3.「オカンと母親」

 ——ってかさー


 僕が湘南の海を眺めながらポツリと言葉を零したその時、ちょっとよこしまな海風が、マリコのスカートの中に吹き込んでガバってマリコのパンツが丸見えになっちゃって——、それは、昨晩ゆうべのピンクのじゃなくて、純白の僕が一番好きなやつだった。


 ——おいッ! 見たなッ

 ——いやいや、見てませんってっ

 ——じゃ、なにだった?

 ——しろ


 バキッ、っと尾骶骨に入るマリコのタイキック。


 ——いつも、見てんじゃんかよ

 ——夜と昼じゃ、違うんだよーッ!


 (意味、わからん)


 ——っていうかさ、このケッコン、かなり前途多難オテアゲだわ


 ——なんでやッ おめぇーの気合いが足りんのちゃうかッ


(マリコは、四年の京都暮らしのせいか、時々、こんな風に関西弁が出る)


 ——だってさ、コレって、ガチじゃ、ね?


 僕の実家は大阪の東の方にある、「中小企業のまち」ってキャッチで知られてる町で、絵に描いたような零細鉄工所なんだ。

 父親おやじは、博打が大好きで寡黙な男だ。自動車部品用の金型を作る工場を昭和五十年代に始めたんだけど、根っから商売っ気がないもんだから、兄貴が継ぐ前までは従業員も五人しか居なかったっていう超ぉー弱小零細企業だったわけ。


 で、兄貴が大学出て、仕方なしに継いでからは、徐々に新規の取引先も増えて、今じゃ従業員も十五人までに増えたんだけど、それでも会社の規模を計る「資本金」は一千万円のままで、吹けば飛ぶようなちっぽけな会社なのは変わらなかったのよ。


 ——カンケーねーしッ

 ——僕たちにはカンケーなくとも、モモコんちにすりゃ、大いにカンケーアリだぜ? コレ


 ——んじゃ、テツヤは、やめんのかよッ


 モモコが半分ベソをかいている。

 タイキックの回し蹴りを見事僕のケツに炸裂させるモモコと、こんな風にすぐにベソをかくモモコが居て、きっとフツーの男なら、お手上げになっちゃうところだけど、僕はそんな不安定でどこか危ういモモコのことが好きで仕方なかった。


 ——スペック的には、ダダ負けだけど……

 ——オヤジならわかってくれるかもしれんゾ、母親はダメだがなッ


 モモコが母親オカン母親ははおやと呼んだ時の声音が少しなにかを含んでるようで、少しの間、僕の耳の奥底で漂ってたんだ——。


 腕時計を見ると三時を過ぎていたので、よっこいしょ、と僕は重い腰をあげて、モモコを見下ろして言った。


——さぁーて、いざ、出陣じゃっ!

——おおっ! いくべッ


 モモコは、ヒョイ、と立ち上がって、僕の腕に手を絡めてきた。

(やっぱ、タイキックより、、がいいよなー)


 僕は、二人の背中に吹き付ける湘南の海風が、ほんのちょっぴりだけど力強くなった気がして、少し足取りが軽くなった気がした。

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