三日目:小人とヒーロー

【朝】

今、鏡を見れば俺の顔はげっそりしているに違いない。この二日間、どれだけの精神を削がれてしまったのか計り知れない。

それでも次の島民は、俺のことを待っている。行かなければならない。

身体的な疲れからか、鉄扉は重く感じた。

ドアノブを握る手から冷たさを感じながら体重を乗せてゆっくりと開けていく。

バタンと閉じた扉は、やはりカチャンと鍵が掛けられた。

その瞬間、鉄格子がガシャンと音を立てて掴まれたかと思うと、部屋に高い声が響いた。

思わず驚き、鉄格子を見る。


「あっ!お兄ちゃんだっ!」


声が、幼い。

その瞬間、俺の胸は締め付けられた。

......まさか、今度は子供がーー。


鉄格子にしがみついてぶら下がっていたのは、小学生くらいの女の子だった。小さな手で必死に鉄格子にぶら下がり、その陽気な声で話しかけてくる。


「お兄ちゃんってだれなのー?」

「おーい、お兄ちゃんー!」

「ねえー、あそぼうよ」


正直、やめて欲しかった。

こんな小さな少女でさえも監禁の対象としている佐藤を酷く恨んだ。

こんな小さな子が自殺なんてするわけがない。こんなところに監禁さえされなければ、今頃どんな生活をしていたんだろうか。春香のように辛い生活なのか、それとも普通の生活なのか......。

少女の無邪気な笑顔からは何も感じ取ることができない。


どうすれば良いのだろう。このまま無視するか、それとも相手になってあげれば良いのか。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「もしもーし、聞こえてますかー?」


言葉の合間合間でジッと俺を見つめる。ふと、少女と目が合った。その瞬間、少女は満面の笑顔で喜んでいた。


「あっ!やっと目が合った!」

「......どうして、君はそんなに元気でいられるんだい?」


少女は動くのを止め、鉄格子から手を離して地面に着地する。

視界から消えたように見えて、慌てて鉄格子に駆け寄り中を覗く。少女は手を叩いて汚れを払い、またもや笑顔で答える。


「わたし、げんきな人が好きなの!」

「元気な、人?」

「うんっ!だから、お兄ちゃんもげんきになってくれたらうれしいなっ」


まさかこんな小さな子に励まされるなんて......。

膝から崩れ、思わず瞳から涙が溢れる。

俺が泣いてることに気がついたのか、少女が心配した声で訊いてくる。


「お兄ちゃん、どうしてないてるの?かなしいことでもあったの?」

「いや......ううん、何でもないよ。ごめんね、心配かけちゃって」

「かなしいときは、楽しいことを考えるんだよってお母さんがいってた!」

「うん......うん」


少女の言葉に返事をし、涙を拭いて俺は立ち上がる。それを見て、少女に笑顔が戻る。


「ふふ、やっぱりお兄ちゃんは笑顔がにあうねえ」

「そ、そうかな?......ありがとう」


俺も満面の笑みで返す。やはり、もう会話なんてしたくないと思っていても無視することなんてできない。

自殺してしまうことが決まっているなら、最期の日くらいは話し相手になってあげても良いのではないか。

まだ自殺する確証なんて無いのだが、今までの二人はこんな風に思っていても結局は自殺してしまった。だから、この子は自殺なんてしないと断定するのは厳しい。

いや、だったら自殺する手段を俺の方から断ち切ってやれば良いんじゃないか?

そうだ、曽根さんのときだってタバコを吸っていた彼からライターを取り上げていれば焼身自殺することもなかった。

ただそうだとしたら、春香はいつの間にあのロープを手にしていたのだろうか?俺が鉄格子から部屋を見渡して死角になるところに隠していたのだろうか?

落ち着け、俺。今はこの部屋の少女から自殺の原因となりそうなものを排除するためだけに頭を使え!


「ね、ねえ。ちょっと良いかな?」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「えっと......」


何て言ったら良いんだろう。「自殺しないために君の部屋から不要なものを出したい」だと意味が通じなさそうだし、「危ないものを出したい」と言っても、どれが危ないかなんてこの少女にしか分からない。死角に危なくなさそうでつ、自殺ができるような物があれば意味がない。


「だいじょうぶ?」

「......そうだ。ねえ、そこに君のものじゃない物ってあるかな?」

「わたしのものじゃない物......?」


少女は小さな首をカクンと傾げてから部屋をくるりと見渡す。


「あったよ!」


しめた!これで自殺してしまう原因となるものを排除できる。

俺は少女を褒めて、何があったのかを確認する。


「どんな物がそこにあるかな?」

「んーっとねえ、ヒモとー、ほうちょうとー、なんか小さなハコがあるよ?」


やはり、紐、包丁といった危険なものが置いてある。

ん、小さな、箱......?何だその怪しい物は。

少女は子供ながらの好奇心を発揮している。


「このハコ、あけてもいいのかな?」


そのハコとやらに近づく足音を聴いて、思わず叫んだ。


「触るなっ!!」


「ひっ」と声を出して、少女はこちらに戻ってきた。

小さな箱、もしかして開けた瞬間に爆発するような仕組みじゃないだろうな?

今みたいな好奇心でその箱を開けてしまえばたちまち箱に仕掛けらた爆弾が起動し、爆発する。そうなればこんな小さな少女は木っ端微塵になるに違いない。

子供の好奇心を利用した仕掛けを無いとは言い切れない。


「ど、どうしたのお兄ちゃん」

「良いか、あの箱をこっちに持ってくるんだ。そーっとだぞ、そーっと」

「わ、わかった!」


軍人のようにぴしっと敬礼し、てててと小さな足で走っていく。

「よいしょ」という声で箱を持ったことを確認し、「よし、ゆっくりだ」と声をかけながら鉄扉まで運んでもらう。


少女が運んでくれた箱は確かに小さかった

俺の顔くらいの大きさの木で作られた見た目に何の変哲も無い箱。だからと言って安心はできない。この箱にどんな仕掛けが潜んでいるのかは開けてみないことには分からない。

そのためにも、まずは監禁部屋から監視部屋への移動が第一だ。

少女の身長だと鉄格子まで届かない。かといって鉄格子の隙間から俺が腕を伸ばすことも狭くてできない。

腕を組んで考える。箱を監禁部屋から取り出す方法、方法..,...。


『どんな物がそこにあるかな?』

『んーっとねえ、とー、ほうちょうとー、なんか小さなハコがあるよ?』


......そうだ。紐があったと言っていた。それを箱に結んでその紐の先端をこっちの部屋に入れてもらう。そしてその先端を引っ張れば、箱を鉄格子まで手繰り寄せることができる。名案だ。


「さっき紐があるって言ったよね?その紐で持ってきた箱を結ぶことってできるかな。もしできたら、少しだけ長さを残してその紐で箱を縛って欲しい」

「まかせてっ!お母さんにならってるからできる!」


これは中々に頼もしい。

少女はサササッと手際よく箱を紐で縛っていく。思ったより紐は細かった。これが綱引きのロープ大のものでなくて良かった。

「できたよっ!」と完成の合図を聞いて、俺は次の指示を出す。


「良くやった!よし、じゃあ次はその余った紐をこっちに渡してくれ」


鉄格子から入れることのできる限界まで手を伸ばす。少女から紐の先端を受け取り、そのままゆっくりと箱を手繰り寄せていく。

変な衝撃を与えないように慎重に。


やっとのことで箱の移動に成功。

だからと言って開けるような真似はしない。

もしこれが本当に爆弾なら、開けた瞬間に俺が死んでしまう。

なので、俺はこれを開けずに部屋の隅っこに置いておく。

これでひと段落、したいところだが監禁部屋にはまだ包丁が残っている。これも部屋に残しておくわけにはいかない。


「さ、最後にその包丁だ。それもこっちに渡してくれるかな」

「う、うんっ!」


少女はその小さな両手で、包丁の柄を持つと俺に刃の先端を向ける。一瞬だけ、伸ばしていた手を引っ込めてまた差し出す。

それには少女も申し訳さを感じたようだ。


「あっ、ご、ごめんなさい......」

「気にしないで。俺は大丈夫、今は君の安全が大事なんだ」

「う、うんっ」


包丁は何とか紐を使わずして移動に成功した。これで、監禁部屋には自殺できる物は無くなった。

少女の服装には、ポケットは付いていないので何かを隠し持つことは出来ない。これで、この少女の自殺は止められるはず。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんって何てなまえなのー?」


またもや鉄格子にしがみついて俺と視線を合わせ、にひひと笑いながら訊いてくる。

俺は少女の頭を軽く撫でながら答える。


「俺の名前は、暗崎 幽夜だよ。君の名前は?」

「わたしー?わたしは、ひな!よろしくねゆうやお兄ちゃん!」

「ああ。今日一日よろしくな、ひなちゃん」


今日は安心して一日を過ごせる。

俺はそう確信した。

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