【昼】前編

今日は、今までの二日間に比べればまだ安心できる。

なぜなら、朝のうちに自殺の原因となりそうなものは全て取り除いたからだ。これで、ひなと名乗った少女が亡くなる事は無い。今までもこうしていたら良かったと後悔していたが、後悔しても先に立たないので考えることはよそう。

「前向きに生きろ」曽根さんの言葉で今度こそは諦めるわけにはいかない。前向きに生きるためには、犠牲をこれ以上出さないことが重要だ。


ぐううと腹の虫が俺の腹からではなく、ひなの腹から鳴る。ひなは恥ずかしそうにお腹を押さえてはにかむ。

そうか、もう昼時か。


「えへへ、お腹すいた......」

「大丈夫、ちょっと待っててね。今持ってくるから」


鉄扉から離れ、箱の中からコッペパンを取り出す。袋を開けて中から一本、いや今回は二本あげよう。こんなに食べれるか分からないが、よく動き回るので、もしかすると俺よりもお腹が空いているかもしれない。


「えっ、こんなにいいのー?」

「全然良いよ。沢山食べてね」

「うんっ!ありがとう!」


ひなは大事そうに両手でコッペパンを抱え、しゃがみこむと早速一本目にかじりつく。口が小さいので食べるのに時間がかかるかもしれないが、その分腹に溜まるのでむしろ時間をかけたほうが良い。

はぐはぐ食べるひなに少しだけ注意しておく。


「あんま急いで食べるなよ」

「うんっ!おいしい〜」


まるで妹がいるような気になる。年の差は激しいが。

......水もあげたほうが良さそうだな。

箱から取り出した水を鉄格子からひなに差し出す。


「ほらっ、喉に詰まらせないようにゆっくりな」


もごもごと口を動かして、ペットボトルの水を受け取る。多分「ありがとう」と言ったんだと思う。


ひながコッペパンを食べている間、俺は特にすることが無い。かといってひなが食べ終わるまでずっと見続けるのも変に気を使わせてしまいそうで、パイプ椅子に腰掛けていた。

ひなが食べ終われば俺はすぐにコッペパンを入れていた袋とペットボトルを回収しなければならない。

袋は窒息の可能性が。そしてペットボトルはキャップの誤飲による窒息の可能性が考えられる。普段ならなんとも思わないものでも、年齢を考えると凶器に変わるものばかりだ。


「ゆうやお兄ちゃんっ、食べおわったよー」

「早いな......。分かった、今行くよ」


立ち上がって鉄格子から手を伸ばして、ひなから手渡された袋とペットボトルを床に置く。袋よし、ペットボトルのキャップよし。大丈夫だ。夜食のときもこれと同じことをするだけ。

三度目の正直。今度こそ、必ずーー。


食べ終わってもひなは黙ることなく元気いっぱい話しかけてくる。

昼食を摂ったことにより、さらに元気になったような気がする。


「ねえねえっ、ゆうやお兄ちゃんは何しにここにきたのー?」

「俺?俺はオカルト......じゃなくて、この島に興味があってここに来たんだよ」

「どうしてー?」

「ど、どうしてって。今となってはそうだなあ......ひなちゃんのことを守るため、かな?」

「じゃあお兄ちゃんもヒーローなんだね!」

「そう!僕は君のヒーローさ」


ひなの目が輝いている。まるで俺を本当のスーパーヒーローとして見るかのように。

こうして見ると、俺は小学校の先生になったようにも思えてくる。


すっかりひなのヒーローになったところで俺もお腹が空いてきた。

ひなの活力に当てられて俺も知らないうちに身体のエネルギーを使っていたのかもしれない。


箱から取り出してきたコッペパンを椅子に腰掛けて食べ始める。俯いて食べていた時、視線を感じた。はっと見上げるとひなが物欲しそうに俺のコッペパンを凝視していた。

......まさか。さっき、食べたばかりだろ?


「もしかして、欲しいの?」

「あっ、えーっと。食べたいっ!」

「そ、そっか」


まあ少しならと、千切ってひなに渡す。

「ありがとうっ!」と受け取るとすぐに口にほおって美味しそうに食べている。

こんな他愛ないやり取りですら微笑ましく感じられるのはなぜだろう。

もしかすると、廃れ切った心にはこういった会話でも楽しく感じさせるのかもしれない。


元気いっぱいなひなは、一体どんな生活を過ごしてきたんだろうか。

鉄格子を片手で握り、まだ口にコッペパンを含んでいるひなに質問する。


「ねえ、ひなちゃんってどんな生活をしていたの?」


質問に早く答えようと口を動かすペースを速め、ごくんと飲み込むと答える。


「わたしはねー、家でせいかつしてたよ」

「......どんな生活だった?」

「んーとね。お母さんがいてー、お父さんがいてー、お姉ちゃんがいたっ!」

「へえ。楽しい?この島の生活って」

「たのしいよ!」


「そうか」と鉄格子から手を離す。

この島にはコンビニはおろか病院も無さそうな雰囲気だった。仮に風邪をひいた場合、どうやって治しているのだろうか。島の食料はどこでどうやって入手しているのだろうか。

自殺島と呼ばれる謎の他に、この島の生活についての謎も生まれるばかりだ。

これは一度、ちゃんと整理しておいたほうが良さそうだな。

食べかけのコッペパンを急いで完食し、手短に準備する。


持ってきていた記事は名前の交換に使ったため、使用はできない。他に書くものといえばただ一つしかない。

俺が今立っているコンクリートだ。ここならペンで文字も書けるだろうし、最適だ。

ペンのキャップをポンと外し、床に四つん這いになる。コンクリートのわずかな冷たさが手のひらに伝わる。

試しにペンでカーブを書き、書きやすさを確認する。多少の凸凹はあるが、まあ特に問題はないだろう。

ペンをくるりと回し、ペン尻をコツコツと叩きながら頭の中で考えを整理する。


この島は自殺島と呼ばれている。理由としては、島の島民が不自然な自殺を遂げていることからこの呼び名がついた。島民の自殺が始まったのは最近のことではなく、昔から続いているらしい。これは曽根さんからの情報によるものだ。

春香、曽根さん、二人がどうして自殺してしまったのかはまだ分からない。二人とも自殺するようには見えなかったのに、俺が寝ている間に自殺してしまった。


ーー俺が、寝ている間に?


そうだ、どうして俺が寝ている間に二人は自殺したのだろうか。俺に、自殺する様子を見せないためか?

曽根さんの妻も、曽根さんが寝ている間に自殺していたと聞いた。人が寝静まった時に自殺するのは、偶然ではなく何か理由があるのかもしれない。

そして次に謎なのが、この仕事を募集した佐藤がどうして島民に指揮官と呼ばれているのだろうか?この施設に監禁されている島民は俺が春香の監視をする前日、つまり俺がここに来る前日に連れてこられている。

春香の言葉から、島民は突然この施設に監禁されたのだ。それなのに、どうして指揮官という名で呼ぶのか。

指揮官と呼ばれている佐藤。

......何か、ひっかかる。何だこの感じは。何かが引っかかってもどかしい。もどかしさを残して次に行くのはあまり好きではないが、今は仕方ない。

考えれば考えるほど謎が増えていく。

この佐藤についてだが、友人である何某さんを亡くしている。それも自殺という形で。いつ亡くなったのか、どこで亡くなったのかは語られることが無かったが、きっと何か裏があるに違いない。

佐藤についてはあと一つ残っている謎がある。

それは、この仕事にどうしてここまでの大金を用意したのか。日給十万はさすがに良すぎるのではないだろうか。まあ精神面を考慮してこの価格というのも納得できなくもないが、佐藤はどこからこの金を出しているのだろう?


「ゆうやお兄ちゃん、なにかいてるの?」


ひなの声で煮詰まっていた思考に一旦の休息が訪れる。

気づけば、ぱっと見だと視界全面に文字が書かれていると思うほどに島の謎について考えていた。

ふうっと息を吐き、ひなの質問に答える。

鉄格子にぶら下がり、真ん丸の目でひなは俺を見つめている。


「ちょっとした調べものだよ。ヒーローになるための勉強さっ!」

「おおお......!やっぱりヒーローもたいへんなことがあるんだね......」

「ひなを守るためなら何だってするさ。君を守るためなら何だって......」


次第に声のトーンが下がっていた。

ほんと、正義のヒーローなら春香と曽根さんは助けられたんだ。

......まったく、何を考えてんだ俺は。こんな姿をひなに見せられるわけないだろ。こんなときは、楽しいことを考えるんだ。ひなもそう言ってただろ、俺!!


気分を落ち着かせて、俺は再び思考を巡らせた。



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