自殺島 ②

佐藤に連なってたどり着いたのは、じっとりとした林を抜けた先にある泥地帯だった。

見渡すと最近掘ったような痕跡が所々にある。

雨も降っていないのに、この辺りは靴にへばりつくほど濡れていて、鼻を塞ぎたくなるような異臭を漂わせている。

まるで何かが腐ったような臭いが。

それでも佐藤は顔色ひとつ変えることなく、俺を振り返る。


「この泥地帯が何だか、分かりますか?」

「さあ。でも、あんまり良くないところらしいな」


俺は鼻をふさぎながら答えた。


「やはり、そう思いますか。ここは私が一番あなた方を嫌う理由を思い出させてくれる場所なんですよ」


この泥地帯が監視員を嫌う理由になる?

息をなるべく吸わないようにして訊く。


「どうしてここが監視員を嫌う理由になるんだ」

「......それはこれを見ていただきましょうか」


佐藤は近くに落ちていた業務用シャベルを手に持つと、適当な場所を掘り始めた。

泥のヌチャッという音を立てながら少し掘ったところで、今度はカツンと固い音が聞こえた。

その音で佐藤はシャベルを動かす手を止めて、泥に手を突っ込む。

ズブリと取り出されたソレを見て、思わず声をあげそうになった。

佐藤が片手に持ち上げたのはーー。


人間の頭蓋骨、だった。


俺を見て、佐藤はニヤリと口角を上げる。

そして、興奮したように話しだす。


「ふふ、驚きますよねえ。この泥地帯には沢山の人間の骨が埋まってるんですよ。その数は私にも図り知りません。数十、いや数百の人間がこの泥の中に沈んでいるんですよねえ。皆、自殺した者ばかりです」

「......つまり、ここにある骨はまだ島民が自殺していた頃のものだってことかよ」

「全てがそうじゃありませんよ。ついこの間も埋めたばかりです。と言っても半年くらい前ですがねえ」

「は、半年前......!!」


雑誌の記事が掲載されなくなって約半年経ったときに俺はこの島に来た。つまり、埋められたのは雑誌の記者ということに......。

やはり、記者は自殺していたのだ。

手に取った頭蓋骨を適当に放って手を払う佐藤は、未だに楽しげにしている。


「この沼の底には島民と、あなたのような監視員の骨で溢れていますよ。丁度、私の母もどこかで眠っていることでしょう」

「......母親が、か?」

「ええ。私の母はこの島で自殺したんですよ。私が君と同じ年頃だった冬にね。それ以降、私の知人は自殺してませんがねえ」


つまり、佐藤は元島民だったというわけか。

......なるほど、だったらアレは嘘だったんだな。島に到着してから言った、佐藤のあの言葉。


『私のがこの島について深く調べていたのですが、何故か自殺してーー』


それは島民であったという事実を隠す為の嘘であった。

島民であったために監視員を恨んで仕事の募集をし、監視員を自らの手を使わずに殺していた。

では、それほどまでに監視員を恨んだ理由は何だ?


「どうしてあんたはそこまで監視員を恨む」

「簡単ですよ。昔は自殺した島民を監視員がここに埋めてたんです。死体を埋めた監視員は金を貰って島から出て行ってたんです。

母の死体も監視員が運んで行きました。この泥地帯に......。その時の私は監視員の後をついて行って、構わず持ってきていた金槌で殴り殺していました」


佐藤の笑みがより一層怪しくなる。それは初めて会った時の真面目そうな感じではなく、完全に殺人鬼の表情に変貌していた。

ここで、ずっと黙っていた真穂が口を開いた。


「あなたのお父さんって」


一旦息を飲み、自分を落ち着かせるように深呼吸して、もう一度口を開く。



「佐藤曽根、なんでしょ?」



その瞬間、頭に衝撃が走る。

佐藤、曽根だと?

気になったのは曽根という名前。まさか、二日目に監禁されていた曽根さんって......。

佐藤が答える前に、俺が声に出していた。


「曽根って......ここに監禁されていた男の人のことか?」

「......恐らく、あの人がお父さんよ。自己紹介のときには指揮官の名前なんて知らなかったから何とも思っていなかったけど、指揮官の名前が佐藤っていうのだったら証明できるわ」


そんな。てっきり、曽根というのは上の名前だと思っていたが、実は下の名前......。

今思えば、春香もひなも真穂も全員下の名前じゃないか!

佐藤は眼鏡にかけた指は離さずに軽く俯向く。


「確かに曽根さんも、妻を亡くしてる......」

「佐藤家は監視員が殺されてから私たちから恐れられていたの。するなんてって。まさかその佐藤があなたのことだったなんて......」

「あんなこと?」


その質問に、真穂は答えない。

代わりに、黙っていた佐藤がやっと口を開いて答える。


「全て、お話ししますよ」


佐藤は俺たちに背を向けて、ついに話し始める。

どことなく、楽しげなのは何故だろうか。

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