エピローグ

行方。

約一週間ぶりの風景。

自然と涙が溢れそうになる。

陽に照らされて、輝く高層ビル。靄を吐き出すコンクリート。耳を撫でる波の音。

そのどれもが新鮮に感じられた。


「ここが、幽夜の街......?」


船から降りた春香がぽつりと呟く。

島の景色とはまったく違う雰囲気に圧倒しているようだった。


「凄い......」


真穂も思わず、といった風に声を漏らした。


「そうだろう? ここが俺の住んでいる街だ」


こんな若造に街を語る権利があるかは知らない。俺もこの街について詳しいわけではない。

だけど、この街で過ごしていたことを自慢したくなったのだ。


「......これから、どうするの」


こちらを振り返った春香が訊く。

俺は「そうだな」と腕を組んで考える。


「とりあえず、俺の家に行こう。......家族が心配してるかもしれないからさ」


正直、そんなこと期待していなかった。

心配なんてしてくれていないんじゃないか?


「......そうだ、幽夜」


俯き加減の春香が不意に声をかけてくる。


「どうした?」

「本当にありがとう」


ふっと微笑んだ春香。

側で見ていた真穂も、少し恥ずかしそうに後に続いた。


「私からも、ありがとう」

「お、おう。改めて言われると恥ずかしいな」


頭をかいて空を見上げる。

停泊する船は、次の出航まで静かに海に佇んでいる。


長かった島の生活も本当にこれで終わり。

真穂も元気になり、春香も亡くなった母親に花を手向けることができた。



......沼地帯だったよな?



カーネーションを手向けた春香と、それを見届けた俺。



待てよ?



おかしい。だったら、どうして。



「ねえ、幽夜」


思わずバッと振り返る。

春香が心配そうに俺を見つめていた。


「大丈夫?」


俺は大丈夫だ。何一つとして問題は無い。

考えすぎなのか? それとも。


「何か、気になってるの?」


春香の問いが続く。

俺は考えをまとめるのに必死だった。



カーネーションを手向けた際、そのときに気付かなかった違和感がある。

そしてこの違和感を紐解いていき、行き着いた先に見えた俺なりの答えが、嘘であってほしいとさえ思った。



ーーどうして、沼地帯に佐藤の遺体が無かったんだ?



病院にいた二日目の朝、俺は待合室でこんな噂を耳にした。


二人の遺体が沼地帯で見つかったのだと。


二人の遺体。それはきっと佐藤と、理由は分からないが、曽根さんの遺体だ。

俺はあの沼地帯を佐藤に付いて行って初めて知った。

島民が沼地帯を知っていたのかは分からない。仮に島民が沼地帯の存在を知らなかったとしても、あの日、沼地帯があることを知った人物がいる。

佐藤と曽根さんは抜かしたとして、


俺、真穂、ひな、そしてーー。



「本当に大丈夫なの?」


目の前にいる、春香だ。


一日目の夕方、春香はひなの母親が来るまで世話をしていたと言っていた。

仮にそれが嘘だとしたら? 俺が病室にいたとき、春香が沼地帯に行ったとするならば?

できてしまう。春香なら一日目の夕方までに沼地帯に戻り、遺体を埋めることができる。

そして二人の遺体があったことを噂という形で流すことだってできる。


「なあ、春香」


今度は俺が訊く。

これは確かめなければいけないことだ。


「母親は、どうして亡くなったんだ」


この質問に、春香の表情が変わった。

すかさず真穂が横から割って入ってくる。


「ちょっと! その質問は......」

「良いんだよ、まっちゃん」


手で制し、春香はにっこりと俺に笑いかける。



「自殺したんだよ?」



背筋が凍った。

どうしてそんなに笑顔なんだ?


「じゃあ、まさか」

「幽夜、最後に言っておくね」


依然、春香の笑顔は無くならない。


「私、佐藤さんの事が嫌いだったから」


船の汽笛が重苦しく轟く。

先ほどまで出ていた太陽は分厚い雲に覆われて、辺りは暗くなっていた。

その春香の一言は、雷鳴の如く俺の身体を通過していく。

余計な思考を働かせた俺が間違いだった。聞いた俺が馬鹿だった。


「幽夜、これからもよろしくね」


俺は返事ができなかった。

今、目の前にいる春香の化けの皮が剥がれた。

その笑顔に、純粋な感情は無くなっていた。

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自殺島 花夏 綾人 @kanatsuayato

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