14.「殺人通貨/ポンド」
夕飯のおかずは、ハンバーグに温野菜てんこ盛りと、しじみの味噌汁だった。
——んめぇー! なに、これ。モモコってやっぱ、スーパーモモコだわ
——スーパーモモコって、なんだよッ。銭湯みたいじゃんッ
——あ、モモコと銭湯いきてーな。京都時代にも行けなかったしなー
——ここらへん、あんのかよ、銭湯なんか
江ノ電の「極楽寺駅」って、ドラマとかの撮影なんかによく使われるみたいなんだけど、あの木造の駅舎はなんとも風情があって気に入っちゃって、お隣の「稲村ガ崎」なら結構格安な物件もあったんだけど、どうしてもこの駅から出勤したいっていう拘りで「極楽寺周辺」で決めちゃったもんだから、結構、日常生活は不便っぽいんだよね、なんもないもん、ここら辺って。
——たぶん、ねーだろね
——ったくよー、ワタシのことをちっとは考えろよッ、夜道は暗いし危ないだろがッ
——え”? 危ない……ですか?
——なんだッ?
——いや、きっとクマも寄ってこないと思うんですけど……
——ちゃぶ台返しするぞッ、こらッ
お腹がいっぱいになって眠くなってラグ絨毯の上でゴロゴロしてたら、またケツに一発食らって、飛び起きた僕です。
——さぁー始めるぞ。テツヤの口座開いておいてやったぞ、まっ名義はわたしの名前になってるけどな。
モモコは僕のMacBookを開いて、「FX業者」の取引画面、ってのを見せてくれた。画面の右上の隅に、桐島桃子様:【現在の資産】って項目があって、そこに三十万円の数字が入っていた。
——おお、資産三十万円か。百万までの道のりは遠いなー
——まあー、普通にやってたら、三年かかるな
——モモコは、どれくらいで元金が百万になったの?
——だから、三年だ
——ちょっ、ちょっと待ってよ、こっちは半年なんだぜ?
——うむ。気が遠くなるほど過酷だな、不可能に近い
僕は、美味しい夕飯の幸せな余韻も吹っ飛んで、急に不安になってきたんだ。
——だから、言ったろ? 命削ってやれんのか?って
——いや、命削るのは、やだなー、だってずっとモモコと一緒に居たいもん
——泣かせることを言うんじゃねーよッ、クッ……てつや〜
モモコが半べそかいている。
ウソでしょ? って思うでしょ? でもね、モモコってこういうコなんだ。
ふいに涙しておいおい泣き出したり、急に機嫌が悪くなってなんにも喋らなくなったり——。
とにかく、ちょっと不安定なとこがあるんだな。そういう時は僕が黙って抱きしめてあげるんだけどね。(あ、たまにキックとか、食らうけどね ケツに)
——ごめんっ、僕が弱気じゃダメだよね。頑張るからっ! なっ、モモコ
——おうッ さ、始めるぞッ
モモコは、ティッシュで盛大に鼻水をかむと、胡座を組んで僕に向き直った。
——デモ取引を始める前に、二、三、基本事項を言っておく
——はい、はい
僕は、「FXノート」を開いてボールペンを握った。
——FX取引するにはまず「通貨ペア」を選ばなきゃいけない
——ほぉー
——無難なとこじゃ「ドル/円」かな。で、ちょっと危険だけどその分リターンも多いのは、「ユーロ/ドル」。で、「殺人通貨」ってのがあって、それは「ポンド」だ
——ポンド、ってイギリスの通貨の?
——そそ、「ポンド/円」とか、「ポンド/ドル」、っていう通貨ペアは、本当に殺人通貨ペアだよ。下手に触って破産して、首吊る奴多いもんだからそう呼ばれてる。
——そっか、んじゃ、僕はやめといたほうがいいよね
——いや、今回の勝負は、基本この「ポンド/円」と「ドル/円」の二つの通貨ペアで戦う
——ええーっ! クビ吊るのヤだよー 地道に行こうよ。地道なのってどれ?
——「ドル/円」だ。だから、使い分けするんだ。けど、早く稼ぎたいなら「ポンド/円」しかない。
——クビ吊る時、一緒にモモコも付きあってくれるよね?
——アホか、なんでワタシが死なんとイカンのダッ。死ぬなら一人で死ねよッ
さっき、僕が早く死ぬとモモコと一緒に居られないから嫌だって言って、それで半べそかいてたモモコはどこに行ったんだ?
時々、いや頻繁に僕は頭がピーマンになるんだ、モモコと居ると——。
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