【昼】


もう、真穂と話すことはない。あとは全部佐藤に聞かないといけないことばかりだ。

真穂が殺されてしまう可能性があるならば、そのまま放って置くわけにもいかないだろう。その前に何か手を打っておきたい。

今まで無駄に自殺を止めようと頑張り、無駄に精神を追い詰めらていた。ただ、今からやることは無駄じゃない。真穂は強制的にここに連れてこられたわけじゃないが、同い年くらいなのにも関わらず、ずっと監視員の自殺を見せられてきた。真穂の言った「精神的に辛い」は、果てしないものだろう。


「やっぱり、俺と逃げよう」


俺が座るはずのパイプ椅子に堂々と腰掛ける真穂が呆れたように返す。


「あんた、まだ言ってたの?だから、無理だって言ってるでしょ」

「真穂も精神的に苦しんでいた。こんなところにいたら本当に自殺してしまうかもしれない。それは嫌なんだ」

「同情?......確かに辛かったけど、同情されたいとは思ってないわ」

「俺と同じ苦しみを味わった真穂を俺は守りたいんだ。真穂は俺の自殺を止めてくれた。そのおかげで俺は今生きている」

「......そんなこと、言われても」


真穂はそっぽ向いて、顔をしかめる。足を組み替えてため息をこぼす。

誰かを守りたい、その想いはこの施設に来て初めて芽生えた感情だ。


「駄目、かな?」

「......身勝手だよ。そんなの」

「えっ」


真穂はパイプ椅子が倒れる勢いで立ち上がると、突然俺の肩を両手で思い切り押した。押された俺は思わず尻餅をつく。

思い切り睨みつけて見下し、握った真穂の右手の拳は震えていた。


「身勝手なのよっ!!あんたも、指揮官も!!」

「ま、真穂......」

「私だって生まれたくてこんな島に生まれたんじゃない!それなのに、こんな施設に入れられて自殺するところも何回も見せられて......!

それなのに今度はあんたが連れ出すって言い出して、自分がどれだけ身勝手なことしてるか分かってんの?!そのせいで私が危なくなるんだよ?!

それでもなに、だったら俺の自殺を止めなければ良かったなんて言うの?!私はこれ以上の犠牲は見たくないの!!それだから止めたのに......結局私が傷つくなんてもう懲り懲りよ!!」

「た、確かに俺を止めなかったら俺が真穂を守りたいなんて思うことは無かった。でも、この施設じゃ君が一番苦しんでるじゃないか。苦しんでいるのに放って置くことはできない!!」

「だからそれを身勝手って言ってるのよ!」


俺は思わず立ち上がって、真穂のことを抱きしめる。突然の行動に必死に真穂は抵抗して、握った拳で俺の背中を何度も殴るがそれでも離さない。


「放してよ!あんたに私の気持ちなんか......!!」

「......俺は真穂の気持ちが分かるんだ」

「冗談言わないで!!私の苦しみなんて、あんたになんか!」

「俺だって......俺だって一人だったんだ!」


自分のことを棚に上げて抑えつけるのは、俺好みのやり方ではない。たげど、この状況下では仕方のないことなんだ。


真穂は背中を叩く拳を止めた。

怒りで興奮していた真穂の息が耳に当たる。俺も、いつの間にか息が荒くなっていた。

抱きしめていた力を緩め、真穂を離す。呼吸が落ち着いたところでもう一度、改めて話をする。


「俺の場合は真穂とは少し違うけど、一人だったよ」

「......どうしてよ」

「俺さ、人とは違った物に興味持っててさ。いつの間にかに好きになってたんだけど、どうも周りの奴らには理解されなかった。

それで、気づいたら一人になってた。最初は気にしなかったんだ。俺と感性が合わないつまらん奴だって。

でも、たまに思う事があった。どうしてこうなったんだろうって。一人になる前に止めておけば良かったな、なんて考える日もあった。

真穂もさ、最初は良かったんだよな。監視員が死ぬことでいい気味だって思ったんだよな。でも気づいたらそれが自分を蝕んでいた。自分でも気づかないうちに底なしの沼にハマって、抜け出せなくなったんだよな?

決して同情でも偽善でも無い。俺が真穂を守りたいのは俺を見てる気がしたから。遅すぎるのかもしれないけど、少しでも真穂の支えになりたい」

「......馬鹿」

「そうだよ、俺はどうしようもない馬鹿だ」

「あんたなんて......あんたなんて......!」


そのまま、真穂は泣き出す。子供のように顔をくしゃくしゃにして泣いている。

苦しかったんだ。悔しかったんだ。自分で自分を苦しめて、気づいた時には手遅れで、誰にも分かってもらえなくて自分の殻に閉じこもる。助けるためには、それを理解してくれて寛容に受け止めてくれる人が必要だ。

真穂の苦しみを知った時、今までの自分を重ねていた。だから、真穂は俺が守ってやらないといけない。似た苦しみを味わったもの同士。

泣きじゃくる真穂の頭を優しく撫でる。撫でるその手をどけようと俺の手を掴んだが、そのままずっと握っていた。


「う、うう......うう」

「泣きたい時は、遠慮なんてしなくていい。もう、自分の殻に閉じこもらなくていい」


真穂が泣き止むまで、俺はずっと支えていた。

ふと、一粒の涙が俺の頬を伝った。

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