第17話 料理

 朝食の席、俺は出されたブロックに手をつけることなく、昼に披露する予定であった鴨野菜出汁スープについてコッソリと考えを巡らせていた。

 先日のティアーユとの共同作業で野菜を煮詰めることと鳥ガラを使うことでいい感じの出汁が取れるのは分かった。あとは塩だ、本当は胡椒とかも欲しいが胡椒ってあれ一応植物だよね……流石に何処かの棚の中で保存されているものを見つけても若干怖いので手は出さないつもりだ。今はとりあえず塩だけ見つかればいいかなって気分だった。

 昼までに材料採取も兼ねて外へ行ってみようと思う。そして、昼飯の場で試食会だ。

 ここにいる女王様と兵士長、それから研究員に騎士と俺。まずは全部で五人前用意出来れば良いだろう。

 そこから先は順々に食べてもらえる人とレパートリーを増やす計画だ。




「なぁ、そう言えば他の人はどこで食事を取ってるんだ?」


「皆それぞれ自由な場所で食事を取りますわ。特に与えられた役割によって食事がそこまで大きく変わる訳ではありませんし食べる時間も決まっていません。皆週に一度ほどは休めるように仕事が割り振られているので仕事場や自分の部屋など様々だと思いますわ」


「ふーん……あ、そう言えばオークの巣は何処にあるか知っているか?」


「ウ、ウィリアム樣もしかして……!? ダッ、ダメですわ! ジェネラル一匹倒した所でまだあのオークキングが潜んでいるのですから、まずはあの憎きオークキングを誘(おび)きだして……」


「いやいや王女樣、まだ乗り込むつもりはないから安心してよ。でもあいつら南から来るからそっちにあるのかなって」


「恐らくですが……かなり遠くにあると思われますわ」


「オークキング出現前の情報ではここから歩きで行くとなると三日以上はかかるだろうと言われています」


「飛空艇で行ったりしなかったのか?」


「ご存知の通り、オークは魔法を使いますので下からの魔法攻撃に不安がありますし、飛空艇は魔力の消費が激しくどれだけかかるか分からない捜索の間中ずっと飛ばしておけるのか不明です。また、私達が飛空艇の操作などに手をとられている隙に城に攻め込まれでもしたら目の当てようがないのです。それにあれは王女様がいないと操縦できないので現状では安易に遠方へ飛ばすことができず……」




 研究者であるユリアが説明してくれたが、下からの魔法って点については飛空艇は空を飛ぶための物だし、あの大きさの船なのだからある程度魔法対策とか飛空魔物対策とかが取られてそうだと思うんだがな……

 そう、空を飛ぶ魔物だって少なくない。ガルーダなんかの怪鳥の類いから始まってワイバーンから上位のドラゴンなんかも空にいるからだ。安全な空中移動するならそれらに対してなんらかの対処はされてるのだろうが、恐らくこの時代ではそれを確認する術がないのだろうなぁ。

 まぁそれに一度乗り込むとどこにあるのか分からんオークの巣を探すため直ぐには降りれなそうだし、王女様も必要らしい。なるほど、この王女様に感じた強大な魔力みたいなものは飛空艇に使うためのものか……そんなときに攻められたら対応が遅れる。確かに安易には捜索に出せないか。


 オークの巣。俺が一人で探しに行ってもいいが、もし単身敵地に乗り込んでいる間にオークとすれ違いにこの国が襲撃を受けたら……飛空艇に国民が割かれている合間に襲撃を受けるよりはまだ良いだろうが、やはり今まで聞いてきた戦力的にルイズ王国の未来は良くない結果となろう。そりゃ俺に二度も撃退されているんだから俺がいないと知った場合、暴虐の限りを尽くしてくるはずだ。


 ティアーユも何も言わないし、もう少し落ち着いてオーク対策を色々と考えるべきなんだろうな。

 現状この国の人達は守れている。このままこの先もオークに連れ去られないようどうするか考えないと……

 まぁ、でも黙々と考えていてもらちがあかない。

 俺はとりあえず食事会を終えると昼食の材料探しに外へ出た。







 ◇◆◇◆◇



「ウィリアム様はヤッパリ凄いです! 素晴らしいです! 流石私達の神様ですっ!!」



 俺はティアーユとそれから何故かシャーリーと共に城壁の外へと出ていた。 

 シャーリー、彼女は俺が早朝に足を再生させてあげた女の子だ。

 仕事はどうなっているのか聞けば、再び狩りの役割に戻してもらえるらしく、今はその手続きやらなんやらで本人は暇なのだとか。とりあえず手伝ってくれるのは有り難いよな。

 そして、朝に行った数々の治療からどうやら完全回復魔法がよほど凄かったのか彼女の中で俺は崇め奉られる存在になっていた。

 流石に「神様! 神様!」と呼ばれるのもどうかと思うので『ウィリアム』と呼べと言ったら『守護神ウィリアム様』となった。

 なんか“守護神”も『黒の守り手様』並に恥ずかしい気がするが、“ウィリアム”と肩書きでなく名前で呼んでくれるのは嬉しい。あーもう勝手にしてくれ。



 城門前から広範囲に広がる町並みは今では完全に廃れているが、これは人口が高かったことを意味しているのだろう。恐らく住民が万単位の町並みだ。




「時代と共にクローン施設も壊れたり使えなくなって来ているからな……昔はこの町の人口を支えるほど稼働していたクローン施設も今では年に四人しか産み出せない……ところでウィリアム、私にはいつ子種くれるんだ?」




 あっけらかんと唐突に子種くれと言うティアーユ。

 荒廃した町に俺達三人が佇む、と言うシリアスな雰囲気も一瞬で吹き飛んだ。

 そして、勿論俺は催促してくる彼女を無視した。

 今は子供より塩が欲しい。俺は石作りの民家の内、その一つに勝手に上がらせてもらう。





「あ、あの、ウィリアム様……子種ってもしかして私も……」


「ん? シャーリー知らないのか? ウィリアムは男、そして私達は女! なんとクローン施設など無くても子が作れるのだ!!」


「え……わ、私っ!! 『優良遺伝子保有者』なんて絶対無理だって、そう思ってました! で、でも私も子供、子供が欲しいです! 私の、私が……あっ、あの! ウィリアム様、是非私に“神の子”を授け……」


「あっ、ダメ! ダメだぞ! 私とウィリアムは“誓い”あった仲だからなっ、だから私が先だッジヴァニャンッ!」


「ティアーユ、秘密を守れるかって信頼関係にとても大事なことだと思うんだけど、どう思う?」


「痛たたた……あ、あぁ、秘密を守れる人のほうが、し、信頼は置けるなぁ……」




 そう言ってティアーユはたんこぶを擦りながらそっぽを向いて口笛を吹き始めた。

 ……口笛下手だなぁ、おい。スースーと空気の音ばかり聞こえてくる。

 まぁ、とりあえずシャーリーが状況を理解できず首を傾げているからいいか。


 ティアーユと俺はパートナーだ。

 勢いで“誓い”をしちゃった感はあるが、共にあろうと誓いあった。

 しかし……初めてのか、かか、かかかっ、かの、彼じ……ごほん、えー……“パートナー”に対してどう接すれば良いのか分からん。

 勿論、俺なんかよりももっと知らないであろうティアーユにどうすればいいの? なんて知識を求めることも出来ないのだが。


 まぁ、いいか……

 こうして一緒に歩くのは苦ではない、むしろ安らぐ。

 バカなこと言ってくるのだって嫌ではないのだ。ツッコミを容赦する気はないけど。

 だからもう暫くこのままで……




「おい! ウィリアム! あそこに白い粉らしきものがあるぞ!」


「ウィリアム様! こっちも、こっちのほうが大きいです! イッパイあります!」


「いや、ウィリアムこっちだ! シャーリーの方は変な壺に入ってるだけだがこっちは小さいながらもちゃんと箱に入ってるぞ! しかも透明な箱! 見てくれホラ!!」


「ダメです! ウィリアム様、ティアーユ様は崇めるべき神をあろうことか謀(たばか)ろうとしているのです! 信じてはなりません! ささっ、こちらに!」




 シャーリー、お前何言ってるのか半分良く分からなくなってるが、よく“謀(たばか)る”なんて難しい言葉知ってるな。


 とりあえずまた女性の間でギャーギャーと言い合いが始まってしまったので俺の元にそれぞれ見つけたものを持ってきてくれと言った。


 小走りで先に持ってきたのはティアーユだ。

 さほど大きくない片手でも持てそうな透明な箱には確かに白い粒が入っていた。

 一方シャーリーの方は重そうでズリズリと床を引きずる。見ていて怖いので手伝ったら、シャーリーからはまた尊敬したかのようなキラキラとした目で見られ、ティアーユは何故か下唇を噛みながら悔しそうにしていた。

 もう、面倒すぎる……



 そして、持ってきてくれた物を舐めてみればどちらも確かに塩だった。味もしょっぱいし料理にも使える、と思う! 塩って腐らないよね? 大丈夫だよね?

 そして、同じような壺がまだ沢山あったため俺達は見事大量の塩を入手することに成功したのであった。








 ……数時間後。



「んむっ!!」

「こ、これは……」

「うーん……口の中がじゅわーとしますね……」




 表情を見る限りどうやら鴨出汁スープは上手くいったみたいだ。

 王女様達が三者三様にスープを啜っていた。

 ティアーユと、ここにはいないがシャーリーには手伝ってくれたことを感謝だな。




「どうだ? 美味いだろ?」


「は、い……これが……“ウマイ”ということなのですの……? たまに食材を噛んでみたこともありますがこんなに素晴らしい物ではなかったような気がしますわ……」

「私は、ウィリアム様が作ったというのも一つの理由な気がしますね、科学的根拠はありませんが……」

「ズル……ど、毒は……ジュルルル……入っへ……モグモグ……ないみはいふぇ……ごっくん、プハー」


「あ、あのー口に入れたまま喋らない方が……うん、別に取り上げたりしないからゆっくり食べていいんたぞ……?」


「っ!! べ、別にそういう訳じゃ……」




 防衛隊長のリーネシアが顔を真っ赤にしてうつむいた。

 あっ、それでも食べるんだ……

 恥ずかしそうにしつつもフンフンとポニーテールを揺らして口にスープや具を運ぶリーネシア。食い意地が張っている。


 結局いきなり明日から皆で作って食べよう! なんて展開にはならなかったもののまた食べたいとは言って貰えた。もっと料理が上手い人が居ればきっと人々を虜に出来るような物を作れるのになぁなんて思う。

 まぁ次にオークが来るまでの間、俺は暇なのだから料理への認知を広めようか。

 とりあえず、最近鴨ばかり乱獲していたのでそろそろ別の料理を考えないと……





「そう言えば、おばば様達に昔はブロック以外の食事もあったと聞いたことが……畑もその名残のはずです。良かったら今度おばば様達とお話しては如何でしょうかウィリアム様?」




 ふむ……おばば様か。

 そう言えばここって綺麗な人ばかりだけどおばば様もいるんだよね。

 思い出してみると……

 ウッ、大浴場にいた全裸おばば様のイメージが強すぎる……

 顔より萎びた体のインパクトが強くてどんな人だったか、うーん。

 って、大分失礼だな俺……




「あっ、それとウィリアム様、少し過去の知識を借りたいことが……」


「おっ? いいぞ、研究者相手に俺の生きていた時代のことが役に立つといいけど……」


「はい……実は|失われた遺産(ロストヘリテイジ)についてなのですが……」



 ……




 そのあと暫くいわゆる魔導具、マジックアイテムについての話をユリアとした。

 たぶん彼女は何かしら自分の力でその道具を作り出したい、または修復出来るようになりたいと思っているようだ。

 俺が知っていることとしては基本的に魔物から取れる『魔石』を動力、もしくは燃料として使うことで作動するマジックアイテムならば人の手で作製出来ていたってこと。但し、複雑な物は燃費が悪くてマジックアイテムその物にも魔石にも金がかかるって物だった。しかしながら国としては必要経費らしく、魔石を使った街灯なんかはバンバン建てていたけどね。

 それから、もう一つ。ダンジョンから発見されるマジックアイテム。魔導具と呼ばれるそれはかなり希少ながらも魔石を使わない。話では周囲の魔素を集めて稼働しているらしいが、誰もそんなマジックアイテムを再現できず、ダンジョンでこれを得られれば億万長者も夢じゃないって話をしてやった。


 そんな話を聞いたファリスは成る程と顎に手を当て考え始める。



「魔導レンジや、魔導冷蔵庫等の原理は分かっているのです。魔石というか、魔力や魔素と言った燃費問題についてもウィリアム様の時代より改善されているようです。しかしながら、規模が大きなもの、例えばクローン施設や飛空艇について、その原動力を産み出すものがあのチッポケな魔石であるとは到底思えない。加えて周囲の魔素を吸収すると言うのもあの規模だとエネルギー保存の法則に反する。いったいどうなっているのか……私にとってはこの謎がどうしても気になるのです!!」


「えっと、魔石でも周囲の魔素でもない燃料供給があるってことか?」


「ハイ、その通りです。そして、その謎を解き明かせれば古に伝えられる最強の武器、兵器を作り出すこともできるかもしれません! そうすればオークなんぞ……フハハハハ!!」


「そ、そうか、俺にはちょっとマジックアイテムのことは分からないから頑張ってくれよ、ははは……」




 やっぱ、こいつマッドサイエンティストだ。

 子種研究させろとか言われても絶対に拒否しよう。

 そうしよう。

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