26.「不良債権処理」
翌朝、出社してみると、いつもの朝と変わらぬ時間が事務所内には流れていて、違うとすれば加藤課長の机の前に八坂先輩が直立不動で立っている姿がないことだけだった。
加藤課長にも少しは変化があるかなと思っていたけど、相変わらずその態度は大きくて、支店長の君原さんが出社してきても挨拶すらしなかった。
警察の方も、仕事上の悩みを抱えてちょっと精神状態が不安定だったという加藤課長の話をそのまま採用した形で、発作的に死を選んでしまった——という結論でこの一件を終わらせようとしていた。
八坂先輩のご家族はそれで納得しているのだろうか。僕は、釈然としないものを抱えながらも、重い黑鞄をもって外回りにでた。
その日、昔からうちの銀行とは付き合いがあるという、町の小さな文房具屋さんのご店主と面談が叶い、息子の為に今の店を改造して若い人を呼び込めるような店にしたいという希望で、新規に融資をしてもらえまいかという申し出があった。
僕にしては初めての新規融資案件なのだが、立地条件や店の規模、そして近くに大きなショッピングモールがあるなど、この顧客にとっては不利な条件が多く普通に考えれば審査は通らないだろうと思った。
しかし、顧客が望むならなんとかそれを叶えて差し上げたいと思い、一度持ち帰って検討したいと言ってその小さな店を後にした。
その日の夕方、あの小さな文房具店の店主から預かった決算資料のコピーを分析してみたが、どう考えても新規融資には危険な案件であった。すでに自宅の土地建物は抵当に入っているし、保証協会の与信限度も目一杯で、どうにも糸口が掴めなかったので、加藤課長に相談するまでもなくお断りしようと、自分なりに結論を出していた。
そのことを営業日報に書き込み、加藤課長に提出すると、一読した加藤課長は僕に、すぐ決算書を見せろと言うので、そのコピーを手渡すと、加藤課長は僕に命じたんだ。
——ここ、危ないな、、、五年前に一千万融資しているけど、保証協会付きじゃない案件だよ。このままじゃ、Fランクの不良融資案件になっちまう。君、、、うまく話して、残額を一括返済するか、他行での借り換えを提案してきてくれ。君が担当者としての責任でなんとかするんだぞ、いいな
僕は、加藤課長が何を言ってるのか分からなかった。五年前の融資案件は僕がやったわけじゃないし、今回はたまたま飛び込みで訪れた顧客なのであって、もし本気で全額返済とかさせるつもりなら、本来の担当者にさせるのが筋ってものだろう。
——ちょっと待ってください。この五年前の融資案件は誰が取り組んだ案件なんでしょうか?
——ああ、もうそいつは辞めちまっていないんだ。その後、一応俺が仮に案件を預かったけど、忙しくてこんな案件のことすっかり忘れてたんだよ。今回、君が飛び込み営業で掴んで来たネタなんだから、君に任せるよ。
——いや、そうおっしゃられても、五年前の案件に関しては……
——あ? なんだ? 実績もゼロな人間が客を選べるとでも思ってんのか? ここの不良債権を早急に片付けることで、少しはうちの役に立つことを考えろよっ!
——はぁ……
結局、僕は、新規融資じゃなく、”取り立て“という最も嫌な仕事をしなければならなくなったんだ。
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