[Kuganuma] Station

31.「サイコロ」

 モモコとチャートの動きを勉強していると、三時になった。

 モモコのお父上に、サイコロを振るのをスカイプ中継しなきゃいけない時間だ。

 モモコがスカイプにログインし、お父上を呼び出すとスタンバってたかのようにすぐ応答があった。


 ——やぁー、お二人。元気かね? どうやら「振りだし」からサイコロを振ることに決めたようだね

 ——はい。振らせてもらいやす

 ——ふふ、モモコの入れ知恵だな? まぁーいい、結婚だって共同作業っていうしな、それもよかろう


 モモコが横から割って入ってくる。


 ——なんだよ、このルーツめちゃくちゃキツイっていうか、最初っからガチで勝ちに来てんじゃんかよッ!

 ——そうさ。世間も銀行も、厳しいんだ。勝負にも勝てん甘ちゃんな男を桐島家の跡取りに決めるわけにはいかんのでな

 ——跡取りなら、兄貴がいるじゃねーかよッ。兄貴なら立派にミツトモを背負って立てるじゃないかッ

 ——琢磨は、確かに出来る男だ。だがな、それだけでは企業のトップは務まらんのだよ。奴には人望がない、なさすぎる……


 そう言うお父上の言葉は諦めを含んだ乾いた声音であったけど、どこか寂しそうにも聞こえたんだ。


 ——さっ、早く振なさい、サイコロを


 モモコが用意したサイコロは使わず、スマホのアプリにあったサイコロを使うことにした。


 ——これで、いいでしょうか? 何回か振ってお見せしますけど?

 ——いや、いい。君はイカサマとかする男じゃないくらい、分かってるよ。モモコならやりかねんけどな、はははははっ

 ——チッ、こんな娘にしたのはどこの父親オッサンだっつーのッ!!

 ——モモコはそれでいいんだ。そんな風に育てたのはお父さんだ。けど、今回このゲームを提案したのはモモコが鉄也くんの傍に居るからできたことなんだぞ? こうでもしなきゃ、あの時、お母さんは納得しなかったに違いないよな?


 ——うむぅ…… 

 ——さっ、時間がない、さっさと振なさい、鉄也くん

 ——わかりました。では、いきますよっ


 ぼくは、【6】の目が出るのを信じてアプリのボタンを押した。

 スマホ画面の中でころころと転がっていたサイコロが止まる。


【6】————


 ——やったっ!

 ——よっしゃッ!

 ——鉄也くん、なかなかモッてるじゃないか、クソ運みたいなの。じゃ、追加で元金を三十万円入れることは可能なんだな?

 ——ああ、ワタシが貸すよ、追加で。あ、4%の利息でなッ

 ——ふふ、3じゃなく4か。暴利だなモモコ

 ——うっせぇー! こんな娘に誰がしたッ!

 ——わたしだが、なにか?


 この父娘、仲がいいのか、いがみ合ってるのか、僕には分からなかった。けど、あのお母様とは血の繋がりがないモモコには、このお父上は紛れもなく血を分けた親なのであって、そのへんの微妙なは僕のような平凡な家庭に生まれた人間にはわからなかった。


——よし、じゃこれで来週の月曜から「腰越駅」からのスタートだな

——はい、よろしくお願いします

——まっ、頑張りたまえっ。「八幡宮」で待ってるよ


 お父上は余裕の笑みを僕に寄越して、プチっ、と消えた——。

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