自殺島 ⑥

あれから三日が経った。

俺は春香によって病室に持ち込まれる軽食を一日の食事として過ごしていた。この島に住居を所持していない俺にとっては、それは有り難かった。


真穂はすっかり快方に向かい、普通の生活を支障なく過ごすことができている。

この調子だと明日には退院できるということだったので、俺たちはいよいよ島から離れるための準備期間に突入する。

俺は、「島から出たら、必ず皆助けに行く」という条件付きで、真穂と春香の親から了承を得ていた。

二人の親はともにずっとこの島から出たいと思っていたらしい。佐藤がいなくなった今、島民の自由はやっとのことで取り戻され、それぞれが島から離れることを計画しているという。

俺たちがその最初となる。


ーーこの島が、自殺という呪いから幕を降ろそうとしている。


俺は島から出た後のことについて考えていた。

まずは、警察に連絡したほうが良いだろう。あの泥地帯に埋まった骨を放っておくわけにはいかない。もちろん事情聴取は長々と行われるだろうが、それで平和な日が訪れるのならいくらでも受けてやる。

このことはニュースになるかは分からないが、雑誌の記事にはなるだろう。そしてその記事を見た一部の人間にしかこの島についての真実が分からないのだ。

それも雑誌の記者が取り上げればの話だが。


「幽夜。この島を出る前にさ、あの泥地帯に行っておきたいの」


提案したのは春香だった。

春香は母親を亡くし、それからは春香が母親代わりとなって家族を支えていた。春香の指を見て心が痛くなった事を思い出す。

きっと、母親に最後の挨拶をしに行きたいんだろう。

俺は渋ることなくすぐに了解した。


「今からでも、行くか」

「えっ、良いの?」

「ああ。春香も早いほうが良いだろう?」

「うんっ! お母さんが好きだった花を買ってこないとね」


瞳に浮かべた涙を指で拭き取って、春香は駆け出した。


♢ ♢ ♢


泥地帯は今日という晴天でも相変わらず湿っていた。足を踏み出せば泥が靴に粘り着く。

春香が手に持っていた花は、カーネーションだった。泥の上に似合わないカーネーションを供えると、手を合わせて目を瞑る。


やがて目を開けてこちらを振り向いて、ふっと微笑む。


「付き合ってもらってありがとう。お母さんも多分喜んでくれたと思う」

「お母さん、カーネーション好きだったんだね」

「私が小さい頃からいつも飾ってたの。私が十歳の時に亡くなって......お母さん、私のことどう思ってたのかな」

「大丈夫。きっと春香はお母さんに愛されていたよ。誰よりもきっと」


カーネーションの花言葉は「深い愛情」。

それが母親に深い愛情を注がれて育てられたという証拠だ。

きっと春香は理由を知りたいだろうが、今はまだ言わないほうが良いだろう。

こういうのは、本人が自分で見つけることに意味がある。


「いずれ、その理由が分かるさ」

「......うん。私もそんな気がする。だって、この花は凄く綺麗なんだもん」


春香の笑みにドキッとする。

二人の間に風が吹き、春香は髪が乱れないように軽く押さえる。

風が吹き止むと気を取られた感情を慌てて戻して、俺も笑顔で返す。


「さ、戻ろっか」

「うん」


埋められた骨は、誰の者なのだろう。それぞれに家庭があり、生きてきた人生がある。

たった一人の実験の為に犠牲となってしまった命に、冥福を祈る。

いずれは、慰霊碑を建てねばならない。


♢ ♢ ♢


「あ、おかえり。幽夜と春香ちゃん」


俺たちは真穂のいる病室に戻って来た。

声のトーンは元気で、ベットで上半身を起こし、慣れた手つきで見舞品であろうリンゴの皮を果物ナイフで剥いていた。

シャッ、シャッとリンゴを剥く真穂の横に座り様子を訊く。


「どう、調子は?」

「うん、全然元気だよ。いよいよ明日退院だね。案外早くて驚いてる」

「良かった。早く退院できたのは、それだけ強い心を持ってるってことだよ」


「ありがと」と、真穂が言ったところでリンゴの皮は全て剥かれた。置かれていた皿に盛り付けて俺たちに差し出す。

春香も椅子に腰掛けて、律儀に両腿に手を乗せる。


「そうだ、幽夜。前言ってたユウエンチってどんなとこなの?」

「えっ。ああ、そうだなーー」


俺は遊園地の楽しさを二人に伝える。

正直、小学校以来行ったことがないので伝える情報が正しいか分からないが、二人が楽しんで聞いてくれるならそれで良い。


その日は一日、俺の街のことで盛り上がった。

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