【昼】

俺の腹時計が昼を指している。

落ち込んで憂鬱だった気分も少しずつ回復の傾向をたどっていた。

このまま行けば、夜には完全とは言わないものの回復はしているだろう。


「どうだい、そろそろ落ち着けるようになってきたか」

「いえ、まだまだ完全にはとはいきません。ですが、もう少し時間が経てば回復すると思います」

「そうか、それなら良かった。俺は兄ちゃんが笑ってる顔が見てえよ。お互いに大事な人を失った分、笑い合おうや」

「そう、ですね」


ふっと微笑み、パイプ椅子に腰掛けたまま天井を見上げる。淡い白熱灯が部屋を照らしている。

そう言えば、この白熱灯にも謎がある。この白熱灯はまるで誰かが俺のことを監視しているかのように明かりの調節がされている。寝ている時は完全に消え、寝起きの時は僅かに点いている。

もしかして監視カメラがどこかに設置されているのか?

このことは、監禁部屋の男に聞くのが早い。


椅子から腰を上げ、鉄格子を覗き込む。

男は壁に寄りかかって座り、なんとタバコを吸っていた。

臭いは監視部屋まで届いていなかったので気づかなかった。もしかして換気扇でも付いているのだろうか。

案外、監禁されている島民には自由が与えられているらしい。

覗き込んだ俺に気づいた男は、タバコを床に押し付けて火を消し、手を払うと立ち上がった。


「悪い。臭いは大丈夫か?」

「あ、はい。換気扇が付いているらしいですね。......ということじゃなくて、この白熱灯について聞きたいことがあります」

「そうか、どんなことがあった?」


後ろを振り返り、白熱灯を見ながら話す。


「この白熱灯、誰かが人為的に明かりを調節しているように思うんです。そのことについて、何か知りませんか?」

「あー、そうだな。確かに俺が寝る時は自然と消えているな。でも、すまねえ。そこの難しい所は俺には分からん」

「そうですか......。やっぱ、この島には謎が多いですね」

「謎か......。そういえば、俺も一つ謎があるぞ」

「それは一体?!」


鉄格子にしがみつく。しがみついてしまうと手で塞がれて部屋の中は見えにくくなるのだが、そんなことは気にせずにその謎を知りたかった。

男はそのままこちらに近づくと、シワの入った人差し指で俺のことを指差した。

鉄格子から手を離し、息を飲む。

男は息を潜めて、こう言った。


「兄ちゃんの名前、まだ聞いてなかった」


それには思わず肩を落とす。謎の解明に一歩前進するかと思えば、全然謎でもなんでもない。

確かに、俺たちはまだ自己紹介をしていなかった。

一つ咳払いして、自分の名前を言う。


「俺は、暗崎 幽夜って言います。ちょっとした興味でここでの仕事をしてます」

「おお、やっと兄ちゃんの名前が聞けたな。俺の名前は曽根そねや。またよろしくな」

「分かりました、曽根さん」

「なんか自分の名前を改めて言われるとくすぐったいな」


相変わらず曽根さんは陽気に笑っている。これも人生を積んだ者ができることなのだろうか。

鉄格子を隔てて向かい合ったまま会話を続ける。


「そうだ。幽夜はどうしてこんな島なんかに来たんだ?見たところ若そうだし、こんな孤島に興味を持つってのも不思議なんだよな」

「ああ、そのことですか。......実は、俺。オカルトっていうのが好きなんです」

「オカルト......?なんだ、食べ物か何かか?」


やはり、この島にオカルトという言葉は通用しない。春香も、オカルトと聞いて不思議がっていた。

俺はわかりやすく説明し直す。


「つまり、普通の人が興味を示さない、怖いものに興味があるんですよ」

「ほお、なんか凄いなそれ。で、そのオカルトのためにこの島に来たと?」

「ええ、そう言ったところですね」


曽根さんは腕を組み、感心するかのように頷く。

彼もまた、俺のオカルト好きに引くことはしなかった。いや、この島にオカルトという言葉が無いということは、オカルト好きな人が怪しい人という認識が無いのか。

自殺という概念がこの島に無ければ、俺は住むのに。


「ありがとな兄ちゃん。これでやっと打ち解けたような気がするわ」

「いえ、こちらこそ励ましてもらって。ありがとうございます」


曽根さんを見る限り、自殺はしなさそうだ。

と言っても何が起こるかわからない。今晩こそ睡魔が来ても絶対に寝ない。頬を叩いてでも起き続けてやる。

今度こそ絶対に、自殺はさせない。

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