9「確率と勝率」
——テツヤ、準備はいいかッ?
——おうっ、いつでもおっけー
二人ともシャワーを浴びて、Tシャツと半パンっていうかっこで向かい合った。
モモコは長い濡れ髪をバスタオルで包んでターバンみたいにくるくると巻いている。シャンプーいい匂いがした——。
——じゃぁー、今日は基礎の基礎からいくぞ。
僕は、真新しいノートを開いて、身構えた。
——百円で買ったものが、百二十円で売れたら、いくらの儲けだ?
——二十円
——そだな。じゃ、それが九十円に値下がりしちまったら、どうする。
——十円、損だわな
——それで、テツヤはいいのか?
モモコが怖い顔で僕を睨んでる。
——仕方ないじゃん、読みが浅かったってことで、諦めるよ
——まっ、それも手だが…… もうちょっと待ってみよう、って気にならんか?
——待つ?
——ん。それを百十円なら買ってもいいって人が現れるかもしれんし、市場の環境が変わって、百十円の価値まで戻ったら?
——そりゃ、ラッキーじゃん。それ分かってたら損しないで済むし
——んじゃ、どうやってそれを知るんだ?
僕は、空目して考えたけど、なんか漠然とした答えしか浮かばなかった。
——その品物の価値が変わる条件っていうか、なんだろな、需要?、いや人気かな? とにかく、その潮目が変わるまで、待つしかないな
——惜しいけど、それじゃ答えになってない。いつ? どこまで待つのか自分で判断しなきゃならんのよ。ずっと待ってたら、もっと値段が下がってしまうかもしれんぞ?
——ヤダヤダ、もうこれ以上は損したくねーし、九十円でもいいから売って損をできるだけ少なくしたいよ
——テツヤ、小心もんだなッ それは、トレード(取引)に向いてねーなッ
——ええー、ダメなん?
——でも……ないッ がはははっ
——どっちなん?
モモコは缶ビールのプルタブに指を入れ引き上げ、ちょこっと溢れ出た泡をズズーって吸って、そのまま一口煽って、僕を見る。
——どっちも、必要なんだッ。時に大胆に、時に小心に……その使い分けがムズカシイ。ここ、って勝負どこじゃとことんまで我慢しなきゃいけないし、かと言って撤退時を間違えたら、どえらい損をすることもある。
——モモコは、どうやってそれを見極めてんの?
——そりゃ経験積むしかないな。色んな見極める手法はあるけど、どれも絶対じゃない。最後は自分の判断なんだよッ。
——げぇー、そんなの、とっても半年じゃ身に付かないじゃん
——けどな、この取引って、要は、上がるか、下がるか、二つに一つを選ぶゲームだ。単純に言えば、確率五割の勝負なんだぞ?
——けど、確率五割でも、短期的には勝率五割とは限らないよね。ましてや、勝率五割でも元金は増えないこともある。場合によっちゃ減ることも、あるな
——おお、さすが、京大卒。わかってんじゃん。
——むふふ、まぁーな
——そだな、一回十円儲かっても、その次五十円損したら、勝率は五割でも、元金は減ってるもんなッ
——そそ、僕は、それ言いたかったのよ
——ひょっとして、トレーダーの素質ありかもよッ!
——え、そぉーおぉ?
って、なんかヨイショされて喜んでる僕は単純な男です、はい。
——だから、このFXって投資ゲームのキモは何かって言うとー
——とー?
僕は、ボールペンを握り直してモモコの次の言葉を待った。
——勝てるとみた時、いかに目一杯勝ち切るか、負けるとみた時、いかに負け額を少なくし撤退する勇気を持てるか……だ。【利大損小】が大原則なんだッ
極端に言えば、勝率三割でも、トータル収支で勝ってればいいんだよ。
——なーるほど、うんうん。
僕は、モモコの言葉をノート書き取ると、ピンクのマーカーで囲った。
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