【昼】
家で朝食を摂ってからそれなりに時間が経って、きっと今は昼時だろう。
静かな監視部屋に鳴った腹の虫でそう思っていた。
片手にコッペパン、もう片手にペットボトルを持って昼食を摂る。
ほとんど甘いだけのコッペパンを貪りながら、鉄格子を見つめている。
あの女は食事は摂っているのだろうか。コッペパンなら千切って鉄格子の隙間から渡せそうだが。
そこで男の言葉を思い出す。
確か「自殺を助長するようかことはするな」と言われていた気がするので、食料を与えることは大丈夫なはずだ。
袋に入った二本目のコッペパンを取り出して、鉄格子に近づく。
中を覗くと女は何もせず、ただ静かに俯いてその場に座り込んでいた。
あの会話のあと、一言も会話は交わされていない。このコッペパンによって少しでも会話ができればいいのだが。
「あのちょっといいかな」
「......」
女は顔を上げると、またもや怯えた目つきで俺を見る。
先ほどの反省を生かして慎重に会話を続ける。
「さっきは一方的に話しちゃってごめん。ちょっとでも君と仲良くしたいと思ってさ」
「......」
女は何も言わない。ただただ俺のことを鉄格子の向こうで見ているだけ。
手に持っているパンを見せてもう一度。
「あ、これさ、コッペパンなんだけど......食べる?」
「......ない」
「えっ?」
「いらない」
言って、今度は鋭く俺を睨みつける。
おどおどしていた様子からは想像がつかないほどに鋭い眼差しに思わず後ずさった。
諦めようとも思ったが、どうしても諦めきれなかった。
俺はこの島について何かがわかるまでは諦められない。その目的のために来たのにここで諦めていては意味がない。
もう一度話しかける。
「お腹、空いていないの?」
「......」
「少しだけでも食べようよ」
それでも女はなかなか食べようとしてくれない。しかしその理由は、次の一言で分かった。
「......毒、入ってるんでしょ」
「えっ、毒なんて入ってるわけないよ」
「......いらない」
本当にいらないのか?あの指揮官と名乗っていた佐藤が食事をさせる姿が想像できないのでひょっとしてこの女は何も食べていないのかと思っていたが、本当は食べている?
いやいや、だとしたら毒が入ってることなんて確認しないか。
やはり、お腹は空いているんだ。
そのとき、部屋に腹の虫が鳴り響く。
「やべっ」と思いながら腹を抑えたが、どうやら俺の腹から鳴ったものではない。
ということは、この腹の虫は女の腹から鳴ったのだ。
見ると、女は顔を赤くして俯いていた。
クスッと笑って俺はコッペパンを食べやすい大きさに千切る。
「お腹空いてんじゃん」
「う、うるさい......」
「安心して。このパンに毒が入っていないことは俺が証明する」
すると女は強張らせていた表情を緩め、思わずといったような声を出した。
「本当に......?」
「本当さ。というか俺は君が自殺しないように監視するんだから、殺すなんてありえないよ」
女は黙って立ち上がる。目つきは打って変わって穏やかで逆に怖い気もしたが、まあ安心してくれたならそれで良い。
「はい」と狭い鉄格子から千切ったコッペパンを渡していく。
女はそれを受け取って自分の口に運び、もごもごと必死に食べている。
まるで小動物に餌を与える飼育員のようだ。
「......可愛いね」
「んぐっ......!」
不意の一言にパンを喉に詰まらせたのか胸を拳で叩きながら咳き込む。
そして、恥ずかしさを押し殺すように声を出す。
「なっ......突然なに!死ぬかと思ったじゃない!」
「ごめん、ごめん!まさかそんなにむせるとは思わなかった」
女は息を整えて、呆れたように俺を見つめると、言葉を放った。
「ふざけないでっ......そんなこと、簡単に言うもんじゃないでしょ」
「思った事を言っただけだよ」
「し、知らないっ!」
ふんっと鼻を鳴らしそっぽを向く。
冗談で誰にでも可愛いと言う男ではない。俺が可愛いと思った女にしかその言葉は使わない。
だから嘘ではない。
「怒らないでよ。あっ、そうだ。君の名前は?俺だけ自己紹介して結局聞けなかったからさ」
「わ、私?......私は......
「春香、か。良い名前だね」
「うるさい」
顔をこちらに向けてくれたら良いのだが。
春香はこの島について何か知っているだろうか。あのとき訊けなかった質問をもう一度する。
「変なこと訊くけどさ、どうしてこの島は自殺島なんて言われているのかな」
「......似たような質問さっきもしたよね」
「確かにしたけどさ、そのときよりも今の方が答えてくれるかなって」
「何よそれ」
言葉選びを間違えたのかと一瞬焦ったが、春香はこちらに背を向けたまま腕を組んだ。生まれたときからこの島にいるならば、何か情報を持っているかもしれない。
一体何故、この島の島民は自殺するのか?あの雑誌の記者はどうなったのか?
「ごめんなさい。私には分からない」
「あ......そっか。ありがとう」
「いえ」
本当に知らないのか疑問に思ったが、変に刺激してはいけないだろう。
結局、春香から詳しい情報を聞き出すことはできなかった。佐藤が言った「この島について深く詮索はしない」とはどこまでがそうなのだろう。
期間は今日を含めないであと四日。
その間にこの謎を解くことはできるのだろうか。
その会話のあと、一度はパイプ椅子に戻ったが、座ったままでも俺は会話を続けた。
そしていくつかの会話を交わす内に、この一言で春香の様子は変わった。
「どうして、ここに連れてこられたの?」
春香からの返答はいつもより遅かった。
そこでブツリと何かが切れたように沈黙が降りる。
そして何分かして春香の口からその答えは返ってきた。
「......昨日、指揮官が私たちをこの部屋に監禁したの」
「指揮官って、あのスーツを着た男が君たちのことを?」
「ええ。突然家に上がりこんでここに監禁したのよ」
この島には初めて上陸し、いざ施設の中に入ろうとした時に佐藤は言っていた。『この施設には昨日連れてきた島民がいる』と。
つまり、この施設に監禁したのは紛れもなく佐藤ということになる。
......なるほど。だから佐藤はここの島の島民から指揮官と呼ばれていたのか。正直初めに会った時そのくだりはいるか、と疑問に思っていた。
あの男が島民をここに監禁して自殺しないように監視する仕事はどうして作り上げたのだろうか。施設に監禁するのは少し強引な気もする。
そしてその佐藤の友人である何某はどうして自殺してしまったのか?
謎が謎を呼んでいく。
この島が抱える謎は、決して小さなものではない。潜んでいるのはきっと俺の想像を遥かに超える恐ろしいものに違いない。
俺のオカルト勘が、そう言っている。
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