19.「初トレード」

 正直言って、僕にはどっちなのか、ぜんぜん分からなかった。ただ、チャートって呼ばれている通貨の値段変動を示すグラフみたいなのが、どっちかというと右下がりになって来てたんで、流れは「下げ」てるんだろうな、ってことぐらいは分かった。でも、この先も下がり続けるのか、反転して上がるのかは、なんの判断材料もなくて、しばらくチャートを眺めてたんだ


 ——どうした、テツヤッ、ポチっとクリックすりゃいいだけだぞ?

 ——まって、まってよ。もうちょっとチャートを観察させてよ


 モモコは、僕の優柔不断さに呆れて、コーヒーを作りにキッチンに立った時だった。ゆっくり下がり続けていたドルの値段が、なんだか動きを止めて小刻みな動きに変わったんだ。その時僕は、なんとなく、ここが「底値」じゃないかって思えて、「Ask(買)」のボタンをクリックしたんだ。

 右上のステータスバーの下あたりに、「約定価格」ってメッセージが流れて、今、僕がポチっとクリックしたドルの価格が表示された。


【約定価格 106.55 5Lot】


 どうやら僕は、ドルを106円55銭で 5ロット「買った」ってことがなんとなく理解できた。

 そして、今度は右下の方の窓のなかにある、「現在の評価損益」ってのを見てみたら、赤い数字で、ー1500と表示されていて、刻一刻とその数字が変化してたんだけど、それが僕の実行した取引の「損益」を示すのものだとは知らなくて、ただぼーっと成り行きを眺めてたんだ。


——おっ、ポチったのか、テツヤ

——うん、なんとなくこの辺かなって思ったんで「買い」をポチったよ

——ほぉー


 モモコは意味ありげに片方の口角を上げた。


——ねぇー、これっていま、どうなってるの?

——ああ、いま、テツヤは2500円の損失を出してるな

——げぇー!! 損してるの? おいおい、ダメやん

——まぁーもうちょっと見てろって。ジタバタするなッ、オトコだろがッ


 チャートは足踏みしていた所から少しまた右下がりになっている。雰囲気的にまだ下がりそうで、僕は心臓がバクバクしてきて、コーヒー飲んでる場合じゃないとばかりに、ずっとチャート画面と睨めっこしてた。


——おっ、そろそろかな


 モモコがそう言うと、チャートは切り返したように急に右肩上がりになって、ドルが値上がりだしたんだ。そしたら、さっきまで赤色だった「収支」を示す数字が緑に変わって、どんどん増えていったんだ。


——いま、8000円の儲けが出てるぞ、テツヤ

——ええーマジ、スゴっ。じゃ、今、やめたら8000円の利益が出るんだね?

——やめんのか?

——やめよーよ。8000円も儲けたら十分でしょ

——テツヤ……、FXのキモはなんだって、言った? 思い出せよッ


 僕は、昨日の晩にモモコから教わった、「FXのキモ」をノートをめくって確かめた。


——あっ、勝てるときは、とことん……だったよね

——そうだ。いま世界中でFXやってる奴らの思惑は「買い」に向かってるるんだ、この勢いは強いぞッ、だからもっと粘るんだ


 そう言われて、僕は「決済」を諦めて、もうしばらく観察することにしたんだ。そして、最後はモモコの指示するポイントで「決済」したんだけど、僕は生まれて初めてのFX取引で12000円、稼いじゃったんだ——。


——どうだ、テツヤ。簡単だろ?

——いやー、でもモモコが止めなきゃ、「決済」ボタン押してたよ

——まぁーでも初めてにしちゃ、最良に近いポイントで入れたのは認めてやるよ。「決済」のタイミングはワタシですら未だに明確にわかんないことが多いんだよ、だからとしなきゃ

——そうなの?


 僕は、「本日の収益」の項目にキランっ、って光ってる【+12,000円】の数字を何度も見て、ずっとニヤニヤしてたんだ。

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