23.「モモコとの出会い」

 モモコはその夜、僕の好きなオムライスを作ってくれた。

 モモコのオムライスは卵がふわっふわで、口の中でほんわかと溶けるみたいで、いつ食べても幸せ気分になれたんだ。


 ——どうだッ、うまいか、テツヤ?

 ——うーっ、うまいよーっ、美味いっ


 モモコは僕が美味しそうに食べているのを見て微笑んでいる。モモコの笑顔はどんな薬よりも僕には効いた。

 身近な人が自分で死を選んだという事実を、いまでもうまく理解できていなかったけど、ともかく自分はこうして生きている、そして何よりも大切な人と美味しいものを食べて幸せ気分になれている——、今はただただ、それだけでありがたかった。


 ——モモコぉー、そろそろ教えてよ、僕のこと、どこで知ったの?


 どこで知ったの?——、このことは、あの日のことを話さなきゃいけないね。そう、モモコが僕の前に初めて現れた、あの日のことを。


 僕はあの日、一人で大学の学食で昼飯食ってたんだよね、確かオムライスを。二百八十円の代物だから、そりゃモモコが作るものとは大違いだったんだけど、それでもその時はモモコのオムライスを知らなかったから、それなりに僕にはお気に入りのメニューだったんだ。

 で、半分ほど食い終わったころだったかな、目の前に女の子が座ってきて、いきなり僕に話しかけてきたんだ、えっと、確か……こんな風に。


 ——キタガワテツヤさん……で、すよねッ?


 僕は、顔をあげて、びっくりしたんだ。そりゃもう可愛い女の子が笑顔で僕に語りかけてくるもんだから、思わず、両となりに誰か座ってたっけ? って確認したぐらいだったし。


 ——えっ、そ、そうだけど……

 ——はじめまして、わたし、キリシマモモコって、いいますッ! よろしくねッ!

 ——へっ? あ、っ、よろしく……、ってだれ? ですか?

 ——だから、キリシマモモコって言ってんじゃんッ!

 ——だ、だから、ど、どこのキリシマモモコさん? で、すか?

 ——そんなことよりさぁー、ちょっとお願いあるんだけどッ


僕はその時、去年の秋に一度だけ先輩に連れられて行った木屋町のキャバクラで、こんな風に小首傾げられて、お願いっ!ってされたのを思い出したんだ


 ——あ、僕、お金ないっすよ? お店来てとか、同伴とか、ムリ、ムリっ


 僕は、てっきりその木屋町のキャバ嬢様の出張勧誘だって思って、全力でしかも、丁重にお断りしたんだ。そしたら……


 ——ハッ? だれが、キャバ嬢だよッ

 ——いや、おたくさま……が

 ——こんな品のあるキャバ嬢、どこに居るんだよッ! 話をちゃんと最後まで聞けよッ、タコがッ


 ——タコって、あなたねぇ、見ず知らずのひとにタコ呼ばわれるような生き方を僕は……

 ——るっせぇーなッ だから、聞けッって、悪い話じゃないからッ

 ——え” あ、っ じゃ、どうぞ


 僕は、半分食べ残しのオムライスに早くスプーンを差し込みたいって思って見てたら、唐突にモモコが言ったんだよね?


 ——わたしのッ!、カレシになって? いいでしょ? ねッ!

 ——はぁーっ??

 ——カノジョとか居ないのは、ちゃんと調べついてるしッ

 ——ちょ、ちょっといきなり、そんなこと、言われても……

 ——あのさッ、こんな可愛い女逃したら、もうこの先ないよ? キミの場合ッ

 ——いや、可愛いとか、そういう問題じゃなくて、いま、会ったばかりの人をどうやってカノジョにしろっていうんですか? それこそ論理破綻してますよね、おかしいでしょ、それ


 僕は、どうせなんか新手の詐欺か何かだと思って、まともに相手しないほうがいいと動物的危機回避本能が働いたんだよ。


 ——いま、あったばかりじゃないもんッ ずっと前から知ってたもんッ キミのことは……ずっとね

 ——あーあっ、ストーカーさん、ですか? 


 その後、モモコは僕の後ろに回って、僕のケツにキック一発浴びせて帰っちゃったよね、そうでしょ? モモコ——。


 ——ああ、のことか……ふふっ

 ——ふふっ、じゃないよ。まぁーあの時があったから、いま、こうして僕らがあるんだけどね

 ——んじゃ、それで、いいじゃんッ

 ——聞きたいんだよっ、モモコが僕を最初どこで見つけたのか


 モモコは、スプーンを置いて、水を一口飲んで僕のことをまじまじと見て


 ——聞きたいのか、そんなにッ

 ——ん、聞きたい。


 モモコは腕組みをして、ふーっと息を一つ吐いて、語り出した。


 ——見たんだよ、テツヤが、してるとこ

 ——へっ?


 僕は咄嗟に股間に目をやってしまった。


 ——あんな風にアレする人、初めて見たんだよ


 、って言われても、僕はいたってノーマルなわけで……。

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