12.「モモコとオカン」
エッチした後、モモコに「おやすみ」って言って眠ろうとするんだけど、今日一日あったことが次々蘇ってきて、僕はなんだか眠れなくなっていた。
僕は、傍らで軽い寝息をたてて眠っているモモコの横顔を、片肘ついて眺めていた。このコって、ほんとうに不思議なコだと思うんだ。こんなにも可愛くて、スタイルだって悪くないし、頭もいい。ただ、ちょっとワガママで凶暴なだけで、それを差し引いても「格差カップル」って言われても仕方ないんだよね僕たち。だから僕はモモコのカレシであることに誇りを持たなきゃって思うのだけど、いまだに分からないんだ、なんでモモコは僕のことが好きでカレシにしてるんだろう——って。
モモコは、僕のどこがいいのよ?——。
そんな風に一度だけモモコに訊いたことがある。そしたら、モモコは表情も変えずに僕に言ったんだ。
——そんなん、好きやからに決まってるやん、あほかッ
——いや、だから、僕のどこが好きなん?
——ぜんぶッ
そりゃ、僕としては跳び跳ねたくなるほど嬉しかったんだけど、それでもそんな内心を気取られないように、ちょっとクールに構えて、もう少し食い下がってみたんだ。
——いや、こういうとこが好き、ああいうとこが素敵……とか、あるでしょ?
——テツヤは自分でわかってないんだよ。テツヤってめちゃくちゃカッコいい奴なんだぞッ?
正直、僕はケツがこそばかった。
カッコいい——だぜ? ちょっと聞いたー奥さんっ、って古いボケをかましたくなって、さらに甘い言葉を期待して訊いたのね
——ど、どのへんが?
——テツヤくらいだよ? ワタシのキック受け続けても逃げない
——なんだよ、それじゃオレ、ただのドM男なだけじゃん
——ったく、鈍感だなッ、女心ってもんをダッ、もっと推しはかれよッ
——へっ?
んでモモコ、どうしたと思います? 僕のケツを盛大に蹴り上げてどっかいっちゃったんですよ。なに、これ?、って感じだったな。
あ、言っときますけどね、付き合ってほしい、って先に言ってよこしたのは、モモコだったんだよ、びっくりしたよなー、あの時は——。
そそ、まさに青天の霹靂だった。
これって、新手の詐欺かなんかに違いない——そう思って、なんどもゴシゴシ目を擦ったよな。
そんなことを思い出しながら、いま、こうしてモモコの寝顔を見てたらまた愛しくなってきて、いっそのこと起こして、もう一回エッチしよっか、って言いたくなったのを、モモコのおかあさまの言葉を思い起こすことで吹っ切ったんですけどね。
家柄が違います——って、あれ。
で、モモコんちのことを考えてたら、急にまたあのおかあさまが脳内に乱入してきたんだ。
——(モモコとおかあさん、ってなんかギクシャクっていうか、なんかへんな関係だよな……おとうさんとは、違う、なんか……ある、って感じ)
モモコの性格は誰に似たんだろう。どんな風に育って、こんな風な男前女子になったんだろう。少しばかりお父上の博才の血を引いているくらいで、あとはどっちにも似てない気がしてきたんだよね。
朝、目が覚めたら、もうモモコは先に出たみたいで姿はなかった。
テーブルに、僕の「FXノート」が一番最後のページが開かれて置いてあった。
『おはよ、テツヤ。成城に寄ってから、会社いくんで先に出るよ』——
無駄に短いメッセージに、僕はフッって鼻を鳴らしてノートを閉じた。
僕は、牛乳をコップ一杯分ほど紙パックの口から飲んで、バナナをかじりながらアパートのドアの鍵を締めた。
「極楽寺駅」まで徒歩十五分。それくらい離れてないと手頃な家賃の物件はなかったんだ。
六月で梅雨入りも近いっていうのに、朝の日差しはもう真夏のそれのように僕の体温をいっきに上げた——。
湘南の海の上で青い空を背に二羽のカモメが戯れ遊んでいるのを、江ノ電の車窓ごしに見つけて、僕はモモコを想って目を細めた。
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