【夜】
結局、昼食は摂らなかった。
何故かお腹が空かない。動いていないのも原因だが、やはり他に原因があるとすれば春香の死と、もしかすると目の前の監禁部屋にいる曽根も自殺してしまうのではないかという不安で気分が一杯なんだと思う。
無理に食べて吐いてしまっては、食べた意味がないので無意味な食事は避けるべきだ。
「兄ちゃん、なんか食べるものあったりするか?腹が減ってよ」
「あります!今持って行きますね」
「おう、すまんな」と曽根さんが言うのを聞きながら箱から新しい袋を取り出して鉄格子に近寄る。
「どうします?開けて渡しましょうか?」
「いや、それは大丈夫だ。兄ちゃんに迷惑はかけない。そこから落としといてくれ」
「あ、はい。分かりました」
言われた通りに鉄格子の隙間からパンの袋を落とす。引っかからないか心配だったが、難なくすり抜けてくれた。
ガシャリと袋の音が鳴る。
「ありがとな」
彼の声と同時に袋の開封音が耳に入る。
「いえいえ」と返事しながら俺は椅子に座った。
パンを食べる音だけが今のこの空間には存在している。その空間の中で、俺はずっと考えを巡らせていた。
自殺を止めるにはどうしたら良いか、この島の謎。そして指揮官の佐藤について。
佐藤はどうしてこんな募集をかけたのだろうか。監視員という仕事は、かなりの大金を払ってまでさせるような仕事なのだろうか。
そしてもう一つ気になるのが、雑誌の記者が消息を絶ったことだ。結局半年経ってもその結果が記事になることはなかった。
恐らく、その記者はこの島で自殺したのだろう。そう考えるのが妥当だ......。
島民が自殺するから、自殺島と名付けられたこの島にはどんな過去があったのだろうか。
うーんと唸る俺に、曽根さんは話しかける。
「どうした兄ちゃん。また悩み事か?」
「ああ、いえ。大したことじゃないんですがね」
「......そうか?......と、そうだ。このパンを食べてる時に思い出したことがある。きっと兄ちゃんの思ってることに関係してるかもしれん」
思わず椅子から腰を浮かせたが、また昼間みたいに名前を聞かれるようながっかりする事ではないだろうな?と怪しんだが、曽根さんはそんな俺を感じたのか、笑って否定した。
「違う違う。そんな昼間みたいなことは聞きやしないさ。いいか?......これは噂なんだが、ここに俺たちを監禁した佐藤って男はかなりの金を持ってるらしいぞ」
確かに、しょうもない話ではなかった。
俺が疑問に思っていた大金を払ってまでこの仕事を募集する理由に何かヒントになるのかもしれない。
「なるほど......。そうなんですね。ありがとうございます」
「まあ噂だから本当かは分からないけどよ」
「いえ、良い情報ですよ」
俺は微笑んでいたと思う。信憑性はかなり高いとは言えないが、有力な情報だ。
これで謎が解決できるかは俺の力にかかっている。今まで推理小説なんかあまり読んだことのない俺だが、果たしてこの謎は解くことができるだろうか。
推理小説を腐るほど読んでおけばよかった。
「ほんと、今日はありがとうございます。春香が死んで、立ち上がる気が無くなっていた俺を曽根さんは救ってくれました。お陰様でこれからも前向きに生きれると思います」
「ははっ、そりゃあ良かった!俺も久しぶりに兄ちゃんみたいな若い者と話せて若返った気分だ。また明日からも頑張ろうな」
元気よく「はい!」と返事した。
今日は残り何時間だろう。腹時計では夜になってからかなり経った気もするが、やはり一日の流れはゆっくりに感じる。
また明日も新しい島民が俺のことを待っている。
曽根さんからもらった沢山の勇気で、俺はこれからも生きていける。感謝してもしきれない。
ここで、恐れていたことが起きる。
突如として睡魔が襲ってきたのだ。俺は眠らないように必死に頬を叩く。その音は部屋に響き、監禁部屋の曽根も思わずこちらに近づく。
そして鉄格子を音を立てて握ると、心配するように言った。
「ど、どうしたんだ兄ちゃん!気でも狂ったのか?!」
「違いますっ!......寝ないように戦ってるんです!」
「そんな、どうして」
もちろん、曽根さんが自殺しないように起きているためだ。ただ、これを口にしては曽根のことを信用していないように思われる可能性があるので俺は言わなかった。
「そこら辺でやめときや、兄ちゃん」
「で、でもっ......」
「兄ちゃん!!」
突然叫ばれて、我にかえる。曽根さんは息を切らしてこう続けた。
「自分のことを傷つけるなんて何て事してるんだ!たかが眠りたくないくらいで、自分を傷つけることはしてはいけない」
「......曽根さん」
違う、そうじゃないんだ......。
「良いか?何をそんな必死にしているのかは分からんが、自分で自分を傷つけるんじゃない」
「......はい」
思わずその場に座り込む。
曽根さんは「それでいい」と穏やかに言うと、監禁部屋の奥へと戻っていった。
自分のせいで最後まで心配かけてしまうとは何と情けないことだ。
明日、もう一度......謝ろう。
結局、今日も睡魔には勝てなかった。
白熱灯がフッと消え、部屋には再び闇が訪れた。
カチッ。
その小さな音を、深い眠りに落ちていた幽夜は気づくはずもなかったーー。
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