4.「オトンとオカンと、そして僕」
僕とモモコは、「三友銀行」
六月の日の入りは遅くて、まだ堅牢な表門の作り出す影は短くて少し汗ばんだ。
僕は、腕時計で時間を確認した。
午後四時四十三分———。
——いくぞッ、テツヤ
——うんっ
表門の木戸を潜り、モモコがお屋敷の中に入った。それを追うように僕も入る。
ちょっと足がブルついてたけど、モモコには気取られていない。
そもそも、こんなデカイ家なんか生まれてこのかた初めてだったわけで、僕の実家も含めて、玄関を入ればすぐに一メートルもない
二十メートルも歩いて、玄関の格子戸の前に来ると、モモコはもう一度僕の顔を見て、言った。
——ヌかるなよッ テツヤ
——承知っ!
なんで、「時代劇」ががってんだか僕もわからないけど、とにかくそれくらい僕の緊張感はマックスだった——ってことで、了解してほしい。
——あら、モモコお嬢さまっ、おかえりなさいませ
銀髪の品の良いおばーちゃんが僕らを迎えてくれた。
——旦那さまが、お待ちですよ
——ありがと、キヌさん
旦那さま——、ってことはお手伝いさんなんだろうって、納得した。
これまた、長い廊下を、何度かクネクネと回った後、通されたのは応接間で、真正面に大きなレンガ作りの暖炉があるのには腰が抜けた(いや、抜けてはないけど、それほど、びっくらこいた、ってことです)。
応接間の中央に、暖炉を背にして恰幅のいい壮年の男の人が座って僕らを見ている。
僕は、ヘビに睨まれたカエルみたいに、モモコの背中の後ろでちょこん、としていた。
——おお、桃子か、おかえり
——ただいま、おとうさま
(いま、なんっった? お・と・う・さ・ま? )
——さぁー、ここにお座り
僕とモモコは、どこまで沈むんだってくらいの毛足の長い絨毯の上をもふもふ、と歩いて、おとうさま、の前に座った。
——紹介します。こちら、北川鉄也さん
ギロッ、っと、確かにギロッっとおとうさまの目が光ったかと思うと、いきなり右ジャブが飛んできた。
——北川くん? だれ?
——あ、いや、だから、京都時代の知り合いって、いうか、そのぉ……
モモコがこんなに、口ごもって困ってるとこなんて見たことも無かったし、想像もつかなかったんで、僕はただただ場の雰囲気に飲まれて固まってたんだ。
そこに、今度はモモコの右肘がぐさりとわき腹にささった。
——っ、ああぁ、初めまして、北川鉄也と申します。
——ああ、それはいま、桃子から聞いた。だから、なに?
(この、なんだろう、チョー上から目線で威圧的なのに、違和感がないっていうのか、これこそセレブの余裕ってやつか?)
やばい、しっこチビりそう——ってなってた時。
——オヤジさぁッ、そんなにイジメてやんなよッ、ちゃんと電話で話通してんじゃんかよッ!
なにが起こったのかと横目でモモコを見ると、ソファーの上で胡座をかいて、
——ん?……だ、はははははっ すまん、すまん。娘が初めて家に連れてきた男をちょっと弄りたくなるのは……、可愛い娘をもつ父親のワガママと思って許せ、許せっ
——チッ
モモコはニヤニヤ笑って舌打ちするのを見て、なんでだか、ホッとしてる僕がいた。
そこに、お手伝の? キヌさんが、コーヒーといちごショートケーキをトレーに乗せて、入ってきた。
そして——
その後ろには、これまたセレブなおかあさまらしきお方が、だっ、専用の入場曲に乗って乱入——、じゃなくて、お入りになってきた。
モモコも慌てて胡座を解いて坐り直した。
——あら、桃子さん、こちら、どなた?
おとうさまの横で僕に向かって斜に構えて座ったおかあさまの一言に、モモコが答えた。
——北川鉄也さん。今日は、おとうさま、おかあさまに、お願いがあって来てもらったんです。
そう言い終えると、モモコは僕に視線を送って寄越した。
さッ、あとは、任したぞッ——、って感じでモモコは僕をリングに上げたんだ。
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