【朝】 後編


「全て、お話しします」


真穂はそう言って目を閉じると、一つ深呼吸してから静かに話し始めた。

やはり、深い話をするときは敬語になるようだ。


もう何も隠すことはしません。

幽夜さんが言ったように、私はこの施設について知っています。では、どうして私が黙っていたか、それをお話しします。

私たちはこの施設に監禁されました。ええ、そうです。指揮官によってここに連れてこられたのです。

ですが、私たちは監禁されることは嫌ではありませんでした。

このことを言うのは、指揮官によって禁止されているのですが、幽夜さんにはお話しします。

どうして監禁されるのが嫌ではないのか......。それは、私たちは事前にここに来ることを言われていたからです。ふふ、驚きますよね。

そうなんです。ここに来ている人たちは皆、強制的に連れてこられたのではありません。前もってここに来ることは知っているんです。

そして施設に来たときに、お互い簡単に自己紹介してから指揮官にこう言われるんです。


『これから、自殺を演じてもらう』


と。

あら?かなり驚いていますね。

......私たちは今まで自殺を演じていました。どうして演じていたか、それは一つしかありません。

に島民が一致団結して協力していたからです。

私たち島民と指揮官には同じ復讐相手がいました。

それは誰か?一人しかいないじゃないですか。


ーーあなたのような監視員ですよ。


大丈夫です。私はあなたを殺したりはしませんから。

私たち島民は、監視員という役目を受け持った人間を恨んでいました。

そうそう、聞きました?この島が自殺島って呼ばれている理由。昔は確かに島民が自殺していました。ですが、今は自殺する人が違います。

誰って......。あなたも体験したでしょう?

たった今、首を吊ろうとしていたじゃないですか。

そうですよ、


今は監視員の方が自殺するんです。


島民が自殺するなんてとっくに昔の話。


真穂は一旦言葉を区切り、一つ咳払いすると表情を曇らせた。


......だけど、私はこれ以上、監視員が目の前で死ぬのが嫌だった。もちろん監視員のことは恨んでる。でも、毎回自殺するところを見せられて平気なはずがない。

施設に入ってから、最初こそいい気味だって思った。でも、その気持ちもいつの間にか薄れて目の前で人が死ぬ度に私の精神は深く傷ついていった。

ごめんなさい。私のことは、今はどうでも良いわね。

自殺を演じていたことについての話に戻しましょう。

あなたが自殺しようとした原因は、会話をして親しくなった人が目の前で自殺し、自分の無力さに気がついたから、ですよね?

それこそがこの仕事の本当の目的よ。

監視員を恨んでいたからこそ、私たちは自殺するのを演じて今度は監視員のことを自殺へと追い込む。これで指揮官と私たちの復讐は遂行されてきたの。

だから、今まで自殺してしまったと思う人は今頃外に出て、あなたが自殺したと思って喜んでいるんじゃないかしら?

あなたとどれだけ親しく会話していても、心の中ではきっとこう思ってたはずよ。


『どうすれば、自殺に追い込むまでの仲を築けるか』


ってね。

悔しいわよね。自分は苦しんだのに、結局はまんまと計画にハマっていたことに。もしあなたがここを出て、鉢合わせたらどうなるのか。これもまた見ものよね。

思い出してみなさい?この話で、あなたのモヤモヤした謎が解けるはずでしょう?


真穂の話はそこで終わった。

話す前とは打って変わって怪しげに笑い、俺を見下すような目。

頭の中が、真っ白になりそうなのを必死に抑えながら話を聴いていた。

生きているなら嬉しいはずなのに、喜べない。春香や曽根さん、ひなはそんなこと思っていたのかと考えるともう会うことができない。


絡まった思考を眉根を揉んで解す。今の話が本当ならば、ずっと分からなかった謎のほとんどが解ける。


春香が俺の名前の後に付け足した一言。

『ごめんね、ありがとう』は、

『黙っててごめんね。幽夜が自殺してしまう前に伝えておくよ。色々ありがとう』

という意味だったのか?

......曽根さんのときも思えば不自然なところがあった。

やけに優待されている監禁部屋に、パイプ椅子と食糧、それに白熱灯だけの監視部屋。

自殺しないために優待されているのかと思ったが、本当はそうじゃなかった?どうせ自殺するのだったら、監視員に優待はさせないという逆の思考ーー。

それと、あの言葉。

『ここに俺たちを監禁したはかなりの金を持ってるらしい』

本当に曽根さんが施設に連れてこられたのが初めてなら、この発言はおかしい。

これで、あのときのもどかしさが無くなった。

この発言と真穂の話で確実になったのは、連れてきた指揮官が佐藤ということ。それまでは指揮官が佐藤というのは確実ではなかった。

しかも、真穂は佐藤のことを指揮官としか呼んでいない。つまり、指揮官の名前を知らなかった可能性が高い。それなのにも関わらず、曽根さんは『俺たちを監禁した佐藤』と言った。彼は思わず口を滑らせたが、それに気づいていなかったようだ。

俺も、普通に聞き流していた。あの時気付けていれば、もう少し早くこの謎に近づいていたかもしれない。曽根さんは何か知ってるんだ。

まあ、亡くなっていないのであれば悔やむ必要もない、か。

......次に、ひなだ。ひなの発言にもおかしなところがあった。

俺がひなのことを助けに来たと言った時、ひなはこう言った。

『じゃあお兄ちゃんヒーローなんだね!』

つまり、俺の他にも誰かが来ていたことを意味している。ではその誰かとは何者か。やはりそいつも俺と同じ監視員なんだろう。

仲良くしていた人と別れて寂しがっていたところに、同じような人が来ればあの年頃の子供だと喜ぶに違いない。それが口を滑らせる原因となった。

ひなについてはもう一つ、あの『ヒーロー』という文字は、俺の精神を窮地におとしめるための罠だった。俺はその罠にまんまとハマっていた。

やはり、冷静になっていれば簡単なことだった。もっとも、冷静になられては佐藤の計画がバレてしまうので精神的に追い詰めていったのだろうが。

でも、どうして監視員を恨むんだ?


「どう?色々と分かったでしょう?」

「......ああ。嫌という程にな」

「ふふ、私に感謝してね?」


この女......。態度を変えたと思えば上からきやがって。猫かぶり女が。

ここでキレていては駄目だ。まだ訊かないといけないことがある。


「なあ、自殺を演じてたって言ってたけどよ、どうやって演じていた」

「さあ?私はただ、あんたみたいな監視員が自殺するのをただ見てるだけだから知らないわ。佐藤に訊けば分かるんじゃないかしら」

「じゃあ、その話はどこから聞いたんだ」

「話は親から聞いていたわ。昔から行われていることだから話は受け継がれているのね」


また怪しく笑う。

俺らを照らす白熱灯は、恐らく島民が監禁部屋から調節していたんだろう。そして俺が眠ったと同時に、起きる心配を考えて電気を消したーー。

これで残ったのは、自殺をどうやって演じていたのかという事と、佐藤について、そして島の過去。この施設から出る時に、佐藤から聞かねば。


「で?真穂はどうすんだよ、この後」


自分の心配をされて少し驚いた真穂は「うーん」と人差し指を回して考えている。

真穂はこの施設について話してしまった。監視員に話した者は殺される、何てことはないだろうか。


「まあ、本当ならとっくに幽夜は死んで、口封じも自然となってたけど私が止めちゃったからねえ。殺されるかもね」

「やっぱそういうのがあるんだな。......なあ、俺と一緒に逃げないか?」

「......はあ?何言ってんのよ。どうやって島から出るのよ。ここまで指揮官が運転する船で来たんでしょ?」

「だったら、説得すれば良いじゃないか」

「どうやってよ?」


俺は腕を組んで、考える。

「考えてないんじゃない」という真穂の言葉を聞き流して、どうすれば佐藤を降参させるか考える。

ああいった男は案外強く、正面から突っ込んでしまえば俺が殺されるかもしれない。それなら話し合って説得するのが良いと思う。

ただ、何を話して説得すれば良いのだろう。俺はその手には頭が回らない。こうして推理したのも初めてだし、推理も真穂の話を聴いてほとんどが解決した。

......推理とも言わないのかもしれない。

さて、どうしたものやら。


「と、とにかく。何とか話し合って説得するんだ。今はまだ分からないけど」

「頼りないわね」

「うるせーな。お前も急に態度変えやがって」

「別に良いじゃない。この方が過ごしやすいのよ」


時刻はもう直ぐ昼だ。腹時計がそう言っている。

残りは昼と夜、この女はこれからどうすれば良いのか。

まったく、面倒くさいことになった。

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