく体調が整ったみたいだ。


 おばば様達と言うのは最年長の九三歳のおばば様を筆頭に九〇歳、八八歳、八二歳、七九歳、七六歳が二人、七五歳……と、老女八人構成の超高齢者集団のことだ。

 この歳まで行ってしまうと任せられる肉体労働はほぼ無いらしく国王への助言をする諮問機関として、また研究者であるファリスの補佐等、知識部分で頼られているらしい。

 実際、王女様は裁定においておばば様達の賛同を得られるか考慮するらしいので、かなり偉いのかもしれない。

 日々料理を作るくらいしかしていない俺は、今回おばば様達のその知識の中に何かしら料理についての物がないか聞きたいと思い面会をお願いしたのだ。





「失礼します!」




 高齢者への尊敬の念を持ってしっかりと挨拶して部屋に入る。

 そこにはテーブルや椅子はなく、八人の老人が半円の形になって床に座っていた。

 座布団を敷いて正座している老婆達は少し腰は曲がっているものの皆凛々しく構えていた。

 余りに厳格な空気に俺の額に冷や汗が流れる。




「よう来たの。ほら、座れい」




 そう言って向かって真正面、おばば様達の中心に位置する一番奥の一番偉そうな老婆がよっこらしょと座布団を取り出した。

 しかし、歳が歳のせいかヨロヨロとして危なっかしい。

 なので俺はすかさず近寄って座布団を受けとる。


 ――モミモミ。



「ひっ!?」



 突然の尻への攻撃に俺は飛び上がった。

 そう、俺が座布団を受け取った瞬間に尻を揉まれたのだ。

 こ、このババア……




「ひえっひえっひえっ! よい尻をしておる!」


「ちょっと! なに一人だけ尻を揉んでるんだいっ!」


「そうじゃ、そうじゃ! ワシにも揉ませろ!」


「ふーむ、仕方ないワシは腹筋で我慢しよう。ほらこっちゃ来い」


「ちょっ!? 行かねーよ!?」


「じゃ、じゃあ私は股間っデロリスッ!!」




 な、なんなんだこの人達は……

 俺のお供として着いてきてくれたティアーユにチョップしつつ突然の異様さに混乱した。

 先程の厳かな雰囲気が一転、突然皆が俺の尻や腹筋を狙うハンターかのような状況になってしまったのだ……

 本能故か的確に股間に注目を向ける一名の若者は退治できたが、流石にお年寄りに手は上げられない。

 しかし、老婆達はそのギラギラとした目で俺を見つつ……あれ?




「青い、目……?」


「ふむ、青い目とな……そう、ワシらは元は青い目の純人種だったらしいの」


「ワシ達よりも上の代の方々はほぼ全員が青い瞳をしておったのぉ……」




 座布団の上で遠い目をし始めた老婆達。

 そう、彼女達は両目もしくは片目が青い瞳をしていたのだ。

 どうやら元々は青い瞳を持った一族だったようだ。

 しかし、それもクローンとやらの繰り返しで劣化し今では青い瞳を持つ者もいなくなり赤い血の色へと変わってしまったらしい。俺が今まで見てきた人々も女王様以外の女性は真っ赤な血の色をしていた。隣にいるたんこぶを作っているティアーユもそうだ。




「ワシ達はもはや滅びを待つのみと思っておった」


「このまま種が劣化するか、クローン施設が無くなるかどちらが先かと思っておった」


「オークなぞというモンスターも出始めたしのぉ……」


「しかしじゃ……まさかここで『男』が現れるとはの!」


「いやぁ、男ってええのお! 尻も程よい固さじゃったぁ……」


「むっ! お、お主だけズルいぞ!」

「そうじゃそうじゃ!」

「次はワシらが触る番じゃ!!」




 何故か興奮して立ち上がろうとするオババ様達。

 折角真面目な話になってたのに腰を折るなし……

 血圧上がって倒れないか心配になってくる。




「ゴホン、お、お主達にも後で触らせて貰えるよう頼んでやるから座れい、えー……それでじゃな、兎に角ワシらは感謝しておるのじゃ……ウィリアム・フォリオ。ワシらに、ワシらの子達にお前なら明るい希望を見せてやれるのじゃ……!」


「そうじゃのぉ、本当にここまで長かったのぉ……」


「まさか、こんな日が来るなんて……子作りの方法についての資料なぞ抹消しなくても良かったのかもしれんなぁ……」


「えっ!? オ、オババ様達は子作りの方法を知っているんですか!?」




 ティアーユが立ち上がる。

 彼女は自分の子供を残したいと言っていた。

 加えて隣にいるのは俺という男。

 彼女には確かに性的な欲望もあるのだが、この世界ではその欲望と子供を残したいということが上手くリンクしていない。

 きっと、今回はただ純粋に子供と言うもの、自らの生きた証を残せるということに興味津々だったのだろう。




「勿論知っておる。気持ちえーらしいしな、ウヒョヒョ!」


「き、気持ちいい!? ……ごくり……」


「……あー、こっちを見なくていいから、ティアーユ」




 このオババ様達と話すとティアーユの何かが汚れてしまう気がして俺はすかさず話を微修正することにした。

 そして口を開けてから思った。性教育なんて、俺からティアーユにするのは無理だし、やっぱり話題を変えずに俺だけ日を改めれば良かったのではないかと。

 しかし、時すでに遅し、俺の口は動きだし次の言葉を紡いでいた……




「あのっ、でも、ユリアは知らなかったみたいですよ!? なんでも知ってそうなのに子種を取るとか言ってなんだかデカイ針みたいのを持ってきて大変だったんですけど! 彼女には話を聞かれたりしなかったんですか!?」


「ワシらよりも前の代、昔には女同士でなんじゃったけあれ、なんか誓うやつ、えーと……」


「『結婚』ですか?」


「そう、それじゃ。んで、疑似的な子作り行為だけして、クローン施設で二人のうちどちらかの子供を授かるなんてこともあったらしいのじゃが……」


「しかし、クローン施設も老朽化する。次第に子を作れる数も減っていった。そして、起こったんじゃ……」


「な、なにが起きたんです……?」


「戦争じゃよ。ゴブリン戦争じゃ。それが本当の“戦争”等と言うものなのか分からんが、ワシらの上の代の人々は皆そう言っておった」


「人々がモンスターと共存しようとする魔物派と純人種のみで生活しようとする純人派に別れて争ってしもうたのじゃ……」


「その時はゴブリンちゅー魔物がこの街の周辺に沸き始めてな、オーク程脅威ではなかったのじゃが、数人の者達がまるで狂ってしまったかのようにそいつら魔物と子を成すとかって言ってこの国から出ていき、モンスターと敵対していた我ら純人種派と対立したんじゃ」


「その頃はクローン施設もここだけではなかった。だから、皆この城の外に自らの家を持ち、今では廃墟になっているあれらの家に住んでいたのじゃ。しかし、ゴブリンはイタズラに人間を拐ったり殺そうとする。しかも、何度も何度もこの国への浸入を繰り返す、家屋処か魔物と共生しようとする魔物派の人間達によりクローン施設まで悉く破壊された……」


「結局、ゴブリンも魔物派もも残らず殲滅することになったんじゃがの。そいつらが野外でゴブリンと交わる様はまるで人々の未来に絶望したのかのような狂気の沙汰だったわ。しかも産まれてくる子は皆ゴブリンで、そいつらは悪さしかしない。ワシ等はこの城に立て籠ったが、クローン施設も潜り込まれた奴等によって大半を破壊された。辛勝を得たワシ等には絶望的な被害しか残っておらなんだ」


「そうじゃ。そもそも同じ人間と戦うのだから人々の心に深いキズを残した。だから二度とそんな考えを起こさんよう、二度と思い出すことのないよう、ワシらの少し上の代の決定で子を作ることについては完全に封印し禁忌としたんじゃよ。ワシ等もそれにならい、資料や教えも完全に消した……と思っておったんじゃが……」


「それでも、まぁユリアはよく調べたもんじゃな。動物の交尾でも見て研究したんじゃろうか? 放っておいてももうすぐで真理に到達したんじゃろうな……あいつは本当の天才じゃ」




 うーん。

 すごく重い話を聞いてしまった気がする。

 終末だからって魔物と結婚ってどーよ?

 しかも、それが壊滅的な被害や人間同士の争いを産み出した。

 無理だなぁ、俺には。魔物とか実際関わらないですむなら関わらない方が幸せなんだ……

 何もリアクションが取れず、どうしようかと横を見ればティアーユが呆けていた。




「そ、それって……まさかオ、オークも!?」




 あぁ、そうか、そうなるよな……

 まさかそんな、とガクガク肩を揺らし始めるティアーユ。

 もしかしたら、生贄として連れ去られた後はオークと……オークの子を……

 それを考えてしまうのが恐ろしいのだと思う。

 俺がジェネラルオークから聞いたのはその先のおぞましさだったがその話はやっぱり伝えない方が良いな。そう思った。




「ティアーユ、大丈夫か……?」


「ウ、ウィリ、アム……」




 肩を抱いてやる。

 そして無理矢理胸に銀色の頭を抱き込んだ。

 この世界の人々はあまり他人に頼ろうとしないからなぁ……

 ちゃんとした親もいないんだ。甘えかたも小さい時にしつけられて忘れてしまうのかもしれない……

 だから俺はただ優しくティアーユを抱いていた。




「ヒューヒュー!」

「ほれほれ、次は接吻(せっぷん)じゃろ!」

「まさかここで男の子作りが見れるとは長生きはするもんじゃあ~」


「……ババアふざけ……」

「ウ、ウィリアム……私も、オークではなくウィリアムとの人の赤ちゃんが欲しい……!」


「ぶふぉっ!?」




 強烈すぎる。

 もう、なんか色んな所が色んな意味でヤバイ。

 氷の中から助け出されてからと言うもの、色々とありすぎて色々と処理出来てなかったわけで、今そんな状態の俺にその言葉はヤバイっすティアーユさん!?




「あ、れ、鼻血……?」




 興奮しすぎたのか鼻血がポタリと垂れた。

 なお、俺ではない。

 なんと、ティアーユが鼻血を出したのだ。

 お陰で少し気分が冷めて冷静になれた。

 俺は直ぐに彼女の鼻血を袖で拭いてやり、ティアーユも鼻を抑えていた。




「ほっほっほ、急にあんな話を聞いてしもうて驚いたんじゃろ。ティアーユはここで黒の守り手様に最も近しい間柄、モンスターなんかよりも隣に座っている“男”の子が欲しいと思ったんじゃな。それにしても全く、興奮しすぎじゃわい。それで、今日は何しに来たんじゃったかの? 黒の守り手様よ」


「くっ、興奮しすぎって……誰のせいだと思ってるんだ全く。はぁ……それにしても、やっと本題に入れる。実は料理を作りたくて……というか広めたいんです! この国に料理を!」


「おぉ、懐かしいのぉ、料理か!」


「おぉ!? やっぱり知ってるんですか?」


「あの戦争から人は減り、上手く栄養の取れる食事を作る方法も減ったからのぉ。生き延びるためには料理ではなく魔導ミキサーに頼るしかなかったのじゃ」


「まぁ、しかしこれからはなんでも出来よう……男、そう、男と言う希望がワシらにはあるのじゃから……」


「だからの、これからも頑張って貰わんといかんのじゃ、国の力は人、人じゃ! 子を生み、人を増やすのじゃ! さすれば料理だって幾らでも出来よう! これから先の世界はお主や若い者達に掛かっておる、なぁ黒の守り手様よ」


「ワシらは歳を取りすぎた。国に無理矢理に料理を作れと言うわけにもいかないし今から料理を広めようにもこの国のギリギリの人数ではちと難しいじゃろ。あーあ、人を増やせれば別なのじゃがなぁ……」


「人数が少なすぎるってことですか?」


「そう、料理のためにわざわざ人員を割くのは難しいじゃろう。先日黒の守り手様が数人の治療をしてくれたので現状ならば数人の人手があるじゃろうが……それでもその内それぞれの役割に配置されればギリギリの生活が少し楽になる程度じゃ」


「料理、それを広めるためには手のかからぬ便利なブロックより食事の楽しみが勝らなければならん。それから、西の地、そこにはこのルイズ王国より遥かに大きな国があると聞く。オークがどうにかなればまた交流が始められるかもしれんのぉ、さすれば食材なども……」


「おぉ、そこになら料理人もいそうですね!!」




 オババ様達が突然俺の言葉にハッとした表情で黙る。

 どうした?

 俺にも希望が出てきたところなんだけど……?




「黒の守り手、ウィリアム様、ウィリアム・フォリオ様……ワシら老いぼれ一同お願い申し上げますじゃ。ウィリアム様は今後国外へ行かれるのかもしれぬ。この国は如何に純人族ばかりと言えども規模が小さく、不便な点も多いじゃろう。だからワシらにはそれをそれを止めることは出来ん。だが、お願いじゃ……どうか、どうかこの国の人々を、ワシらの大切な子供達を救ってくだされ、希望の種を蒔いていってくだされ。お願いじゃ……!」


「「「「「お願いじゃ!!」」」」」





 俺はその日オババ様一同に土下座をされた。

 彼女達は国と民を今まで育ててきた。

 親子関係がよく分からないこの国であっても彼女達“親”が国民である“子”を思う気持ちは一層強いのだ。

 不安の多い世界で、俺は彼女達の願いをしっかりと聞き届けた。






 ……



「さて、黒の守り手様から言質は取ったしの、料理の方はワシらに任せんしゃい。適当に材料さえ持ってくれば何か作ってやろうぞ」


「そうじゃな、久しぶりに腕がなるのじゃ」


「これからは料理しつつ、『孫』……とやらの子育てをしながらゆっくりと暮らせるのじゃな。こんなに嬉しいことはないのお……」


「黒の守り手様、ワシらは老い先短い身、ワシ等がぽっくり逝く前に早急に子を作って下され、お願いしますぞ!」


「あれ? えっと……」


「最初は才能あるベアトリーチェが良かったのじゃがのぉ、あの子との子ならば父の魔法と母の魔力を引き継いだ次代の王となれる赤ん坊が産まれるはずじゃ。まぁ、この際順番なんて構わん、ティアーユほれお前も頑張るんじゃよ?」


「黒の守り手様はまだまだ若いからのぉ、情に弱いのが弱点じゃ。ほれ、ティアーユお主ももっと積極的にならんかい! 子供くれるって約束したのに……なぁんて言って涙の一つでも見せてやればすぐじゃわい!」




 クッ、この……

 流石この国の重鎮達。

 おばば様達はなかなかに手強い相手であった。

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