一日目:地獄の始まり

【朝】


家から歩いて五分もかからない港には、一隻の船が停泊していた。

黒色で、少し小さめな船。怪しい組織が使っていそうな船だ。恐らくあの船が俺が今から乗る船なのだろう。

そしてその前にはスーツを着た男が一人立っている。時折身につけた腕時計を確認しては携帯を取り出して何か入力している。

不用意に近づいたら殺されるのではないかと足がすくんだが、五十万の為ならと何とか身を奮い立たせて男に近づく。


「あの......。か、監視員の仕事で来ました」

「ああ、貴方がそうでしたか。本日は誠にありがとうございます。お待ちしておりました」


意外にも怖そうなオーラから放たれた言葉は丁寧だった。見かけで判断するのは良くないな。


「私は、この企画の指揮をさせていただいております、佐藤と申します。何度も島へ訪れておりますので島民は私のことを指揮官と呼ぶようです。それでは早速行きましょう。こちらへどうぞ」

「え、は、はい」


到着してから船の移動までの段階が早くて思わず変な声を出してしまった。

俺は指示されるままに船に乗り込む。中は案外広く、これならゆったりと島まで行けそうだ。

......そういえば、見た目の若さについては何も触れなかったな。


感覚で三十分後、船はスピードを緩め、ついには止まった。島に到着したのだろう。

船を降りて冷たい砂浜に立った時、まず目に入ったのは広い草原だった。ここから少し歩けば草原に踏み入れることができる。横に長く伸びた地形、奥域がどのくらいあるのかは分からないが、きっと横幅と同じくらいだろう。

そしてその草原に建っている角ばったコンクリート施設。

施設の所々にはひび割れや、シミができていた。新しい施設ではないことが分かる。

孤島の草むらの上に建築された無機質な施設。周りを見れば怪しげな木々が整地もされずにいくつもあるのだが、施設のあるここだけが綺麗に整地されている。それが逆に不気味に見える。

ここからだと島の裏側が見えないので、荒れているのはここだけなのかもしれないが。

一般人が見れば中に入るのも恐れ多いだろうが、俺にとってはこの施設は俺を興奮させる。オカルト魂に火がついていた。


「この施設であなたは監視員として働いていただきます。途中で業務の破棄は認められません。

あなたには、この施設に監禁された島民が自殺しないように監視していただきます。期間は五日間です。くれぐれも島民の自殺を助長するようなことはお止めください。

......それと、この島について深く詮索することはお止めください」

「えっ、どうしてですか」


そう訊いた途端、佐藤の目つきは変わった。鋭くこちらを睨むような......。

だがその目つきもすぐに戻り、先ほどと同じ口調で質問に答える。


「昔、私の友人がこの島について深く調べていたのですが、何故か自殺してこの世を去りました。この島について調べることは自分の死に繋がることなのです」


この島は呪われているらしい。

そこまで言われるとオカルト好きにとっては痛い。調べる目的もあったのに死んでしまっては元も子もない。


「そ、そうだったんですね......。分かりました、深く調べることはしませんよ」

「理解が早くてありがたいです。さ、それでは中に入りましょう。一日一人の監視をしていただくので合計で五人の島民を監視していただくことになります。ちなみにこの施設にいる島民は、昨日ここに連れて来ました。......まずは一人目の方からとなります」


そう言って佐藤は施設に向かって歩き出す。

きっとこの施設に何度も足を運んでいるのだろう。その何度目かには雑誌の記者もいたはずだ。

コンクリートの壁に目立つように作られている鉄製の扉。潮風の影響で錆が酷い。

佐藤が取っ手に手をかけると、耳を塞ぎたくなるような音を立てて扉は開かれた。


「さ、中へ」


言われるがままに施設の中へ入る。

独特な臭いを放つ施設の中は、かなりシンプルだった。扉を開けて左手にはパイプ椅子が一脚と謎の箱が一つ、そして右手には小さな鉄格子がついた鉄製の扉。

きっと、その扉を開ければ中に島民がいるのだろう。

佐藤は椅子の前に立ち、改めて説明する。


「こちらの椅子に座っていただいて一日を過ごしていただきます。食糧は後ろの箱の中に入っております。適宜食事を行ってください。それと、ペットボトルの水には尿を抑える薬が入っております。身体に害は無いのでご安心してお飲みください。

それと、この鉄格子のついた扉は外から特別な鍵が無いと開かないので襲われる心配はありませんのでご安心ください。

一日目が終了となった場合、二日目はあちらの扉から次の部屋へと移ってください」


あちらの扉と言って指差したのは、入ってきた場所から目の前にあるこれまた鉄製の扉のことだ。あそこに行けば、二日目に監視する島民がいるということか。


「......これで一通りの説明は終わりです。それではまた五日後にお会いいたしましょう」

「あっ」


手短に説明すると、俺の質問を待たずに佐藤は外へ出て行った。

後を追うように閉められた扉に近づいて開けようとしてみたが、どうやら鍵をかけたらしくビクともしない。

天井から吊り下げられた白熱灯電球が温かみと不安感を醸し出している。この部屋には窓が無いので外の様子を見ることができない。

特に動き回ることはせずに、早速パイプ椅子に腰掛けて鉄格子を見つめる。


数分後、あまりに静かなので本当に中に人がいるのか気になって興味本位で覗いてみることにした。


「だ、誰かいますかねえ」


そーっと顔を近づけ、中を覗き込む。何分なにぶん鉄格子が小さいので、見渡せる範囲が狭い。俺の顔よりも鉄格子が小さいので、顔を押し付ければ赤く四角い跡がつくことは想像できる。


確かに人は、いた。それも女だ。肩までまっすぐ伸びた黒髪に、丸みのある顔。顔のパーツのから俺と同い年くらいに見えるが、童顔という可能性もある。

服は囚人服のような黒い横縞が入った服に、少しボロい黒ズボン。そして裸足。

その女は覗き込む俺を見て少し驚き、怯えたような目を見せる。

そして、震える口から弱々しい声で一言。


「あ、あなたは、誰......?」

「俺は幽夜。暗崎幽夜って言います!えと、君の名前は?」


俺は何もしないよと安心させるために元気に言ったのだが、その女はまだ怯えているようだった。

名前を訊くが、答えてはくれない。

とは言ってもそこまで知りたいとも思わないが。

依然、安心させるような口調で会話を続けていく。


「なんか、大変だよね。こんな部屋に監禁されてさ」

「......」

「俺、一つ気になってることがあるんだけどさ、どうしてこの島の人って自殺するんだろう?」

「......」


女は何も答えない。少し質問の内容がアレすぎたか。深入りするなと言われるとしたくなる。人間とはそういうものだから仕方ない。


「ごめんね、変なこと訊いちゃって」


鉄格子から顔を離すと、パイプ椅子へと戻る。一応食糧の確認でもしておこうか。


宝箱のような箱を開けると、中にはペットボトルに入った水が三本に、コッペパンが一袋に二本入ったものが三袋。

ほんとに食糧といった感じで豪華では無いが、まあ大金が貰えるなら何も文句は言わない。


今は何時だろうと時計を確認したかったのだが、なんとこの部屋には時計が無いので今が何時なのか知りようがない。

こんなことなら腕時計を持ってくるべきだった。


お腹はまだ空いていないので、食べる必要も無い。喉も渇いていないので補水する必要もない。

監視だから楽だと思っていたが、これはこれでなかなかに辛いことが分かった。


五日が長く感じられるのは、何もすることが無いからだーー。

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